36.
長くて中身のない回です。まだちょっと使いものになってないので、温かい目で見守ってください。
明けて翌日。
パーティを催した昨日の今日という事で、私の本日のお勤めは免除されている。
お勤め、なんて言ったけど、勉強くらいしかすることないし、先生に教えていただく一般教養や貴族マナー、主にミアーニャが教鞭をとる魔法の勉強も私にしてみれば趣味の読書の延長線にあるようなもので、勉強とはいえ苦痛ではない。
なので別に構わなかったのだけれど、確かに気疲れはしたのでありがたくお休みはいただくことにした。
そして、せっかく勉強がないお休みだから、ということで、今日の私は朝食の後、さっそく庭に来ていた。
切り花の花壇にここしばらく顔を出せていなかったので、雑草でも抜きながら雑念を殺すか、というわけで、アルマチョイスの汚れてもいい服に着替え、同じくこれだけは絶対と言われたつば広帽をかぶり、作業用の手袋に乗馬用の長靴、手拭いがないのでタオルで代替してどこから見ても完全に庭師か農に生きる人だ。
公爵令嬢には見えない。そしてそこがいい。汚れてもいい作業着。仕事のための服。
いいじゃない。
ちなみに、がーちゃんは朝一アルマとともに現れたミアーニャが、笑顔なのに目が笑っていない怖い笑顔で「今日からぁ、ミザリー様の立派なファミリアになるためにぃ、たぁあぁくさんお勉強しましょうねぇ?」と“たくさん”をたっぷり溜めて発音しながらどこかへ連れて行ってしまった。
去り際の彼のあの、売られていく仔牛みたいな悲哀に満ちた運命を悟った眼と言ったら・・・骨は拾ってあげるわね。
花壇には誰もいなかったので、秋の気配濃厚なこの時期と言わず、いつ来ても何らかの花が美しく咲いている切り花用花壇―――私が唯一触るのを許可されているその花たちの足元へしゃがみこみ、小さな雑草を抜いていく。
ガーランドさんかルークがぬかりなく手入れしてくれているようで、大きな雑草は見当たらない。
土も柔らかく保たれていて、地面から小さく顔を出した緑色の雑草の新芽をぷすぷすと抜き取っていく。
冬の声はまだ聞こえないとはいえ、適切に保たれた栄養たっぷりな土のおかげか、真冬以外は抜いても抜いても雑草が生えてくるようだ。さすが“雑草”ってとこね。
けれどもこの雑草取り、嫌いではないのだ。
何も考えなくてもできる単純作業。心が満たされるわ。
時々虫や小さなカエルのような何かが驚いて離れていくけれど、それらに心を騒がせたりはしない。
ここにはもっとえぐい怪物がいるのだから、虫やカエルみたいな何かくらいかわいいものだわ。
花のかぐわしい芳香と、みっしりとした土の匂い。
周りの植物から放たれる、鬱蒼とした緑の匂い。
春ほど瑞々しくはなく、夏ほど盛りを誇るでもなく、秋の匂い、それにやがて来る冬の気配もわずかに忍ぶ少し落ち着いた―――色で例えるなら、茜色だとか群青の香り。
リラックスアロマよねぇ・・・
木立を抜けてくる陽光も、夏の輝くようなきらきらした白銀色ではなくて、少し落ち着いた淡い金色だ。
秋も深まってきたとはいえ、切り花花壇と作業小屋があるあたりは小屋を隠す目的でか、常緑樹を中心に植え揃えられており、秋を感じさせるのは折々で変わる花々。
前世から別に花に詳しいわけじゃないし、そもそもこっちで咲いてるのとあっちで咲いてたのが同じ種類とは限らないわけだけど、それでもいくつか見たことのあるような形の花もある。
そういう『かつて確かに見たことのある花』を見かけるのも、ここに来た時の一つの楽しみだ。・・・たまに少し、いらない記憶が引き出されて感傷的になるけれど。
久しぶりに来た花壇は全体的にシックな色味になっていた。
盛夏にはレモンイエローやライトブルー、白を基調に花弁のふちだけ淡いピンクだったりと鮮やかな中にもどこか涼しげな花々が主役だったのが、今の主役はワインレッドだとかインディゴブルー、鬱金色などちょっと重めの色味の花々だ。
こういう落ち着いた色味って好きだわ。少し貰って帰ってお部屋に飾ろう。
