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第二十二話 教える手、教わる手(4)

 その後、カナデは母親が作った大量の唐揚げを、ぺろりと平らげた。本当に、カナデが食べたものは細い身体のどこに吸収されているんだろう。夕食中の母親はいつもより上機嫌で、わたしの昔話なんてしてくるものだから、話を逸らすのが大変だった。


 先にお風呂に入ってもらい、そのすきに部屋に来客用の布団を敷く。狭い部屋は、ベッドと布団で足の踏み場がなくなっている。この間カナデの家に泊まった時は、一緒に寝てもらったけれど……ええと、今日は、どうするんだろう。思い出すだけで、ぼっと身体が熱くなる。布団を整えながら、わたしは変にそわそわしていた。


「ミナ、お風呂上がったよ。ありがとうね」


 床に敷いた布団の上で正座をしていると、わたしのパジャマを着たカナデが部屋に入って来た。カナデが普段絶対着ないような、もこもこの部屋着。その姿を見て、心を撃ち抜かれた。


「うわあ……カナデ、すっごくかわいい……」


「ちょっと、やめてよ。絶対似合ってないから」


 照れて頬を赤らめたカナデは、普段のきりっとした姿とあまりに違って、胸が大きく高鳴った。くっきりとした美人の顔立ちは、きっと何を着ても映えてしまうんだろう。この瞬間を写真に残したいくらいだったけれど、絶対嫌がられると思って、目に焼き付けるだけにした。


「……でも、そうだね。全身からミナのいい香りがする」


「えっ。何それ、なんかやだ……」


 その言葉は褒めてるのか褒めてないのかよく分からなかったけど、なんだか恥ずかしいのは確かだった。ふわふわの服を着たカナデに見送られ、わたしもお風呂に向かって行った。あんまり待たすのも悪いと思って早く上がり、部屋に戻る。すると、母親とカナデが布団の上で、アルバムを広げながら談笑していた。


「うわあ! お母さん! 何してんの!」


「えー? 奏ちゃんに、美奈ちゃんの子供の頃の写真を見せてたの。懐かしいでしょ?」


 呑気に言う母親の横で、もこもこのカナデがアルバムのページをめくっていた。一枚ずつ丁寧に写真を眺めながら、感心したように声を上げる。


「へえ、ミナ。昔はすっごい活発そうな感じじゃん。今は大人しそうな見た目なのに」


「もう! カナデも見るのやめてよ!」


 慌ててカナデが見ているページを覗き込むと、快活な表情をした小学生のわたしが、カメラに向かってピースを向けている。何も考えてなさそうな、嫌になるほどに明るい表情。本当にわたしと同一人物なのかと、目を疑いたくなってしまう。その笑顔が眩しすぎて、思わず目を逸らしたくなった。


「この頃の美奈ちゃんは、凄く元気いっぱいで明るかったんだけど……どんどん内気で大人しくなっていったわよね……転校ばかりで、寂しい思いをさせてしまったから」


「いや、別にそれが原因じゃないと思うけど……。年のせいでしょ……」


 写真に視線を落とした母親を見下ろしながら、呟いた。こんなに明るい表情をしていたわたしが、気付いたら毎日つまらなそうな、死んだ顔をして歩くようになっていた。いつの間にか、何かを始めても「どうせまたすぐ終わる」と思うようになって。諦め癖が染みついたのは――いつからだっただろうか。その原因は転校が多かったのも一因ではあるかもしれないけど、よく分からない。


「転校で色々なことを諦めさせてしまったから、申し訳ないと思っていたの。でも、高校生になって、奏ちゃんと仲良くなってから……楽しそうで、お母さん安心しちゃった。毎日のように、奏ちゃんの話をしてるのよ」


「やだ! 何言ってんの! さすがに毎日はしてないから!」


 赤くなってかぶりを振ると、カナデが声を上げて笑い出した。静かな部屋の中に明るい笑い声が響いて、カナデの潤んだ瞳がわたしを見ていた。


「はー、ミナ……。ほんと私のこと好きなんだね……」


「そうなの。この子奏ちゃんのこと大好きみたいで。いつもありがとうね」


「もう! 余計なこと言わないでよ!」


 身体中に汗をかきながら、ぐいぐいと身体を押して母親を部屋から追い出そうとする。母親は「じゃあごゆっくり~」なんて言いながら、手を振って部屋から出て行った。笑い転げているカナデと、真っ赤になったわたしが、夜の部屋に取り残される。カナデは息を整えながら、再びアルバムに手を伸ばした。


「ちょっとカナデ……笑いすぎじゃない?」


「いや……ふふっ、ごめんって。ミナは本当可愛いよね……めちゃくちゃ分かりやすいよ。全部顔に出てるんだもん」


 そんなこと言うカナデを、じっとりとした目で見てしまう。――そんなことない。だって本当の気持ちは、カナデにすら届いていないのに。この恋が“友情”として見えてるうちは、まだ安心できる。だけどそれ以上に見えたとき、全部壊れてしまいそうで――怖い。いつか隠した恋心まで、バレてしまったらどうしよう。


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