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35.

夕食はつつがなく終わった。

何度も辞退を申し出てきたがーちゃんの意見を無視して同席してもらい、家族にも改めて紹介して一緒に食事を摂ったのだけれど、ここでも彼はさっそく立派に仕事をしていた。

父さんや母さんに話しかけられて端的に最低限で答える私と、「はい、いいえ」しか選択肢がない、“主人公がしゃべらないロールプレイングゲーム”の主人公みたいな兄に代わって、両親と会話して場を盛り上げてくれたのだ。

いい子だわ。

私に権限さえあれば、今日は特別手当を出すところなんだけど。


デザートのお皿が下げられると、普段はそれで解散なのだけれど、今日はそのまま全員で場所を談話室に移す。

いくつかある応接の一つなのだけれど、食堂に近い場所にある出入りの仕入れ業者などを通すための場所で、調度は一流だけれどシンプルにまとめられており、どちらかというと他の応接より落ち着ける雰囲気の部屋だ。

お茶のカップが乗ったお盆を持ったアルマがみんなの間を一回りしてくれて、それが終わるのを待っていたらしい父さんが手にしたティーカップをソーサーに戻し私に微笑みかける。


「さて、じゃあ父さんからミザリーに贈り物だ。―――ジーク」


応接の外へ声をかけると、機械的なノックの後でアルメイダ氏が顔を出す。

後ろには母さんからの贈り物らしきものを抱えたミアーニャの姿も見える。

父さんに招かれるまま入ってきた彼は、お誕生日おめでとうございます、お嬢様に幸多き一年でありますよう、と私に定型句を投げるので、私もありがとうございます、アルメイダ様にも実り多き年でありますよう、と定型句で返す。

それら一連の社交辞令が終わると、ジークは手にしていた細い鎖のようなものを父さんに渡す。

ミアーニャとは朝一でお誕生日の儀式は済ませてあるので、彼女はただジークの後ろに控えてにこにこと私たちを見守っている。


父さんの手に渡った鎖を追っていくと、終点には大きな犬がつながれていた。

ふさふさした白い毛にとがった耳。たっぷりした白の毛並の中にはめ込まれた宝石みたいな金色の目が特徴的で、刃物を思わせる鋭利な顔つきは幼さが抜けきった完全に成犬のそれ。

体つきも毛皮のせいで正確には分からないものの、毛皮の下はがっしりした筋肉に覆われているようだ。

父さんとの対比で見るに、シベリアンハスキーとかジャーマンシェパードより大きくて、グレートピレニーズよりは少し小さいかな、というサイズ感で、お世辞にもかわいいとは言えない。

的確な形容詞としたら、大きいとかかっこいい、だろうか。

あと人によっては怖い、もあるかもしれない。


確かに、“変なもの”ではないけれど。


お兄ちゃんをちらりと見ると、私の反応を見守っていたらしい彼とすぐに目が合う。

そして私と目が合うと即、小さく首を振って“もらわないほうがいい”と言外に伝えてくれる。

お兄ちゃんは父さんのスパイって言ってたけど、父さんてば犬と話ができるのかしら。

・・・できるんでしょうね、狼男らしいから。


「本当はこれはお前のファミリアに、と思って用意してたんだけどな、母さんに反対されてしまって・・・でもどうかな、家族として迎える、っていうのは」


母さんに反対されたのくだりでちょっと苦笑いしつつも、父さんが鎖を引いて犬を私のそばまで連れてくる。

私の座ったソファの背もたれにとまっていたがーちゃんが、ファミリアのくだりで居心地が悪くなったらしくもぞもぞ身じろぎをするのを感じつつ見ていると、犬は全く抵抗するそぶりもなく引かれてきて、よく訓練された軍用犬のように主のそばで行儀よく座り、まるで次の指示を待っているように父さんを見上げている。


こういうお父さんいるわよね。

家族に相談せず、いきなりペット買ってきちゃうような。

こどもは喜ぶけど、結局お世話するのはお母さん、っていう。

・・・世界線変わっても、どこも似たようなものなのねー。



「ええと、そうね。・・・私、どちらかというと猫が好きだわ」


どうやって断ろうかちょっと考えて、嗜好の違いで押すことにした。

税金でいこうかと思ってたけど、この場合だとまぁこれが無難よね。


けれど猫が好き発言は思った以上に父さんにショックを与えたらしく、30をいくつか過ぎた、いい年をした大人なのに鎖を握りしめたままなんだかひどく傷ついたような表情になる。

えっ?思ってたのと違う、って思ってるのが手に取るように分かるわね。

わー、大きいワンちゃん!かわいい!父様大好き!とでもやれば満足だったのかしら?