花だけでも着実に季節が前進しているのを感じるけれど、もう一つ大きな変化は夏に比べて虫が少なくなった事。もうちょっとしたら寒さでほぼいなくなるんだろうなぁ。
前庭のほうは落葉樹も植えられていて、これが絶妙な具合で春から秋へと見どころを変えて季節を彩っている。
そうそう、こっちにも紅葉ってあるのよ。
もみじみたいな圧倒的な存在感と美しさのある木はないものの、桜の木みたいに黄色やオレンジや赤に葉が染まる広葉樹があって、その木が集められた小道は今ちょうど懐かしくて泣きたくなるような具合なのであんまり行かないようにしている。
紅葉で滂沱するセンチメンタルお嬢様って思われたくないものね。
なんにせよ、ガーランドさんの手腕が圧倒的というのは議論の余地がないわ。
漢字の田の字のように細かく区切られ、いろんな花が植えられた切り花用花壇をあちこちに移動しつつ小さな雑草を徹底駆除していると、いつの間にか隣にルークがしゃがんで同じように雑草を抜き始めていた。
無心だったのでホントに気づかなくて、隣にいる彼に不意に気づいた時ちょっと体がびくってしたわ。
「終わった?・・・あっちの花壇」
私が気づいたことに気づいたルークが、視線を別の花壇へ向ける。
「あ、ええ。終わったわ。あっちの端からこっちへ移動してきたから、次の花壇で終わり」
「そう。―――じゃ、次が終わったら休憩」
「え?ああ、いいわよ先に休憩して。私は好きで草むしりしてるから。ルークは他の仕事もあったんでしょ?」
先に休憩してと促しても、ルークはちょっと肩をすくめてまた目の前の雑草に意識を戻してしまう。
こまめに手入れされているとはいえ、さすが雑草、絶えるということはなくて、小さな密集地帯が花壇の淵のあちこちにできている。
私も改めて目の前の雑草に意識を戻すと、草むしり以外の思考を頭の中から追いやった。
ただつまんで引き抜く動作を繰り返す。
無我の境地へ達するには、抵抗なく抜ける柔らかい土から小さい雑草を抜く草むしりが最適解かもしれない。
間もなく花壇の草むしりを終えた私たちは、水やり移行前にいったん休憩を取ることにして作業小屋へ行った。
残りの花壇も少なかったし、二人でやると一瞬で終わった感がある。
ずーっと無心でやってたけど、立ち上がるとさすがに腰が痛かった。
でもこの体はまだ股関節が柔らかいから、しゃがんでるのはそんなに苦じゃないのよね。
ルークがお茶の準備をしてくれている間に表の井戸のところで手袋を脱いで手を洗い、何度も通ううちに大体何がどこにあるか把握できた小屋に戻ると棚からお皿を出して、こちらも軽く洗う。
それからその上にアルマが持たせてくれたおやつを広げ、ルークと食べられるようテーブルに。
一部はガーランドさんのためにおやつを包んで持ってきた風呂敷・・・じゃなかった、ハンカチに取って置いておく。
花壇へ行くとそこでお茶を頂いてくることを知っているアルマはぬかりなく茶菓子を準備してくれるのだ。
さすが、できる侍女は違う。
かまどにかけられた薬缶の水がお湯に変わるまで、お菓子と一緒に持ってきていた本を広げる。
ルークは二人でいても話すことを強要してくるタイプじゃないし、既に会話がなくてもお互い気を遣わない域に達している。
最初はそれなりに気を遣って会話を試みていたんだけど、ルークのほうから気を遣わなくていい、と言われて、お互い心地よい沈黙になるようそれなりに努力して今に至る。
・・・なんだろう。
彼といると、若干実家感すら感じてしまうのよね。
傍に居るけど別に話さなくても気を遣わない、って、最強の家族の距離感よね。
曲がりなりにも血のつながった家族たちよりも気を遣わない、って。
・・・お兄ちゃん、て呼んだほうがいいかしらコレ。
いや、また何か気を遣われそうね。やめとこ。
私が手元の本に集中している間、ルークは道具を手入れしたりお湯の具合を見たり茶葉をポットに計り取ったりと、休憩中でも何かと作業をしている。
でも彼がそれを好きでやっていることは知っているので、手伝おうか、とは言わない。
手伝いが必要な時は遠慮なく声をかける、というのが私たちのルールだ。
「・・・お茶」
