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第二十二話 教える手、教わる手(3)

「……ミナにあげるために作ったのに、結局一緒に食べるっていう……でも美味しい。私もやればできるんだね」


 ガトーショコラを一口頬張って、カナデは笑う。カナデがわたしのために作ってくれたガトーショコラは――今まで食べたお菓子の中で、一番特別で美味しかった。嬉しすぎて……口に広がる甘さが、なんだか涙腺まで緩めてくる。


「まあでも、一人じゃ絶対無理。ミナに教えてもらわないと作れない。……ミナは料理もできるんでしょ? 本当すごいよ、尊敬する」


「そんな、すごいものは作れないし……レシピ見てやってるだけだから。それに、カナデだって……慣れれば絶対、できるようになるよ」


「いや、私は向いてないから。それにしても、料理もお菓子も作れるなんて……」


 フォークを片手に呟いたカナデが、ふとこちらを見て微笑んだ。


「将来ミナは、いいお嫁さんになれるよ。何なら、私がもらいたいくらいだ」


 えっ。手元に思わず力が入って、かちり、とフォークがお皿に当たる乾いた音が響いた。心臓が一瞬、止まったみたいになって――わたしは、思わずカナデを見つめ返していた。カナデはなんてこと無さそうに、ガトーショコラを食べ続けている。


 なに、それ。冗談のはずなのに、わたしには――冗談だって分かっているのに。どうしてこんなに、心が揺れてしまうんだろう。口の中の水分が、なくなっていくようで――フォークを持ったままの指先が、僅かに震えていた。


「カナデ、それって、どういう……」


 つい言葉が漏れると同時に、玄関の扉が鳴る音がする。「いい香り~」なんていう母親の呑気な声に、はっと我に返った。


「……カナデったら、わたしのこと、買い被り過ぎだから」


 ごまかすように紅茶を啜って、視線を逸らす。カナデはわたしの顔を見ながら、「本気でそう思ってるんだけど」と笑っていたけど、いつものようにからかっているに決まっている。本気だなんて、そんなの――信じられるはずがない。


「奏ちゃん、晩ご飯食べて行かない? 今日は美奈ちゃんの好きな唐揚げなの。何なら泊まって行ってくれても大丈夫よ!」


 上機嫌な母親がこんなことを言い出して、結局その流れで、カナデが泊まっていくことになってしまった。動揺はあったけれど、内心では跳ねそうなくらいに嬉しかった。今日一日、カナデと一緒にいられる――それだけで、世界が少しだけ輝いて見える。


「お母さんが急にごめん……大丈夫だった?」


「全然。うち両親帰り遅いし、今日は居るの兄貴だけだから、むしろありがたいよ。ていうか、ミナ唐揚げ好きなんだね。……確かにお弁当の中に、よく入ってる気がする」


「そうなの。うちの美奈ちゃん、唐揚げ大好きで。何なら休みの日に一人で作ってたりするわよね?」


 リビングでカナデと話していたら、母親が横槍を入れてくる。やり辛いったらありゃしない。カナデは笑いながら「そうなんですか、すごい」なんて言っているけれど……母親を睨みつつ、カナデの腕を引っ張った。


「もう……! 部屋に戻るから! ついてこないでよね!」


 ぐいぐいとカナデを引っ張って二階の自室に押し込み、溜息と共に丁重に扉を閉めた。これ以上母親とカナデを一緒にしていたら、何を言われるか分かったもんじゃない。


「……へえ。これが、ミナの部屋。やっぱ可愛い感じなんだね」


 気付いたら、カナデが興味津々といった顔で辺りを見回していた。カナデの部屋とは違い、わたしの部屋は狭いうえに色々と物が溢れている。一応掃除はしたけれど、それでもごちゃごちゃしている印象だ。カナデは部屋をぐるりと回り、ベッドの脇にいたアザラシのぬいぐるみに目を止めた。


「あっ。これってアレじゃん。夏に水族館行ったときにあげたやつだ。ミナ、一緒に寝てくれてるんだ」


 しまったと思い、顔が熱くなる。一緒に寝てるうえに毎晩抱きしめているだなんて、絶対に言えない。へえ~とカナデは楽しそうに、ゆっくりと視線を辺りに飛ばす。そんなに見ても面白いものは何もないのだから、本当にやめて欲しい。


「あ、これ、前撮ったプリクラだ。勉強机に挟んでるの? この時のミナは初々しくて、可愛かったよね」


 どうしてカナデは、いちいち気付いてしまうんだろう。もしかして、わたしが分かりやすいところに置き過ぎなの?


「もう、あんまり見ないで……ていうか、なにそれ! 今は可愛くないみたいじゃん」


「ははっ、ごめんって。ミナは今も可愛いよ。でも、ふうん……ミナも、いつでも見える場所に置いてるんだ。なんか嬉しいね」


 カナデは、さらりと笑って言う。その言葉がこそばゆくて、ちょっとだけ切なくて――わたしはつい、口を噤んだ。むくれながら、勉強机の上のプリクラに視線を落とす。カナデと初めて遊んだ日に撮った、わたしが変な顔をしているハグのプリクラ。何度見ても、酷い顔をしていると思う。それでも、今のわたしにとっては大切な思い出だ。ちなみにプリクラの横には、観覧車に乗った際に買ってしまった、恥ずかしいツーショットの写真が並んでいる。


「ていうか……わたしも、ってことは……カナデもどこかに飾ってるの?」


「えっ? 定期入れの中に入れてるけど。開くたびに見てるよ、ミナの変な顔」


「うそでしょ? ねえ……やめてよ……!」


 くすくす笑うカナデを、睨むふりをして見つめ返す。――本当に、カナデはずるい。そんなに、わたしのことを大事そうにしないでよ。だってわたしは、カナデにとっての友達でしかないのだから。


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