37.
誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
誤変換はやらかしがちなのでいいんですが、あんなに脱字があろうとは。
誤字脱字があったらふふっと笑ってそれも含めてお楽しみください。
私のベルタン嬢は、応接の一つで優雅にお茶をしながら獲物を待ち受けていた。
あれから。
ポンコツお嬢様たる私はアルマにお屋敷まで連行され、そのまま客人のところへ出向こうとしたらそんな恰好で人前に出ちゃいけませんと怒られ(誇り高き作業着の何が悪いのか分からないけど)、とにかく彼女に促されるまま部屋へ戻って着替え、髪を整えられてやっとのことで仕立て屋の待つ応接へたどり着いた、という次第だ。
待っていたのは三十代の盛りを越えて四十の声が聞こえ始めた大人の女性と、彼女の助手をしているメイド姿の二十歳そこそこの女性。
仕立て屋の女主人――私はマリー・アントワネットの仕立て屋にあやかってベルタン嬢って呼んでる――がデザインから生地選び、あるいはある程度の裁縫作業までを担い、メイドのほうが私を測ったり縫製の大半の作業を請け負っているらしい。
下請けの工場・・・はないけど下請け業者の類は基本的には使わず、女主人とメイドを含めた少数のお針子さんだけで細々とドレスの製作を請け負っているそうなのだけれど、ベルタン嬢宜しくなかなか予約が取れず、女主人が客を選ぶというので貴族令嬢界隈では有名なデザイナー兼仕立て屋らしい。
なぜそんな有名デザイナーがわがままお嬢様をお客に選んでくれたのかは全く謎だけど。
ちなみに、二人とも爵位持ちではないらしい。
そういうところもベルタン嬢だわ。
「あらぁ、ミザリー様。本日もご機嫌麗しゅう」
私が応接へ入って行って待たせたことを詫びると、仕立て屋の女主人はソファからさっと立ち上がり、にっこりと笑って挨拶を返してくる。
茶色の髪にアーモンド色の瞳、特段際立って美人というわけではない、どちらかというと平凡な顔立ちの女性だけれど、少したれ目がちの目と目元にある泣き黒子が妙に色っぽい。
メイドのほうは金髪碧眼のなかなかの美人で、女主人の後ろにずっと立っており、私の姿を認めると簡単な礼を寄越す。
にこやかさはないけれど慇懃な感じはしっかりするし、自分の主人以外に必要以上に愛想をふりまかないのは私としてはポイントが高い。
「ごめんなさいねぇ、久しぶりのお呼び出しだったから、つい楽しみで家を早く出てしまったのよ」
うふふと笑って約束の時間よりも早い到着を詫びた女主人に、私はいいえ、と言って再び椅子をすすめた。
お嬢様ワンマン運転時代はお洋服大好き、豪華なドレスはシーズンごとに新調したい、という塩梅だったけれど、確かに私が主導権を握ってからは新しい服が欲しいなんて自分から言ったことはなかった。
けれどお嬢様時代の記憶があるので、これからどういった流れになるのかは大体把握できている。
まずはいつどんな用途でのドレスが必要なのかなど、シチュエーションを説明。
それから、具体的にどういったドレスにするのか、という打ち合わせ。
流行の型にするのか、何かこだわりがあるのか、どんな生地を使うのか、などなどなどなど。
大体プランが固まってきたら、女主人がさささっとデザインのスケッチをしてくれて、それを見ながら細かい部分を直していく。
もしくは、最初からいくつかスケッチを持って来てくれて、それを選ぶところから始まるパターンもある。
で、どんなドレスにするか決まったら計測。
頭の先から足の先まで、とにかく測る。
その間に女主人はデザインに手を加えたり、一緒に作る帽子だ手袋だなんだのデザインを考えたりして、計測が終わったら小物類の確認。
靴やなんかは手持ちのものを使ったりも勿論するけれど、王太子殿下の生誕祭となるとフルセットオーダーメイドコースだろう。
つまりは一日仕事。
あー、面倒臭い。
どうでもいいからもう好きなようにして頂戴よ。
せっかくもらったお休みも、これじゃ全然お休みじゃないわ。
「ずいぶんご無沙汰してしまって申し訳ないわ。今回は、王子様のお誕生日のお祝いにお呼ばれするのに相応しいドレスを作っていただきたいの」
とっとと本題に入ると、仕立て屋がおっとりと笑う。
勿論、彼女の職業から考えて王子の誕生日パーティのような大規模な需要が発生するイベントを知らないはずがない。
当然ながら彼女の顧客はうちだけじゃないし、売れっ子なのでこういうイベントの時は引っ張りだこだろう。
「あらあら、王太子殿下のお誕生日のお祝いパーティですか。じゃあ張り切らないといけませんわね」