目の前にティーカップが置かれて、私は本のページから目を上げた。
「ありがと」
ティーカップに手を伸ばしつつにこっと笑うと、隣に座った彼の口元もわずかに緩む。
前に一回お茶くらい私が、とやったんだけど、ここには業務用かと言いたくなる大き目のティーポットしか置いていないし、そもそも薬缶がまずこどもの手に余った。
中身が熱湯だということもあって、協議の結果これはルークにお願いすることになった。
「・・・新しい本?」
自分のカップからお茶を飲んで一息ついたルークが、私の手元を目顔で指す。
ちなみに、例のあの本についてはまだ釈明できていない。
聞いてこない、という最大の気遣いをされており、うかつに地雷を踏みに行けない状況だ。
「ああこれ。前からずっと欲しかったヤツなの。書庫にあるの知らなくって、この間お兄ちゃんに聞いたら事もなげに出してくれて、それからずっと読んでるわ」
「ふうん・・・何の本?」
ふ、とルークの体が近づいてきて、土と緑の香りが強くなる。
「かいぶ・・・じゃなかった、貴族名鑑っていう本よ」
危ない危ない。私は貴族名鑑の事を怪物図鑑って呼んでるんだけど、まさかそんな事言うわけにいかないものね。
前世では貴族名鑑なんて小説の中で名前を聞くぐらいで、現物なんて見たこともなかった。
だから、中身がどんなふうになっているのかは知らない。
で、私が今手にしている怪物図鑑は、まさしく怪物図鑑だ。
家名と爵位と領地、領地の特産品などの当たり前に載ってそうな情報のほか、その領地を治める家の種族や領地に多く住んでいる種族の紹介もされているのだ。
もちろん、種族名だけではなくてどういう種族であるかというのも分かるようになっている。
便利。すごく便利。
「あ、そうだ。一つ聞いていい?」
私から体を離して再びティーカップを持ち上げたルークに、今度は私から質問。
ちょっと気になったことがあるのよね、この怪物図鑑読んでて。
「・・・なに」
かちゃん、と小さな音を立ててティーカップをソーサーに戻し、ルークが相変わらず前髪に隠れて見えない目をこちらに向けてくる。
今度は私のほうから椅子を引いて彼に近づくと、テーブルに広げた怪物図鑑を繰っていって、目当てのページを広げた。
「知ってたら、でいいから教えてほしいんだけど、アルメイダってあのアルメイダ?」
私の広げたページには、アルメイダ伯爵家の情報が記載されている。
領地はうちの隣、ほどほどの広さでまぁまぁの税収がある、森と農地が広がる一帯らしい。
ちなみに種族は“わーうるふ”、と書いてあるので狼男だろう。
「・・・うん。あのアルメイダ」
「ジーク・ランドロフ・アルメイダ?」
「・・・うん。ジーク・ランドロフ・アルメイダ」
そうか。やっぱりあのアルメイダか。
伯爵じゃないのよ。何やってるのよあのジーク・ランドロフ・アルメイダは。
「もう一つ聞いても?」
私が上目づかいに傍らのルークを見上げると、彼はアルマがくれた焼き菓子をかじりながら首肯する。
「ええと、あの人なんでうちの家令なんかやってるのかしら」
「・・・?―――なにか、おかしい?」
「いや、伯爵様でしょ?・・・ええと、まだお父様の代、とか?で、彼は丁稚奉公・・・ううう、ええと、なんだ、うちの父さんの副官方々領主の仕事をお勉強中、って事かしら?」
「アルメイダ家の現当主はジーク。父親は死んでる」
「うぇ!?」
思わず変な声が出る。
みんな若い身空で親亡くしすぎでしょ・・・
「じゃ、お母様は・・・?」
「そっちももういない」
「う・・・うわぁ・・・やっぱり生きるって難しいのね・・・」
ままならない。ファンタジーなのに、変なとこままならない。
「あの、それはやっぱり光の国と揉めた結果、かしら」
恐る恐る聞いてみると、またルークに首肯される。
ジークのお父さんやお母さんもまた、お兄ちゃんのお母さんと同じように戦争の犠牲になったらしい。
戦争状態だった時からそんなに時間がたってないとは聞いたし、向こうの国にもきっと被害者は一杯いるだろう。けど。でも。
・・・もう光の国爆発すればよくないかしら?
