それぞれの夏休み
学校祭が終われば、期末テストがあり夏休みに突入してしまう。今年も変わらず講習会があり、ばたばたした休みはお盆を迎え、残すは1週間程度になった頃。
2年5組に転校生がやってきた。徳原肇は教師に案内されるまま、職員室に行き一通りの説明を聞くと学校内を歩いた。
「ここが徳原くんのクラスだよ。席は一番後ろになるが、すぐ席替えもある。皆いい子たちばかりだから楽しめるんじゃないかな」
担任の教師が簡単に教室内の説明をした。廊下に出た時、徳原は廊下に貼られた紙を見て立ち止まった。教師も歩みを止めて横に並んでその紙を見上げる。それはテストがあるたびに貼られる成績表だ。
「2年生になると、科目もそれぞれ変わるからこの成績が貼られるのはどうかなと僕は思うけれど、まあ目安かな。徳原くんは前の学校の成績を見る限り、載れると思うから重荷に思わず勉学を頑張ってね」
理系と文系でクラスが分けられ、一律の成績を出すことが難しくなっているが、現代文、英語、数学2B、理系は化学も含まれた成績で出されている。文系のクラスは、また違うランキングがその教室の前に張り出される。徳原はその紙を見上げながら何も言わず立ち尽くしている。教師は無言の時が流れるのが居た堪れなくなり、また話し始めた。
「風巻と土端てのがいつも1位2位を争っててな、今回もまたどんぴしゃで同じ点数だからびっくりす……」
「先生」
「ん?」
「松波さん、て人は?」
「まつなみ?」
「はい」
「うーん?まつなみ?すまない、僕の知る限りではいないなあ」
「そうですか」
突然、話し始めた徳原に教師は驚いたが、真摯に向き合い応えた。徳原はそれ以上は尋ねず「ここまでで大丈夫です」とだけ伝えると頭を下げ、教師と別れて1人校内を歩き回ることにした。
夏休みの真っ只中で、しかも来週から学校が始まるため講習会も既に終わっている。徳原は静かな校内を歩きながら時折見かける部活動中の学生に同じ質問をして回った。
「え?え?まつなみ?」
「知りませんか?」
「え?いや、えと……」
部活が終わり帰ろうとする青いリボンをつけた一年生の女の子は、目の前の徳原に顔を真っ赤にしながら戸惑っていた。友達も自然と頬が染まりもじもじしている。
徳原の見た目はウェーブスタイルのボブ黒髪と言った少し派手目な出立ちで、教師の手前きっちり着ていた学ランはすでにボタンを開けて着崩され、顔立ちも某アイドルのような愛らしく、そしてどこか男らしい雰囲気のある大人びた印象のある男だ。
女子たちは答えることなく2人でこそこそと相談し始めた。
「やば。風巻センパイよりカッコ良くない?」
「それはないでしょ。でもなんかこう、引き寄せられるっていうか、エロいというか」
「ねえ?」
「「はっはい!」」
「松波って人、知らない?」
「あっ、ご、ごめんなさい。知らないです」
「そっか。ありがと」
きりりとした瞳が優しく緩められて微笑んだ。その様子に女子たちは口を押さえ、発狂してしまいそうになるのを抑える。見た目に反して優しげなその雰囲気に好意を寄せないものがいるだろうか。
徳原は手を伸ばし、1人の女子の頭に触れた。
「えっ!」
「キミ、かわいいね」
「えっうそ!いいなぁ!」
「はっはっはっ、はい!ありがとうございま・・・」
「よかったら、学校のこと少し教えてくれない?2人きりでさ」
「えっ!?わ、わたし、ですか?」
「そう」
「行っちゃいなよ!いいよ、私は1人で!」
「あう、あ、は、はい」
「ありがとう。ごめんね、お友達取っちゃって」
「いえいえ!じゃあね!ミヨ!」
「うっ、うん!」
ミヨと呼ばれた女だけを残し、友達は足早にその場を後にした。徳原は自然とミヨの肩に手を回し、暫く校内を歩き回った。
「ここが、調理室です」
「ふーん」
「あの……」
「なぁに?」
「その、センパイはなんで私だけ……」
「教えてあげようか」
「え?」
人通りの少ない第二廊下の、さらに人気のない角の調理室の前。徳原はニヤリと笑みを浮かべると肩から手を離し、ミヨを逃さないように壁に手をつき、囲った。ミヨはあまりの近さに顔を真っ赤にして口をパクパクしている。少し屈んでミヨの露な首筋に徳原は顔を近づけ耳元で甘く囁いた。
「愚かな方が可愛いっていうでしょ」
その言葉を聞くか聞かないかのところで、徳原はミヨの目を覆うように手を当てた。ミヨは何が起きたかわからず放心状態で立ち尽くしているとふと眠気を感じた。そしてゆっくりと体から力が抜けていき、自然と目を閉じ、次の瞬間には気を失ってしまった。倒れかけたその体を徳原は支えることなくその場に転がして見下ろした。そしてミヨの額に手を当てようとしたところで突然背後から声をかけられ、手を止めた。
「何をしてるの?」
今までいなかった声の主人に徳原は驚き振り向いた。そこに立っていたのは資料の束を抱えた、薄茶色の長い髪をツインテールにまとめた紅い瞳の女だ。
土端は倒れている一年生とその前に立っていた徳原を怪訝そうに見つめている。徳原はすぐにしゃがみこみ、ミヨを抱き抱えると人懐っこい笑みを浮かべた。
「転校初日でこの子が案内してくれてたんだ。でも突然倒れちゃって。保健室はどこかな?」
「こっち」
「土端さーん!あ、え?どうしたの?」
あとから追いかけてきた成田は知らない男子生徒と抱えられた女子に驚いた。なんとなく覚えのある既視感にぽかんとしている。案内をしようとした土端は、止まっている成田を見て首をかしげた。
「なに?」
「うーん、……あ!風巻くんと一緒だ!」
「え?」
「ほら、学校祭の準備の時も女の子が倒れて、風巻くんと保健室連れてったでしょ?似てるなぁって」
「……ふーん」
土端は何かに気づいたのか含みのある笑みを浮かべた。当の徳原は何のことだかわからないが人懐っこい笑みを貼り付けたまま、案内されると保健室へ向かった。




