誰が猫を殺したか
不確定性という意味では、もっとも大きな話がある。
シュレーディンガの猫である。
猫を箱に入れて、いつ死んだのかという話である。
話を簡単にするために、ガスは入れず、酸欠による窒息死としよう。
必ず、猫は死ぬ。で、ここで重要なのはいつではなく、なぜ死んだのかである。
「酸素を使い切ったからでしょ」
それは、蓋をしたからである。つまり、猫を殺したのは科学者である。
「蓋をしなければ実験にならない」
そう、科学者は猫が死ぬための実験がしたくて、通常ではない状況に猫を置いたのである。
「蓋を開けたぐらいじゃ、入ってくる酸素なんてしれてる」
ここで、もう一箇所かれらが閉じた場所がある。
それは、猫を置くための床である。
もし、床が金網なら窒息しない。つまり、床と天井が開いていれば猫は窒息死しないですむのである。
宇宙も同じだ。宇宙に天井を決めたのは学者である。
「宇宙に床なんて見えない」
それは、観察者の足元だ。学者は最初から我々が窒息することを望んでいた。
自説のためには、宇宙は有限でなくては困るのである。
宇宙には天井も床も存在しない。かれらの好きな天動説で説明するならば、エネルギーは無尽蔵に足元から供給されるのである。
観察者は星にいるのではない。観察者は太陽にいるのだ。
学者の実験は、自説を立証するためのものである。否定するような実験は行わない。だから、普通ではありえない環境を作り、自説を押し通すのである。
「灯台下暗し」
頭のいい人間ほど、足元はみない。天文学者は上ばかり見ている。たまには、下も向こう。
宇宙は、ビッグバンから始まったんだろ。なら、今もバンしてないと。