女主人がそういうと、それが合図だったかのように後ろに控えたメイドが書類カバンから紙挟みを出して主人に手渡し、受け取った仕立屋が私と彼女の間にあるティーテーブルにその中身を一枚一枚丁寧に広げて見せてくれる。
こちらのほうはアルマとシェリーが付き添いについてくれており、あまり興味のない私と相対的にアルマが興味深げに私の後ろからティーテーブルに熱い視線を送っている。
もうアルマと決めちゃってくれないかしらね。
ずらり並んだデザイン画は、『私』として彼女に会うのが初めてだったのでどうせ他のおうちの令嬢にも見せられるように適当に流行型を追ったりアレンジしたりしたものだろうと思っていたけれど、どれも私としか思えない髪の色、目の色、体型の少女が着ているイメージ画のようなものだった。
こういうのって、マネキンと同じようなもので顔なんてしっかり描き込まない、髪形も帽子のデザインのついでくらいに描くものだと思ってたけど、フルオーダーメイドとなるとまさにこの私のためだけにデザインされているのが分かる。
「はぁー・・・どれも素敵です」
後ろからアルマのうっとりした声。
テーブルの上に広げられたデザイン図をざっと見るに、どれもどちらかというと少女趣味で、華やかで乙女なデザインだ。
色味も私の髪や目に合う程度に抑えられているけれどパステルカラーが多く、あまり乙女な色が似合わない私本体の身体的制約と、それでいて乙女な色と甘めのデザインが好きという好みに合わせたぎりぎりを攻めていると言える。
今の流行が、ええとなんだったかな、確かフリルやレースをふんだんに使った、大輪のお花を裏返したみたいなザ・お姫様ドレス、って感じだったはずなんだけど、その流行をきっちり押えつつもちょっと個性的な部分アレンジで他と差をつける、というデザイナーの個性もしっかり光る作品群だ。
彼女の事はお嬢様の主観が入った記憶にしかなかったので幾分懐疑的に見ていたけれど、これが時流を読みつつもクライアントの無茶振りにきっちり応える一流の仕事か、とちょっと感心してしまった。
私自身オシャレには疎いけど、一流の仕事っていうのは尊敬に値するわ。
まぁ、彼女の仕事がどれだけ一流でも今の私の趣味からはどれも程遠いけど。
「あー、そうねぇ、素敵ね。アルマ、私じゃ選びきれないから、あなたがかわりに選んでくれないかしら」
公爵令嬢のお仕事だから仕方がない、と、こんなの付き合ってられないわ、が正面からぶつかり合った結果、侍女に丸投げ作戦で行くことに決めてアルマに水を向けると、彼女の顔がパッと華やぐ。
・・・やっぱりね。どっちかと言うとアルマが好きそうなデザインが多いと思ったわ。
シェリーはもう少し大人っぽい路線をとりたいはずだもの。
早速一枚一枚デザイン図を手に取って真剣に見比べ始めたアルマに内心ニヤリとしていると、正面に座っていた仕立屋の女主人がわずかに眉根を寄せて私を見ているのに気が付いた。
大方、前回との違いに違和感を感じている、ってとこでしょうね。
彼女の不安を取り除くため、デザイン図に満足していますよ、という風ににっこりと笑いかけると、彼女のほうもなんとなく腑に落ちない表情ながら笑みを返してくる。
はい、これで完了。後は適当にやってもらえたらいいわ。
「・・・ダメね。どれもダメだわ」
私と彼女の間で必要な一通りの手続きは終えたはずだったのに、ベルタン嬢は不意にそうつぶやくとアルマの手の中にあるデザイン図をそっとつまみ上げる。
そしてびっくりした表情のアルマをしり目に、ティーテーブルの上のデザイン図も片づけにかかってしまう。
主人の意図を察した侍女がさっとテーブルからデザイン図を集め、あっという間にそのたくさんの紙は元の紙挟みに収まると、侍女が手にした書類カバンへ消える。
「ええ、あの、どうして・・・?」
突然の事に呆けた表情でアルマがつぶやくと、女主人はさも申し訳なさそうに笑い、いつの間にか手にしていた新しい紙束と筆記具を示す。
「ああ、ごめんなさいね。今日持って来たのはどれも前にミザリー様にお会いした時のイメージのままで仕上げたデザインだから、今のミザリー様にはもっと似合うものがあると思うの。今、ちょうど下りてきてるから、少しだけ待ってくださる?」
それだけ言って、彼女は急に周囲が見えなくなったかのように猛然と手元の紙に向かって線を描き殴り始める。
かと思えば時折顔を上げて真剣な目で―――鋭いと形容しても構わないような目で私を見ては、また紙へと視線を落とす。
・・・なんか鬼気迫っててちょっと怖いわ。
「ルイーシャさんはリャナン・シーなんですよ」
困惑する私の耳元でシェリーがささやいて、急変した女主人――ルイーシャというらしい――の種族を教えてくれた。
