第二十四話「別れ」
「―――サイモン様、本当にいいんですか?」
「ええ、もう決めました。ジョージ・ダグラスはもう我が兄ではない。この国に対する最大の脅威でしかありません。今ここで処分せねば……」
「一応、スウェードバリさんやセイコラって奴もまとめて殺るんですね」
「もちろん。そして三人を仮国境の手前で処分した後に、ヴェルメッタまで攻め込むつもりです」
「それは知ってますけど……。万が一援軍が来たらどうするんですか? こっちには一応三人の手勢が居ますが、援軍が敵の王都から来たらかなり厳しいかと……」
「まあその時は消耗戦に持ち込むしかありませんね。逆に向こうが籠城してくれたら都合がいい。嬲り殺しにして厭戦ムードになれば今度は自国民が反乱を起こしてくれるでしょう。ヨハンソン一家の政策のせいで民心はヨアキム王から離れつつありますし」
「なるほど……。サイモン様はよく頭が回りますね」
「いえいえ、後ろにいらっしゃる総統のおかげですよ」
「ニ、ニコライ様。もう宿所に帰ったのでは? それになぜ武具をお持ちで?」
「今回は私も行きますよ。まあ見物半分ですから、二人で頑張りって下さいね。ヴァルゴーダ、貴方はそろそろ準備に向かってください」
「了解です」
「なあサイモン、ヴァルゴーダはちょっと緊張気味だったが大丈夫か?」
「大丈夫でしょう。ただ、アイツの獲物はスウェードバリもかなりのやり手ですからね。セイコラや兄貴みたいに簡単に倒せる相手ではなさそうなのが気がかりです」
「まあ、何とかしてくれるか。それにしても志聞、お前は随分成長したな。ここに来てからまだ二週間ぐらいだというのに……」
「これもひとえにニコライ総統のおかげですよ。右も左もわからない自分に一から全部教えてくださったんですから」
「まあでも、色々とあったんだろ? お前の越えて来た苦難を思えば、それぐらいなんでもないさ――――」
「いえいえ、私にもニコライ総統の苦難はわかりますよ。王になるために私を呼んでくださったんですから、その使命を遂げるまで、私は頑張ります」
「サイモン、ありがとうな。エロイムエッサイム、我は求め訴えたり。我らノース・ヴィジャーに勝利と栄光を……、そして、目の前の少年に神の祝福とご加護のあらんことを」
停戦の会議から一時間ぐらいたったころ、俺たちは元来た山道を進んでいた。俺の頭の中では、去り際に志聞が言った『後から後悔しても知らねえからな』と言う言葉がぐるぐるとしている。その衝撃のせいか頭は重く考え事もはかどらないし、テンションも上がらない。
「おいおい、どうしたダグラスちゃんよ~。お前さてはアレか? 弟と別れるのが寂しかったのか?」
「セイコラさん、違いますよ」
セイコラの遠慮無い言葉が心をえぐりはしないが、周囲を飛ぶ虫の羽音のように俺を苛立たる。まあだからと言って怒ろうという気は湧かないのだが。
「なあセイコラ。お前もしかして呑んでるか? 酒臭いぞ」
将軍の指摘でセイコラの顔が赤いことに気付いた。アンタ、ここが現代日本だったら飲酒運転で捕まるぞ。
「ちょっとだけですよ。あそこに居た時に二杯と、お土産でもらったのをちょいちょい飲みながらって感じなんで」
「お前あんなもん飲むなあ。ワシはもう年だから、強いのは飲めんからなぁ」
咎めるのかと思いきや、急にもう年だみたいなことを将軍が言う。アンタ一応責任者なんだから注意ぐらいしろって……。
「セイコラさん。あんまり飲み過ぎると良くないですよ。それに敵にもらったんですから何が入ってるか分からないですし……」
「まあ大丈夫だろ。毒が入っていてもアルコールで中和されるしよぉ。固いこと言うなってダグラス」
