夕陽の後退り
大変長らくお待たせいたしました。本日より金曜日まで毎日更新していきます。皆様どうぞよろしくお願いいたします。
修学旅行が明日に差し迫った今日。土端は生徒会の諸々の仕事を終えて1人生徒会室を後にした。日も暮れかかり、時計は夕方の5時半を示している。迎えの車を待つため、1人教室に戻ると鞄から本を取り出し、席に座る。だが、ある気配を感じて本から視線を上げた。
「なに?」
「厳しいよね。俺の教室でもあるんだから別に来たって良いでしょう?」
教室のドアに手をつきながら土端を眺めているのは徳原だった。徳原は楽しげに笑いながら土端から送られてくる冷ややかな視線を受け、鞄を片手に持ちながら土端の元へ近づいた。鞄を床に置くと机に手をつきまっすぐ見下ろす。土端は負けることなくまっすぐ見上げた。
「どうして、キミには俺が魅力的に映らないのかな?」
「さあ?私、アンタみたいな男好きじゃないから」
しれっと答える土端に徳原は喉を鳴らして笑った。
「キミが人じゃないから、俺に靡かないんでしょう」
土端は目の前の徳原にフンと鼻を鳴らして小馬鹿にしたように笑うと、手に持っていた本を鞄にしまい立ち上がった。その場から離れようとする土端を逃すまいと徳原は目の前に立ちはだかって邪魔をする。土端もそうそう小さいわけではないが180cmを優に超える徳原は大きな壁となり、土端は機嫌を損ね睨みつけた。
「どきなさい」
「どかしてごらんよ」
「誰に言ってるのか、わかってるのかしら」
「どうぞ」
余裕の笑みを浮かべる徳原に土端は睨みを効かせた。
窓の開いていないはずの教室にふわりと風が舞い込む。普通の人間ならば、土端の威嚇に戦意を失い大人しくなる。そう、普通の人間ならばなるはず。
だが、徳原は変わらず嫌味な笑みを浮かべて土端を見下ろしている。カツンと徳原が一歩前に出た。土端は距離を取るため一歩下がらずを得ない。また一歩、徳原が前に出ると土端は下がる。何度か繰り返しているうちに土端は窓際に押し込まれた。そして徳原は手を伸ばし土端の顔の横に手をついた。土端は視線を下に向け、唇を一文字に結んだ。
「俺の勝ちかな」
「っ……」
「悔しがる顔も可愛いんだね。そそられるなぁ」
土端には理解できなかった。人ではない自分の力に屈しない人間などいない。土端の中で一つの疑問に答えが出る。
徳原もまた、ヒトではない何かだということ。しかも風巻寄りの何か悪いもの。
戸惑う土端に徳原はさらに笑みを濃くする。力の使えない土端などそこら辺の女と変わらないからだ。
「なんでって顔してる。風巻くんでさえ、キミには頭が上がらないのにね」
風巻の名が上がるとぴくりと土端の眉が動いた。その様子を徳原は見逃すことなく、ニヤリと口端を上げ土端の脚の間に片膝を入れ更に近づくと額がくっつきそうなギリギリのところまで顔を近づけた。逃げることが叶わない土端はぎゅっと目を瞑るしかない。
「もう一つキミが逃げられないようにしてあげる。松波家の秘密、キミがなんで土端の名前しか名乗れないのか、俺知ってるよ」
「え……?」
「この前、皆の前で大恥食らわせてくれたけれど。もう一回だけ言おうかな。……フリーなら俺と付き合ってよ。ね?もう断れないでしょ」
目を見開き、恐怖の色を滲ませた瞳で土端は徳原に視線を向けた。
徳原は勝利を確信した。嫌味な黒い笑みは消え、いつもの優しい笑みを浮かべて土端に告白をした。
ほぼ距離がないまま、2人の間に沈黙が流れる。
痺れを切らした徳原が窓から手を離し、土端の顎を掴んで上を向かせ視線を強制的に交えさせた。
「俺のそばにいて俺のためだけにその力を使えって言ってんの。わかる?」
「……いやよ」
「拒否はできないはずだけど。いいのかい?言いふらしても」
「やめて!」
「はははっ!いやだろ?いやなんだろ?だったら俺の言う通りに……」
「嫌がってんだろ。放せよ」
土端も徳原も目を疑った。今まで2人しかいなかったはずの教室に音も気配もなく現れた風巻に驚いたのだ。風巻は土端を掴むその手を掴み、放すように強い視線で徳原を睨みつけた。
徳原は普段の笑みに戻るとそっと土端から手を放した。そして丁寧に風巻の手を解くと掴まれていた箇所をさも痛そうに撫でながら風巻に視線を向ける。
「ひどいなぁ。風巻くんは関係ないのに。男と女の話に割り込んできてさ」
「やめておけ。お前が相手にできる女じゃない」
「へえ。じゃあ誰なら相手できるの?まさかキミが?」
「行くぞ」
煽る徳原を無視して風巻は庇うように土端の肩に手を添えると一緒に教室を出た。
しばらく廊下を大人しく歩いていたが、角を曲がったところで土端はその手を振り解き立ち止まった。風巻も歩を止め振り返れば、ぎゅっと鞄を抱きしめ今にも泣き出しそうな土端が立っている。
「どうした?」
「あの……」
何できてくれたの?
そんな疑問が土端の中にある。だがそれよりも最初に言わなければならない言葉がある。それはいつもツンツンしている土端にもよくわかっている言葉だ。
ありがとう
頭には浮かんでいるのに強がる自我が邪魔をしてその言葉を口に出せず、土端はもごもごと口を動かし俯いた。
それを見て風巻は何も言わなかった。ただ、ポンと土端の頭に手を乗せひと撫でする。
「また明日」
風巻は土端の答えを待つことなく鞄を持ち直して階段を駆け降りていった。しばらく何が起こったかわからず鞄を抱きしめたまま立ち尽くしていた土端は、日が沈み見えなくなった頃、漸く我にかえった。
弱気になった自分がなんだか馬鹿らしく思えて土端は小さく笑う。そして顔を上げ、階段を降りて玄関を出ると迎えの車がある方へ歩いて行った。




