リハーサル
この学校の体育館は公立なのに妙なところにこだわりがある。バスケットコートがしっかり3コート取れる大きさがあり、2階席もしっかりとある。そしてなにより驚くのがステージだ。普段は体育の授業でボールが飛んできたりするのを防ぐため柵がかけられているが、照明や音響、プロジェクターも常設された、小劇場並みの設備が整っている。サスペンション、シーリングは全て電動で降りてくる。SSもしっかり照明室から調節可能で、ピンスポットは体育館の後ろ壁に常設されており、演者を斜め上から照らすことが可能だ。
風巻と土端はそのピンスポットの置かれた照明室に2人で座ってステージを眺めていた。まだまだ光を当てたりするほど劇は出来上がっておらず、成田と山本、その他の演者は、演出である佐藤に怒られながら稽古をしている。
2人は渡された軍手をつけることもなく、下の様子を見ていた。すると土端がちらりと風巻に目を向け、自然と風巻も土端を見た。
「なんだよ」
「別に」
「何かあんだろ。言えよ」
「そうね。最近あなたから出てるその禍々しいオーラ?っていうの。それ、どうしちゃったのかなって」
「あ?」
「無自覚ならいいけど」
土端はそう言うと視線をステージの方へ戻した。尋ねられた風巻は土端から目を逸らしてしばらく黙り込んで、ぎゅっと自分の手を握ると苦笑した。
「無自覚なわけねえだろ」
「ふーん」
「お前ならわかってんだろ。俺が何してるか」
風巻は悪戯をして母親に見つかった時のように、何を言われたわけでもないのに罰が悪そうに俯いた。
あの日。身体中に駆け巡った心地良さと力に悦びを覚えた。また欲しい、いくらでも。飢えれば飢えるほど欲しくなる。渇きに似たその感覚で、親友の山本にすら手をかけてしまうかもしれない。はてまたは家に住む子供達にまで。
隙があればきっと手を出していたであろう。だが、なぜか最近は誰かと2人きりになる機会がなかった。
風巻はわかっていないが、土端が親衛隊を焚き付けたせいで、いつも以上にその面々が風巻の周りを固めていたからだ。
風巻は今日も妙な渇きを覚えている。理性を保ち、今ここにいるのがやっとな状態だ。
下の様子が賑やかになった頃、土端は自分の持ち場から離れそっと風巻の横に座った。ステージにいる人からは幸か不幸かこちらの様子を伺うことはできない。
「なんだよ」
「フツーの子から寿命とったらダメよ」
土端からの突然の言葉と近づいた距離に風巻は戸惑った。抗う術があるとすれば口をつぐむことだけだ。押し黙る風巻に土端はさらに言葉を続けた。
「あなたに言われて逆らえる子なんて・・・」
「わかってる!・・・わかってる、でも・・・っ」
風巻は黙ることをやめ、下にも聞こえてしまうのではないかというくらいの声を出してしまった。そして膝を抱えぎゅーっと自分の体を抱きしめると顔を埋めた。横に座った土端は覗き込もうとはしない。しばらくの間、静かな時が流れた。再び稽古がヒートアップしてきた頃、土端は普通ならば聞き逃してしまうほどの小さな声でぽつりと呟いた。
「私のだったら、あげても構わないわ」
その言葉に顔を埋めていた風巻はカバっと顔を上げて怪訝そうに土端を見た。理性ではなく本能がその言葉に歓喜した。風巻本人は気づいていないが、風巻の瞳は既にいつもの漆黒ではなく黄金に輝いている。それを理解しながらそのことに触れることなく土端は何でもないと言いたげに口角を上げて微笑み、風巻に視線を向けた。
「あなたがそれで楽になるなら」
承諾の言葉。風巻は無意識にごくりと喉を鳴らした。
獲れる。獲ってしまえ。本能がささやきかけるのを感じると、その表情を読み取られまいと必死に平然を装い、風巻は小馬鹿にしたように笑ってわずかに体をそむけた。
「お前何言ってんのか分かってんのか」
「もちろん」
「はっ。お前に何の得があんだよ」
風巻の問いにふと小さく息を吐いて土端は笑った。今まで見せたことのない優しくて、どこか悲しさも含まれている。
「教えてやんないよ」




