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月夜のハルジオン  作者: 江川オルカ
番外編
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71/111

風巻と山本④

「クソッ、あの野郎共、明日ボッコボコにしてやっからな」


 葉山は仲間たちをその場に残し、苛立ちと恨みで風巻と山本を探しながら街中を歩いていた。その手にはカバンから出したカッターナイフがきらりと光っている。


 日も暮れかかった頃。葉山は商店街の裏道に小さな男を見つけた。先ほど自分を押し倒し気絶させた、風巻だ。風巻は葉山の存在に気付いている様子はなく人気のない道を進んでいく。葉山は仕返しできることが楽しみで息を荒げながら機会を伺った。


 一つ角を曲がったところで、風巻は振り返り葉山を視界に入れた。着いた先は今は使われていない工場の跡地。多少大きな声を出そうとも人には気づかれないような場所だった。

 葉山はカッターナイフをちらつかせながら、一歩、また一歩と風巻に近づいた。


「ヒヒッ、馬鹿なとこに来たもんだ。もうあんな油断しねえぞ」


「……」


「体格差があることわかってんのか?走っても逃げられねえ、捕まったらもう終わりだ」


 煽る葉山の言葉に風巻は一切答えない。葉山から見れば風巻が恐怖しているのだと映った。低く喉を鳴らし笑いながら、さらに一歩前に出てカッターの刃先を風巻の頬に当てた。


「いい度胸してるじゃねえか。その度胸とキレイな顔に免じて殺さないでやるよ。……ただし、無事で返すつもりはねえけどな!」


 言い終わるやいなや、葉山は刃先を風巻の頬から滑らせた。使い込まれた刃先はいとも簡単に風巻の頬を切り、鮮血が頬を伝った。それでも風巻はぴくりともせず、じっと葉山を見据えたままだ。

 次の瞬間、風巻の瞳が黄金に輝いた。すると葉山からは今までの威勢の良さはぱたりと消え、代わりに腰を抜かし恐怖した。


「うわぁああ!」


「さっきの賭け、俺の勝ちだったよな」


「やめろ、なんだよお前。ひぃっ、やだ。あっちいけよ!」


 今まで見えていたちっぽけな少年はどこに行ったのか、葉山は目の前の出来事に混乱し、手を振って必死にもがいた。ずるずると後ずさりしながら現実から目を背けようとする。

 葉山の目にはもう風巻が映らない。目の前にいた風巻が突如見えなくなると、葉山の中で一番恐ろしいと思う怪物が目の前に現れたのだ。

 風巻は一歩、一歩とゆっくり近づく。葉山からすると怪物がゆっくりと近づいてくるように見える。風巻は恐怖する葉山の胸ぐらをつかみ引き寄せた。


「ひぃぃいっ!」


「二度とくだらねえことすんじゃねえ」


「ひぃいい」


「わかったか?」


「ひいいいぃ」


 葉山にとってみれば今は怪物に掴まれ、食われそうな現状だ。問われた言葉など入ってきてもうなずくことすらできない。葉山の瞳からは涙があふれ、恐怖からぶるぶると震えている。風巻は胸ぐらを投げ捨てるように放すと、その場からいなくなった。



◇



 翌日。葉山は学校に来なかった。次の日、その次の日も。葉山が学校に姿を現すことはなかった。担任教師が言うには、親の事情で突然転校になったらしい。


「おはよ!風巻ぃ!」


 山本は暫くして、あっけらかんと笑えるようになっていた。朝、教室に入ればすぐに風巻の元へ駆け寄り、休み時間になればべったり側にいるようになった。そうしているうちに、山本は気づいたことがあった。

 ある日。山本は風巻の前の席に勝手に跨り、しばらくじーっと風巻が教科書を開き勉強しているのを見つめていた。その視線に風巻はとうとう痺れを切らし、ため息を吐くと顔を上げた。


「なんだよ」


「んー」


「あ?」


「いや、風巻ちっこいのにどうしてあんな強えのかなって」


「……小さくて悪かったな」


「俺さ、最近見た映画でなんかピーンときて」


「……」


「なんかさ、ちっこい子がさ、すげえ見た目綺麗で、賢くて、強いんだって」


「はあ」


「だから、何が言いたいかっつーと。風巻って神様の子で、でね。俺のとこに来た天使なんじゃないかって思ったんだ」


 どうだ、当たってるだろ?と言いたげに山本はふんぞり返った。風巻はぷっと吹き出して声を出して笑った。


「はははっ」


「なんだよぉ」


「ばっかじゃねえの。ククッ、山本お前おかしいよ」


「え?アハハハッ!そうかな」


 二人は暫く笑いあった。落ち着いてきたころ、山本は笑いを収めるために一つため息を吐くと真面目な面持ちで風巻を見つめた。


「言ってなかったことあって」


「ん?」


 まだまださめない笑いを堪えようと風巻はお腹を抱えて俯いた。だが、山本の言葉に涙目で顔を上げると、真剣な面持ちにぴたりと固まり首を傾げた。


「ありがとう。助けてくれて」


 ふざけてばかりいるとそう気づかれないが、山本もそれなりの顔立ちをしている。そのため、真面目な顔をすればキリリとした眉、二重の瞳、薄い唇は格好良く見える。

 風巻は笑うのをやめて、代わりに手を伸ばして山本の頭を撫でてやった。


「気にすんな」


 わしゃわしゃと撫でられた山本は格好良さはどこへやら、いつもの人懐っこい照れた笑みを浮かべて同じように風巻の頭を撫でた。




終

次回、18日は二章のおさらいです。25日より通常更新、三章がはじまります。よろしくお願いします。

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