第127話 されども我が腕は今や強く
「いやはや、参りましたな。まさか我らに黙って事を起こすとは……女王の身柄を押えようなどと」
「抜け駆けにしても稚拙だ。南からやって来る友軍との連携をまるで考えておらんではないか」
「しかも我ら正義の連盟の名を使って教会に協力を要請しておる。許し難いことよ」
先祖の功績を家紋に表わすより他に誇るものなき南部貴族、この十年で威信失墜も甚だしい国軍の階級章をひけらかす中年軍人、馬齢を重ねた年月と厳かさとが無条件の比例関係にあると勘違いした老貴族。三者三様、言わずとも知れたことをわざわざ口に出している。
それを聞く周囲は、そうしなければ一時とていられないとばかりに頷くことを繰り返している。発言者へ視線を向けることの早さも競っているらしい。縦に横にと軽々しくもよく動く首だ。
「彼は少し上昇志向が強過ぎると言いますか……自らを恃む傾向がありましたからなぁ」
「実力なき者の増長など見苦しいだけだ。軍事においては特にな。死んでくれて良かったわ」
「カリサルミ家の如き栄達を願う者は多い。乱れを好機と見た浅ましき軽挙……愚かなことよ」
手には酒杯、卓には肉と果実、着飾って蠢く阿呆の群れ。灯明は金銀の燭台が濫りに煌めかせていて目障りだ。機嫌を窺うような聞えよがしの言葉の数々が耳障りだ。今宵この場に集ういちいちが気に障って仕方がない。
「我らは志をもって立つのです。行動にも相応しい格式というものがありますな」
「同意する。それに北部の軍と戦うこともあり得る。確かな軍略の持ち主が代表として兵権を握るべきだ」
「道理である。そして武官の本来とは貴きに仕える騎士の在り様こそが正道。野蛮の血では為し得ん」
媚びた追従が大小の波のようにして届いた。言外に仄めかされているのは臆病なる期待と尊大なる確信だ。まったく幸せな世界を生きているものだと思う。それが目に見える。
この顔、その顔、あの顔……どの顔も揃いも揃って滑稽なる醜悪さだ。笑殺して精神を踏み躙ったものか。それとも焼殺して肉体を焼き滅ぼしたものか。いずれにせよ加虐欲求の虜となってしまいそうで、束の間ながら目蓋を閉じた。
闇の中で呼吸して……笑む。不敵に。括目する。悦を湛えた双眸で。
そして優美に会釈するのだ。護国連盟に内応した近衛兵団団長、アクセリ・アーネルとして。
「同志諸卿、心配はご無用に。昨晩の件は些細な事故。前後のないごく個人的な暴走。つまるところが狂った一人の国軍大佐による犯行として処理される運び。計画には支障なし。ここにこうして諸卿が集い得たならば」
露骨に安堵する面々を見回して脳裏になで斬りと血祭を空想する。さりとて笑顔のその口からは爽やかな弁舌を披露するのだ。
「同志諸卿の憂いは当然のこと。王国に正統なる秩序を取り戻すことを目的とする護国連盟の壮挙、どうして内部に乱れのあっていいものか。政にあっては北部主導の歪を正し、軍にあっては龍将軍なる歪を正し、至尊の座にあってはヒルトゥラの血の混じる歪を正す……嘆かわしきかな、汚わいに満ちた只今の王国よ。疾く清めなければ、臭う」
聞きたいだろう言葉を羅列させ、そこに皮肉を紛れ込ませている。気付かれはしない。見たいようにしか世界を見ない奴ばらだ。そら、したり顔で首を上下に振るばかりである。カラカラと音がしないことが不思議なほどだ。
「政治の中心には伝統の秩序こそが望ましい。それは軍事においても同様のこと。不肖この私が近衛兵団団長として軍権威を象徴し、今は空席の国軍元帥を推挙して、従来の通りの対帝国戦力増強に邁進しなければならない。そして、そのためにも東龍旗を掲げることのできる正統の王を戴かなければならない。かかる大義を胸に立ち上がることが、正義でなくて一体何だと言うのか」
この夜この場に群れ集った者らの妄想を汲み取り、手振りも交えて鮮やかに再生してやったならば、頼りなげな顔という顔が頬を紅潮させていく。目を爛々とさせていく。鼻息を荒くさせていく。
それらを余さず観察して、アクセリは笑みを深くするのだ。
「私、アクセリ・アーネルが敢えて断言してみせよう」
続く言葉を待つ物欲しげな首という首に狙いを定めて、言い放つ。簡単なことだ。同じ音を三度口にすればそれで済む。いっそ優しげに発音してやった。
