100『生麦から藤沢へ』
くノ一その一今のうち 閑話休題編
100『生麦から藤沢へ』 そのいち
生麦のお寺ではよくしてもらった。ご迷惑が掛かってはいけないので触れることは控える。
ただね、このあたりは160年ほど昔、生麦事件のあったところ。
薩摩の大名行列の邪魔をしたというので、イギリス人たちが薩摩の侍に切られたという事件。その場で切り殺された者もいたけど、重傷を負いながら逃げたのも居て、そのイギリス人が馬に乗ったままお寺の前の道を走って行ったという。そのイギリス人は追ってきた薩摩藩士に止めを刺された。
忍者というのは一見ぼんやりとしている。正体を悟られないためにね。でも、根っからのぼんやりじゃない。根っからのぼんやりに忍者は務まらない。
「葬送のフリーレンなんや!」
百花が鼻を膨らませる。
フリーレンはエルフの魔法使い。敵の魔族を欺くために普段は自分の魔力を隠して、仲間と魔王退治の旅をしている。ここ数年でいちばん人気のアニメだ。
「そうだね」
お寺を出てから、アニメの話をしながら旧東海道、ほとんど国道一号線を西へ。
「大阪勤番は警告してたんやけどね」
いっしゅん——え?——だけど、生麦の続きと悟る。
「神戸とかには外国人多かったさかい、くれぐれも気を付けるように、うちの六代前も行列に付いとった」
「そうなんだ」
「江戸の山潜衆がボンクラやった」
大阪弁だけど、百花は薩摩の忍者だ。
「うちのテリトリーは近江の土山までやさかいに、そこから先は責任ないねんけど、山潜衆のチョンボには違いない。風魔は?」
「うちは北条の忍びだったからね、江戸時代はずっと外野だったんだけど、何度かね……」
そのいちを襲名してから少しは勉強した。等々力は倒木で暇だったしね。
風魔は時々御庭番の下請けをやらされていた。あんまり自慢になる話は無いんだけど、まあ、百花は話してくれたんだ。わたしもお返しをしなくちゃね。
「皇女和宮って知ってる?」
「ああ、14代家茂さんの御台所さんやねえ。たしか、明治天皇の叔母にあたる内親王さま」
「しっかり知ってるんだ」
「幕末はいろいろあったさかいね」
「和宮さん乗り気じゃなかったから、途中で自害するって噂とかあって、箱根を超えてから江戸城に着くまでガード兼監視をやってたんだよ」
「え、そうなんや!?」
「リアクション大きいね(^^;)」
「いや、和宮は篤姫さん、手ぇ焼いてたしい」
「アツヒメ……」
風魔に関係ないと、知識は高校生程度。
「11代家斉さんの御台所さん、和宮さんの実質的姑さん」
「そのアツヒメさんが?」
「篤姫さんは薩摩のお姫様やってんよ」
「あ、ああ」
「折り合いが悪ぅて苦労しはってぇ……内親王時代の和宮さんのことあれこれ調べては篤姫さんに知らせてたのが、うちの七代前」
「うちはね、嫁入り道中の和宮さんを板橋の……」
「ええ! 板橋いうたら縁切り榎! そうか、あそこに寄ったんは、あんたとこのご先祖の仕業!」
「自殺されるよりはね(^^;)」
「ああ、だましだまし、ガス抜きっちゅうことやねんねぇ……」
そうなんだ、和宮は神経衰弱になってて、道中自害するんじゃないかって幕府もお付きの人も気が気じゃなかったんだ。
「それで、縁切り榎の前で休憩させて……せやねぇ、いつかは分かれて京都に戻れる。そう思たら、ちょっとは気ぃ楽になるやろしねえ」
「家茂さんがいい人だっていうのは、うちのご先祖も分かってたし、取りあえず江戸城まで……ってことだったんだよね」
「ほんま、いつの時代も忍びは苦労してきたんやねえ……あ、制服変えなら!」
「あ、そうだ!」
横道に入って、慌てて変身。
武蔵小杉高校をチェンジすると、なんと軽井沢高校!?
「え、バグった!?」
慌てて住所を確認すると、横浜市軽井沢。
昨日は等々力もあったし、なんか神奈川はめちゃくちゃ。
「なんかイワレがあるんやろねえ」
こだわっていては進めないので先を急ぐ。
道を戻ると浅間神社、さっきは軽井沢だし……こだわっていては、今も言ったけど先に進めない。
「よし、行くぞ!」
気持ちも新たに歩くと、道端に小さな赤い碑が立っている。
——職人が移住してきた芝生村(現浅間町)——
「「なになにぃ……」」
明治になって旅行や移動や職業が自由になって、東海道沿いのこのあたりに生活用品などの職人が大勢移住してきたと書いてある。
うちの風魔や等々力百人衆、明治になって忍びでは食べていけないので、職人になった者も大勢いた。
地理的にも近いし、ひょっとしたら……と思ったけど、今度こそ先を急いだ。
その日、午後からはもう一度制服をチェンジして、藤沢の神社に泊った。
☆彡 主な登場人物
風間 その(そのっち) 世襲名・そのいち
風間 その子 風間そのの祖母(下忍)
百地三太夫 百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
鈴木 まあや アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
中村 百花 薩摩の山潜衆の忍者
忍冬堂 百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
徳川社長 徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
服部課長代理 服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
十五代目猿飛佐助 もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
多田さん 照明技師で猿飛佐助の手下
杵間さん 帝国キネマ撮影所所長
えいちゃん 長瀬映子 帝国キネマでの付き人兼助手
豊臣秀長 豊国神社に祀られている秀吉の弟