まぁ無理よね。


私の猫派宣言で傷ついた父さんとは逆に、入り口付近で事の成り行きを見守っていたミアーニャはものすごく嬉しそうなピカピカのいい笑顔になっており、ついさっきまで普通の人だったのにまた耳としっぽが飛び出したハロウィン仮装の人状態だ。

隣のジークは無表情で、お兄ちゃんは苦い表情。母さんは苦笑いをしている。


「いや、その、な?狼より猫が好き、っていうのはもちろん、ミザリーの好みだから仕方がないけど、これはフェンリル種で頭もいいし、護衛の代わりにもなるよ?」


「ええと、護衛ならがーちゃんがいるわね」


ヘタな売り込みが始まったので正当に反論したところ、後ろのがーちゃんがちょっと慌てたように何か小さい声でがー、と抗議を挟んでくる。

多分護衛無理とかそういう抗議でしょうけど、まぁ人語じゃないから無視ね。


「ああ、確かに護衛は魔女のファミリアの仕事でもあるね。でもガウェインにも自由にできる時間が必要だと父さんは思うんだ。そんな時どうする?となるとこれだ」


目顔で犬・・・フェンリル種の狼とやらを指す父さんに、私はまた苦笑いを返す。


「いえ、そもそもお屋敷の中にいれば護衛なんていらないでしょう?お出かけの時は一人じゃないし、犬・・・じゃなくてその子を連れて行ける場所も限られてると思うわ。がーちゃんがいれば足りないかしら?」


そもそもフェンリルって、神々の黄昏(ラグナロク)で主神を飲み込むヤツじゃない。

なんでそんな危ないもの普通に娘に飼わせようとしてるんだか。

ちら、と父さんの足元で大人しくお座りしている犬・・・じゃないっけ、狼に目をやると、向こうもこちらを見ていて、非常に無感情な月色の目と目が合う。

・・・犬なのに全然愛想がよくない。いや、狼なんだっけ。

でもこれなら適切に気が遣える鴉の方が好ましいわ。


「・・・そうか、分かった。じゃあオルトロス種は?頭が二つある狼だぞ?ああ、あとケルべロス種もいるな!こっちは頭が三つだ!かっこいいぞー!―――ジーク!確か通信部門に訓練が済んだのがいたな!ちょっと適当なの2頭選んで寄越すよう手配してくれ!!」


「いや、父さん。頭の個数の問題じゃないわ。そもそも一つで十分だもの、頭は」


なんだか前世では考えられなかった会話をしてるわね、今の私たち。

冷静に返すと、淡々と命令を実行しようとしていたアルメイダ氏がぴたりと動きを止めて、半身だけ振り返って父さんを見ている。

多分、ケルベロスだとかオルトロスだとかを取りに行くのか行かないのか、父さんに視線で聞いているのだろう。

まぁ、居るならちょっと見てみたい気もするけれどね、双頭犬に地獄の番犬。


「そうか・・・一つで十分か、頭は・・・。猫、なぁ・・・」


眷族を否定された父さんが、またしょんぼりと視線を下げる。

そして一応は猫派宣言した私を慮ってくれるつもりはあるらしいけど、語気が弱いのでどうやら猫とは意志疎通ができないようね。

逆にもし猫を飼うとミアーニャに情報が筒抜ける、って事なんでしょうけど、多分彼女が薦めてくる猫は普通の猫じゃなくて人語をしゃべる三匹の子猫だと思うのよね・・・。


「仕方がない。ミザリーが嫌いな物をやってもなぁ」


父さんが諦念交じりに笑い、少し屈んで傍らの犬・・・でなくて狼の頭を労うようにぽんぽんと叩く。

ほらね、やっぱり頭は一つがいいでしょ。たくさんあってもややこしいだけだわ。

けどどうやら“スパイ大作戦”の失敗は受け入れてくれたらしい。


「・・・悪いがジーク、あれを持ってきてくれるか。書斎に置いてるあの箱だ。―――去年の首飾りに合わせたデザインで、耳飾りを作ってもらったんだ。そっちなら受け取ってもらえるかな?」