いや。戦争なんて国民の隅々まで全員が心から賛成してするものじゃない。上の誰かが何らかの利益を求めて起こすものだ。もしくは、己の信条を他の誰かにも強制するために。
戦争推進派、これを爆発させる。・・・これね。
―――惜しむらくは私の力では爆発されられない事かしら。
雷とかいいから何か対象を爆発させる的なダイナマイト的な魔法が使えたら・・・あ?
そっか。
雷、使えるわ。
天災に見せかけて暗殺できる。
お天気の悪いに日忍んで行って、対象が外出したところにドカンとやればそれで完了。
問題は、頻発するには説得力がない“天災”だってことかしら。
戦争推進派の中核人物一人を討つならそれでいいけど、すぐに次の人物が取って代わるような場合、連続でやると恣意的なものを感じさせずにはいられない。
つまり、せっかく天災のせいにできる力なのに、続くと天災には見えず暗殺だとばれちゃうって事。
しかも雷を使うとなると犯人は絞られてしまう。
そうなったとき、下手人、つまり私の引き渡しだけで済めばいいけど、下手をするとこれ幸いと戦端を開く理由にされかねない。
戦争を避けるために開戦の原因になるようなことをする。愚かだわ。
うーん、難しい。やるならよく見極めないとね。
・・・いやちょっと待って。
暗殺者にはならないから。
暗殺者とか・・・こどもが選ぶ将来なりたい職業として4択に出てくるには選択肢が重すぎる。
これが単に画面の前に居て「私の将来の夢は―――『公務員』『会社員』『医療従事者』『暗殺者』」って選択肢が出てたらうっかり『暗殺者』押すかもしれないけれども。
けれども。これは私にとっては分岐前にセーブしてやり直せない“現実”だし。
「・・・心配、しなくていい。王宮からステインレスへ特使を送って、話し合いをした、って聞いたから」
考え込んでいた体勢から顔を上げると、ルークと目が合う―――少なくとも、合ったように感じる。
どうやら無言になった私が、戦争が起こることを心配していると思ったらしい。
まぁこんなこどもが隣国の戦争推進派をどうやったら天災に見せかけて暗殺できるか、なんて考えてるなんて思わないでしょうけど。
・・・冷静に考えたら嫌なこどもよね。殺伐としすぎてる。
父さんや母さんは話題にしないけれど、王城の方でも隣国への対策はとられているようだ、ということをルークに教えられて、私は少し苦笑いをしてしまう。
「話し合い、か。これまで何度も話し合いで解決しようとして、結局領土侵犯は止められてないんでしょう。・・・一回、本気で怒ったほうがよくないかしら」
「この国が・・・いや、最低でもフェンネル領とネルガル領が本気で怒ると・・・多分隣国は焦土になる」
「あ、そこまで本気、ってことじゃなくて。領土侵犯する気が失せるような・・・って貿易とかが密じゃなきゃ武力衝突以外で力の差を分からせるのって難しいものね。結局戦争で、傷つくのは何の罪もない人たちなんだわ。手を出さないでほしい、ただお互い平和にやりたいだけなのに、なんでそれがこんなに難しいんでしょうね・・・」
前世でも隣国と揉めてたわね。
こっちは平和にやりたいだけなのに、何かと難癖をつけて領土侵犯をして、ミサイルまで飛ばしてきた国もあったし。
人という生き物がいる限り、どこの世界線へ行っても争いはなくならないものなのかしら・・・
万物は流転し、永遠なんてないのになぜそんなに物や領土や権力に固執するのか、私には本当に理解し難い。
不意にぽん、とルークの手が私の頭に置かれて、帽子をかぶっていたためぺちゃんとなった髪をわしわしと撫でてくれる。
「大丈夫。フェンネル公が守ってくれる。なにも心配、しなくていい」
「・・・そうね、父さんたちがいるものね。私が暗さ・・・でなかった、考えても仕方がないわね」
ふう、とため息をついて答えると、それまで私の方を見ていたルークが不意にドアに近い窓の方を見る。
そして耳を澄まして外を窺うようにするので、私も思わず耳を澄ます。
