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火刑戦旗を掲げよ!  作者: かすがまる
第3幕

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第53話 カケイセンキヲカカゲヨ

 その霧や河から生ずるものか。それとも林や丘の植生が生むものか。あるいはこの口元に生ずるものが流れ流れて寄り集まったものか。雲一つない澄明な青を頭上に頂き、地上世界は総じて雲となることを望んでいるのかもしれない……アクセリはそんなことを思う。


 東龍河を西に見下ろすこの丘は、領地としてはヘルレヴィ伯爵領の南端なのかロンカイネン侯爵領の北端なのかが怪しいところだ。領軍というものは縄張りに執念を燃やすところがあるから、諍いを嫌ってどちらの軍もこの辺りには近づかない。本来であれば。


 振り向いたならば、そこには完全武装の兵士たちが戦意も高く整列している。


 北側にはヘルレヴィ領軍より槍歩兵二個中隊五百卒および弓歩兵大隊千卒が、南側にはロンカイネン領軍より槍歩兵大隊千卒および弓歩兵大隊千卒が、そしてその中央前方には第三王女親衛団の重騎兵五百騎と軽騎兵千騎が威風堂々として白流旗を掲げているのだ。合計五千の兵力である。


「そろそろですか……少々気が逸ってきましたよ、アーネル将軍」


 話しかけてきた壮年の軍人は、ヘルレヴィ領軍の領都弓兵隊隊長を務めていた男だ。派手さはないが実直で隙のない用兵をするものとアクセリは記憶している。かつての同僚だ。援軍の指揮官としてここへやってきた。


「なに、さして難しいことでもないでしょうよ。失敗したとして、王都が落ちて王国が滅ぶだけですからな。普段どおり何気なくお働きあれ」

「……その言い様、変わりませんなぁ。私としては将軍には今少し領軍に残留していただき、伯との軽妙な口論を見物させてもらいたかったのですが」

「おお、それは失礼いたした。いつも聞こえていた含み笑いは貴官でしたか」

「これで公式の場では鉄面皮を己に課しています。愉快な戦いでしたよ。将軍は所構わずでしたから」


 二人で声を上げて笑ったものである。気持ちの通じる男を副将とできたことは大きいとアクセリは考えていた。これから始まる戦いは馬鹿馬鹿しいほどの戦力比をもって行われるものだ。まともに当たれば一時に滅ぼされるだろう。万一を思えば崩れない士気を自軍に求めたい。


「流石、と申しておきましょう。不可能を可能としてきたその武名は本当らしい」


 もう一人、二千を率いるにしては若い男が声をかけてきた。肩書きとしてはロンカイネン領軍の佐官であり、この場におけるもう一人の副将であるが、少壮気鋭という輩に対しては大陸で最も辛口の評価を下す自信のあるアクセリであった。これは誓いの一党に共通する職業病である。


「しかし“火撃”がいないことを残念に思いますよ。非常識を為そうという今回の作戦です。使い捨てにできる兵の方が望ましいでしょうに……あちらにいるのですか?」

「どことも知れず現われるでしょうな、あの者らは。何しろ速い。来ると思ったときには破られている。今回の作戦は、まあ、私や貴官で十分でしょうよ。最精鋭が出るほどのこともない」

「な、そのような……傭兵の如きに!」

「おっと、発言には気をつけるように。彼らはもう傭兵ではない。この危急の時にあって、少々風変わりながらも王国軍の組織図に入っている。ざっくばらんに言うなら我が団の別働隊という扱いかな?」


 アクセリがズイと正面から相対したならば、若い佐官は小さく半歩退いた。それでも言葉は返す。


「ならば尚の事、こちらに呼び寄せればいいでしょうに」

「おや、この場の総指揮官たる私の言葉を聞き逃していましたかな? 次からは注意されたい」

「何を……」

「最精鋭はここに必要ないと言っている。しかし最善を尽くしたまえ。その上でも力が足りんでは侯爵の名を貶めることになるぞ」


 言ってやったなら、もはや返答もなく息を詰まらせる始末である。つくづく若い。アクセリはロンカイネン領軍に騎兵を出させなかった選択を今更ながらに良い判断だったと自賛した。足並みの揃わない機動力など邪魔でしかない。