リャナン・シーというと、芸術家にインスピレーションを与える妖精、とかなんとかだったわね。
貴族位のリャナン・シーは芸術家のパトロンになることが多いとかなんとか、例の怪物図鑑に載ってたわ。
彼女は誰かにビビビとインスピレーションを与える代わりに、自分自身がそのひらめきを形にする道を選んだ、ってことなのね。
そうこうするうちに早くも一枚目のデザイン図が出来上がったようで、最初に見せてもらった彩色までされたデザイン図と比べると白黒で荒い線ではあるものの、最初のものとは全く方向性の違うドレスが描かれた紙が差し出される。
思わず受け取ると、相変わらず眼光鋭い彼女は私の顔を真正面から見て、そのまままた次の紙へと筆を走らせ始めた。
改めて手元の紙に視線を落とすと、両脇からアルマとシェリーも興味深げに覗き込んでくる。
さっきまでのがお花畑な感じだとしたら、今度はかなりシャープなイメージだ。
少女らしい柔らかさと乙女感は削がれ、かわりに凛とした上品さと大人っぽさが足されている。
あまりふんわりしていないAラインワンピースみたいな形のドレスで、ふんわり感は薄いものの、スカートの片側にたっぷりとギャザーが取ってあって布地の使用量は曲がりなりにもドレス、というわけだ。
普通にしてるとすらっとしたシルエットで、踊ると見かけから予想されるよりもかなりふわっとスカートが広がるイメージらしい。
・・・今度はずいぶんシェリー好みじゃないかしら。
そっと二人をうかがうと、アルマはなんだか「コレジャナイ」と言いたげなのに対して、シェリーの唇がふんわり笑みを載せている。
でもって、これもやっぱり私の好みではない。
清潔感と、シンプルさ。
吊るしで売ってるようなやつでいいのよ。しかも誰でも一着はクローゼットに持ってるような、どこへでも着ていけるセミフォーマルくらいのベーシックな型の。
・・・服をオーダーメイドしていいようなご身分じゃないわね、私ってば。
ここにはお姉ちゃんのファッションは面白味というものがまるでない。とか言ってくる妹もいないし、であれば既製服で十分だもの。
そうこうしているうちに2枚目のデザイン図が出来上がり、差し出されたそれをまた受け取る。
今度のも大人っぽい路線。
最初のが上品さと清楚を押しているとしたら、こちらは大人っぽさと色気、かしら。
こちらもスカートのボリュームは抑え目で時流には乗らないデザインだけど、こどもの可愛らしさはなく、女性らしさが強調されている。
と言っても私のコレだとどうしようもないので、胸元は開いていない。
そのかわりに背中が大きく開いている。
その大胆なデザインを強調するかのように、デザイン図の髪形は夜会巻きって言うのかしらね、綺麗に結い上げられていて、うなじも背中も丸出し状態だ。
・・・大変妥当だわ。ちょっと見たくらいじゃ胸か背中か分からない私のこの体でセクシーさを香らせるとなると、もううなじに一点賭けするしかないものね。
大変な仕事よねぇ、デザイナーっていうのも。
お客さんはマネキンみたいな理想体型ばっかりじゃないものねぇ。
コンプレックスを隠しつつ、綺麗に見せられるところを強調して、なおかつ着る人の好みに合わせ、そして流行も追わないといけないんだから。
結局、彼女はすごい勢いで計5点新しいデザイン画を一気に仕上げてから、やっと満足したように息を吐いて作業を止めた。
「ふぅ・・・楽しかったわぁ。ミザリー様、どれか特に気に入ったものはございました?」
トランス状態から不意に抜け出して現実に戻ってきた彼女は充実のため息をついてから私たち三人に向きなおる。
テーブルにずらり並んだ新しいデザイン画を見るシェリーはとても楽しそうで、反対にアルマは相変わらずコレジャナイを全力で表す表情。
私はちょっと・・・いえ、結構面倒になってきてたので、誰か適当に決めてくれればいいのに、と上の空になっていたけれど、声をかけられて注意をベルタン嬢へ戻す。
「ええ・・・どれも素敵ね。シェリーはどれがいいと思う?」
今回も丸投げすることにする。
シェリーを見ると、彼女はにこっと笑って、そうですねぇ、と少し悩むそぶりを見せた。
彼女の家事を生業にしているとは思えないほど白く滑らかな指がデザイン画の上を何度か彷徨って、ベアトップのマーメイドラインみたいな形のドレスが絵描かれたデザイン画をつまみ上げる。
並んでいる中でも一番大人っぽいやつだ。
・・・それはちょっと、ないんじゃないかしら。
私の地平線まで遮るものが何もない胸部でベアトップなんて・・・冒険心が溢れすぎだと思うわ。
そんなの着たらホントに背中か胸か分からないわよ?