・・・特に何も聞こえない。
ガーランドさんなら私がいてもいなくてもずんずん入ってきてドカッと座ってお茶を飲み始めるはずだから、ガーランドさんではないようだけれど、他の誰かが庭師の休憩小屋へ来ることなどまれだ。
正直、私がいる時に誰かほかの人が来たのに行きあったことはない。
「・・・呼んでる。多分、ブラウシルケの声」
「え?誰?」
ルークが窓の方を見やったまま誰だか知らない人が呼んでるというので思わず聞き返したけど、私が呼ばれてるわけじゃないのかもしれないわね。
そもそも私の耳には何も聞こえないし。
じゃあそろそろ失礼して、花壇の水やりだけさっと済ませて切り花もらって帰ろうかしらね。
「ブラウシルケ。・・・アルマ・ブラウシルケ」
「え?アルマ?私を探してるのかしら・・・?」
突然知った名前が出てきて、私はやっと自分が探されているのだと気づく。
アルマの名字知らなかったわー。
とはいえ、相変わらず私には何も聞こえない。
ルークはきっと、何か耳がいい怪物なのだろう。ええっと、我がフェンネル領は獣人が多いのよね。耳がいい・・・ウサギ・・・?
「こっちへ・・・来てるみたいだ」
外の音へ注意を向けつつ、アルマの様子を実況してくれるルークに、私は不意に心当たりがあることを思い出した。
そういえば今日は午後にアレが来るって言ってたわね。
仕立て屋さん、と言うのか、デザイナー、と言うのか。
とにかく私を計測して新しいドレスを仕立てるために、人が来るのだと聞いている。
冬に王子様のお誕生日を祝う夜会があって、それに出席するためのドレスを仕立てるのだ。
まだ少し約束の時間には早いはずなのに、仕立て屋さんの無駄に漲るやる気を感じる。
私としては憂鬱しかないわ。
「ねぇルーク、匿ってもらえないかしら」
ダメ元でお願いしてみると、ルークの前髪に隠れた緑の瞳が戻ってきて、観察するように私を見る。
ワガママを言っているのか、それとも本当に嫌なことから逃れようとしているのかを推しはかるように。
「・・・ええと、その。仕立て屋さんが来る、って聞いてるの。午後に。・・・なんでも、王城の夜会に王子様のお誕生日をお祝いに行かないといけないらしくて、そのドレスを作るんですって。・・・お仕事だから仕方ないことは分かってるのよ?でも、ドレスはたくさん持ってるのよ。だからわざわざ新しく作らなくてもいいと思うの。・・・正直に言うわ、ちょっと苦手なのよ、全身を測られたり、色を決めたり生地を選んだり、デザインについてあれこれ細かく聞かれたりするのが」
最後の方もうぶっちゃけてしまうと、ルークにとってはちょっと意外だったようで、あまり感情の起伏が見えな彼には珍しくわずかに驚いたようだった。
しかしちょっと目を瞠ったような気配があっただけで、それもすぐに消える。
「そう。・・・じゃあ」
短く言って、ルークが椅子から立ち上がる。
戸口でアルマを出迎えて、私なんていないよ、って言ってくれるのかと一瞬だけ儚くも期待してしまったけれど、彼は戸口の方へは行かず、私の体をひょいと持ち上げる。
脇の下に手を入れた抱っこ状態で宙づりになったのもつかの間、このままアルマに引き渡されるのね、と捕まった獲物よろしく諦めの境地に達したところで、彼は私を戸口まで持って行ってアルマに引き渡すでもなく、元の椅子へ座りなおしてしまった。
私を前に抱えたまま。
・・・なんだこれ。
彼の膝の上に乗って、抱っこされるような形だ。
なんだこれ。
・・・でも、もしかしたらこの状態なら戸口に背を向けて座っているのだから、アルマが小屋の中へ入ってさえ来なければ私がここにいるとは思うまい。
・・・もしかして、匿ってくれてる、って事かしらコレ。
ルークは10代後半なので私とはずいぶん体格差があり、私を膝の上に乗せていても私の方が小さいのですっぽり包まれるような状態になり、うまくすると後ろからでは全く見えないだろう。
