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28.

一歩踏み込むと、間断ない波濤のように視線が刺さる。

大半は好奇心や興味で悪意は含まれていないようだけれど、それでも思いのほかたくさんの方々がいらしてくださっているようで、その視線に重みすら感じてしまう。

正面に父さんと母さんが待っていてくれたので、とりあえず優雅で典雅に見えるように、精一杯努力して滑るように歩く。

そうして一歩前に出て迎えてくれた父さんのそばまで行くと、父さんが集った人々へあいさつの言葉を投げかけ、続いて私を紹介してくれるので私も教えられたとおりの文言であいさつをする。

ちゃんと笑えてるかはちょっとわからないけど、文言自体は覚えたままきちんと言えた。

これで第一弾はクリア。


広間はお兄ちゃんの誕生会の時のように巨大なダイニングテーブルを撤去してたっぷりとしたスペースを確保してあり、壁際に立食で食べられるような料理が品数多く並んでいる。

調度品などは最低限だけれど、その分絢爛豪華に生の花を生けた花瓶があちこちに置かれており、季節は秋も深まる頃なのに常春の花園にいるようだ。

きっとこれは、ガーランドさんとルークからのお誕生日のプレゼントね。

少数精鋭のメイドさんたちが招待客に飲み物を配って回り、どちらかと言うと庶民カテゴリの方々がお客様の中心層と言うことで、私よりもよっぽど緊張した面持ちの方が散見される。

お兄ちゃんの時のような、ある種統一感のある盛装の参加者たちとは違って、みんなそれぞれが精一杯の一張羅で来てくれている、という感じがして、ちょっとだけほっこりする。

中には明らかに貴族だわねという人もいるけれど、精一杯頑張った感の強い人のほうが多いし、庶民派の私としては仲良くなれそうなのよねぇ・・・。


全体へのあいさつが終わってほっとしたこともあってか、ちょっとだけあたりを観察する余裕が出てきた。

これから個人のあいさつに移るのだけれど、なんだかみなさんあまり寄ってきてくれないわね。

・・・私の顔が悪役顔だから、ちょっと近寄りがたい、とかかしら。

こういう場に慣れてるであろう爵位持ちの方がいるから、率先して動いてくださればいいのにね。


その思いが通じたのか、私の前に一組の親子が立つ。

私よりも1つ2つ年上に見える男の子と、その父親らしき男性で、服装と堂々とした態度から察するに爵位持ちだろう。

男の子も男性もともに赤茶の髪に金茶の目をしており、顔立ちが良く似ている。


「ミザリー嬢、お誕生日おめでとうございます。フーリー家よりご挨拶に参りました」


男性のほうが言って、にこりと笑う。

事前にもらった招待客リストを脳内で繰りながら、どことなく油断のならないその笑顔にこちらも笑みを返す。

満足げになった男性の笑みに、前世の私の経験が警鐘を鳴らす。

こういうおじさんが持ってくる契約書はよく読み込まないと、巧妙に隠してとんでもないことが書いてあったりするのよね。


「フーリー子爵、わたくしのために遠路おいでくださり感謝申し上げます。ささやかながら軽食などもご用意しておりますので、どうぞお楽しみくだ――」


「ミザリー嬢、これは私の息子で、フェリクスといいます。どうですかな、ファミリアに。・・・本日はたくさんの方々がお見えだが、大公爵の令嬢たるミザリー嬢にふさわしい格式のある家は少なそうだ。・・・はは、よくもまぁ四大公爵家たるフェンネル様の家に、平民風情が恥ずかしげもなく来られたものだ」