「やっぱり私、犬がいいわ!犬にする!!」


父さんから出てきたとんでもない代案に思わずソファから立ち上がり、全力で犬を推してしまう。

あの時感じた嫌な予感が正確に的中してた・・・!

去年の首飾りって金剛石がついたやつでしょ!?大人顔負けの重そうな豪華な・・・あれと揃いの耳飾りって、また金剛石じゃないの!!

安いの?いっぱい出てくるのかしらこの辺の地層から!?




―――でも、冷静に考えたらすでに買っちゃってるのよね。

だったら、犬でなく大人しく耳飾りを貰っておいて、金庫に保管して家が傾くなどした時及び将来国外追放の憂き目にあった時に出してきて質入れする、という手で行く方が上策だったかもしれない。

びっくりして思わず犬って言っちゃったけど、今からでも取り消せるかしら。


そっと正面に立つ父さんを窺うと、さっきまでの苦笑いではなくぱぁっと光がさしたような笑顔になっている。

いい年の大人なのにまるでこどもみたいに嬉しそうに笑うのね。

これは・・・やっぱやめた、とは言いにくい。


ちらりと視界の端にお兄ちゃんが入ったけれど、正真正銘こどものはずの彼はまるでせっかく投網から逃れた魚がわざわざ戻って自分から漁網に飛び込んで行くのを見たような、苦い苦い表情をしている。

彼がくれた警告が無駄になってしまったのだから仕方ないけど、私のバリエーションの少ない未来―――大体死ぬか良くて投獄―――のために、できるだけ持って生まれた庶民の感覚は大事にしたいのよ。

今ならまだ贅沢に馴染めていないから、質素な暮らし―――たとえば牢屋暮らしとか亡命先での暮らしとか―――にも耐えられるはずなのよ。

当たり前に贅沢を受け入れちゃうと、いざ質素な暮らしをしなければならなくなった時が怖い。

・・・まぁ、言い訳はこの辺にしましょうか。


「猫じゃなくて悪いけどな、こいつは一通り訓練が済んでるから言う事もよく聞くし、可愛がってやってくれ」


プレゼントをもらう私よりも贈る側の父さんの方が嬉しそうに笑って、私に犬をつないだ鎖の革の持ち手を差し出してくる。

自分の世話だけで手いっぱいで、がーちゃんにどこまでどうやって状況を説明するかも考えられていないのにペットとか、身に余りすぎてホントに光栄だわ。


「ありがとう、父さん。この子の名前は?」


父さんから私に鎖が渡ったのを無感動な目で追いながら、父さんの半歩前、私に相対するように座ってこちらを見てくる犬・・・でなくてフェンリル種の狼を見ながら聞くと、父さんは軽く首を横に振る。


「名前はまだないんだ。だからミザリーが考えてあげなさい」


「・・・素朴な疑問なんだけれど、名前なしでどうやって“訓練”をしたの?」


当然の疑問に、父さんがうっと言葉に詰まる。

名前を呼ばずに指示を聞かせることなんてできるのかしらね?

