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数学は0によって発展し、物理は0によって退化した
0の発見は数学にとって、進歩だという。それは、位取りの0をフル状態としているからだ。無ならば、桁落ちする。
しかし、物理学者は0を無と解釈した。見えないものは無だと。
我々は知っている、低温の水が氷としてつかめるようになり、高温の水は水蒸気として見えなくなることを。
なら、宇宙だって同じだ。見えない空間のほうがエネルギーが高く、見える星のほうが低いと。
もっとも、この場合のエネルギーとは単なる熱ではない。
星は熱を放出する。ならば、内部のエネルギーは減っていく。エネルギー保存の法則である。
しかし、いつしかそれを無視するようになった。
かれらは、軽い恒星が大量に熱を放出し、重い惑星が熱を出さない理由を説明できない。そりゃ、無理もない。質量とエネルギーの関係を間違えていたんだから。
軽いものほどエネルギーが高く、重いものほどエネルギーが低い。それならば、金属が冷たい理由もわかるだろう。
運動と質量は背反である。つまり、重力は運動でも質量でもある。運動を粒と定義すれば、それは重力子と見える。つまり、素粒子はエネルギーであり、物体なのか波なのか運動なのかは、勝手に決めることができる。いわば、決めたもの勝ちになっている。
学者は素粒子そのものを見ない。そのエネルギーを見つけては勝手に粒だと騒ぐのである。