「駄々だ」
室内の空気がぐにゃりと歪み、やり場を失った阿りが方々で迷子になったようだ。戸惑い顔の惨めなる無防備を愉悦の内に眺めること、二秒あるいは三秒。
パチリと指を鳴らしたならば、扉を蹴り開けて屈強な兵士たちが突入してくる。その装いは王国の権威を帯びている。近衛兵だ。かつては第三王女親衛団であった男たちだ。更に昔にはハッキネン護衛団でもあった。速やかにして一分の隙もない動きである。
既にしてこの屋敷は制圧されている。贅に腐り妄に眩んだ愚にもつかない逆賊の群れは、王都に住まう同類徒党を一所に集めた今夜、逃れる術もなく白刃に包囲されたのだ。アクセリの掌の上とも言う。
「反逆罪により身柄を拘束する。抵抗する者は斬る。無論、女王陛下の裁可は得ている」
これ見よがしに捕縛縄が示されるに至り、呆然としていた者らも俄かに騒ぎ始めた。
「これはどういうことだ! アーネル卿!」
「どうもこうも、ご覧の通り。逆賊の逮捕ですな」
「馬鹿な! この期に及んで裏切るのか!」
「末期を迎えたのも、国を裏切ったのも、どちらもそちらの諸卿ばかりですな」
「志を同じくすると、そう言っていたではないか! 誓ったではないか! 偽ったのか!」
「諸卿も女王陛下に忠誠を誓っておりましたな。そちらが偽りである方が問題かと」
「し、司教の……侯爵の手による紹介状は……あれは……!」
「あれとはどれのことやら。灰にした書状も多いもので、そういちいちには」
「証拠……何の証拠があって……!」
「ああ、動かぬ証拠については焼かずに残してある。いずれご覧にいれよう」
縛られ連行されていく者らの言葉にいちいち返答する。アクセリは笑みを浮かべている。悠然と佇むばかりである。声を荒げることもなければ、凶器を持つこともない。そもそもアクセリだけは剣を帯びていない。
しかし、眼前を引き立てられていく者らは次第次第にその様相を変えていった。暴れることも、声を上げることも、何もかもが立ち消えていく。消沈していく。身を竦ませていく。震えてもいようか。
笑みのままに、アクセリはそれらを眺めていた。顔の乗った首を見ていた。
どれを刈り落とし、どれを残したものか。どの順にするか。どこに晒すか。検討する。思案を重ねる。
とりわけ太く、見栄えのしそうな一つが眼前にある。何事かしゃべっている。
「わ、儂は! 国軍の頂点に立つべき人間であるぞ! アーネル卿! 儂は、卿を娘の婿にもしてやろうと……!」
それは国軍第二師団の団長を務める国軍中将の首であった。これは第一に切断して飾り置かなければならない一つである。顎の下にたるんだ皮膚と脂肪とに注目し、首級としての範囲を目測する。
「こんなことをして卿に何の益がある! 認めるというのか! 穢れ腹の王と卑賤の将軍などを!」
「ふむ、上顎まで残せば事足りるか。下顎は舌と共に燃した方が良さそうだ。晒すには臭う」
凄惨を口にして黙らせた。二本の指を横に薙いで切り口を定めてみせた。
「子の幸せを願うのならば、今少し利口に生きるべきでしたな。こんなものに頼らず、惑わず」
縛られた肥満体の襟元に光る階級章へ手を伸ばし、それを毟り取って、振り向くこともなく後ろへと放り捨てた。小さな落下音を背に聞く。アクセリはひたすらに笑んでいる。
「美人の酌による一杯に応えて、助言をば一つ」
人差し指を立てて、それを己の唇へ軽く触れさせた。
「殊勝に沈黙し、神妙に祈るべし。王族を奉戴することもなく国へ背いた此度の企て、その罪は三族に及ぶ。妻子を生かしたくばもはや女王陛下の御慈悲に縋るより他に術もない……まあ、中将閣下の斬首ばかりはどうあっても決定事項ですがね」
咽をつまらせ、声を発するどころか息もできない有り様の国軍中将にもはや一瞥とて与えず、アクセリは部下を伴って廊下へと出た。副官が差し出してきた剣を帯び、今や一大捕縛場と化した屋敷を軍靴で踏み刻んでいく。
玄関を出たならば、庭を蹂躙するが如くに近衛兵が闊歩している。整然とした中にもどこか荒々しさがあって、草木を踏み潰すことを厭わず、邪魔な柵や壁を破砕することにも躊躇いがない。
アクセリもそれを止める気がまるでない。この夜に相応しい作法であるように思う。