まあこの世界と現代日本では色々違うし、突っ込んだら負けなんだろうな。
もうすぐ山道を抜けれるのだろうか。下りに差し掛かる。暗くてよく見えないが、月明かりが水面に反射するのが見える。仮国境が見えるところまでやってきたようだ。そういえば行きの時もこの近くで休憩を取ったしひと休みするか。
「ダグラス。確かここの下のところに湧き水の出るところがある。アイツ酒が回ってるっぽいし、水を汲んできてくれ」
と、将軍の命令で俺は斜面を降りて湧き水の湧いているところまで向かう。が暗くて見えない。松明……、と思ったがまた上まで戻るのが面倒だし、自分の視力だけで必死に探す。が、なかなか見当たらない。
少し探していると、斜面の逆側から揺れる炎が近づいてくるのが見える。誰かが持って来てくれたのだろうか。
「どうした、兄ちゃん。なんか探しておるんか?」
「水を汲もうと思いまして……」
「水だぁ。そこの湧き水ならもうちょいこっち側だよ」
村人と思しき人間に連れられ、さらに奥の方へと向かう。確かに奥の方では水が滔々と流れる音がしていた。
「ありがとうございます。丁度水が欲しかったので……」
「ええんやで。それにしても兄ちゃん随分変な格好しとるな。泥まみれみたいな格好やな」
言われてから気付くが、迷彩色ってそんな感じだよな。茶色の部分と黒の部分がなんかそれとなく……。
「あとこの近くから早く抜けた方がええかもしれんぞ。なんかさっき兵隊さんがたくさん村の近くを歩いとるのを見たわ。長年の勘やが、間違いない。もうすぐこの辺でデカい戦いが起きる」
何があったんだろうか。さっき停戦した直後だし……。ノース・ヴィジャーの方で内輪もめしているんだろうか。
「忠告ありがとうございます。では、旅路を急ぐので……」
礼を言って急いで戻る。この件は一応報告した方がいいのか……。
「セイコラさん。水を汲んできました、どうぞ」
「ありがとう、ダグラス」
「悪いな、ワシが面倒だからって行ってくれて……」
「いえいえ、これぐらい何ともないです」
本当は悪いと微塵も思ってないだろうけど。
「そういえば将軍。近くにいた村人から、軍人を村の近くで見かけたとの話を聞きました。ノース・ヴィジャー内での内輪もめでしょうか……」
急いだ方がいいかもしれないと続けて言おうとしたその瞬間、俺の右横をヒュンと何かが空を切るように飛んできた感触がした。
「今だ! ヴァルタール国軍を殲滅しろ!」
「「「「ウォォォォオオオーーーーーー!!!!」」」」
鬨の声とともに、大勢の兵士がこちらに向かってくるのを感じる。状況が呑み込めない自軍の兵士たちは、恐怖に駆られて逃げ惑う。
「「敵だ! 迎え撃て!」」
俺と将軍の叫び声でわずかに平静を取り戻したのか、右往左往する兵士たちの動きが止まった。が、絶望的な状況にあることに気付く。
火矢を放った敵兵のおかげで視界がよく分かるが、ざっと見て千人は居るだろう。それに対して俺たちは二百人居るかいないかの中隊が一つ。しかも、前々日までトビアス討伐の遠征に出ていた加減で疲れが残っている。
「「とにかく、俺 (ワシ)に続け!」」
将軍と俺が先陣を切って敵兵に突っ込む。森の中ということもあって、矢を心配する必要はないが、木の陰にいるかもしれない伏兵が怖くてなかなか動きにくい。
中隊の兵士たちは敵兵と必死に斬り合っているが、数の差があるためどうしようもない。少しずつこちらが押されている。俺もすでに八人ぐらい斬った後、さらに敵兵三人を相手に互角に何とか戦っているが、かなり厳しい状況だ。敵兵の一人が木の根に躓いた隙にもうこれ以上戦うのは困難と思い一瞬後ろに下がる。
(セイコラさん、何をしているんだ??)