「アーネル将軍、忌憚のないところでお尋ねしたいのですが……我々は勝てましょうか?」


 それは両名ともの本音のようだった。親しげに接してこようと、険のある態度でこようと、結局のところどちらも不安からの行動だ。アクセリはそれを情けないとは思わない。それが普通の反応なのだ。


 帝国軍十万余の脅威はほぼ無傷のままに王国領を侵攻している。


 王国軍の前線砦であった場所には一万余が駐屯し、今や本国と侵攻軍とを繋ぐ補給拠点として機能する構えだ。王国軍が行禍原の半ばに設営した補給中継点を利用している点はいかにも皮肉だが、長期的な支配を視野に入れた動きであることは疑いようもない。


 では侵攻もジワジワと着実に寄せてくるものかと思えば、違う。まるで逆だ。恐ろしいまでの速度で九万の大軍が王都へ迫って来ている。前線二領の町々をただの一度として停滞することなく落としに落とし、一万将兵が篭城するサルマント伯爵領領都へは二万を割いてこれを取り囲み、七万の本隊は同じく一万将兵の篭城するペテリウス伯爵領領都を囲み、襲い掛かった。


 ペテリウス領領都は徹底的に破壊されたようだ。帝国軍はそれまで占領した町々を寛大とも言える態度で支配していたが、領都における行いは冷酷を極めたらしい。余裕が剥がれ落ちたものか、それとも仮面の着脱をしたものか……いずれにしても侵略の現実であるとアクセリは見る。壁は崩され、家々は焼かれ、避難せず残留していた民のうち三千人が殺され、残りは捕虜として後方へ送られた。領軍も壊滅し、ペテリウス伯爵は自裁したという。


 順番としては、領都を攻め滅ぼした七万は次にサルマント領都へと向かうのが順当であった。しかし帝国軍はここで定石を破る行動をとり、その侵攻速度を増したのである。


 サルマント領都を囲む二万をそのままにして動かさない。ペテリウス領都のこともあってなお決死の守備を見せるその一万将兵およびサルマント伯を封じたまま、七万は急速に南下した。そして支流へと至るなり五千騎を割いて矢の如く南へ放ったのである。刀剣住蛇の旗を掲げる“黒蛇”の軽騎兵旅団だ。今戦乱の英雄部隊の一つとも目されるその旅団の向かった先は……ユリハルシラ侯爵領である。


 それは大胆な戦略だった。この時点で前線二領へ援軍を出すことができるのはユリハルシラ領軍をおいて他になく、兵数こそ一万八千だが精兵揃いであるから、帝国軍の侵攻を阻む最大の障壁となることは疑いようもなかった。侵攻軍が南進してくれば前線二領以上の抵抗を示すであろうし、大軍相手の逐次撤退戦こそまさにクラウス・ユリハルシラの武名を高めたものである。無視して東進したところで、その隙を衝いて前線砦を奪還し、本国との連絡を断つことすらやってのけるだろう。護国の大将軍と呼ばれた男は、そういう位置にあって常備軍を養っていたのだ。


 しかし、帝国軍が切った手札もまた効果的だ。黒蛇の黒蛇たる所以は、その高機動力による広範な戦場支配と迅速な打撃力だけではない。孤軍として自足自給しつつ神出鬼没の戦いをすることを得手としているのだ。かつては主戦場とは無縁の地で行われていたそれを、今度は王国軍の反攻の要所とも言える地で行う。しかも連隊から旅団へと規模を拡大して、だ。


 そして、六万五千の本隊が支流に乗る。


 帝国軍はこのことあるを見越して、予め船の調達を工作していたのだ。その調達方法については情報が錯綜しているが、エベリア人奴隷たちが多数蜂起して川賊と化したというのが一般的な見解である。官民の区別なく多数の船が帝国軍の所有するところとなり、主に物資を積載して支流を遡ることとなった。