そもそもこの一間きりの小さな小屋に隠れられるような場所もない以上、これしか手がないのかもしれない。
食器棚って言ってもただの本棚みたいな上下の仕切りしかないヤツだし、隠れられるような空間や家具の隙間もない。
戸口からざっと見て死角になる場所なんて存在しないのだ。
ドアだって外開きだし。
絶望的に隠れる場所がない小屋で匿って、なんて無茶振りした結果が、ルークに抱っこされる、という現状なのだろう。・・・うん、私が悪いわね、これは。
誰かの膝の上になんて久しく乗ってなかったけど、なかなか座り心地はよろしくない。
あ、なんか温かい。
お尻と背中が温かい。
私のおなかに添えられて、不安定な体勢を支えるように組まれた彼の手もあったかい。
じわっとくるわね、体温って。
見上げるとルークと目が合って、彼はそっと右手を持ち上げ、人差し指を立てて唇の前に持ってくる。
静かに、のジェスチャーに、私も頷きを返す。
やがて私の耳にも誰かが庭を急ぎ足でやってくる気配が感じられ、小屋が小さくノックされる。
ルークが体全体ではなく首だけで振り返るのを小さくなりつつ感じていると、アルマが小屋のドアを開ける音がした。
「ああ、アルメイダさん。お嬢様はこちらにいらっしゃいませんか?」
「あ!?るめいだ!!?」
急いで来たのだろう、わずかに乱れた呼吸で戸口からアルマの声が聞こえると、彼女の発言の内容が衝撃過ぎて一瞬自分の今の状況を忘れ、思わず声を上げてしまう。
ちょっと、アルメイダってどういう事なの?
・・・え?ルークってあのアルメイダ氏の弟とかなの?
え?ええ??伯爵・・・え?伯爵家の二男?
さっきまで一緒に草むしりしてたわよ?伯爵家の二男と?
「・・・嫌だなにそれ。超豪華キャストによる草むしり、ってことなの・・・?」
片や伯爵令息。
片や公爵令嬢。
二人ですることがダンスでもお茶会でもなく草むしり、って。あの花壇この家で一番贅沢なんじゃないかしら。
「・・・お嬢様」
私の声は勿論アルマの耳にも届いてしまっており、小屋へ入ってきたアルマにばっちり姿も確認されてしまう。
これでもう、言い逃れができないわね。
ルークが私の頭上でふう、となんだか深いため息をついて、せっかく匿ってもらってたのに自分で一瞬で台無しにしたことに今更ながら思い当たる。
でもそれだけの破壊力があるのよ、アルメイダには。
「ああ、アルマ。違うのよ、これはね?私がお願いしたの。匿って、って」
傍まで来たアルマが、私の有様を見てなんだか小刻みにぷるぷる震えているので、叱られるにしても私だけにしてもらおうと思って事情の説明を開始する。
まぁ悪いのは大体私だから、ルークまで・・・アルメイダ伯の二男殿までお説教に巻き添えにすることはないものね。
「あの、仕立て屋さん、よね?私を探しに来てくれた理由、って。でね、その、私あまり好きじゃないのよ、ホントはね。豪華なドレスを仕立てるとか、流行がなんだとか靴や飾りがどうだとか・・・だからその、もうちょっとのんびりしていたくて、匿ってもらってたの。悪いのは大体私だから、あの・・・」
「おっお、おおお嬢様っ!!なんっ!なんて事っ!今すぐ離れてくださいアルメイダさんっ!!!」
さっきまでぷるぷる震えていたアルマは、今や顔を耳まで真っ赤に染めてルークに噛みつかんばかりの勢いで迫る。
・・・あ。客観的に見てマズかったかしらね、血のつながった家族以外に抱っこされるのって。
「いやいやいや、変な意味合いはないのよ?だってほら、この小屋隠れられる場所なんてないし、ルークは私にとったらお兄ちゃんみたいなものだし」
アルマの勢いに気圧されたのか、そっとルークが私の体を持ち上げて自分の膝から降ろしてくれ、アルマの目の前に降ろされた私はとりあえず言い訳を続けた。
そういえば、この世界ってパンツ一つでバカみたいな騒ぎになるのよね。
いやでも9つやそこらの女児がお兄ちゃんに抱っこされるのも処罰対象なの・・・?
