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夜が明けて②

 土端はとんでもない行動を起こした風巻に笑い、風巻は笑われてしまったことが恥ずかしく頬を赤く染めながら視線を逸らした。言い訳できないほどトンチンカンな自分の行動が自分自身で理解できなかった。悪びれもなく笑い続ける土端に八つ当たりに似た苛立ちを覚えると風巻は舌打ちをし、近くにあったソファに腰を下ろすと呟いた。


「……会いたかったんだからしょうがねえだろ」


 本人は気づいていない。今までで一番素直で一番恥ずかしい言葉を吐き捨てたことを。

 土端は笑うのをぴたりとやめた。聞こえたその言葉は幻聴だったのか。聞き間違いか。それほど疑わしい直球の言葉に戸惑った。ソファに座り自分の呟いた言葉の重大さに気付かない風巻に土端は体中が熱くなるほど恥ずかしく、そして嬉しかった。

 問えばいい。「今何て言ったかわかってるの?」「それってどういうこと?」

 意地悪な言葉はたくさん思いつく。それでも土端は聞かなかった。まっすぐな言葉をなかったことにはしたくなかったからだ。

 笑いをやめた土端に風巻はまた何か言われるのかと怪訝な表情で土端を見上げた。だが、電気のついていない暗い部屋ではその表情をくみ取ることはできなかった。窓からの月明かりは土端の背にあり、逆光で尚見ることは叶わない。

 すると土端はおろしていた手を上げ、風巻の血塗られた手を指さした。


「血」


「あ?」


「だらだら流してたらよくないでしょう。あなたでも」


「……あぁ、まあ」


 言われるまま風巻は自分の手のひらに視線をやった。普段の怪我ならば数分で治癒するため、傷がふさがっていない傷口を見るのは初めてだった。

 妙に達観した他人事のように興味が薄い風巻の様子に土端は呆れた。そして立花が食事用に置いて行ったタオルを取ると風巻の隣に腰を下ろし、許可なくその手を掴み自分の膝へ引き寄せた。


「止めるくらいしなさい」


「……」


 正しいことを言われ異論はなく、風巻は少しだけ不貞腐れて土端に手のひらを見せるように広げた。ゆっくりだが着実に塞がっては来ている傷口を確認すると土端は安堵した。見るからに痛そうな傷口を丁寧にタオルで包み、強めに縛る。

 処置を終えるとその手に手を重ねたまま土端は黙り込んだ。風巻も何も言わず握られる手の体温を甘受した。嫌な気はしない。

 暫くの静寂のあと、土端はふと小さく笑った。


「私ね、もうすぐ月に帰るの」


「……は?」


「そうよね。うん、バカみたい。どこのおとぎ話って感じ」


 土端は風巻の顔を見られなかった。代わりに重ねた手にほんのり力が入る。


「でも本当よ。本当なの。……皆の記憶からも消えて、この家にいたことも、あの学校にいたことも全部なくなるんだって」


「……」


「寂しくないでしょ?」


 いつものように強気な口調で土端は言った。鼻で笑い、小馬鹿にするような態度を見せた。ただ、重ねた手は寂しいと言わんばかりに離れようとはしない。

 風巻は黙って聞いていた。弱々しい土端を何度も見て来たため、本心など丸わかりだった。重ねられた手に怪我をしていない方の手を重ね優しく握り返した。


「かぐや姫は最後月に帰る」


「え?」


「おとぎ話っつったろ」


「……」


 対して土端は風巻の考えていることはわからない。突然紡がれたその言葉の意味が分からず、自然と眉間にしわが寄る。泣きそうになる気持ちも妙に冷めてしまった。

 だが風巻は変わらず淡々と話し続ける。


「かぐや姫の周りにいたのは人だけだった。権力があろうが金があろうが関係ない」


「かぐや姫のお話をしたいんじゃないの。それに私は……」


「俺は人じゃない」


 風巻は土端に視線を向けた。優しい表情。だが瞳の色から漆黒は失せ、黄金に変わった。ふわりとどこからともなく風が舞い込み、土端の癖のある髪を揺らす。


「お前が望むなら叶えてやる。どんな願いも全て」


 甘い悪魔のささやき。土端の決心は揺らいだ。瞳は素直で風巻を真っすぐとらえることが出来ず、逸らすように俯いた。

 誰の記憶からもなくなることで誰も寂しくはない。その言葉に救われ、自分は今までの思い出と共に本体であるアランに飲み込まれても仕方がない。そう思っていた。

 土端から風巻にお願いをしたことは一度もない。無理矢理一週間の命を差し出した二年目の学校祭。先日のお祭りでの風巻からの一方的な契約。


「変わったわね。あなた。とっても魔族らしい」


 畏怖の念を抱き、土端はごまかすように笑った。

 入学当初は自分自身もわからず、その力に怯えていたはずの風巻は強くなった。以前の弱さは見る影もない。

 だが、土端はわかっていなかった。風巻もまた土端を恐れ、そして……。


「幸せになって欲しいから」


 俯く土端に投げかけられた風巻の言葉は想像とは違うもので、土端はつい顔を上げてしまった。いつの間にか溢れていた涙はその拍子に頬を伝い風巻の手の甲へと落ちる。

 月明かりをいっぱい受けきらきらと輝く紅い瞳を見つめ、風巻は手を離すと土端の両頬を手で包み真っすぐ見つめた。


「俺が俺でいいと思えたのはお前がいたから。だから叶えてやりたい。土端が望むなら、人の世界にいられるように」


「っ……」


「契約しよう」


 2人は見つめあった。輝く黄金の瞳。宝石のように深く紅い瞳。瞬きをすると再び涙が頬を伝い、風巻の手を濡らす。


「風巻くんのいる世界にいたい」


 消え入りそうな土端の言葉に風巻は目を細めた。そしていつかしたように土端の両耳を塞ぐと風巻は何かを呟く。土端には聞こえない。

 風巻が視線を上げ土端を見つめる。それを合図に土端は小さく頷いた。耳を塞いでいた手が少しだけ緩められ、風巻は顔を少しだけ傾けると土端の唇に自分の唇を重ねた。土端も抗わず、そっと目を閉じ受け入れた。




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