表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/135

誰が猫を殺したか

不確定性という意味では、もっとも大きな話がある。


シュレーディンガの猫である。

猫を箱に入れて、いつ死んだのかという話である。


話を簡単にするために、ガスは入れず、酸欠による窒息死としよう。

必ず、猫は死ぬ。で、ここで重要なのはいつではなく、なぜ死んだのかである。


「酸素を使い切ったからでしょ」

それは、蓋をしたからである。つまり、猫を殺したのは科学者である。


「蓋をしなければ実験にならない」

そう、科学者は猫が死ぬための実験がしたくて、通常ではない状況に猫を置いたのである。


「蓋を開けたぐらいじゃ、入ってくる酸素なんてしれてる」

ここで、もう一箇所かれらが閉じた場所がある。


それは、猫を置くための床である。

もし、床が金網なら窒息しない。つまり、床と天井が開いていれば猫は窒息死しないですむのである。


宇宙も同じだ。宇宙に天井を決めたのは学者である。

「宇宙に床なんて見えない」


それは、観察者の足元だ。学者は最初から我々が窒息することを望んでいた。

自説のためには、宇宙は有限でなくては困るのである。


宇宙には天井も床も存在しない。かれらの好きな天動説で説明するならば、エネルギーは無尽蔵に足元から供給されるのである。


観察者は星にいるのではない。観察者は太陽にいるのだ。


学者の実験は、自説を立証するためのものである。否定するような実験は行わない。だから、普通ではありえない環境を作り、自説を押し通すのである。

「灯台下暗し」

頭のいい人間ほど、足元はみない。天文学者は上ばかり見ている。たまには、下も向こう。


宇宙は、ビッグバンから始まったんだろ。なら、今もバンしてないと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