知らないお兄ちゃんに合意なく抱っこされるのであれば完全にアウトだわよ、勿論。
でも、知ってるお兄ちゃんにお願いした結果抱っこされるのであれば私の感覚的にはセーフなんだけど・・・浮いてた?私またちょっと世間一般から浮いてた?
「お嬢様はもう少しご自分の立場をですねぇ!わきまえていただかないとっ!こんな密室で、男女が二人きりというのも結構ぎりぎりなんですよ!それをそんな・・・そんなこと・・・!」
アルマのお説教が始まったけれど、真っ赤になって照れてしまっており、なんだかただの抱っこが重大な性犯罪でも犯したみたいな気にさせられる。
「ええ・・・そんな事、って言うか、匿ってもらってただけなんだけれど」
「方法!!逃げ隠れするなら、もうちょっと違う方法を考えてくださいっ!!アルメイダさんも気を付けてくださいよっ!!お嬢様がコレなんだからっ!!!」
そう。私は“コレ”なの。
今の“コレ”って、濁してくれてはいるけれど私の名誉日本人標準装備の言葉の裏を読む機能では“ポンコツ”って意味だって翻訳表示されてるわ。
・・・多分、当たらずとも遠からず、なんでしょうね。
「・・・ごめん。―――約束が午後なら、早く来る方も悪いと思って。他意は、ないから」
ルークもやっと釈明をしてくれたけれど、結果、アルマの怒りの対象が私から彼に飛び火しただけだった。
「他意はなくてももしも私じゃない人に見つかってたらですねぇ!婚約ですよこれはっ!!密室で男女が二人きりで、し、親密な状態で・・・言い訳なんてきかないんですからっ!」
「婚約なの・・・?抱っこで?罰が重すぎない・・・?」
アルマが唐突にわけの分からないことを言い始めて、思わず私も口を挟んでしまう。
展開が急すぎてついてけないわ。
仲のいい近所のお兄ちゃんの膝に乗ったら婚約成立って、私また当たり屋みたいなことを・・・
ああもう、貴族面倒臭いわね!
というか埋まってる地雷が多すぎて、私一人じゃ対処できないわよ。
なんでかしらね、世間一般から確実に浮いてるのに、しっかり地雷は踏むのよね。
「お嬢様。お嬢様には再教育が必要なようですね。9歳ならもう婚約のお話があってもおかしくないですし、アルメイダ様のおうちとフェンネル様のおうちであれば今更婚姻せずとも十二分に親密ですけど、あえての地盤固めという事でなくはないんですよ?」
さいきょういく。なにそれ怖い。
どっかの施設とかに1年2年閉じ込められて、洗脳されるのかしら。
そして終わる頃には自分のルーツを封印されて、立派な中国じ・・・でなかった、怪物ランドのひとになる、というわけね。
アルマの笑顔が怖いわ。というかこの子、こんな黒い笑顔もできるのね。
「ええと、その。アルマは黙っててくれるのよ・・・ね?私の盛大なやらかしで、ルークまで巻き込んだら申し訳ない、もの」
上目づかいでアルマを見ると、彼女は荒い鼻息でため息をついて、仕方がない、という風に首を振った。
照れまくってかわいそうなほど動揺していたのも、お説教をするうちに少し落ち着いたようだ。
そもそも私たち二人とも悪気がなかった、ということも、ちゃんと理解してくれているようだし。
「このままじゃお嬢様はとんでもなく危なっかしいですからね!きちんと再教育は受けていただきますよ!・・・あと、アルメイダさんもおうちを継がないからって、そんなんじゃいけませんからね!!もう少しお勉強されたほうがいいです!」
私の事をまたオブラートに包んでポンコツと言った後でルークにもしっかり噛みついて、それからアルマは唐突に自分が私を探していた理由を思い出したようで、いけない、と急に我に返ると目顔でドアの方を指した。
「お嬢様!仕立て屋の方がおいでなんですよ!とにかく早く行きましょう!」
もはや抵抗などできるはずもないポンコツお嬢様は、はい、と頷いて彼女に着いて行くしかなかった。
ああ、切り花少し貰って帰るつもりだったのに。
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