 川幅と水深の関係で、支流を大型船が航行することはできない。そして六万五千という兵馬を中型船以下の船で運びきるには膨大な数の船が必要となる。帝国軍はそれすらも計算済みで、つまるところ水運を足の速い輜重隊として活用したのだ。支流沿いを進むその速度は大軍としては目を見張るほどのものとなった。


 六万五千の侵攻軍を妨げる兵力は存在しない。驚くべき短期間でチトガ大町にまで至ってこれを制圧し、東龍河の対岸にヘルレヴィ伯爵領を見つつもそれを無視して、やはり用意されていた大型船に兵馬を満載にしていく。五千の兵を大町に残し、六万の兵力が、河を南へと下っていくのだ。目指す先は王都以外の何物でもない。


 それは何という皮肉であろうか。


 アスリア王国の象徴たる東龍河の流れに加速して、六万の侵攻軍が迫り来るのである。


 もしもその大軍が王都へと到着したのなら、それはアスリア王国の終わりを意味するだろう。誰にでも分かることだ。かつて王国が王都を失ってなお再起できたのは、その首都機能や軍本部を南部へと移転できたからに他ならない。その貴重な時間を稼いだのがクラウス・ユリハルシラの組織した王国防衛軍だ。だからこそ王室は権威を保持したままに存続したし、反攻軍を編成することもできた。


 しかし、今、そのための時間は皆無だ。大規模会戦から侵攻軍水上南進までに要した時間は驚くほどに短く、王都は未だ混乱から回復すらしていない。事態の変遷は王国にとって夢か現実かの判断をすら下しかねるほどの速度だ。それは教会にとっても同様のようで、かつて発布された「戦時における教会の立場および人道的安全領域の設定について」などという告知も未だなされていない。つまりは再びの奇跡など起こらないということだ。“勇者”が登場する暇もなしに全てが決着する。


 六万の兵馬を積載した船団は、そのままに、アスリア王国を打ち砕く滅国の軍勢なのだ。王室を絶やし、王国の権威を無意味なものとして、大陸の統一を成し遂げるだろう。記録に残る歴史上、初となる大陸統一国家が誕生するのだ。


「……そして千々に乱される、か」


 アクセリの呟きは副将らには聞こえなかったようだ。ただ眼差しに不安をまとわせてアクセリを見ている。黙考の姿を晒してしまった己に気付き、ニヤリと笑んだ。その笑みには少し得意げな気持ちが表れていたかもしれない。アクセリはこの状況が楽しいのだ。目の前の二人はマルコを知らない。自分はマルコを知っている。その差は絶対的だった。アクセリは心中に快哉を上げた。


 悲壮感? 絶望感? 馬鹿なことを! ここは高揚すべきところだ!


 今から発する言葉には魔力が宿る……アクセリはそれと知っていた。借り物の魔力だが、しかしそれを託される己に満足していた。マルコにとって自分は一方面を任せるに足る将である。その自覚は震えがくるほどの喜びをもたらす。これでこそという生き甲斐があった。


「我々は勝つ。未曾有の大勝として歴史に名を刻まれることになるだろう」


 アクセリは断言した。示した壮大さに二人は気圧されたようだ。笑みを強めて続けた。


「天を見よ。青色に大気は乾き雨風の訪れる様子も見られない。地を見よ。雲の峰が降りてきたかのように霧が煙り、まるで天上の風景をもって我らを寿ぐようではないか。人を見よ。王族の旗、侯爵の旗、伯爵の旗と三種が揃い、王国の尊厳が正に集結したことを示している」


 早朝の静かさの中で、アクセリの声は朗々と五千人の耳へも届いていく。声がよく通ることは将に必須の才能だ。万能を自負するアクセリがそれをできない道理もない。


「天、地、人、全てが我々の勝利を約束しようとしている。しかし一つが足りない。それが皆の胸に一抹の不安を凍えさせているのだろう。わかっているとも。それは……時だ。我らが歴史に光り輝く存在であることを告げる予兆を、啓示を、光を、音を、皆は欲している。我らが歴史的勝利を打ち立てるための象徴を欲している。時代を動かす証を確認したがっている。その時とは今であると確信したいからだ」


