それぞれの夏休み side風巻
「悠馬、忙しいのにありがとうね」
「いえ、お役に立ててよかったです」
お盆も過ぎた夏休み。残りの一週間は幼い頃お世話になっていた保育園の手伝いに来ていた。いつも家の仕事をしてくれている田所さんからのお願いとなると簡単には断れない。いつもは十分にいる保育士たちは交代で夏休みをとっていて、少し人出が足りないと言うことだ。
俺はもちろん保育士の免許をもっていないので、もっぱら雑用を任された。時々子供たちが寄ってくるので遊んだりしつつ。
トイレットペーパーや印刷用紙などの紙類が大量に届いたので、廊下から職員室に運んでいるところで元園長先生の妻である風巻美知子先生にお礼を言われた。美知子先生は戸籍上は俺の養母ということになっている。孤児で戸籍もわからない俺を風巻夫妻は何の抵抗もなく俺を養子に入れてくれた。
俺は荷物を置くと姿勢を正し、軽く頭を下げた。すると美知子先生は幼い頃よくしてくれたように頭をわしゃわしゃと撫で始めた。
「うんうん、本当にいい子に育ったこと。主人もきっと天国で喜んでいると思うわ」
撫でる、と言うよりぐりぐりされるので正直痛い。けれど嬉しそうに笑う美知子先生に文句を言う気持ちにはなれない。懐かしいさを噛み締めていたが、その横でぶーっと頬を膨らませている利麻が口を開いた。
「悠馬ばっか狡くない?」
「あら、利麻もとってもいい子よ」
「ちがう!なんで悠馬はバイト代もらえて私はもらえないの?」
「ふふっ。利麻。まず、あなたはまだ中学生だからバイトをしてはいけないでしょう?それと、悠馬に勝手についてきたのはどこの誰だったかしら?」
「はぁ?付いてきたんじゃなくて、来るか?て聞かれたから来ただけだし」
「そーそ。俺も利麻姉ちゃんも遊びに来ただけだもんな!」
今まで子供たちと遊んでいた正平が砂だらけで戻ってくるなり、利麻をこづいた。そして片手に持っていたバケツから拾った大量の葉を利麻に向かって投げ捨てた。
「ちょっと、何すんのよ!折角の服が台無しじゃない!」
「だっせー服着てっから少しはマシになったろバーカ!」
「はぁ?ムカつく!クソガキ!」
利麻は落ちた葉を拾い上げるとポイポイと正平に向かって投げ始めた。正平も負けじと投げている。もちろん葉なので大した威力もなく2人は更に苛立ち、走って外の広場の方へかけて行った。
「正平も、中学生なんでしょう?」
「はい」
「あの子ずっと利麻のこと好きなのよね。まだまだ子どもっぽくて相手にされてないみたいだけど」
美知子先生はどこか懐かしそうに2人を見ている。ここを巣立った親のいない孤児はほぼ美知子先生の子供のようなものなのだろう。俺に対しても変わらず、母親のような祖母のような、はてまた姉のような、なんとも言えない心地よさを向けてくれる。
俺はそれに感謝しつつ、どう表現していいかわからない。それはきっと俺もまだまだ子どもだからだろうか。
「さて、あの子達は放っておいて。仕事もここまでにして、少しだけ進路のお話をしましょうか」
「あ、はい」
当初の目的を思い出し、美知子先生は職員室にある来客用のテーブルとソファに案内してくれた。俺は礼をするとそこに腰を下ろして、美知子先生と向かい合って座る。保育士の先生がそっと麦茶とチョコを置いてくれた。
美知子先生は麦茶を飲み一息つくとにこやかに俺に尋ねて来た。
「高校卒業したらどうしたい?」
「はい。一人暮らしをして、大学に行きたいと思ってます」
「そう。どこか目星はついているの?」
「T大学に進学しようかと。学費は奨学金を借りて、生活費はバイトしながらやっていきたいです」
自分には相応しくない選択肢だということはわかっている。ここを出た孤児たちは基本高校を卒業したら就職をする。先生の口利きで近くの工場や飲食店、子供が好きな人はここで見習いをしながら保育士の試験を受ける。先ほど麦茶を持ってきてくれた保育士も元はここの園児だったと聞く。
美知子先生は暫く口を閉ざしていた。そして困ったように笑った。
「ここから遠くに離れるってことは、すぐには助けてあげられないってことよ」
「はい」
「大学に行くからって多めに援助することはできない。ここの子達は皆平等に同じ金額をもらって独り立ちするの」
「わかってます」
「……そう」
親のようだと言えば聞こえはいいがやはり親ではない。1人の子だけを大切に育てることは施設としてできない。俺も多少なりとも大人になってきているので理解している。
そのうえで、俺はやりたいことを貫きたいと思っている。そのためには一般家庭の子よりも何倍も苦労することは重々承知の上だ。
美知子先生は一つため息を吐くと、まっすぐ俺を見つめた。
「わかりました。ではその方向で頑張っていきましょう」
「悠馬!ちょっと聞いてよ!」
少しばかり重かった空気が水浸しになった利麻によってかき消された。美知子先生も先ほどまでの真剣な面持ちはなくなり、いつものにこやかな優しいおばさんの表情をしている。
人ではない特異な存在の俺は、誰よりも特別な存在にはなれないことを実感させられた夏休みになった。