・・・ああ、犬語がしゃべれればできるのかもしれないわね。


「ええと、これはもともと通信部門・・・ミザリーが提案してくれた、手紙を運ぶ専門部署で働いてもらおうと思って訓練した狼でね。そこでは番号で呼ばれてたんだが、それじゃあ味気がないだろ?せっかく家族に迎えるんだし、名前を付けてあげなさい」


「狼がお手紙を運んでるの?」


驚いて問い返すと、父さんはなんでもないことのように笑って頷く。


「ああ。フェンリル種などのいわゆる魔狼族は頭がいいし強いからな。教えれば手紙を持っていく場所もきちんと覚えるし、指定した人以外には絶対に手紙を渡したりしない。

外敵に襲われても自衛できるくらい強くて、人を乗せた馬より早く長く走れる。

今はええと、なんだ、試験運用って言うのかな。訓練が終わった狼たちを大きな町に置いて、走らせて様子を見ているところだけれど、国境含めた領土全体の情報が一番遠い場所からでも5日程度で届くんだからすごいもんだよ。これから経路の補正をかければさらに早くなるらしいしな。いやぁ、ミザリーは本当にすごいことを考え付いたなぁ」


前に座った狼を見ながら感慨深げに言う父さんに、まさか人でなく動物を走らせているとは思いもしなかった私も同じように感心していた。

なるほど、伝令犬か。

確かに、ちゃんと走ってくれる保証があるなら人と馬を使うよりもいいかもしれない。


「じゃあこの子はあんまり伝令犬に向いてなかったのね」


父さんから視線を外してまた私の前に座る大きな狼へ視線を戻すと、狼の月色の目は変わらず自分をつなぐ鎖を持つ私を見据えたままだった。


「いや、そういうわけじゃないんだ。ええと、なんて言うかな、それにはちょっと他のとは違う訓練をしていてな」


父さんの口調が歯切れ悪くなり、私が視線を父さんへやると困ったような表情ですっと目をそらされた。

ああ、お兄ちゃんが言ってたやつね。

この子にはスパイの訓練をしてる、ってことでしょう。


「・・・ミザリーがなにか困ったことに巻き込まれて、それで対処できない状況になったら、まっすぐ父さんの所へ来るように仕込んであるんだ。だからその、この先ディートリヒと会うこともあるだろうから、そういう時はそれを連れて行きなさい」


スパイでなくて防犯装置、って事かしら。

スパイの機能がついてない保証がないのが何とも言えないとこだけど。

しかもネルガル第二公子ってば、完全にブラックリストに載ってるじゃないの。

アレは避けられなかった私も悪いのに、ホントにとんだ当たり屋よね。


「分かった。この子の名前は後で考えるわ。ありがとう、父さん―――でもあのええと、あれは事故だったから、ディートリヒ公子の事はもう気にしてないのよ?」


一応自分の名誉のために言っておこう。多分信じてもらえないけど。

証拠に、父さんが温い笑みを浮かべ、分かってるから、と言いたげに頷きをよこしてくる。

これは絶対分かってないヤツね。


「さぁさぁ、次はぁ、奥様からの贈り物ですよぉ!」


犬の贈与が終わるのを辛抱強く待っていたミアーニャが、終わったと見るや父さんを押しのけんばかりの勢いでやってきて、手にした一抱えほどの包みを満面の笑みとともに差し出してくる。


「・・・ドレスは、もういらないと思うのよ?」


受け取る前に一言無駄な抵抗を試みるも、彼女はただ笑って首を横に振る。


「ドレスじゃないですよぅ!今年はぁ、この中に奥様からの贈り物とぉ、ミアからの贈り物が入ってますからねぇ!」


ずずいと差し出された包みは、柔らかい不織布のような紙と布の中間みたいな謎素材で包まれており、中身が何なのか外からでは読めない。

去年はこういう包みに入ってたのよねぇ、豪華絢爛なお姫様ドレスが。

まぁ今年は違うらしいけど。


「さぁ、その鎖は預かりますねぇ!こうしておきましょうかぁ」


私が贈り物に手を出さないのは鎖で手が塞がっているからだと見事に好意的に解釈したらしいミアーニャは、さっと私の手から鎖をとると私が座っていたソファの背もたれ、がーちゃんの目の前に鎖の持ち手を置くと、がーちゃんに向かってしばらく押さえておいてくださいねぇ、と声をかけている。