「おう、アクセリさん」
青の外套を羽織ったところで声をかけられた。特注の近衛装束をまるで着こなせていない大男、オイヴァ・オタラである。護衛団時代からの付き合いであり、今は近衛兵団の歩兵隊長を務める男だ。
「国軍官舎を総当たりにしてやったぜ。尉官以上の内通者は逃さず全員捕らえた。各師団からの選抜部隊もよく動いてくれたよ」
「何よりだ。名簿を作った甲斐もある」
「ただなぁ……やっぱり身内の恥だからかねぇ……一部の奴らが少々お痛をしちまったんだけども、そう問題にはならないよな?」
「軍の内側のことならば問題ないだろう。ただし今夜のことは軍紀の乱れを正し引き締める意味もある。民や軍人の家族などに危害が及んだのならばむしろ厳罰に処されるところだ」
「ああ、なら大丈夫だ。主義主張の違いってやつで、涙の拳骨が出ただけだからな」
その程度が何だ、とアクセリは鼻先に笑った。かくも危急の事態である。軽はずみな者などは斬り捨てにしても問題になるまいと思われた。軍隊とは得てしてそういうものだし、今は戦時の只中である。
アクセリは先へ進もうとして、しかし道が塞がれていることに気付いた。オイヴァだ。並んで歩くものと思っていた大男が、行く手を遮るように立っていて退く気配もない。
「随分と物騒な顔つきをしてるぞ、アクセリさん。抵抗する奴でもいたのか?」
「気骨のある人物は皆無だな。現実を認められない類は揃っていたが、残らず縄を馳走したよ」
「そうかい。なら上々の結果じゃねえか」
「そう……だな」
オイヴァの顔を見る。近づけばアクセリであっても見上げる形になる。体格も頑強なものだから、山林の巨獣か何かが衣装を着せられているようでもある。しかも強い。アクセリの知る限りこの男に勝る武芸者は表の世界に存在しない。裏にはベルトランのような者も潜んではいるが。
それにしても笑顔である。この剣呑なる場にあって、オイヴァは常の態度でアクセリと対峙している。どこまでも爽やかに武の雄々しさを体現している。
「……わかっているさ、オイヴァ」
吐息を隠すこともせずに、アクセリは肩をすくめた。髪を掻き上げる。
「ここら辺りが俺の手繰り寄せられる最上だ。無い物ねだりで癇癪を起こす気はない」
アクセリは知る。己の裁量により実施した策は混乱に対し有効でこそあれ、最良の結果を招来するものではないということを。
アクセリは知る。多くの妥協と妥結を為し、その至らなさから既にして多大な犠牲を払うことになってしまったということを。
万能の才の限界を見極めた今、改めて己の主の強大さを思う。
マルコは勇者と聖杯騎士団を撃滅した後に深い眠りに落ちた。魔眼と火撃とが他の全てを打ち捨てても守護する特別の眠りである。全く予想だにしていなかった事態だ。クスターの死を悼む暇もなく緊急の対応がが必要となった。
初めダニエルが急場に対処し、ラウリが速やかかつ巧みに中継して、最後にはアクセリが全体を引き受けて差配した。誰もが必死だった。当然だ。マルコの代わりに彼の戦略を実行しようというのだから。しかも修正を加えつつである。
果たして、精緻に用意計画されていた策がずれていく。
まず、火撃の行軍によって威圧するはずであったマルヤランタ領が自由を得てしまった。ラウリがその商業的人脈とチトガ大町における権益譲渡とによって兵力に依らない監視と抑圧を働かせたものの、やはり領政を拘束する力としては不足した。チトガ大町はマルヤランタ領軍三千により戒厳令が敷かれ、旧第三王女親衛団駐屯地も押さえられた。
それは一つの事件だった。
目に見える形で、龍将軍の威勢の減退が知れ渡ったからである。
それはマルヤランタ侯爵を盟主とする者どもの目に好機と映ったのだろう。テルヴァハル領における護国連盟なる反逆の決起は想定の範疇にあったものの、その時期が早まった。結果としてエテラマキ領との連携を許すこととなり、それが各地での友軍の敗北を決定づけることとなった。
アハマニエミ領軍の敗れ方は、新侯爵ピエタリ・アハマニエミの未熟がそのままに表れたような潰走であったという。夜襲、奇襲の類を卑怯の戦術と罵るようでは早々勝てるものではない。本隊が意図的に見逃されたという話も聞こえている。護国連盟の側には配慮する余裕すらあったものか。かつて南部諸侯の盟主として大きく在ったウンタモ・アハマニエミの遺功が息子ピエタリを救ったのかもしれない。
