022 いざ!獣山界へ!
「え、何ここ」
俺は寝た、そりゃもうとことん寝た。
パトリシア捜し回ってあまり寝てなかったのもあるが、起きたら昼過ぎだった。
「起きたか、まあのんびり行こう」
いやのんびりって、フィル、お前一刻も早くパトリシア助けに行きたいんじゃないの?
何瞑想してんの? ここどこなの? 縄でガチガチに縛られて動けないんだけど? 何か動いてるけど……。
……あ、これあれだ、馬車みたいなのだ、何が引っ張ってるのか、少なくとも馬じゃない何かだけど。
つってもこのタイプの馬車のイメージはかぼちゃのヤツしか出てこない無知な俺なので、実はよく分かっていない。
「どこに連れてかれてんの?」
ここには俺とフィル、そして手綱を持つ人の3人。
手綱持つ人の耳が長い……パトリシアと同じだな……え? 同じ?
「これから俺達は生贄となりに行く……〝獣山界〟にな」
「……ん?」
※ ※ ※ ※ ※
数時間前、俺が寝ている間にミラが鏡の世界を通過してエルフの村へと入った。
早朝に裸同士でベッドで眠る男女の部屋の縦鏡に出たそうなので、フィル曰くものすごく気まずかったらしい。
ミラが「あっ」と言っていたので想定外だったらしいとも聞いた、あいつどこでヘマしてんだよ。
当然落ち度がこちら側にあるので抵抗せずに捕まり、仲良く豚箱にぶち込まれた。
数時間後、ミラが「何が目的でここに来た?」という尋問に対して、「〝獣山界〟に行くためだ」と正直に答えた。
さらに「最も早いルートを教えてくれ、そこから行きたい」と口走ったので、「じゃあこれから連れてってやる」と守衛は言った。
※ ※ ※ ※ ※
「で、そのルートがこれだと?」
「ああ、間違いなく最速かつ完璧なルートだ」
「ざけんな!! 俺死ぬじゃねぇかそれ!!」
「ああそうだな」
エルフ側もエルフ側だろ! 住居侵入だけで死刑通すなよ! 懇願されても断れよ! 何でその辺だけは犯罪者の人権尊重すんの!?
「悟ってんじゃねぇよ! 俺まだ死んで半年も経ってねぇんだぞ!! 女神様に喧嘩売ってんのに3回目の人生の保証無いぞ!!」
「承知の上だ」
「ぷぎゃああああ!!!!」
「うるせぇぞお前ら黙れ!!!!」
「その言葉に頭を冷やした俺は、ダッセぇパイナップル頭のヒゲダルマの言うとおり黙り込む」
「誰がパイナップル頭のヒゲダルマだと!!!」
「おっと口が滑った」
フィルがちょっと引いた目線を向けていた事は不問という事にしておいてやろう。
あと絶対助けてくれるだろうが、ヒゲダルマの前では言えないよな。
※ ※ ※ ※ ※
「ホントにこれで大丈夫なの?」
「どうだか」
俺達の乗ってる車の前の車に乗るミラと樂ちゃんはヒソヒソと会話をする。
「フィルシアスがこちら側である限り戦闘及び危機においての心配はいらない……が、向こうに入れば未知の領域だ、気張れよ」
「いやもう入る前提なんだけど、ホントに大丈夫なの?」
「心配するな、噂によれば〝獣山界〟にも人がいて人里があるらしい……鏡は無いから、代用としてまず何でもいいから水辺探索だな、水たまりでもいい」
「はぁ……フィルといいミラといい、何でそう危機感無いのかなぁ……」
※ ※ ※ ※ ※
「これより! 罪人の強い望みとのことで最も思い刑罰〝超獣の生贄〟を執行する!」
「何だそのギルドみたいな名前」
「口を閉じろ!」
ジャングルのど真ん中で底が暗くて全く見えない崖を前に、目隠しと上半身の縄での拘束で正座で座らせられる俺達。
もんのすごい単純な作業だな、最大の刑罰。
あとミラ、煽って減らず口叩いても進行が遅れるだけなので意味無いぞ。
「……しかし、この刑罰を望むならもっと派手な事やれよ、殺人とか」
うおおい守衛さん、問題発言でっせ。
「あんなの金払えば示談成立すんのに」
すいません、見てくれは俺のタイプにどストレートなのに言動がアホですいません。
「てかさ、もう死ぬんだし、おっぱい揉んでもいい?」
いやお前らが殺すんだろ、やってることタチの悪い犯罪者と変わんねぇじゃねぇか。
「なあボウズ、お前のおっぱい揉んでもいいか?」
「ふぇ?」
そっちかよ! 樂ちゃんのって……あれか、ロリコンの対義語だ……えっと何だっけ……どっかで聞いたことあるやつ……何とかコン……。
くそっ!! 脳内でツッコミたいのにボキャブラリーの低さが俺を試しやがる!!
「先輩、ショタコンなのはいいっすけど双方の合意があってもアウトっすよ」
ナイス後輩君! さっさと処刑執行してくれ! あとショタコンって言うのか……。
「はっ、あとの3人はとっとと突き落とせ、俺はこの子の全身をペロペロしてから落とす」
「ふひゃっ!?」
「あの先輩、ホントに揉むのやめてくれます?」
「かわいいなぁ……はぁ……はぁ……」
もう何なの、何が起きてんの、職務放棄してヤベー事やってるよ、見えないけど。
「ふひ……じゃ、じゃあ次は、服を脱い、でぁっ!!?」
え? 何? 下の方からおっさんの叫び声が聞こえて落ちていくんだけど、え、落ちたのあのおっさん?
「すまない、急ぎの要件があるからさっさと処刑執行してくれないか……まあいい、自分でやる」
「助かる」
フィル、お前が落としたのか、お前ならどうとでもしそうだけど、惚れた女のために人の心捨てるダークヒーローになるのはやめてね。
けどムカついてたからスカッとしたのも事実。
「貴様!!」
「わっ! わああああああ!!!」
人の背中をトンと押す音が2回聞こえ、樂ちゃんの悲鳴が下へと落ちていく。
そして俺の背中に手が当たって……。
「ちょ、ちょっと、ちょ~~っと待ってくれフィル君、こういうのはほら、心の準備ていうのがさ、な? いるだろ? 頼むから少しでも恐怖感減らすために拘束と目隠し外してくれえええええええええええああああああぁぁぁぁ!!!」
自分の拘束を外し、目隠しも外したフィルは俺を落とした後、弓矢を構えるエルフのおっさん達の方を振り向く。
「あの男を生きて返せる保証は無い、期待はするな」
そう忠告した後に、船からダイビングするみたく後ろ向きに崖に飛び降りるフィル。
「助けてえええええええええ!!!!!」
俺の生涯最高峰の悲鳴は残響となり、次元の狭間らしき紫色の光の中へとダイブする。
頭がガンガンとしながらもどうやら通過出来たらしく、頭のガンガンは無くなった。
そしてハンパない速度で地面へと飛び込む俺の体は急激に停止し、優し~くふわふわと降りていき地面に触れる。
「着いたぞサトル、ここが〝獣山界〟だ」
かくして俺達はついに、敵の本拠地である〝獣山界〟へと入ったのだった。
うん、格好つけて到着を教えてくれるのはいいけどさ、目隠しと縄外してよフィル君。