ちょっと無理があると、思うけどね。

言われたがーちゃんもきっと無理があると思ったでしょうに、言われた通りに鎖の上にぴょんと飛び乗る。・・・あんまり、意味はなさそうだけど。


「ありがとう」


手が自由になってしまったので仕方なく包みを受け取ると、何が入っているのか意外とずっしりとしていた。


「開けてみてくださいねぇ!」


私に包みを手渡し、お役目終了したミアーニャがまるで自分が贈り物を受け取ったかのように、楽しそうにそう言って、斜め前に座る母さんも一つ頷いて私に包みの開封を促す。

・・・こういうのって、一応喜んでみせないといけないからあんまり得意じゃないのよねぇ。

でも仕方ないか。

覚悟を決めて、ふんわりしたピンクの包装布を束ねる赤いツヤツヤのリボンを引っ張り、包装を解くと中からは美しい装丁の本が3冊と、一通の封書が出てきた。


さっと確認すると本は3冊とも魔法関係の物らしい。

いずれも革装丁で、金色や黒、銀色でタイトルが入った、凝った装丁の本たちだ。

高いやつだわ、これ絶対。


「その本はミアからのプレゼントですよぅ!ミザリー様は本がお好きですもんねぇ!魔法の事や歴史なんかが書いてある本で、きっと楽しんで頂けると思いますぅ!」


「ありがとう。・・・でもこれ、すごく豪華な本だわ。3冊も頂いてよかったのかしら」


「勿論ですよぅ!お嬢様が楽しく魔法の事を知るにはぁ、本が一番いいですからねぇ!ミアはちゃあんとお給料を頂いてますからぁ、全然気にしなくていいんですよぅ!」


言外に税金じゃないよ、って言ってくれてるようだけど、彼女のお財布から支出してくれたということは、3冊はやっぱりもらいすぎな気がするわ。

中身まで確認していないけれど、印刷技術の発達していないこの世界では、この手の本はびっくりするほど高いだろう。

懐中時計があるのになんで?と思ったけれど、おしゃれと権威を誇示できる最先端の“懐中時計”と、いろんな知識が詰まっているけれど字が読めなければ意味がなく、持ってればインテリは気取れるけど別におしゃれでもなく、生きるのに必須でもない“本”は需要の差が大きいのだろう。