他方、サルマント領軍については敗北であるにしろ後退戦と表現した方が事実に即している。西境の要害における攻防は互角であったという。同数の敵に対する拠点防御で互角ではいかにも劣勢に聞こえるが、尋常の敵ならばいざ知らず、相手が聖杯騎士団とあっては勇戦であろう。サルマント伯爵は戦上手だ。
東境をエテラマキ領軍と聖杯騎士団の連合軍に破られたことで拠点を放棄することとなるが、その退き方も巧妙だ。壁を破られても本陣の後ろに三重の柵と二重の乾堀が張られていて、サルマント領軍が越えた後には渡し板を残さない。端から退くための用意が成されていたのだ。
しかし、結局のところ聖杯騎士団の侵入を許したことには違いない。サルマント領軍は東の敗残兵を糾合しつつ北へ北へと後退している。野戦でぶつかることは避けているようだ。
その北の地にしたところで安全圏とは言い難くなった。マルヤランタ領が不気味な存在感を醸している。
反逆の盟主の領地など王都へ突き付けられた刃以外の何物でもない。厳しく監視しなければならない。これにはペテリウス領軍を当たらせることとした。一万兵力の内の五千を割いて北方支流を東へ遡航し、越境こそしないものの領都方面へと圧を与えるのである。
繊細な判断が必要となるため、その指揮はダニエル・ハッキネン子爵が執る。杖つく身に無理を強いての従軍である。船上の移動をもってすれば多少とも身を休められることが救いか。
一方、ペテリウス伯爵の直率とはいえ半減した領軍では聖杯騎士団の脅威に対抗することが難しい。また、ユリハルシラ領に兵力が不足したとなればカリサルミ領のサルマント領軍が孤立する恐れもある。
そこで一つの決断が成された。ユリハルシラ侯爵が出陣することとなったのだ。王都に呼び寄せていた領軍五千を率いて自領へと戻り、領都から更に五千を合流させて一万兵力を編成、カリサルミ領弓張原へまで南進してサルマント領軍の後退を援けることが目的だ。
敵主力との対決はユリハルシラ領軍の敗北に終わったが、しかし敗れ方にも絶妙というものがあって、聖杯騎士団をユリハルシラ領へ引き込んでの小規模遊撃戦が多発することとなった。お家芸たる遅滞戦術である。王都を目指すらしい敵の歩みを大いに乱し遅らせることに成功している。
地の利のある自領であるがゆえの、効果的で効率的な兵力の分散運用だ。軍としての練度の高さ、民に慕われる領政、そのどちらが欠けても実行不可能の戦い方である。
ところが、これが思わぬ悲劇を招いた。
ユリハルシラ侯クラウスが暗殺されたのだ。
気の知れた村落で休む油断を衝かれた形だ。村が引き受け面倒を見ていた戦災孤児が凶手だった。教会は外道の手法をもってしてまで暗い刃を用意していたのだ。全ての村、町にそれが潜伏するわけでもあるまいが、今回は最悪の形で運の有無が証明されてしまった。
総力戦という言葉がアクセリの脳裏に点滅している。
教会は取り得る手段の全てをもって王国の主権を侵害しようとしている。陰の戦力たる潜伏の凶手がそこかしこで見えざる刃を研いでいる。そしてそれは至尊の位に在る者をも凶刃の間合いに入れて……そして、アクセリは旧知の仲間を失ったのだ。
ヤルッコは女王を護って戦死した。
身を斬られ、骨を砕かれ、腸を抉られ……それでも怯まず、ただの一人として敵を通さなかった。凶手の正体を思えば物凄まじい働きぶりの意味も知れる。代々の国王より他に知るはずもない通路を出口から遡って来た頭巾の男たち……悪名高き傭兵組織“刃の団”の暗殺者である。
その侵入を察知できず、しかも圧倒するだけの戦力を用意できなかったことには理由がある。こちらの陰の戦力であるベルトランら不法組織は、その大半がマルコの所在を巡る暗闘に明け暮れているからだ。
ユリハルシラ侯の暗殺は、その影響の大小はともかくとして、偶発的な出来事であるに過ぎない。目下、教会の最大の狙いはマルコである。眠るマルコを追い求めて無数の凶刃が放たれている。
それを気にして油断したわけではない。しかしアクセリは消えない後悔を己が身命に刻んだ。
