表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
111/111

【44】月日は穏やかに



 まあ、あの女、群衆の中にサクラ仕込んでたな、と近場で見ていたレアンドロは察したが。



 隣で壇上に惜しみのない拍手を送る妻ニーナがいたく感動しているようなので、特に指摘するのはやめておいた。


それに、式典に感銘を受けているのはなにも、ベルタの隠れた信奉者であるニーナだけでもないようだった。


 なんにせよ、ああいう行事が成功裏に終わったことは良いことだ。

 もはや王太子となったルイは完全に脇役で、人々の記憶はほぼ、その生母として後見役を務めたベルタへの印象に終始しているだろうが。


(ま、いいんじゃないか?)


 本人はきっと、こうなるまでの胸の内の葛藤だとか、ルイを完全に利用する形での権威の確立だとかに、逐一思い悩む節があるのだろう。


 けれどあくまで臣下として見上げている限り、ベルタはまさになるべくしてなった王妃としか思えなかった。


 そして、彼女がそうして揺らがずに王妃として立ち続ける限り、南部カシャ一族としてのレアンドロの立場もまた安泰である。


 昨年のシエナ修道会への粛正から、元異端審問官という経歴を持っていたオヴァンド(彼はシエナ修道会の信徒ではなかったが、弾圧の余波の懸念はあった)が財務長官の任を外された時はどうなることかと思ったが、オヴァンドはこの春に許されて復職した。


 また長官をつつきながら、帳簿や会計理論をこねくり回す日々だ。


 とはいえ、そういう王都での日常に不満を覚えることはない。

 王都で彼が新たに構えた家庭も順調だ。


「――レアンドロさま、聞いてらっしゃいますの?」


「ん? ああ」


 今日は朝からニーナがうるさい。その日、珍しくレアンドロは休日で家にいた。


「ごめんごめん、何?」


 完全なる生返事を笑顔でごまかして答える。


「ですから、妃殿下のご懐妊のお祝いに、何を贈りましょうか。……南部から何か、妃殿下の好物の食べ物でもあればと思うのですけれど」


 ベルタはあの式典が終わった直後、懐妊していることを明らかにしていた。国中が待ちに待った国王の第二子の誕生が近いとあって、最近の王宮はにわかに浮足立っている。


「あー。ベルタは別になんだって食うだろ。なんでも良いよ」


「まあ! なんておっしゃりようですか!」


 レアンドロの目から見れば、ニーナはすっかりベルタびいきだ。


 そのわりには、たまに王妃の宮に行く時に一緒に連れて行ってやると、ベルタ本人の前では終始ぶすくれた顔をしているからわからない。


「もう、レアンドロさまは当てにならないこと! いいですわ、フェリパと相談して決めてしまいますからね」


「なんでもいいから、早めに贈ったほうがいい。うちが送らないと南部派閥は先んじるのを遠慮するかもしれないから」


 レアンドロにとって、政治的な付き合いで求められる贈り物やつけ届けは真心を込めるものでもない。

 金額と時機を外さなければそれで良いし、あの姉もそう思っているだろうから、何か適当に高い食材でも送っておけば良いだろう。


 ニーナにはその考えがなかったのか、ぴょんとその場で身を跳ねさせて反応した。


「そ、うなのですね。わかりました。急いで整えますわ」


 彼女も変わったよなあと思う。


 当初、ニーナとの結婚生活はもう少し畏まった、他人行儀なものになるのかと思っていた。


 けれど彼女は引っ込み思案で、過度に恥ずかしがり屋で、単に素直になるのが苦手なだけの人だった。


 実際のニーナはわりあいに怒りっぽいし、それでもレアンドロの言うことはよく聞くし、色々と取り繕えないところも可愛い。


 彼女の親族との親戚付き合いだけは若干鬱陶しいが、こうなってくると面倒な政略結婚を押し付けられたというよりは、中央に出てきてただ良い結婚をしたみたいになってくる。


「レアンドロさまもお手紙を書いてくださいませ」


「手紙?」


 ニーナはそれだけ言うと、忙しなく行ってしまった。侍女のフェリパを探しに行ったのだろう。


 バタバタと足音が遠のいた室内は、嵐が去ったかのように静かになった。

 レアンドロは一人、休日の午前中に相応しく、ゆっくりと伸びをした。


(平和だ……)


 そう一人ごちる。


 ヴァウエラはなんだかんだ居心地の良い街で、仕える君主もどうやら信に足る。今のところは。

 きっとレアンドロはこれから長くの時間を、この街で過ごすことになるのだろう。


 彼はニーナに言われた通り、とりあえず文机の前に座ってみた。


 ニーナはおそらくベルタに手紙を書くように言ったのだろうが、しかしそういう気分にはなれなかった。姉とはどうせすぐに顔を合わせるだろう。



 レアンドロは代わりに、筆を執り、久しぶりに父への私信を書くことにした。








『――父上。王都ヴァウエラはもうすぐ遷都一年。きっと、おいでになれば驚きますよ。新たな都は美しく広大で、町の活気は南部のようでも、外国のようでもあって、そのどこでもない。まあ、良さそうな都です。


 サラとサラの子のこと、夫人に面倒を見ていただいてありがとうございます。

 今後とも、私はしばらく南部には戻らないつもりです。彼女たちのことはどうぞよろしく。サラがもし、再婚なりしたいと言い出した時は、私は反対するつもりはありません。よく図らってやって下さい。


 ――最後に、ベルタのことですが。


 あれはやはり、出世するつもりですよ。歴史にその名を残すくらいには。


 ベルタがやる気満々なので、私も帰る暇がないようです。

 腹を据えて未来を見つめる姉上と、私ももう少し、同じ夢を見て参ります』








―――――――――――――――







今回も連載にお付き合いいただきありがとうございました!

web版はここで一度完結とさせていただきます。


(宣伝)

連載分のラストまでの内容を収録した原作小説『王妃ベルタの肖像』第3巻が、5/14に発売となりました!


商業的なお声がけがなければ、ここまで満足のいく形で寄り添って書き続けることもできなかったと思います。3巻まで出版作品として出していただくことができたのも買い支えて下さっている皆様のおかげです。


今回、小説3巻にはweb掲載分の内容に加え、後日談的な閑話を収録しています。ルイ成人後の未来の話について、ルイの視点で書きました。

web版でここまで読んでいただいた方にも、お得感のあるおまけになっていたらいいなと思います。


引き続きよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
久しぶりに過去のブクマからこの作品を再度読ませていただきました。良質な作品なのでまた夢中になって読んでしまいました。後日談も気になり、3巻購入させていただきましたが、素敵なおまけがついていて満足です。
[一言] 楽しく読ませて頂きました。 終わってみればたった五年の期間を描いた物語ですね。儀式のような三日間の夜の果てに、ほんの偶然に……または運命のように受精した卵子が、否応なしにベルタを歴史の舞台…
[良い点] 地に足の付いた、非常に良質の架空歴史小説でした。 派手なロマンスもアクションも、魔法もドラゴンも戦闘も出てきませんが、激動の時代を生きる政略結婚によって結ばれた夫婦が、思いもよらなかった世…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