第142話 漢を呼び寄せる男
今回の話を読む前に、
第28話 ゼスト、川へ
第85話 王城へ
第87話 捨てる神あらば、拾う神あり
第103話 家族
こちらの話を読み直しておくと、より面白く感じるかもしれません。
ゼストとグロックの二人は、王宮辿り着くと、王宮内へは入らず庭園を迂回するように回り込み、兵舎塔を目指す。
二人とも初めて訪れる場所という事でもない為、その足取りに迷いはないが、兵舎塔へと近づけば近づく程、ゼストの表情が固いものとなっていく。
グロックはあえてそのまま黙認する事にした。今、ゼストに声を掛けるのは、ただ単に心を乱す事になるやも知れぬ。それに、気持ちを固める為の時間も必要だとの考えゆえであった。
まだ朝早い時間帯ゆえか、普段兵士が日々の鍛錬を行う訓練場には人の姿は見受けられない。気持ちのいい朝を祝福するが如く、番いの小鳥が囀りながら飛び交っていた。
「こ…ここには居ないようですね。グ…グロックさん、兵士棟へと行ってみましょう」
そう話掛けてきたゼストの呂律が、どうにも怪しいと感じたグロックは、ゼストを呼び止める。
「まあ、待つんじゃ。お主少し緊張しすぎじゃぞ。そのまま行かせても良いかとも思っておったが、やはりどうにも心配じゃ。ほれ、ここで深呼吸せい。何、恥ずかしい事はない。今は見ておるのも、わしのみじゃ。わしから見ればお主は、わしの子供と言っても差し支えない歳じゃて。ほれ、子供らしく親の言う通りにせい」
「あははっ! 判りました。じゃあ義父さん、ちょっと時間を貰います」
グロックは知らないはずだが、ゼストはだいぶ前に既に両親を失っている。ゆえに、マーレと一緒になるまでは、この身一つで生きてきたし、天涯孤独の身の上であった。
だからこそ、と言えるのかも知れないが、自分が家族を持てたという事が嬉しい。だが、家族を持ったがゆえ、家長という名の重圧が圧し掛かる事にもなる。
グロックがあえて、親という言葉を用いたのは、今は家長ではない。という事を認識させる為であろう。
亀の甲より年の功という言葉があるが、正しくその通りだという事を実感するゼスト。
(ホント、敵わないな……。俺が今のこの人と同じ歳まで歳を重ねた時、誰かに同じことを言ってあげられるだろうか……)
ゼストは、グロックの心遣いを素直に受け取ると、その場で数回深呼吸を繰り返す。
「義父さん、お待たせしました。もう大丈夫です」
グロックは、ゼストが再び自分の事を義父と呼んでくれた事に目を細める。二度もそう呼んで貰えた事に嬉しさを噛みしめていた。
「では、行くか」
二人は、ゼストの心持ちが固まった事で、再び歩き始める。程なくして、兵士棟へと辿り着いたのだが、約束の時間までには、まだ多少余裕があるはずなのだが、兵士棟の前で弓兵隊の隊長が一人待っていた。
ゼストは、隊長の姿を視界に収めるなり、一人先に駆け出すと、隊長へと声を掛ける。
「おはようございます。本日から、お世話になります。ゼストです」
そう言って、隊長へとお辞儀をするゼスト。
「ああ。おはよう。弓兵隊の隊長を任されているカール・ガーランドだ。本日から宜しく頼む。今日が待ち遠しくて、早起きしてしまった。まあ、そのなんだ……。俺がここに居るのは、期待感の表れとでも思ってくれ」
カール隊長は、そう自己紹介をすると、ゼストに握手を求める。カールは、ゼストより若干年下なのだが、あえて年上だからと敬語は使わない。自分が、年上のゼストに気を回しすぎると、かえって団の規律を保てなくなるゆえであった。
ちょうどその頃、遅ればせながらグロックが歩み寄ると、目的であるカール隊長へと声を掛けた。
「これはこれは、隊長さん自らお出迎えとは、痛み入りますな」
「おや? グロック先生。本日はいかがしましたか? もしかして、また何かの実験とかでしょうか?」
「いやいや。そういう訳ではないんじゃ。ゆえあって、今はこの者と生活を共にしておってな。今となっては息子同然の間柄じゃ。それゆえ、今回の件、改めて隊長さんにお礼をと参った次第。隊長さん、ありがとう。本日からゼストの事、宜しく頼みます」
と、グロックがカール隊長に頭を下げる。カールは、グロックの態度を目にするや、慌てて声を掛ける。
「グロック先生、頭を上げて下さい。いやはや、しかし驚きです。まさか、グロック先生が、ゼストと生活まで共にされている間柄とは、いやはやホント参りました。でも、先生は一つ勘違いされてますね。確かに先生が紹介してくれた事がキッカケになった事は確かでしょうが、俺がゼストの腕に惚れてるんです」
と、キッパリと言い切るカール。以前、グロックがゼストの弓の腕を確認する際に、カールに一番の腕利きを呼んで貰いたいとのお願いをした事がある。
その際、カールは迷わず弓兵隊に所属するオロを呼んでこさせた。そして、今回もゼストの事を手放しで賞賛している。
隊長職に就いているし、自身は貴族だというにも拘わらず、平民であるゼストやオロを、自身より実力が上であると認められる器量持ちであると、再確認するグロック。
(貴族、平民に囚われないその思考は、現王であるアルフレッド王に通ずるものがあるな……)
アルフレッド王の意向に賛同する者が多いからこそ、王の方針に近しい者が多くなってきているという事だけやも知れぬが、これなら安心だと安堵を浮かべるグロック。
「そうか。では、お主とわしは、同じ男に惚れ込んでおるという事じゃな」
と、共に笑い合う。この状況に居た堪れないのは、ゼストであるということは言うまでもない。
「では、わしは家へと戻る事にしよう。折角じゃし、このまま偶には実家へと顔を見せに行くとするかの」
そんな踵を返すグロックに、カールが声を掛ける。
「グロック先生。ゼストの事はお任せ下さい。新兵ゆえ、最初は雑用などの雑務が主になる事は確かでしょう。腕に覚えがあるゼストだからこそ、そこに不満が残るやもしれません。ただし、これは誰もが通る道でもあります。まあ、それでも、ゼストの弓の冴えは、隠そうとしても隠し切れるものでもない。じきにその実力を皆が知る日も、そう遠くはないでしょう。俺自身、その日が楽しみです」
(これは……。わしを出汁に使って、本当はゼストさんに言うておるのじゃな……。ふむ……。ここまで来ると、ゼストさんが隊長にそう言わせておる気にもなるわい。漢を呼び寄せる男という事じゃろうか……。不思議なもんじゃ)
グロックは、歩く後姿のまま、隊長の声に軽く腕を挙げる。
「では、ゼスト。付いて来てくれ。皆にお前の事を紹介しよう」
グロックが歩き去る背後から、そんな声が聴こえたのだった。




