リハーサル side土端
私の発言に風巻は「そうか」と答えるだけで下で行われているごちゃごちゃした何か、もとい稽古に視線を向けた。その瞳は既に黄金に輝いている。本人はおそらく自覚していない。
1年生の時はそんなそぶり微塵もなかったくせに、2年生になってから時々弱さを見せるようになった。体と力の釣り合いが取れなくなっている。
私はとても小さな頃にそれを味わったことがある。人ではない私たちに必要なもの。それは人間の願いを叶えて代償として力をもらうこと。
私の場合、力というものは命ではなく、その人の希望だ。・・・我ながら気持ち悪い表現だけれど。
なんとか親衛隊だかが、教室を使いたいっていえば全力でサポートする。そんな些細な希望ならいくらでも。それが私の悪口会だろうがどうだっていい。家でだってそう。お義父様や執事、メイドたちに至るまで、私が人間としてできる範囲のことならいくらでもしてあげてるつもり。
風巻はそのまま命をもらってしまうらしい。こないだの女の子と話した時にそれは確認済みだ。
私とは違う叶え方をしてしまう風巻が自分自身を呪うのも無理はない。ただ、それは食事、いや呼吸とほぼ同じぐらいの価値がある。だから、きっと手っ取り早く得るために知りもしない女の子を餌食にしたのだろう。
気にも止めず好き勝手にやればいいのに、風巻という男は自分がやりたいことを抑えてしまう。
きっと生徒会もやりたかったんじゃないかな。と、ここは勝手な私の憶測。
そんな風巻を私は嫌いになれない。他人のことに対してこう思ったことは、生まれてこの方一度もない。
風巻とは境遇が似ているから?
なんとなく、放っておけない自分がいる。
話を逸らされたけれど、そんな本能あからさまの瞳でこの部屋から出すわけにはいかない。彼なりに築いてきた人間としての関係を壊させたくはない。
私はツンツンと風巻の肩をつついて此方を向かせた。
「私のお願い聞いてくれる?」
「何だよ突然」
「私の命なんだからそれはとてもとても高価よ。まず一カ月どう?」
「馬鹿じゃねえの」
下がガヤガヤしている分、私たちの声は稽古をしている人たちには微塵も届かない。風巻はもともと大きな声で話すタチでもないし、さっき勢いに任せて声を出してしまった手前、静かに答えている。でも、いつもとはやはり違う。私の提案に奥底から来る欲が自然と瞳をぎらつかせている。私のことを無視しようと稽古に目を向けているが、はっきりと私に照準を合わせている。
「どうやったらあげられるの?」
「ふざけんな」
「ふざけてないわ」
「俺のこと、未熟だって心の奥底では馬鹿にしてんだろ。いつもそうやって。俺の苦労も知らないくせに」
ぐずぐずうるさい男。ほんとは喉から手が出るほど欲しいくせに。
なんにせよ、風巻が私の願いを叶えれば契約は成立するんでしょ。
他の子の命をとってそれを誰かに見られるリスクを負うとは思えない。だから親衛隊の人たちを使って風巻を一人しなかった。
たった一回の出来事。たった一人の誰かわからない女の子の命をとったこと、今でもそんなに悔やむあなただもの。
けれど本当に飢えた時は見境がなくなるんじゃない?
私は風巻の両頬を手で包み込むと、まだ話し続けようとするのを無視して口付けた。突然の出来事に目を見開き風巻は固まっている。すると私はズンと体が重くなるのを感じた。黒い何かが私の大切なものを掻っ攫っていく。
これか。と私は契約成立したことを理解した。
「てめっ、何してんだ!」
数秒後、慌てて私の肩を掴むと引き剥がして睨みつけ、そして大きな声で私に喚き散らした。
「どーしたの!?大丈夫!?」
流石に下にまで声が聞こえたみたい。ステージで稽古していた皆がこちらを見上げている。ステージ上からの光とほんのり暗くなっているせいで、皆はこちらの様子を伺うことができなくてもどかしそうだ。
私が答えてやる義理はないから自分の持ち場に座り直した。風巻は舌打ちをすると下の皆に「すまない、ぶつけただけだ」とか言い訳をしている。下が安堵の色に変わると風巻はギロリと私を睨んできた。
「お前、何したかわかってんのか」
「キス」
「は!?っ・・・そういうことじゃねえよ」
風巻の頬が赤くなっているのを、暗い照明室でも何となく見えた。
自分からしといてなんだけど、手っ取り早く何かすることってこれしか思いつかなかった。こっちまでなんだか恥ずかしいじゃない。自分の頬が熱くなるのを感じる。それを見られまいと、私はフンと鼻を鳴らし何でもないと言いたげに話し続けた。
「今のでわかったわ。あなたの承諾がなくても、こうやって時々何か無理やりして叶えて貰えばあなたにあげられるってことね」
「だから、そんな軽いもんじゃねえだろ。やめろ。お前にそこまでしてもらう義理はない」
そうね。私が何でここまでするかなんてあなたにはわかりっこない。
私は答えるつもりもなく話すことをやめた。まだ何かぶつくさ文句を言う風巻を無視して台本に目を向けると、舌打ちをして風巻も黙り込んだ。