今になって気付くが、こちらの兵士は二百人弱は居るはずなのに、それ以上に少なく感じる。それに、セイコラが見当たらない。どうしたものか……。
「ダグラス、ヤバい。手足が痺れる。動けねえ」
休息を取っていた場所まで戻ってみると、セイコラや一部の兵士がうずくまっているところを見つけた。
「大丈夫ですか? もしかしてさっきの土産の中に……」
俺が尋ねようとすると、セイコラが無言で首を縦に振る。最後まで言わなかったのは軍人としてのプライドだろうか。
「おい、セイコラ、ダグラス。何をしておる。このままでは突破されるぞ」
「将軍、セイコラさんが……」
返り血で真っ赤になって戻って来た将軍に状況を説明する。それを聞いて彼は、
「もはやもうこれ以上抵抗することは無理だ。ワシら三人だけでも逃げるぞ」
「いいんですか? 他の兵士たちは?」
「中隊長のバルデスに後は任せるつもりだ。悪いがワシら三人が居なくなったら指揮がとれずにヴェルメッタは陥落、んでこの国は終わりだ。他の兵士には申し訳ないけど……」
申し訳ないけどと言った直後に口ごもる将軍。たしかに、ここでの戦闘は、もはや味方の三割ぐらいは死傷してるし、ここの近くまで矢が飛んでいる状況を考えると敗色濃厚と言っていい。
「ワシは先に行くぞ。お前はセイコラを連れて戻ってこい」
馬に乗って先を目指そうとする将軍。なぜか彼の姿が涙のせいかぼんやりと見えた。
「バカヤロー、俺は最後まで戦うぞ!!」
数秒立ち尽くした後、俺が将軍に背を向けて再び矢の飛んでくる前線を目指そうとすると、袖を掴まれた。掴んだのは手足が痺れて動けないと言っていたはずのセイコラだった。
「いい、お前も帰れ。俺は気合で突っ込んでやる。じゃあな、ダグラス」
「動けるんなら俺の後ろに乗ってください! 一緒にヴェルメッタまで戻りましょうよ!」
俺の説得に対して、セイコラは首を横に振る。
「悪いが、オレやここに倒れてる連中はヴェルメッタまで持たねえ。毒が回ってもうすぐお陀仏さ。ただ根性で少しは動ける。だからダグラス。お前は生きろ。オレとここに倒れている三十人が命と引き換えに功名を上げてみせる」
セイコラの言葉に続き周りの兵士たちが、剣を杖代わりに立ち上がる。
「「「行くぞ! ヴァルタール国軍の意地を見せてやれ!」」」
「「「ウォオオオオーーーーー!!!!」」」
動けないはずの自分たちの体へ鞭替わりにと、雄叫びを上げて兵士たちが敵兵の群れへと突っ込んでいく。
「じゃあなダグラス。オレも突撃する。あとこれを持っておけ。できたら宛先のところに届けてくれたらうれしいな」
セイコラから手紙を渡される。計四通。何なのかわからんけど、俺はポケットに突っ込む。
「セイコラさん……」
俺が言葉に詰まりながら擦った目を開けると、目の前に彼の影はなかった。
「じゃあ俺も行く。皆さん、後は頼んます」
「任せてください!!!」
命懸けの作戦、と言うよりかは命を捨てた特攻に向かう兵士の返事が徐々に遠くなる。こうして俺は戦場に背を向け、一目散にヴェルメッタ目指して馬を飛ばす。馬上で俺は必死に考えた。俺はここで何を為したか、志聞は何がしたいのか、俺にはこうやって生き延びる資格があるのか。もう答えは出ない。ただ途中まで考えてはそれが崩れ、また積み上がっては崩れ、一歩も進めないまま一心不乱に馬を追った。
行きは仮国境から休憩地点まで二時間かかっていたはずだが、かなり飛ばしたおかげで三十分もかからずに仮国境手前の川まで来た。もうここまで来れば追ってはこないだろうが、慎重に、音を立てずに馬の脚が半分つかるぐらいの深さの川を渡る。そして俺は、ヴァルタール王国領内に再びついた。