・・・でも、デザイン画を見るに平野部ではない感じなので、何かしら詰め物をして山脈とは言えないまでも丘陵地程度に盛るんでしょうね。
「あの!」
シェリーと逆隣りで不服そうにしていたアルマが、シェリーの選んだデザインに「まぁ!それね!いいわねぇじゃあ色を」と目を輝かせているルイーシャ女史に思い切ったように声をかけると、私を含めた全員の注目に頬を染めつつも言葉を継ぐ。
「あの、せ、僭越ながら、もう少し可愛らしいデザインでもいいと思うんです!お嬢様はまだ、9つになられたところですし!」
ぐっとこぶしを握ってのアルマの主張に、ルイーシャ女史とシェリーが私の顔を見て、そしてお互いに視線を交わす。
それから、ルイーシャ女史がくしゃ、と顔を笑みでゆがめた。
「確かにそうねぇ、ミザリー様は9つにおなりになられたところだったわねぇ。ごめんなさいね、なんだかとっても・・・素敵だと思ったの。あなたのその、アンバランスさが」
私に向けて発せられたアンバランス、という言葉に小首を傾げると、女史が言葉を補足してくれる。
「ええと、なんて言えばいいかしら。―――ミザリー様は確かに9つのお嬢様ですわ。でもどこか、こどもの純真無垢さと相反する大人の理知と落ち着き、みたいなものが・・・そういう、アンバランスな魅力が、あると思うのよ。前回お邪魔した時には感じなかったんだけど、今のミザリー様には流行のお姫様ドレスはこどもっぽすぎるかと・・・」
私を見ながら時折ふさわしい言葉を考えるように言葉を切る女史に、私は唐突に冷や水を浴びせかけられたかのように動揺し、それを表に出すまいと全力で表情筋を制御する。
こどもと大人のアンバランスな同居を、目の前のリャナン・シーは事実として知らずとも感覚で言い当てたのだ。
じわり、と背中に嫌な汗をかきつつも、私は彼女に笑ってみせる。
「あら、ありがとう。私、早く大人になりたくてお勉強しているところなの。そう言っていただけて嬉しいわ。でも、確かにアルマの言うとおりこのデザインは私には早いんじゃないかしら」
隣のアルマの表情がぱっと明るくなり、何度も同意の頷きを寄越してくるのを見て、シェリーが苦笑してルイーシャ女史もそうねぇ、と再考の体勢に入る。
体型とか置いておいて、大人っぽすぎるデザインはどうやら今の私には危険なようだ。
見た目通り中身もこどもだと思ってもらえるようなドレスにすべきだと、無用な危険を回避すべく生存本能が訴えかけてくる。
大人っぽいドレスを着ていても振る舞いをきちんと自然にこどもっぽくできるのであれば、大人に見てもらいたくて背伸びしたこども、という風にとってもらえるだろうけど、ここでまた例のヤツが壁になる。
そう、こどもらしさを大人が意図的に再現する時、あざとさを感じさせずに済むか、という問題だ。
裏があると変に勘ぐられたくはない。
しかも今回は内輪のパーティではなく、国規模のそれだ。
どこにどんな耳目があるかもわからない。
・・・そう考えると、ドレスを作る、という作業も適当では済ませられないわね。
「じゃあ、もう少し愛らしさを加えて、こんな感じで・・・」
手早くデザインの焼き直しを始めた女史にアルマとシェリーの真剣な視線が集まり、私とルイーシャ女史のメイドだけが静かに見守る中、三人でどんどん意見を出し合い、デザインに反映し、ブラッシュアップするという作業が進んでいく。
途中で軽食の小休止を挟んだりとりあえず私を計測したりして、結局大体の作業が終わったのはお茶の時間だった