 五千の視線がアクセリに集まっていた。戦気が霧と同様に渦巻いていた。高揚が始まろうとしていた。我らが運命に選ばれた戦士であるとして、与えられる勝利の時はまだなのかと問うていた。今か今かと猛る戦意を持て余していた。アクセリは用意していた物をその手に持った。布に包まれて長いそれは、槍のようでいて槍ではない。


「今、ここに、私は勝利を目に見える形でもって所持している。事前に王から許可された宝物だ。王国の命運を一手に担う我々に対して特に許されたもので、これは今から我々がどのように勝利するかを予告する形を成している。どうだろうか、皆はこれが見たいだろうか?」


 よく統制された集団であるから声は上がらない。しかし視線は強みを増したようだ。整列するその兜の並びはそのままに、目だけがギョロリとアクセリの手元へと向けられている。息を飲む音が連続した。


「間もなくだ。私はこれを預かるに際し、これを皆に明らかにする“時”もまた告げられている。その意味がわかるのならば皆の不安も鎮まることと思う。予言だ。勝利の予言だ。それは既にして預言されているのだ。我らは勝利するためだけにこの地に集っているのだ。心身に戦士の意気を充実させ、時を待て。間もなくだ。間もなくその時は来る。そしてその時にこそ、私はこの勝利を皆に示すであろう」


 アクセリは己の体を通して大いなる力が発揮されているように感じていた。まるで自分が自分のままにマルコになったような気がしたのだ。そこに敬虔な感動を覚え、次いでベルトランのことを笑えないと思った。神は人を介して言葉を告げることがあるという。即ち預言。その言葉を演説の中に口にしたアクセリは、図らずも、己の演説そのものが預言行為であったかのように思われたのだ。


 冬の朝の冷気などまるで感じないままに、しばしの時が流れた。


 そしてそれはやって来た。王国を滅ぼす六万の兵馬が、幾隻もの大型船の形をして北より流れ来た。一隻につき六百人から七百人は乗ろうというその水上の威容が、雲海の如き川霧の世界に居並ぶこと百隻近く。それぞれに中型以下の川船を幾艘も牽引していてる。支流で輜重隊として使用したそれをそのままに物資倉庫として活用しているのだ。どこまでも速さを追求したことがそこからも見て取れる。


 先頭を行く大型船が停まった。始まりだ。


 櫂を動かさないばかりか、錨をも投じたのだろう。完全に動きを停止している。もう一隻、また一隻と、次々と先頭集団の船が停まっていく。川幅も水深もあるところだ。両岸は岩壁となっているから、先頭が滞るとそれは水上の袋道となる。後続が衝突した。大きな木造物が破損し、軋む、何とも言えない音が立て続くこととなった。人の悲鳴や怒号などは届きもせず、ただ船の上げる苦痛の音ばかりが幻想の風景のなかに響き渡っていく。


 大混乱となった。大河の上に混沌とした木造の城砦が出来上がったかのようだ。それは無秩序で喧騒に満ちているから、軍隊のものというよりは山賊の大砦なのかもしれない。そう見やったアクセリは、己の思考の皮肉に口の端を歪めた。


(川賊により造られた山賊砦とはな……!)


 ベルトランだ。この状況はベルトランによって引き起こされている。支流における輸送船の調達も、大河のおける大型船の調達も、全ては川賊を営むベルトランによって実行されたことだ。大船団の水上封殺など容易いにもほどがある。何しろ船も船員も、全ての用意がこちらの思うままである。


 だから、そう、あとは作業にも等しい。


 水上に寄せ集められた六万の侵攻軍をば、殺し尽くすだけの作業である。


 ボン、と周囲に響く音がした。大型船の一隻で、内部の火災が外へと爆ぜたようだ。その一隻ばかりではない。全ての大型船が同じく燃え始めている。ベルトランらの仕業だ。油壷と火種による置き土産である。彼ら自身は中型船以下に分乗し、連結の縄を切って退避を始めていた。その様子がよく見える。生じた熱気によって霧が晴れていくからだ。


