ある新月の日に side風巻
学校祭の準備は嫌いじゃない。学校行事を皆で作っていくのも。ただ、4月の誕生日を迎えてから妙に乾く。俺はこの感覚を知っている。今まで何となくごまかしていたのも限界だということもわかっている。だからと言って、成す術などない。一つを除いては。
学校祭の準備の最中。作業をしていると必要なダンボールが足りないことに気づいた。とってくるとクラスメイトに告げて1人廊下を歩いていると目の前に一年の女子がこちらを見つめている。気にしないで通り過ぎようとしたが女が叫びに似た声を上げた。
「す、すきです!」
その瞬間、俺の中で何かが切れた。いつもならば「ごめん」とか言ってその場を後にしたのに。
駄目だ。何する気だ。俺は・・・。俺の中の何かか欲している。苦しい。目の前にある。手に入れろ。誰も見ていない。早く。
俺は苦しさをごまかすように壁に寄りかかり女子から視線をそらした。何かを察して通り過ぎてほしかった。
だが勢いで告白してしまった女子は小さく震えている。そして俺の答えを待っている。
喉の渇きにも似た欲はすでに限界に近い。
少しなら、少しなら、いいよな・・・。あの時みたいに、際限なくとらなければ。
俺は自分に言い聞かせて、顔を上げると女子を壁に追い込み見下ろした。
「それで?」
「え?」
「何して欲しい?」
「はひっ!えっ!は!な、なに、とその、・・・」
もじもじする女に俺は急かした。早く、何でもいいからこの渇きを満たしてほしかった。
「言ったからにはなんかあんだろ?」
「あっ、えっと。付き合って・・・は、まだ駄目ですよね。うーん、と・・・ぐ、を」
「ん?」
「ハグ、抱きしめてください。それだけでいいですから」
俺は心底安心した。とても小さな願いだったからだ。
願いをかなえるには対価が必要だ。モノが欲しければ金を出す。
この女は俺に抱きしめられたい。俺はこいつの
命が欲しい
「5年くれたらやってやるよ」
人間にとっての5年はとても長い。欲している反面、やはり残る理性がわざと大きめの数を口にした。
女子は何を言われているかわからないと言いたげな顔をしているが、決意したように俺を真っすぐ見た。
「何でもいいです!やります!やってください!」
契約成立。
身体は悦び、心は泣いた。犯す罪の重さをわかっているからだ。
俺は女の腰に手を回し抱き寄せた。女は小さく震えている。キィーンと耳鳴りのような音が頭の中で響く。そして女は脱力し気絶した。するとなんとも言えない快楽が俺の中を駆け回った。温かくて、力強くて、それでいて心地よい。人の生命というのはこんなにも重く、煌びやかな物なのだろうか。愉悦に自然と口端は上がり、罪の意識など彼方へ吹き飛んだ。
「風巻くん・・・?」
突然背後から声をかけられ、驚きからびくっとなった。幼子が悪さをして母に見つかった時と似ている。すぐに俺は振り向いた。少し離れたところから窺うように成田が此方を見ている。今し方倒れた女を抱え上げ、保健室のある成田の方へ歩を進めた。
「倒れていたから保健室連れて行く」
「あっ、私も行くよ!」
成田と俺は保健室にその女子を預けた。数十分もすれば目を覚ますだろう。
ダンボールをまた教室に戻りクラスメイトに文句を言われつつ作業に戻ろうとした。すると土端がじっと俺を見ている。俺は平然を装い、いつものように尋ねた。
「なんだよ」
「何してきたの」
「は?」
「皆には見えてないみたいだけど、あなたの周りすごく嫌な空気よ」
土端はそれだけ言うと深く掘り下げるつもりはないらしい。忠告だけをして再び椅子に座り皆の作業を眺めている。
俺のしたことがわかっているのだろうか。いや、きっと俺が人の命をとったから、土端には何かしら見えているのかもしれない。忘れようとしていた罪の意識がずんと俺にのしかかって来た。
するとふと懐かしい声が耳の奥で響いた。
『悠馬。大丈夫。私がずっと一緒にいてあげるから』
いつの記憶だったか。誰の言葉だったか。ただその声の主は、今、俺の傍にいない。