志を偽って護国連盟に加わっていた昨今のアクセリであるが、王都の反乱分子を逃さず一時に捕らえることにこだわる余り演出のさじ加減を誤ったのだ。それがヤルッコの死を招いたという自覚があった。
油断させるための様々な工夫……警戒心を解くために近衛兵の配置を最小限に留めた。増長を煽るために蜂起の成功可能性を大いに語った。それでいて集団が分散せず身を寄せ合うよう、提供する情報を人により偏らせて不安を育てた。
時に羊飼いとなり、時に道化となった。愛国の行軍歌を歌い踊り、選民の賛美歌を泣き詠じた。この夜の一網打尽のためにあらゆる手段を用いたのだ。
たった一つの要素を失念していた。
マルコにあって己にはないもの……同じ時代に生きる者の心に作用し、あるいは萎縮させ、あるいは勇躍させるもの……即ち、巨大なる者がただ在るだけで放射する圧迫感をだ。炎の如き影響力をだ。
どんなにかアクセリが才知を振り絞ってマルコを代行したところで、常識と理屈でもって策を辿っていくことしかできはしない。巧妙さをもって感心されることこそあれ、霊妙さをもって人心を掌握することなどできはしない。優れた将であることと英雄であることとは同義ではないのだ。
結果、アクセリの予想を超える愚挙が為された。
女王を玉座から引き摺り下ろした後の権力闘争をば早々と思想した国軍将校の一人が、アクセリの後塵を拝すこと確実であると憤り、功を焦って、少数部隊と共に王城へ突入したのだ。その短慮をもって深謀の意表を突かれてしまった形だ。
突入自体は予定されていた行動であったから、教会は暴動を煽ることで協力したし、王城内の内通貴族も突入部隊を手引きした。迂闊にも程がある。アクセリが夜会の席で万全を過信している間に、王都王城の中核から全てが破綻しようとしていたのだから。
ごく僅かな近衛兵を率いて真っ先に奔ったオイヴァの機敏と勇猛。
王国唯一の女性兵らを指揮して特別区画を守護したヴィルマの決意と凛然。
そして身命を使い切るが如きヤルッコの覚悟と奮闘が、アクセリの手から零れて落ちそうになっていた策を引き留め、補い、今夜の捕物にまで繋げてくれたのである。
さても、マルコの策はここで終いではない。彼が思い描く遥かなる征旅は勝利を重ねた先の地平へと伸びている。踏み締める数えきれない死の中に仲間のそれが加わろうとも……いや、加わればこそ立ち止まるわけにはいかない。勇気を萎めて凍える暇などはない。
一歩でも前へ進むべし。一息でも速く進むべし。マルコを主と仰ぎ闘争を続ける我らこそが、時代をどよもし革新を成していく先頭集団なのだから。
耳に近衛兵団の勇ましさを聞く。
鼻に夏の夜の王都に漂う戦争の気配を嗅ぐ。
胸に宿る火炎を呼吸の度に感受したならば、そら、後悔すらも闘志の燃料と化す。アクセリは心から笑むことができる。マルコに従う将の第一として、誰よりも大胆に世界を眺めまわすことができる。
「ふ……多少は昂っているかもしれんが」
オイヴァに向けて右の拳の持ち上げて見せて、アクセリは言う。
「かかる状況とこれからの行動とを思えば、却ってそれが正常というものだ。違うか?」
返答はまず屈託のない笑みでもって返された。次いで大きな拳が上からアクセリのそれを打った。
「違いねえ、違いねえな! 王都を背負っての合戦なんざ、まるで英雄譚だものなあ!」
アクセリは拳を素早くして、オイヴァのそれを上から打った。笑みを深めた。
「それは違うぞ、オイヴァ。何しろ我らは王国の軍権威の頂にして誉れ高き近衛兵団であるらしい。その前には第三王女親衛団であったし、更に前にはハッキネン護衛団でもあったが……いつの間にやらな」
人差し指を立てて、訂正を告げた。
「つまりは通常業務ということだ。女王陛下を守護奉ることは仕事の一環に過ぎん」
沈黙は一瞬、共に笑い声を上げることは長くして、アクセリは歩き出す。オイヴァを隣にして戦場へと向かう。歴戦の勇士たちが整列して作る道を堂々と進んでいく。
合戦だ。護衛団時代には荷を護るために、親衛団時代には王女を護るために、そして近衛兵団となった今にはこの国の王を護るために戦うことが仕事である。何の特別もあったものではない。
王の敵を討つべく、アスリア王国近衛兵団は出撃するのだ。
マルコがそうと望んだままに。




