神様の言う通り①
3日目の夜も、何事もなく過ぎ去り4日目の朝。一行はバスに乗り込み、千歳へ向かった。大きな牧場があり、そこでは乗馬体験など自然と触れ合うことのできるサファリパークがある。
そして修学旅行最終日に当たる4日目の夜。事態は起こった。皆それぞれホテルに荷物を置き、夕食と風呂を済ませ、就寝時間までの残り時間を楽しんでいた時のこと。
「土端さん」
「……なに」
ホテルの一階。ロビーで1人座っていた土端に話しかけてきたのは徳原だ。土端は目の前の男を睨みながら一応答えるが、視線は持ってきている文庫本に向け話す気はないと態度で示した。徳原は怯むことなく、土端の向かいのソファに腰を下ろすとじっと見つめた。
しばらくの間静寂が広がる。
その静寂に耐えられなくなったのは土端の方だった。文庫本を閉じると何事もなかったように立ち上がり部屋に戻ろうとした。だが、手首を徳原に掴まれ制止させられる。
「放しなさい」
「嫌だ」
「ここで私が叫んだらあなたは終わりよ」
土端の強気な態度に、徳原は掴んだ手を緩めることなくぎゅっと引き寄せ、自分の方に向かせた。脅しの言葉に屈することなく、ニヤリと口端を上げ、土端を見下ろした。
「馬鹿だね。やれるもんなら、やってごらんよ」
土端はあたりを見渡し違和感を覚えた。ホテルのロビーであるはずのこの場所に何故か人っ子一人いない。表情に出さずなるべく感情を押し殺して土端はフンと鼻を鳴らし小馬鹿にしたように笑って見せた。
「何をしたのかしら」
「知りたい?」
「そうね、気になるわ」
「簡単だよ。近くにいる皆に眠ってもらっただけ。部屋に戻れば皆起きてるし、別に何も起きてやしないよ」
高飛車な態度で応対しながら土端は一瞬のスキを探した。きゅっと唇を一文字に結んだ土端の顔を見て徳原は恐怖していると思い更に笑みを濃くして尋ねた。
「さて、どうしようか。俺の望みはわかってるよね」
「さぁ、……何かしら」
必ず自分が勝てる、徳原は確信している。にも関わらず強気な土端の態度に徳原はゾクゾクと背筋に快感が走るのを覚えた。そうなればつらつらと思いつく言葉は止まることを知らない。
「ふふっ。わかってる癖に。言ってあげようか。一つ、俺の恋人になること。二つ、俺に毎日力を捧げること。三つ、俺が18歳になったら俺を松波家の養子にしてキミと結婚すること。……拒否したら。キミのお義父さんの悪事全部バラすし、キミがヒトじゃないこと世間に晒す」
「馬鹿馬鹿しい」
徳原の出した条件があまりにも非現実的で、土端は笑った。その様子に徳原も負けじと笑みを浮かべた。
2人は互いに出方を伺うように押し黙っていたが、土端は掴まれた手を引くのではなく、徳原に向かってぐっと踏み込んで押した。案の定、驚いた徳原は掴んでいた手の力が緩まってしまう。その隙を逃さず、土端は待っていたと言わんばかりに、空いている方の手でポケットに入れていた箱型の何かを取り出し、徳原の前に出した。
「なんだい、それは」
「なんでしょうね」
土端はニヤリと笑って、箱型のそれからピンを抜いた。爆発でもするのかと慌てて徳原は土端から距離をとった。
だが、何も起こらない。
その箱型の何かは修学旅行の前に執事である立花から渡されたものだ。土端は怯むことなくそれをギュッと握ったまま、まっすぐ徳原を見つめた。
「防犯ブザーにしても、音も鳴らないじゃ何にもならな……!?」
土端には聞こえない。そしておそらくヒトにも。徳原は余裕の笑みを浮かべながら、土端ににじり寄りその手を掴もうとした瞬間、キィーンと耳鳴りのような高音が耳の中で響いた。鼓膜を破るような、脳を揺さぶられるようなその音に、今までの余裕は無くなってしまった。
耳を押さえしゃがみこんだ徳原を確認すると土端は踵を返して部屋の方へ駆け出した。
だが、徳原はキッと土端を睨むと、逃げようとした細い腕を強く掴み、反対の手で土端の肩を掴むと近くにあったソファに力任せに押し倒した。片方の膝を土端の脚の間に入れ、身動きが取れないように覆い被さる。握っている箱型のそれを奪い取ると、徳原は力任せにそれを床にたたきつけた。ほどなくしてその箱から音は消えた。徳原から笑みは消え、黄金に輝く瞳で土端を見下ろした。
「よくない玩具持ってたからそんなに余裕だったんだね。でも、逃げられなかったんだから意味ないでしょ。いや……俺を怒らせたからマイナスかな。生かして俺の妻にしてやるって言ってんのに、しょうがないね。お前の命を貰えば多少は恩恵があるんじゃないかな」
逃げられると思っていた土端は、目の前の本能剥き出しの獣にようやく恐怖を覚えた。わざと1人になりスキを作ったにも関わらず、土端は一か八かの賭けに負けた。初めて覚える恐怖に、土端は目を背けようとぎゅっと目を閉じた。
次の瞬間
ドン、と鈍い音と共に今まで押さえつけていた徳原の手や足がなくなっていた。土端は何が起こったかわからずゆっくり目を開けた。すると目の前にいたはずの徳原はソファから落とされ、土端を庇うように風巻が立っていた。
「なんで……?」
「お前が妙なモン鳴らしたんだろ。やめろ。すげぇ気分悪い」
「あ……」
土端は気づいた。ヒトではないものは、徳原だけではなく風巻もだと。徳原によって壊されてしまったが風巻はおそらく音の鳴るこちらへ向かってきた。そして現状を見て土端に味方したのだろう。
蹴り飛ばされた徳原は殺気を隠すことなくゆらりと立ち上がると黄金に輝いた瞳のまま風巻をまっすぐ睨みつけた。風巻はその視線に引くことなくまっすぐ睨み返している。
「またキミか」
「言っただろ、俺の女だって」
「はっ。ペテン師野郎がべらべらと」
「お前に言われたくねえよ」
「……嫌いだなぁ、俺。キミのこと」
「俺もだよ」
庇うように風巻は立ちはだかっているので、土端からは風巻の表情を読み取ることはできない。ただ、おそらく風巻の瞳も同じように黄金に輝いているに違いない。風巻と徳原の周りにふわりと風が舞い込んできた。
「で、どうしようか」
「決着つけようじゃねえか」
「決着?」
殺気立つ風巻を小馬鹿にするように徳原は笑ったが、ふわりと風が舞い込むとその表情も固まった。これだけで十分わかってしまったからだ。今まで自分よりもずっと弱いと思っていた風巻の方が徳原よりも圧倒的に強いということを。
風巻は構えることなく、気怠げに徳原を見ながら口端をあげてニヤリと笑んだ。
「格の違いってやつを教えてやる」




