第九話「熱狂」
「とはいっても、実際に指揮を取れってどうしたらいいんだよ……」
午後二時半ごろ、俺は朝居た部屋でノベルを待ちつつ頭を抱えていた。言うまでもないが俺は生まれてから十七年間、言うまでもなく戦争に参加したことはない。ということで実際に「戦う」ということをどうとらえたらいいのかわからない。こんな男が隊長として千人の部隊を率いて戦わせる上官はおそらく軍人失格と言わざるを得ないだろう。ただし外身の男、ジョージ・ダグラスは歴戦の猛者らしいから、上官の判断に関しては情状酌量できるかもしれないが。まあ、これに関しては中身が違うことに気付かねえ上の人間が悪いと考えておこう。
それともう一つ、俺は指揮を執るとか、リーダーシップを発揮するとかということをしたことがロクに無い。部活ではずっと役無しだったし、学級委員だの生徒会長だのエラそうな仕事をしたこともない。さあ、これに関しては結構ヤバいな。
数秒思案しているとノベルのものと思われる足音が聞こえてきた。
「失礼いたします、ダグラス隊長」
「ああ、ノベルさん。どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたも無いですよ! 朝礼です。貴方が来ないと始められないですよ」
と、ノベルが激しい口調で俺に告げる。朝礼? あ、そうか。軍隊だったら、と言うか、職場だったらだいたいそう言うモンがあるか。
「す、すいません。すぐ行きます」
そう取り繕ってさっき貰った鎖帷子や刀剣を身に付けて、いそいそと準備をしてみる。すると、それを見ていたノベルが不思議そうな顔で俺の方を見て、
「ダグラス隊長……。あの……」
「なんでしょうか?」
ノベルが顔をしかめて何か言いたげな感じを出している。
「どうして部下である私に敬語を使い続けるんですか? 他の兵士から頼りなさげに見られてしまいます。もう少し豪胆というか覇気を持ってというか、多少傲慢に見えるぐらいに振る舞えばいいものを」
と、俺の方をマジマジと見て言う。あ、そう言えば確かに副隊長のノベルの方が立場が下と言えば下だけど……
「ですがあなたの方が年上ですし、遠征師団の中では先輩ですからねえ」
少なくとも俺(十七歳・高校二年生)は三十代中盤と思しき人間にタメ口で対応するような無礼な人間ではない。ジョージ・ダグラスも結局は二十代中盤ぐらいだし、これぐらいでいいじゃないだろうか。そう言って取り繕うと、ノベルは考え込みつつ
「そうですか、私はてっきり『血染めのダグラス』なんて物騒な二つ名がついているからもっと荒々しい男だと思っておりましたので。まあいいでしょう」
そう言って一旦ぎこちない俺の態度を受け入れてくれた。そう言えば、朝礼の内容ってどうしたら良いんだろう。えーっと、作戦のこと、軍隊内のルールのこと。色々あったけど全部そのまま言ってたら長くなって仕方ないし、奇襲とかは大っぴらに言っていいものなのかわからんしどうしようか……。このタイミングで相談するしかなさそうだな。
「とりあえず今日の大隊内での朝礼に関してなのですが、軍議で上がった衛生面と軍律に関する案件の報告だけにしておく感じでいいですか? 奇襲作戦に関しては中隊長以上のみで共有ということで」
「そうですね、私も兵卒クラスの人間にまで作戦を事前に公開するのはマズいと思いますね。ヴェルメッタに到着してからにしましょう。じゃあ、朝礼ぼちぼち始めますので表に向かいましょう」
俺の提案通りの流れでOKということで、早速部屋を出て外へと向かう。だが、はっきり言って気が重い。千人の兵士を前に話をするとはかなり気が滅入る。幸い今日は、俺が来るまで部隊を仕切っていたノベルが担当してくれるそうだが、明日以降どうしようか。
そうこう思いながらレンガ通りを歩いているうちに教会前の広場につく。すでに第四大隊のほぼ全員がそろって胡座をかきつつ、仲のいい者同士で輪になり談笑しているようだ。が、俺たちが通りかかったと感付くや否や一瞬で会話を止めた。
「総員! 起立! 注目!」
ノベルが大声で叫ぶ。それと同時に全員が一斉に立ち上がり、俺達の方を向く。