あの手紙を読もう、と思いポケットから四通取り出す。えーと、一通目の宛て先は……知らん名前だ。友人? 親戚? 他人に向けてのものなので見るのは止めておこう。
二通目は手紙と言うより、ノース・ヴィジャーから俺宛ての矢文のようだ。中身を見ると
―――― ジョージ・ダグラスへ
降伏しなければ死を持って救済してやる。降伏して俺と一緒に戦おう。まだ間に合います。
――――兄弟・サイモンより
弟よ、何様のつもりだ。死んで救済って何のつもりなんだか。
三通目も他人宛てのようだ。んでこれは名前的に女性宛てのようだな。なんか便箋も気を使ったようなデザインだし、宛名の字も彼が書いたと思えないぐらいにきれいだ。妻子宛てなのか交際相手向けなのか知らんが、俺が読むわけにはいかなさそうだ。
四通目は俺宛てだった。中身を空けてみるか。ただ直接口頭で話せなかった内容ってことだから、かなりシリアスなものなんだろうか。そう思うと緊張してくる。
――――黒川譲次へ
お前がこの手紙を読んでいるとき、オレはもう退役して地元に帰っているか戦死しているかだろう。正直な話、読んでもらってから顔を合わせるのは恥ずかしいから、まあそうであってほしいと信じている。
お前の中身が未来の人間だと聞いたとき、オレは全く気付くことができなくて驚いた。ただただ俺の観察力のなさを嘆くしかなかったが、それと同時にお前は馬鹿なのかと言いたかった。自分の人生に未練はないのか? こんなクソみたいな戦場でオレたちに流されるがまま命を落として後悔しないのか? よく考えてほしい。
オレ個人の話になるが、もう正直な話戦争をしたくなかった。リッカルデでクソみてえな仕事をしていた時に国軍に拾われてから十数年間、いい給料とやりがいのある仕事をもらえて感謝していたけれど、ここ何年かは自分にとってよろしくないことが多かった。前言った、イエスト教関係の人間のせいだがな。だけど、お前が来てからは変わった。お前が必死にジョージ・ダグラスを演じる姿を見て、退役まであと数か月を無難にやり過ごそうとした自分を恥ずかしく思った。だから、お前が死なないようにすることを目標に、自分の命を投げ捨てるつもりだ。それがオレの最良の選択かもしれない。
まあ、俺も頭が悪いから何を書いているのか自分でもわからねえけど、言いたいことはまず一つ、「この戦場から逃げてもいいから、真実にたどり着け」ってことだ。もうこの国は間違いなく滅びる。見捨てて逃げてくれ。
もう一つ伝えてたいことは、将軍がお前の正体に気付いているかもしれないってことだ。この件であの人がお前を批難することはないと思うが、逃げる前に声だけはかけてやってくれ。
お前はお前のために頑張ってくれ。
――――シェベスチアーン・セイコラ
俺はもうジョージ・ダグラスとしてではなく、黒川譲次として生きて元居たところに還れということか。死に間際にまでこんな気遣いをしてくれるなんて……。無能扱いしていてすまんかった……。
だけどよ、俺は思ったんだ。たとえ中身は黒川譲次であったとしても、ジョージ・ダグラスとして戦い抜くことが俺の使命かもしれないと。
「悪いな、セイコラさん。アンタのいうことには従えない」
俺は馬に再び跨ってヴェルメッタを目指す。仮国境の向こう側、ノース・ヴィジャーの村々から灯りなのか戦火なのかわからないが、点々と燃えるものが見えた。




