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第十四話「均衡」

――――で、ヨハンソン。なんてことをしてくれたんだ。作戦は失敗したし、ワシら遠征師団は大損害を被った。何がしたかったんだお前は」

 将軍が先程よりもかなり厳しい口調で言う。まあ無理もないか、勝手な行動で戦犯になったんだし。

「私最初から奇襲に反対していたので、それを実行したまでです」

 ヨハンソンが毅然とした態度でいう。反省の色を見せているというより、自分の行為を正当化したいといった感じだ。

「それがダメだって言ってるんだよワシは! 中央では文官であるお前の方が偉いとはいえ、戦場ではワシに従えと散々言われたはずだぞ!」

「そうですよ、ヨハンソン殿。命令違反の罪は死んで償えばいいですが、僕らには不利な戦局のまま戦わないといけないってことで、損害があるんですから。こんなこと許されませんよ」

「話にならんわ。将軍、オレはもう、コイツと一緒に作戦行動はできません」

 フリーデン、セイコラの両名からも容赦ない言葉が飛ぶ。

「なあダグラス、お前もなんか言いたいことがあるだろ」

 俺にキラーパスが……。

「確かに、作戦を無視して俺の顔に泥塗った罪は重いです。ですがヨハンソンが教会から引っ張ってきた兵士の処遇とかとの兼ね合いもあるので、すぐに殺すのはどうかと」

 目の前に居るこいつを殺せばすべてはいい方向に向かうはず。ただ、そうは思っても実際にそんなことをする勇気も出ない。ヨハンソン以外の三人が一瞬「ムム……」と考え込むような感じになって、静寂が訪れる。庇い伊達をした俺の意見を聞いてくれたのはうれしいけど、俺としては正直多数決でこのまま押し切って欲しいのに……。

「あと、突撃してから何をしていたんですか? 戦っていたようにも見えませんが……」

 静寂を打ち破るため、そしてアイツのボロを浮かび上がらせるために、もう一つ質問をしてみた。だが、案の定何も答えようとしない。よっぽど不都合なことがあったのだろうか。

「ワシは分かるぞ。どうせ逃げてどっかで震えていたんだろう。なあヨハンソン」

 将軍の問いかけに彼はピクッと体を震わせる。図星かよ。

「いいえ、戦っておりましたが途中で負傷して……。空き家の中で休養を取ってから戻ろうとしたのですが何ともならず……」

「嘘つくな馬鹿野郎! どこにも斬られたような傷もないぞ。さっきの新入りが、かなり抵抗したと言っておったのだから、恐らく逃げ隠れして楽しとったんだろう。情状酌量の余地はねえな……」

 三人とも、もう呆れたと言わんばかりの雰囲気だ。確かに見た感じ擦り傷とあざがちょっとあるだけで、戦闘中に負ったと見える傷は全然無さそうだ。

「まあいい、とりあえず貴様は軍事裁判、と言うよりワシの決裁で死刑にする。最期の言葉を考えておけ! 後のことは何とかする」

「……そうですね。僕もそれでいいかと」

「オレもそう思います」

「俺もそれでいいと思います」

 誰もかばうものはいない、誰も同情するものはいない、といった感じの空気の中で五人全員が気まずそうに居る。正直な話、俺は遠征師団から消えてくれたらいいと思っているだけなのだが、反対意見が言いにくくて仕方ない。もう、言いやすい方に合わせるしかない。

 数十秒の静寂の後、ヨハンソンが口を開いた。

「本当に私を殺すのですか、スヴェードバリ将軍」

「もちろん、今夜死んでもらう」

 なんだよ、命乞いをするのかと思えば。武士道ってわけじゃねえけど、潔く死ぬ覚悟ができたんだろうか。

「私は文官、と言うより聖職者ですよ。殺せば上の人間や教会の人間が黙っちゃいないですよ。一応軍律でも、『従軍する文官は軍事裁判の対象外』となっておりますし」

「ムム……。だが、それは関係ない。お前は戦死したことにするから」

 一瞬悪足掻きをしたようだが、それも無駄だったのかもしれない。

「あとですね、ここに連れてこられる前に、中央の人間に顔の利く部下が私と連れてきたガキのことを見てますよ。この状況で戦死と言ってもアイツらが中央の人間にチクれば……。将軍、自分がどうなるかわかりますよね?」

「ウッ……」

今度は将軍の方が追い詰められたかのように顔色が変わる。逆にヨハンソンが一転攻勢を掛けてくるのか……。

「今回のミスは次の戦闘で取り返しますので、何卒ご容赦願いたい」

 慇懃無礼という表現がこれほどまでに会う人間を、俺は今までに見たことが無い。まさか、罰を受けるどころか、今まで通りの職務に戻ろうとするとは……。

「ダメだ! 少なくとも、お前が戦場に立つことはもう無いと思っておいてくれ。チームワークを乱すような人間に命を預けることはできん!」

「そうですか……。でしたら中央の判断を待ってからでもいいかと」

 ニヤニヤとしてからヨハンソンが言った。中央の判断ねぇ……。

「それはいいが、恐らく上の人間もお前を更迭する方針だろう。お前の叔父貴以外に九人委員会の中で賛成する者は居るはずがない」

「そうですね。少なくともエクステット元帥は反対するでしょうし、ここでの働きぶりを見ればおそらくクビでしょう」

 フリーデンも将軍に加勢する。まあ確かに、こんなクズを誰も庇ってはくれないだろう。あと、九人委員会って単語は初めて聞くな……。アレか、なんか前セイコラが言ってた『上のお偉いさんのあつまり』か。

「将軍! 中央の決裁といっても、九人委員会はダメでもヨアキム王の指示があればおそらくこちらに残ります! オレが今すぐこいつを斬りますので命令を!」

 セイコラがマズいと思ったのか声を荒げる。確かにヨハンソンは国王の義兄だし、国王が庇い伊達してしまうだろう。

「そうだな……。クソが」

「どうしましょう……」

 将軍が絶望したような表情でこちらを向いた。

「ダグラス、セイコラ、フリーデン。すまんがもうしばらくこいつは置いておく。運用はワシが工夫するからもう少し我慢してくれ」

 結局お咎めなしに近い状態でここに置いておくのか。次邪魔されたら本当にどうしようか……。

 こうして軍議は終わった。オレを含むヨハンソン以外の大隊長三人は、胸糞悪さと絶望感を抱えてそれぞれの大隊へ帰って行った。将軍は帰り際に「本当にスマン」と言いつつ机に突っ伏したが、俺たちにそんな詫びの言葉は要らない。とにかく、態度と行動で示して欲しかったんだ。



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