「これより十月十二日、遠征師団第四大隊の朝礼を行う! 一同敬礼!」
全員が一糸乱れぬと言っていいぐらいに揃って敬礼する。俺もそれに遅れぬよう敬礼をする。
「えー、本日の連絡事項に入る。本日から第四大隊に新しいメンバーが入りました。挨拶をして頂きます。ではダグラス隊長、どうぞ」
俺はノベルが乗っていた木箱の上に立つ。千人の視線にさらされていると思うとかなり緊張するものがある。
「新しく第四大隊隊長として着任いたしました、ジョージ・ダグラスと申します。まだ若く不束者かもしれませんが精一杯頑張りますので……」
よし、無難に話せている、と思ったが兵士たちがざわめく。
(ジョージ・ダグラスってあの『血染めのダグラス』のことか)
(うわさに聞くと親衛隊でも鬼の副隊長と恐れられていたらしい)
(七年前の戦争の時、十人で五百人の軍勢に突撃したらしいぞ。それで百人近く斬ったとか……)
(流石、二十六歳で大隊長になるほどの男だ。あの温厚そうな立ち振る舞いで鬼のように強いとは……)
耳を澄ませば、ジョージ・ダグラスなる人間の噂話をしているようだ。内容はシャレにならん。あんな期待されて失敗したら俺、処刑されるんじゃないか。頭を抱えそうになった途端、兵士たちがチラホラと話していたのが、いつしか歓声へと変わっていく。
「「「「「ダグラス隊長万歳! ヴァルタール王国軍万歳!」」」」」
気が付けば兵士たちは、天に届きそうなほどの勢いで剣や拳を振り上げ、地鳴りのように万歳の声を響かせていた。
「諸君、落着け! 一応最後まで隊長に話をさせてやってくれ」
ノベルの大声で辛うじて興奮が収まった。が、あの後をどうやって締めればいいのかとりあえずそれっぽいことで……
「とにかく、皆さんとともに精一杯戦いますので何卒よろしくお願いします!」
何とか話を終え俺は箱の上から降り、ノベルに後のことを引き継いだ。彼の話を聞きながら神妙な顔をしつつとやはり心の中で疑問に思う。ここの兵士千人が支持、いや崇拝といってもいい扱いをしているジョージ・ダグラスの中身はただの高校生。もし戦地でこのこと知れば、第四大隊は散り散りになってしまうだろう。そうなれば俺の身の安全も、いや周りの人間の安全も怪しい。
もう一つ思うことは、現実世界の俺のこと。黒川譲次の体はどうなっているのかということだ。ジジイは持ちこたえて三時間ぐらいみたいなことを言ってたし、クソ女、もとい細川さんか……。あの人が言うのは三ヶ月以内にジョージ・ダグラスは確実に死ぬみたいなことを言っていた。ってことは、こっちの世界での一ヶ月は現実での一時間で、こっちの1日は……60分÷30日で。まだ二分も経過してないってことか。
ただ俺の体はどうしてるのだろう。病院に担ぎ込まれたのか? もしかしたら事故った場所でまだ気絶しているのか……。いずれにせよ三時間以内に死ぬ命ならば早く見つかって一命をとりとめていてほしい。ただ、あのコケたところは人通りの少ないところだし、草むらに落ちたのならば隠れて見つからないって可能性も。
「えー、これで本日の連絡事項は終わりです。それでは、市街地の端で他の大隊との合流をするので移動しましょう。私とダグラス隊長が先導するのでA中隊から順番に三列ぐらいで往来の邪魔とならないように! 以上!」
そうこう考え事をしている合間に朝礼が終わった。不安を胸に秘め俺は歩き出す。
「やはりあの『血染めのダグラス』が来たってことで、第四大隊の志気は大いに上がってますね」
と、ノベルがお世辞を言うが、全くと言っていいほど気持ち良く感じられない。だってよ、その中身はただの高校生なんだぜ。まさかあんなことになるだなんて……。
「いえいえ、とんでも無いです」
謙遜して返事を返してみるが、背中をつたう冷や汗が一向に収まらない。俺がもし某パクリ作曲家のS村河内さんや偽研究者のO保方さんだったらあれだけ祭り上げられても嬉々として指揮官面できるだろう。だが、面の皮が厚い訳でも名誉欲を求めたいわけでも無い俺にとってはやはりしんどいとしか言えない。しかも祭り上げられた理由と言うのが、この体の持ち主のおかげということもあって……。もう、ここまで来たら開き直るしかないのかもしれないが。