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次回をお願いします。

次回をお願いします。

ありがとうございます。それでは第三回です。


ここでは物語の折り返しに向けて、幻想世界の広がりと星の川の異変を描き始めます。前半は静かですが、最後に「何かがおかしい」という気配を読者へ示します。


⸻


『星を編む渡し守』


第三章 沈む星


 それから数日の間、リオは夜になるたびエナを舟へ乗せた。


 祖父は何も言わなかった。


 知っていて黙っているのか、それとも気付いていないのか、リオには分からない。


 だが夜の仕事は続き、星の川も変わらず流れていた。


 エナは毎晩、初めて世界を見る子どものように景色を眺めた。


 流れる願い。


 揺れる星。


 水面を渡る風。


 その一つ一つに驚き、時には立ち止まり、小さな疑問を口にした。


「どうして願いは光になるの?」


「どうして夜だけ流れるの?」


「朝になったら、どこへ行くの?」


 そのたびにリオは困ったように笑う。


「じいさんに教わったことしか知らない。」


「じゃあ、本当のことは誰も知らないの?」


「……そうかもしれない。」


 渡し守は願いを運ぶ。


 しかし、願いが生まれる理由までは教えられていない。


 リオは初めて、自分が思っていたより世界を知らないことに気付き始めていた。


 その夜、二人はさらに上流へ舟を進めた。


 霧が晴れると、湿原が現れる。


 一面に青白い蛍が飛び交い、水面へ淡く映り込んでいる。


「きれい……。」


 エナは思わず立ち上がる。


 蛍は人を恐れず、静かに二人の周囲を舞っていた。


「これは願いじゃない。」


 リオが言う。


「約束だ。」


「約束?」


「果たせなかった約束。」


 一匹の蛍が舟へ止まる。


 その光はゆっくり膨らみ、若い兵士の姿を映した。


 兵士は笑っていた。


 「必ず帰る。」


 誰かへそう言った口元だけが見え、姿は風のように消えていく。


 蛍もまた、夜空へ溶けた。


 エナは長い間、その空を見上げていた。


「帰れたのかな。」


 リオは答えられなかった。


 帰れたのか。


 帰れなかったのか。


 分からない。


 分かる必要もない。


 それが渡し守という仕事だった。


 だが、エナは違った。


「もし帰れなかったなら、この約束は今も待ってるんだね。」


 その言葉に、リオは胸の奥が少しだけ痛んだ。


 約束は消えるものではない。


 誰かが忘れても、どこかに残り続ける。


 そんな気がした。


 湿原を抜けると、川は再び細くなる。


 岸辺には古びた木々が並び、その枝には白い紙片のようなものが無数に揺れていた。


 風が吹く。


 紙片は一枚ずつ舞い上がり、夜空へ散っていく。


「雪?」


「違う。」


 リオは一枚を受け止める。


 そこには細かな文字が並んでいた。


 誰かが綴った詩だった。


「読まれなかった言葉は、ここへ流れてくる。」


 エナは紙を受け取る。


 書かれていたのは短い一節だった。


 春は必ず来る。だから今日だけ泣こう。


 作者の名はない。


 いつ書かれたものかも分からない。


 けれど、その言葉だけは胸へ静かに残った。


「この人は幸せだったと思う?」


 エナが尋ねる。


「どうして?」


「こんな言葉を書ける人だから。」


 リオはしばらく考えた。


「分からない。」


 そして笑う。


「でも、誰にも読まれなかったのは少し寂しい。」


 エナも微笑んだ。


「今日、読んだよ。」


 その瞬間だった。


 紙片が淡く光り、夜空へ舞い上がる。


 まるで長い眠りから解放されたように。


 二人は黙って見送った。


 その光景を見たリオは、祖父から教わったことのない出来事に驚いていた。


「そんなこと……初めてだ。」


「何が?」


「願いじゃないものが、あんなふうに空へ昇るなんて。」


 エナは首を傾げる。


「誰かに届いたからじゃない?」


 あまりにも自然な答えだった。


 だがリオは、その言葉を簡単には受け入れられなかった。


 願いは運ぶもの。


 それが渡し守の常識だった。


 誰かに理解されるだけで救われる言葉があるなど、一度も考えたことがなかった。


 夜明けが近づき、二人は舟を岸へ戻す。


 しかし、その途中だった。


 流れていた星々の中へ、一つだけ黒い光が混じる。


 墨を一滴落としたような、小さな闇。


 それは静かに水底へ沈み始めた。


「見ちゃだめ!」


 エナが思わず声を上げる。


 しかしリオは、すでにその黒い光を見つめていた。


 沈んだ場所から、水面が音もなく波打つ。


 やがて暗い水底から、何かがゆっくりと動いた。


 魚ではない。


 人でもない。


 闇そのものが形を持ち始めたような黒い影だった。


 影は沈んでいく願いを一つ飲み込む。


 すると、その光は跡形もなく消えた。


 リオは思わず櫂を握り締める。


「あれは……何だ。」


 エナは震える声で呟く。


「……あの子、お腹を空かせてる。」


 その言葉を聞いた瞬間、リオは寒気を覚えた。


 恐ろしかったからではない。


 エナの声には、恐れよりも哀れみが混じっていたからだった。


 夜明けの光が東の空を白く染め始める。


 黒い影は静かに水底へ沈み、まるで初めから存在しなかったかのように姿を消した。


 そのすべてを、岸辺に立つ一人の老人が見つめていた。


 オルドは深く目を閉じ、小さく呟く。


「……始まってしまったか。」


⸻


(第四章へ続く)

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