020 お雹さんの目的
「久しぶりじゃのう」
「……ハク様」
俺とパトリシアがモンちゃん捕獲に出向く2日前、エリー王妃は気が付くと六畳和室に座っていた。
そしてお雹さんが目の前にいることに気が付くと即座に片膝をついて頭を垂れる。
「エリザベス、今回はお主だけが頼りなのじゃ」
「ありがたきお言葉、不肖の身ながら尽力し必ずやハク様のお望みを叶える所存です」
「……わらわはもう終わりにしたい……今度こそあやつを……今はパトリシアじゃったか……
───潰してほしい」
「承りました」
お雹さんが指を鳴らすとエリー王妃はその場からパッと消え去り、お雹さんは深呼吸をして天を仰ぐ。
「……これで終いじゃ……柚希」
※ ※ ※ ※ ※
「……いねぇ……」
吹き飛ばしたので無傷では無かったが、目立った外傷も無く気絶させる事が出来たため俺の罪は許された。
カッとなりやすい王様らしいがアホでは無いので、一平民の俺に優しい人で助かった~……。
いやすごい上から目線なのは気にしないでね。
ともあれ樂ちゃんと、そしてミラという滅茶苦茶強い人員を味方につけどんな依頼もこなせそうな全能感に満ちながら帰ったのは日付が変わる頃。
樂ちゃんは既に眠り、俺はパトリシアの待っているであろう家に入ったのだが、そこには誰もいなかった。
そもそも森にいなかったのでまあ家に帰ってるんだろうなと思っていたが、安直な考えだったようだ。
「そのパトリシアとは、夜遊びをしてるのでは?」
「ありそうだが……ねぇな、遊び人っぽいが何故かそういうのはねぇ」
「……その確信がどこから来るか知らないけど、とりあえず最悪の事態を考えつつ待つしか無い、朝まで四半時間だ」
「……最悪って?」
「さあ」
結局その夜にパトリシアは戻って来ず、そのまた翌日も戻って来る事は無かった。
※ ※ ※ ※ ※
「……すまない……」
朝から俺が連絡したフィルがその夜、家に来て椅子に座り俺に頭を下げる。
「いや……」
俺もミラもヒブキの街を捜し回り、フィルも王都や周辺区域など俺たちの何倍ものの範囲を捜した。
それでも見つからず、手がかりも一切無かった。
「くそったれ、何が起こってんだよ……」
「まさか本当に最悪の事態になっているのかもな」
「お前の言う最悪の事態って何なんだよ!」
ミラは容姿は抜群に好みだが、馴れ馴れしさから普通に相棒みたいな感覚で話している。
「……私達をここへ転生させた者が動き出したってことだ」
「……は?」
同じくフィルも首をかしげ疑問を抱いた目でミラを見る。
「私はアレの信者だった……何せ前の世界では明日結婚を控えた婚約者を目の前で殺され、私はただ犯され絞首され死んだ……救われたのだから、信者となるのも当然だよ」
いや普通に話してるけど相当ヤバい事言ったよなこの人……。
ただただ不運な人生を憂いて死んだ俺なんかじゃ到底考えられないくらいに残酷な殺され方じゃんかよ……。
「だが約束してくれた、愛する夫も再び私の元に生き返らせてくれるという願いはついに叶えてもらえず、凄まじい文句を言えばあの小屋に閉じ込められた」
「マジかよ……」
「まあ嘘だけど」
嘘なんかい!! 今そういうのいらない!! ちょっと泣けてきたのに!!
「まあでも、散々働かされたよ……例えばこの街を作る時に指揮を執ったのは私だ」
「バカな……この街は300年以上も前に作られた……恐れながら、貴方はとても300年以上も前から生きているとは常識的に考えても」
「アレが常識の範疇にいるわけ無いだろう」
「っ……失礼ながら、私はその転生させた者がそのような風には思えない」
「……そうか、お前にはアレの狂気が見えなかったのか……私には3日くらいの感覚しか無い、サトルが来るまで意識は飛んでいたに等しい感覚だった……」
「……じゃあ、俺があそこに辿り着いたのは……必然だってのか?」
「話を飛ばすな、確かに私はあの小屋にお前が来るために洞窟に催眠を仕組んだ……ハクの狙いはお前とパトリシアだ」
「……なんだって?」
「───ハクの目的は、サトルの目の前でパトリシアを殺すことだ」
突然の展開で俺も追いつかない……。
じゃあつまり、パトリシアを誘拐したのはお雹さんがその訳の分からん目的のためにってこと?
「いや……分からない……なんだってパティが殺されなければならないのだ!!」
立ち上がり声を張り上げるフィル、俺はその恋心を察して何も言わないが、そのせいで起きちゃった樂は若干怯えている。
「その理由は分からない、ただ私に街を作らせたりしたのは……サトルがここに転生してもストレスを感じさせず居心地の良い環境を整えるため……と考えたなら」
「いや訳分からん」
「衣食住に困らなければ人とのコミュニケーションに意識を向けるくらいに余裕が出来る、そこでお前とパトリシアの親睦を深め、死ねばとてつもなく悲しむように……お前に絶望を味合わせるために細かい所から仕組んだのだろう」
嘘だろ……俺お雹さんに何かしたっけ?
「……思えば、あの小屋に導かれたのもアレの策略か……」
「どういうことだ?」
「前世でお前を考えられないくらいに不運にして、こっちに来てから幸運を授けさせるように操作する……その幸運を利用してあの小屋に向かわせ、ハクの目的を知る私と出会わせパトリシアの元に向かわせる準備を整えさせた……」
いや、いやいや、いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。
マジで待ってくれ……前世の頃から俺に干渉してたってのかお雹さんが?
確かに不自然だとは思ってたけど……何でお雹さんはそんなに俺を目の敵にするんだよ……。
「サトル、お前はどうしたい?」
「え、いや……え……そりゃ、パトリシア助けにいくだろ」
「お前が行けば死ぬのだぞ?」
「お前とフィルって最強の両翼がある今の俺に、もはや救えない誰かはいないとすら思っている」
「……な、何故だ!」
「うん、俺はパトリシアを助けに行かないって選択肢を持てるほど賢くなくてよ……それに、お雹さんとも話したいし」
「当たり前だ、己の私利私欲のためにパティを利用するなど愚の骨頂、たとえ女神とて俺は制裁を加える」
俺とフィルの意思は決まっている。
行けば殺される、行かないならどうなるのか分からなくても、俺がモタついて急かすために死んだ方がマシな事をされるって考えたら、行くしか無い。
「……そうなるよな」
フッと笑ってそう言ったミラも、どうやら言うまでも無さそうだ。
「じゃあミラ、パトリシアはどこにいんだ?」
「知らない」
「……え?」
「そのための彼だろう」
3人の視線は一気に樂ちゃんに向いた。
「……〝獣山界〟だよ……」
樂ちゃんも同じく決意の固まった目をしてる。
「よし、じゃあいっちょ〝獣山界〟行くか!……待ってろよパトリシア」
数時間後、俺はパトリシアの武器を持ち、4人で〝獣山界〟に向かっていった。
囚われのエルフさんを助けるため、お雹さんの目的の真意を聞くために。
俺史上最大で最後の物語が、幕を上げる───