どちらも、買えるのは一握りの富裕層。で、どっちを選ぶかと言うと・・・。

フーリー君みたいな貴族なら、懐中時計は絶対に可能な限り早く入手して見せびらかすでしょうけど、喜んで本を読むかと言うと疑問符だものね。

だから需要が知れていて、その少ない需要を満たせる程度の供給なら写本や精々が木版印刷で十分で、価格が高騰してしまう、と。

貰った3冊はどれも装丁だけ見ると写本の可能性が高いし、であればちょっと信じられないような金額になる。

・・・折を見て、活版印刷でも導入してもらいましょうかね。

こちらの文字は字数も知れているし表音だから、木版もいいけど量産には活版が向いてるでしょうね。


「・・・大切に、読むわね」


値段は気になるところだけれど、本の虫としてはこんなに嬉しい贈り物はない。

美しい本たちをぎゅっと抱きしめて言うと、ミアーニャはたったそれだけで満足したようにまた笑みを浮かべる。

それから、「封筒は奥様からですよぅ」と私の注意を包装材に取り残された白い封書に向けてくれる。

斜め前の母さんは、私とミアーニャとのやり取りが終わるとの今か今かと待っていたようで、やっと私の注意が封書に向くとほっとしたような笑みを唇に乗せた。

多分、ミアーニャも自分の主が待っているのが分かっていて、私の注意を封書に向けさせたのだろう。


本と一緒に入っていた封書は上等の封筒に飾り文字で私の名前が書いてあるだけで、厚みは全くない。

一見するとお誕生日のカードでも入っているのだろうな、というような物だ。


一旦ソファに本を置いて、封書を手にすると傍にいたミアーニャがすかさずペーパーナイフを手渡してくれる。

・・・今、懐から出てきたみたいに見えたんだけど、常備してるのかしら。


ちょっとした疑問が湧いたけれど、一旦無視の方向で。

ありがたくそれを受け取ると、刃を滑らせて封を切る。

中身はカードではなくて手紙らしきものが一枚だけ。


「・・・魔法の杖製作の、ご案内?」


広げた紙に書かれた一文を疑問符とともに読み上げると、母さんは満足げに、ミアーニャは嬉しそうに、それぞれ笑って私に頷いてくる。


「魔法の勉強も始めたし、そろそろ持ってもいいと思うのよ。自分の杖を」


母さんを見ると、私の事を少しばかり誇らしそうに見ながら微笑みかけてくる彼女と目が合う。


「まほうの、つえ。それがあれば魔法が使える・・・というわけではないのよね?」


だったら例の“七代様”も雷を使いこなせてたはずだものね。


「そう、よ。でもほら、魔法使いや魔女なら自分の杖を持つって言うのはね?一種の憧れでね?」


ちょっと冷静に返しすぎたのか、母さんがソファから身を乗り出して必死に自分の贈り物がいかに素晴らしいかのプレゼンを始める。

・・・ごめんなさいね、ドライな娘で。

黙ってたけど実は私、魔法じゃなくて自然科学を信奉してるのよ。


「そうなの。分かったわ。このお手紙には魔法の杖製作工房へ希望を伝えるように、っていう事が書いてあるけれど、ここに書いてある要件に対して希望を言えば作ってもらえる、って事でいいかしら?」


手紙の内容は要約すると、杖作るので長さや素材をリクエストしてください、というものだ。


「そうよ。ミザリーのイメージを工房の職人さんに伝えて、それに沿って熟練の職人さんたちがあなたのためだけの杖を作ってくれるの。ね、楽しみでしょう?」


「イメージ・・・素材・・・お任せ、じゃダメ・・・よね。ええ、そうね、お任せでなくて何か考えるわ。ああ、楽しみだわ、私の杖」


面倒臭くてプロに丸投げしようとしたところ、母さんの表情が“良かれと思ったのに完全に外した人”そのものにどんどん暗く重く沈んでいったので、社会人として最低限の礼儀を発揮して一生懸命喜んでいるふりをする。

さっきミアーニャのプレゼントで目いっぱい喜んじゃったから、落差で余計に傷つけたかもしれないわ。


「後で母さんの杖もぜひ見せてほしいわ。私の杖の参考にしたいもの」


私史上最大のリップサービスだったけれど効果はそれなりにあったようで、やっと母さんの目に輝きが戻る。

魔法の杖とか言われても、私の貧弱な想像力で思い浮かべられるものと言うと、あのプラスチックでできててピンク色で先っちょに星とか宝石とか羽とかついてて、あとたまにちょっと光るみたいな、魔法少女的な・・・マジカルステッキ的な杖しか浮かんでこない。

だから参考にしたいというのは嘘ではない。

・・・さすがに、この先もずっと使い続けていくなら魔法少女の杖は少々まずいだろう。

年齢制限あるものね。


「そうね、参考にね!・・・お揃い、とは言わないけど、母さんのとちょっと似た感じにしてもいいし、そういうのもいいわね!」


母さんは前の世界線で言う所の親子コーデとか好きなタイプらしく、ちょっと嬉しそうに笑うので私も苦みが混ざらないよう気を付けて笑みを返す。

お揃い云々に関しては前向きに検討の上、善処させていただくわ。



9歳のお誕生日に手に入れたもの。


使い魔の鴉が一羽。

素敵な髪飾り。

ペットの犬・・・でなくて防犯装置の狼が一頭。

面白そうな本3冊。

それから、魔法の杖オーダーメイドのご案内。


後は、家族に愛されている、という実感。


最後のが一番、素敵な贈り物だと思うわ。



沢山の評価、ブックマークありがとうございます!

先週も今週も無理だな。一回休むだな。って思ってたんですが、増えていく評価とブックマークが嬉しくて、何とか更新できました。単純な生き物です。

と言ったそばからですが、来週はお休みします。

またちょっと使えない状態になる見込みでして、再来週以降の更新は前向きに検討して善処します。

夏休み、お盆休みの方も、お仕事の方も、暑いので無理なくゆるく命大事にいきましょうねー!

では、またのお越しをお待ちしております。

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