 さあ……時が来た。


 アクセリは手に持った宝物を部下に渡し、その梱包を解かせた。中から現われたのは旗である。軍を象徴するそれとは異なり、これから始まる戦いそのものを表した旗だ。燃えるような赤色に染め上げられていて、中に黒く十字の印章が描かれた旗だ。


「火計戦旗を掲げよ!」


 大きく掲げられたそれを見て、五千の兵たちがどよめいた。さもあらん、その赤色は眼下に燃える炎を表し、その中央の黒十字は眼下に焦げる船の帆を表すとされている。火計の旗だ。まさにこの時のために用意された旗であり、それが用意できるということは、勝利の予言が真実のものであることの証左だ。


 しかし……本当の意味はまるで違う。赤色の意味も、黒十字の意味も、本当のところは全く別の意味を持つ。その意味を知る者こそが、この旗の本当の名を知る。“火刑戦旗”という真の名を知る。そしてこれからの戦いを知るのだ。


「弓歩兵隊、火矢を放て! 槍歩兵隊、流れ着く侵略兵を皆殺しにせよ!」


 アクセリの命令には雄叫びのような応答があった。それはもはや勝ち鬨のようであった。霧の幻想は戦火に振り払われて、人の悲鳴と怒号とが大河に響き渡る。殲滅戦の現実が立ち現れた。矢を射掛けているのはこちらの岸ばかりではない。大河のあちらの岸からも火矢が雨のように降り注いでいる。あちらでも戦旗が振られているに違いない。むしろあちらが本家だ。マルコがいる。アクセリはその位置が何とはなしに分かるような気すらしていた。


 今、帝国軍の大軍を火刑に処しているのは、マルコである。


 何の罪によってかは、アクセリの知るところではない。しかし確かにマルコは言ったのだ。大軍団を燃やし尽くすと。火をもって殺め滅ぼすと。一人の人間が計画して六万人を一挙に殺すのだとしたら、それはもはや戦争行為を逸脱している。勝ち負けの外にある行為だ。躊躇いもなくそれを為す者が普通の人間であるはずもない。


 それは罰なのだ。人の何らかの罪に対して、人を超えた何者かが罰を下したのだ。アクセリは畏怖する。己の戴く王は傑物などという枠内にはいない。明確に超越者だ。それが14歳の美童の形をしていることはむしろ分かりやすい。ベルトランの崇拝も頷けると言うものだ。


 しかして、彼は将である。将としてマルコに臣従する者だ。共感するところはあっても、生き方が違う。アクセリ・アーネルの仕事の作法というものがあるのだ。それは往々にしてニヤリとした笑みを伴う。


「一兵も取り逃がすなよ! 矢は順次通常のものに戻して射よ! 軽騎兵隊、小隊単位で散開して駆逐せよ! 重騎兵隊、我に続け! あのまとまりを打ち崩すぞ!」


 多くが焼け、河に呑まれる。しかし少なからぬ人数が流れ着き始めた。それを討っていく。人数差は比較することも馬鹿馬鹿しいほどなのだ。捕虜にする暇などない。殺す。殺し尽くす。これは戦争であるかもしれないが、同時にある種の災害なのだ。情けも容赦もあったものではない。


 国を滅ぼそうとして来たのだ。もとより全滅くらいは覚悟していよう?


 アクセリは矢を射かけ、次いで抜剣して突撃した。殺す。狂える奔流のように敵を殺していく。それが求められているのだ。それこそがこの戦いに相応しい作法だ。この戦旗を掲げて戦う作法なのだ。そら、対岸にも振られている。遠いが見える。あちらのあれは火刑戦旗。こちらのこれもまた。


 日が昇りきり、それが傾いて夕暮れることを待たずして戦いは終わった。エベリア帝国の侵攻軍六万は、僅かそれだけの時間でもって、ここに壊滅したのである。


 全滅ではなかった。東の岸に五千、西の岸に千五百ではやはり逃す者も出た。


 必死の思いで岸を這い上がり、味方の死体を盾にして西へと散った者たちがいる。その全てが西側であったのは、用意された兵力の差であるのか、それとも意図したものなのか。


 アクセリは笑む。西の岸の先には、よく知る地形が広がっている。


 陸水面、とそれは俗称されていた。

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