私が定型句をつぶやき終わる前に、獲物を逃がすまいとするように息子の背を押してこちらにやりつつ、私の視線を誘導するようにフーリー子爵が会場をさっと見渡す。

要約すると他にろくな爵位持ちがいないから自分の息子以外選択肢はないぞ、って事かしら。

確かに、今日の招待客リストではフーリー子爵のほかは一代貴族の家が1つ2つあるくらいだ。

父親に背を押されるようにこちらに一歩近づいてきた息子を見ると、ちょうど目が合って彼も笑みを浮かべる。

父親そっくりの、腹に一物ある笑みだ。


「・・・どなたも、私の大切なお客様です。まずは皆様にご挨拶をさせていただくわ。どうぞ、お二人とも楽しんでいらっしゃってね」


平民を見下すようなお貴族様の態度にカチンときたけれど、無難に。無難にいなす。

いずれ庶民代表として高圧的なお貴族様の鼻っ柱へし折ってキャンと言わせるにしても、それは今ではない。

私の定番から逸脱しない返答に、親子は一瞬顔を見合わせると、また例の獲物の隙を狙うような笑みを浮かべて下がっていく。

そしてさもそれが自然な流れだ、というように私の後ろに居た父さんに挨拶の体で息子の売り込みを始めた。

フーリー子爵は大方息子を私につけてうちと昵懇になることで自分の家の利益になる、という考えでここに居るのだろう。

そもそも大公爵とその辺の子爵とでは公の場で接点を持つことは難しい。

けれどその大公爵の娘が家格を気にせずファミリアを選ぶとなったのだから、千載一遇、という所かしら。

しかも競う相手はその道の筋では名家だけれど爵位のない平民。

きっと私はちょろい獲物に見えてることでしょうね。


父さんもその程度はわかるでしょうけど、あんまり社交や政治に強くない感じだからあの喰えないタヌキおやじの相手をさせるのはちょっとかわいそうよね。

私がつれなくしたから、当分父さんに張り付いて離れないでしょうし。

でもまぁ母さんが横についてるし大丈夫か。

脳筋でも二人いれば何とかするでしょ、ぶん殴る以外の方法で。



次のお客様を迎えるべく周りを見回して精一杯歓迎の笑顔らしきものを浮かべるが、先ほどの子爵のせいで少々場の空気が寒くなっており、お貴族様の後に続く猛者が現れない。

みんな多少なりとも萎縮してしまったのかもしれない。

あんなつまらない男の事なんて気にしなくてもいいのに。

―――父さん、さっきは殴る以外の選択肢でなんとかして、って思ったけれど、適当なところで我慢できなくなってフーリー子爵をぶん殴ればいいと思うわ。ある意味太古からの問題解決法だものね。

良いか悪いかは置いといて、古代から現代まで方法としてなくなってないって事は一定の効果はあるってことよ。



私が脳内で物騒な事を考えているうちに、誰も動かないのを見て取ったミアーニャがおっとり口調からは想像できない素早い身のこなしで彼女の言う所の伝統と格式の“うちの子たち”を紹介すべく、すっと目の前に現れる。

後ろで母さんがため息をついた気配がして、私の礼儀用笑顔が苦笑いになる。


「ミザリー様ぁ、お誕生日おめでとうございますぅ。シャハトゥール家を代表してご挨拶申し上げますぅ。―――さぁ、ご挨拶なさいぃ」


私に対して丁寧にこうべを垂れた後、半歩横にずれた彼女の後ろから三人のこどもたちが顔を出す。

1人はお兄ちゃんくらいの身長で、柔らかな色合いのプラチナブロンドに片方はアイスブルー、もう片方はイエローゴールドの色違いの瞳。

目が合うと柔和な笑みを浮かべ、片手を胸に当ててもう一方の手は後ろに回して腰に当て、片足を引いて優雅にお辞儀をする。


「初めまして、ミザリー様。ミアーニャの甥のヴァイス・シャハトゥールです。お誕生日おめでとうございます」


完璧な所作に物語の王子様のような美々しい容貌。

そして一等目を引くオッドアイ。

この子が長男の白猫ね。


「ふぅん、これが13代か」


その隣に立った黒髪の男の子、おそらく“私は全くご所望じゃない黒猫”のノアールが、私がヴァイスに挨拶を返す前に口を開く。

兄のヴァイスよりも少し低い身長で兄と対照的な真っ黒な髪。

瞳の色はミアーニャとお揃いの金色で、甘やかな顔つきの兄と正反対な精悍で野性的な顔立ちだ。

お兄ちゃんが箱入りの飼い猫なら、こちらは原種に近い猫、って感じかしら。


私が彼を観察する間に彼のほうでも遠慮なく私をじろじろと見まわして、偉そうに腕組みなんかしちゃっている。

小学生相当のこどもがしても威圧感も何もないし、可愛いだけなんだけどね。

それより一歩下がった隣に立つミアーニャの表情が笑顔なのにどんどん不穏になっていっているのが気になるわ・・・


「俺はノアールだ。お前、俺を選べよな!」


偉そうなまま自己紹介し、その流れで押し売り。・・・長年にわたり磨き抜かれた“伝統と格式”を感じるわ。

洗練される前の原石だけど、彼はミアーニャと同じ圧がつよいタイプの猫ね。


「ヴァイスにノアールね、遠路私のためにようこそお越しくださいました。どうぞ楽しんで行ってね」


無難に返すと、ミアーニャの表情がくしゃりと崩れて一瞬 絶 望 の二文字で染まったようになり、後ろから母さんが何らかの圧をかけたようですぐに気を取り直して表情を繕う。

