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では第一回をお願いします。

では第一回をお願いします。

ありがとうございます。それでは第一回です。


今回は約2000字を目安に、「世界へ読者を招き入れること」を最優先にします。まだ大きな事件は起こさず、世界の不思議とリオの日常、そして最後にエナとの出会いまでを描きます。


⸻


『星を編む渡し守』


第一章 夜に舟を出す者


 山々に囲まれたリュミエルの村では、夜になると誰も山の向こうを見ようとはしなかった。


 恐れているからではない。


 夜には夜の仕事があり、それは人間の目で見届けるものではないと、村人たちは昔から知っていたのである。


 夕暮れになると家々の窓には明かりが灯り、夕食を終えた人々は静かに眠りにつく。子どもたちは「願いごとは寝る前に心の中だけで唱えなさい」と教えられて育つ。声に出した願いは風へ散るが、胸の奥で生まれた願いだけは、夜空へ届くのだという。


 十七歳のリオも、その言葉を幼い頃から聞いて育った。


 もっとも、彼にはそれが迷信ではないことを知っていた。


 日が完全に沈む頃になると、彼は村外れの小屋へ向かう。壁には煤が付き、屋根には苔が生えている古い舟小屋だ。昼間にそこを訪れる者はいない。


 軋む扉を開くと、一艘の小さな木舟が静かに待っていた。


「遅れるなよ。」


 背後から声がする。


 祖父のオルドだった。


 白い髭を胸まで伸ばした老人は、灯火を片手にゆっくり歩いてくる。年老いてはいるが、その足取りは不思議なほど確かだった。


「今日は風が強い。川の流れも少し速くなる。」


「分かってる。」


「分かっているならいい。」


 それだけ言って老人は舟へ手を添える。


 毎晩繰り返される会話だった。


 オルドは村で唯一の渡し守であり、リオはその見習いだった。


 ただし運ぶものは人ではない。


 願いである。


 舟を押し出すと、夜の川は月明かりを映しながら静かに流れていた。


 昼間にはどこにでもある山の川にしか見えない場所だったが、夜になると景色は一変する。


 水面には無数の光が漂っていた。


 青く。


 白く。


 時には金色に。


 蛍よりも小さな光がゆっくりと流れ、川全体が星空を映した鏡のように輝いている。


「今日も多いな。」


 リオが呟く。


「収穫祭が近いからだ。」


 オルドは当然のように答える。


「豊作を願う者もいる。家族の病が癒えるよう願う者もいる。若者は恋を願い、老人は静かな朝を願う。」


 老人は一つの光を掬い上げる。


 手のひらへ乗せられた光は小さく震え、春先の若葉のような淡い緑色をしていた。


「これは?」


「生まれてくる子どもの幸せを願う親の光だ。」


 光は再び川へ戻され、ゆっくりと流れていく。


「願いには色がある。」


 それもリオは何度も聞いてきた。


 喜びは金。


 祈りは白。


 悲しみは青。


 しかし祖父は最後まで教えないことが一つだけあった。


 黒い光だけは、決して見つめるな。


 その理由だけは話してくれなかった。


 二人は舟を漕ぎながら、流れてきた光を枝や岩へ引っ掛からないよう川の中央へ戻していく。


 それだけの仕事だった。


 誰にも感謝されない。


 誰にも知られない。


 それでも、この流れが滞れば願いは空へ届かなくなる。


 夜半を過ぎる頃、オルドが舟を止めた。


「今日はここまでだ。」


 リオも櫂を止める。


 見上げると、空には数え切れないほどの星が広がっていた。


 川と空。


 どちらが星を映しているのか分からない。


 そんな夜だった。


「じいさん。」


「何だ。」


「願いって、本当に全部届くのかな。」


 老人は少しだけ考えた。


「届く願いもある。」


「じゃあ届かない願いは?」


「……それを運ぶために、わしらがいる。」


 答えはそれだけだった。


 帰り道、リオは妙なことに気付く。


 川岸に誰かが座っている。


 村人ではない。


 白い衣をまとった少女だった。


 月明かりの中で膝を抱え、まるで何時間もそこにいたかのように水面を見つめている。


 こんな時間に。


 こんな場所へ。


 人が来ることなどない。


 リオは舟を岸へ寄せた。


「君、大丈夫?」


 少女はゆっくり顔を上げる。


 銀色にも見える淡い髪。


 夜空を映したような瞳。


 どこか悲しそうなのに、不思議と涙は浮かんでいなかった。


「ここが、どこか分からない。」


 小さな声だった。


「村の人?」


 少女は首を横に振る。


「名前は?」


 少しだけ考え、答える。


「……エナ。」


 それだけだった。


「家族は?」


 沈黙。


「覚えてない。」


 その言葉を聞いた瞬間だった。


 舟の後ろで祖父が立ち上がる。


 老人は少女を見るなり、顔色を変えた。


「リオ。」


 低い声だった。


「舟へ乗せるな。」


「でも──」


「乗せるな。」


 その口調には、一度も聞いたことのない厳しさがあった。


 エナは何も言わない。


 ただ夜の川を見つめ続けている。


 その肩へ、流れていたはずの光が一つも近寄ろうとしないことに、リオはまだ気付いていなかった。


 それが、この世界の理から外れた少女であることを示す、最初の兆しだった。


⸻


(第二章へ続く)

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