だっていきなり決めちゃダメって言われてるんだもの。

せっかく来ていただいたお客様たちなんだから、挨拶くらいは一通り受けなさい、って。


「弟が失礼を致しました。申し訳ございません。―――妹を、紹介しても?」


ヴァイスがさりげなくノアールを後ろに押しやりつつ出てきて、空気を変えるように申し訳ない笑みを浮かべつつ二人の後ろに居た女の子をそっと私の前に連れてくる。

お兄ちゃん、苦労してるわね。

そんな苦労人と圧の強い猫(原石)の後ろに居た少女は、不意に私の前に出されて一瞬戸惑うように長兄を振り返り、優しくうなずく彼に励まされて改めて私に向き直る。


私よりも少し背の低い女の子で、茶色と黒が混ざったような不思議な色の髪を肩よりも少し長く伸ばしており、可愛いお花の髪飾りでおめかししている。

伏し目がちできちんと視線を合わせてくれないけれど、目の色は多分栗色だろう。

お兄ちゃん二人のような一瞬で人目を引く派手な容貌ではないけれど、顔かたちは整っており、なんかこう、手元に置いて愛でたい感じがする。

照れなのか緊張なのか分からないけど、ほっぺたが真っ赤で可愛いわ。

私と目が合うともともと赤いほっぺをさらに赤く染めてすぐに下を向いてしまったけれど、一生懸命スカートをつまんでひざを折り、挨拶をしてくれる。


「み、ミザリー様、お、お誕生日おめでとうございます。は、は初めまして、わ、わ、私はミケーラと申します。あああの、一生懸命お仕えいたします!」


あら。お仕えされることになったのかしらこれ。

こんな強制お仕えシステムは聞いてないんだけれど。

やはりこの売り込み手腕が“伝統と格式”よね。

・・・嫌な、伝統だわ。


「ありがとう、ミケーラちゃん。そんなに緊張しないで、お兄ちゃんたちと何かおいしいものを食べてらっしゃいな。あとでゆっくりお話ししましょう」


優しく声をかけたつもりなのだけれど、正面に立ったミケーラの顔色が見る間に青くなり、じわ、と目尻に涙が滲みだす。

え?あれ?泣かせた?

泣かせっちゃった!?

断るつもりはないよを言外に多分に含ませたはずなんだけれどね・・・


思わず両手を差し伸べて正面の私よりも一つ年下の女の子の両頬に添え、親指で涙をぬぐってやる。

ミケーラの頬はすべすべのもちもちで、その泣き顔は全く似てもいないのになぜか在りし日の妹を思い起こさせる。

・・・いけないわ。

これは、いけない。


「さ、ミケーラ、ミザリー様を困らせちゃいけないよ。後でお話をしようっておっしゃって下さっているだろう?」


妹の涙と私の困惑を見て取ったできる長兄がさっとフォローに入ってくれて、優しい手つきで私から妹を引き取っていく。

兄に宥められたミケーラは私のほうをちらちらと名残惜しげに見て(やめて頂戴、心の柔らかいとこに刺さるから)、即座にファミリアを決めなかった私にケッと悪態をついたノアールに背中を押され、三人で無事に私の前から退いてくれる。

これは本当に、長男大変だわね。

あと今までにないほどミアーニャが不穏だから、私のご所望ではない黒猫も後でちょっと大変なことになりそうね。

ミアーニャはシャハトゥール家の代表から母のファミリアの役割に戻るらしく私のそばから離れなかったけれど、三人、特にノアールを見送る眼差しが黒い。

・・・せめてフォローは入れてあげようかしら。


評価、ブックマークありがとうございます!

連休明け思った以上に使えない状態になってまして、ようやく落ち着いてきました。

ぼちぼち更新再開しますので、お暇な時にお立ち寄りください。

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