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27.

ついに、その日はやってきた。

紅葉は茶色く枯れて舞い散る落ち葉もずいぶん少なくなり、木々が寒々とした姿に変わる、本格的な冬の到来の少し前。

まともに対策も練れないまま迎えてしまった感は否めないけれど、本日、いよいよミザリー・フェンネル嬢は9歳のお誕生日を迎える。


お昼のパーティということで朝からお屋敷はおもちゃ箱をひっくり返したような大騒ぎで、当人である私以上に浮かれるミアーニャに引っ張られるように、まだ最初のお客様も到着しないうちから家全体がなんだかふわふわと浮ついた雰囲気で落ち着かない。

私はいつもよりも少し早く起きて朝食を済ませ、食後のお茶を頂いてから適当に着替えていた服からお誕生日の主役服へと換装を余儀なくされ、今は自室でアルマとシェリーによって丹念に髪の手入れをされていた。

今日は貴人を招くわけではないのでコルセットもお化粧も免れることができそうだ。

わざわざ私に会って、断られるために来てくださることになるファミリア候補の家の方々は爵位持ちは少数らしく、大体が名家ではあるもののカテゴライズすると『庶民』枠なのだそう。

逆にお話が合う人が沢山いそうで困ったわね、と思ったけれども、いくら庶民でも万一主人がなにかよからぬことをして死を賜ることになれば家ごと連座の可能性が高いので、やっぱりここは心を鬼にしてお断りする方針を貫こう。

・・・お友達、一体いつになったらできるのかしらね。


ちなみに、すごく頑張ってゲームのミザリーが連れていたであろう使い魔を思い出そうとしたのだけれど、全く思い出せなかった。

余計な事ならたくさん思い出したんだけどねぇ・・・たとえば、仕事を全く引き継ぎしていなかった事とか、“あの日”の夕飯は天津飯を食べようって思ってた事とか。

家にかに玉の素があったから、あれでちゃちゃっと作って冷凍ご飯をチンして、簡易天津飯にするつもりだったのよね。

だからあの日は仕事帰りに立ち寄るいつものスーパーで餃子ともやしを買った。

もやしは帰って冷蔵庫の中の他の野菜と一緒に中華風スープにするつもりだったけど、あのもやしも餃子もきっと無事じゃないわよね・・・

あー、ダメダメ、忘れなさい。

ご飯なんて思い出すものじゃないわ。

天津飯の事は・・・忘れる、のよ・・・


―――天津飯。

あつあつごはんを丼に盛って、その上にとろみのついた厚い餡かけかに玉を乗せる。

それだけで完成、簡単おいしい最強メニュー。

ご飯にかぶさったかに玉に匙を入れると餡に閉じ込められた湯気がほふっと上がって、ご飯と餡と卵が絡んでとろとろと飴色に光る。

口に含んだら最初に来るのは熱で、あちあち、と思ってるうちに濃厚な餡、優しい卵の風味、それから粒立って噛み進めると甘みが出てくるほかほかのごはん、かすかにカニの風味。

表面をぱりぱりに焼いた餃子で小休止を入れ、野菜のうまみを残しつつ中華調味料で味を引き締めたスープを一口。

あー、ダメだったら、ホントに忘れなさい。

ここには米なんてないのよ。パンはあるけど。

食べられないものの事なんて思い出したって地獄なだけなんだから。


つやつやの餡と卵がキラキラ光る天津飯の幻影を追い払おうと頭を振ろうとしたけれど、ちょうどアルマとシェリーによって何か複雑で面倒な髪型にされているところだったことを思い出して我慢。

ハーフアップというのかしら、正面にある鏡の向こうの私の後ろでは、真剣な表情で侍女二人が私の髪を半分結い上げて片方の側でお団子みたいにまとめ、たくさんある髪飾りの中からどれを使って飾りつけるか吟味している。

アルマはお花を使って可愛く飾りたいらしく、先ほどルークが持ってきてくれた生の花をしきりに私の髪に当てては鏡の中の私のドレスと目と髪の色と調和しているかを見ているし、反対にシェリーは彼女の手元に無数に並んだ芸術品のような髪飾りから、一点これ、というものを真剣な表情で見定めている。

アルマに任せるとお花で贅沢に飾られて結婚式みたいになりそうだし、シェリーに任せると二桁にもならない年の内から無用な色気を発揮するようなシックで大人っぽい仕上がりになりそうだ。


ちなみにドレスはいつの間にか新しいものを仕立てたらしく、これまでに見たことのないものを二人が持ってきていた。

豊穣の秋を象徴するかのような、深いワインレッドのベルベット地をベースに、黒い絹地のような滑らかな生地で作られたレースがスカートのすそから覗く。

赤い生地に黒い生地を継ぎ足して作ったものだと思っていたら、薄くて体にぴったりしつつも滑らかに見える黒い生地のタイトなドレスと、スカート部分がたっぷりとボリュームのある赤い夜会服の2点セットだった。

上に着るワインレッドのドレスは襟ぐりが開いていてお昼のパーティにはちょっと・・・というデザインだったけれど、黒い絹地の薄いノースリーブドレスを下に着ることで露出を抑えられるようになっている。

けれども下に着るのが薄くて透け感のある生地のため、首元まで生地に覆われていてもデザイナーのもくろみ通り首筋のほっそりした感じと蠱惑的な鎖骨が浮き彫りになり、ワインレッドの生地が現れるまで胸元へ視線が誘導されるような無駄にセクシーな仕立てだ。

ワインレッドのほうのスカートも踊る時を意識してだろうけどたっぷりふんわりしつつも、下の黒が見えるように何条かスリットが入っており、全体的に大人っぽくてセクシー路線のデザインだ。

なんでこんなものをこどもに、と思うのだけれど、着てみるとまたそれなりに似合って困ってしまう。

ねぇ、まだ9歳になった所よね?

肉感の薄い人形みたいな手足なのに、なんでこう変な色気が出てるのよ。

鏡の中の自分に問いかけるも、気だるげな紫陽花の瞳と退屈気に薄く開いた唇がますます変な色気を醸しているのに気づき、慌てて表情を変える。

そういえばこの子、今はまだ絶壁だけど15歳とか16歳であなたそれいったい何カップ?みたいな胸になるし(よしんば寄せて上げているのだとしても、よ)、あと6-7年で大人にしか見えないような完成度になるわけで、早熟なのは宿命なのかもしれない。

・・・老けるの早そうね。

ちょっと頑張ってお肌の手入れとかしといたほうがいいかしら。


いらないことを考えているうちに侍女二人の間で髪の飾りつけ方針が決まったらしく、サイドアップにしたお団子のあたりをアルマがお花で飾りつけていく。

あ、結婚式スタイルで決まったのね。

髪飾りを譲ったシェリーは今度は耳飾りを選び始め、お団子の反対側の耳たぶに色々な耳飾りを当て、さっきのアルマのように鏡をじっと見て全体の調和がとれるものを探している。

いくつか試し、コレというものが見つかったらしく艶消しのクロムみたいな・・・ええと、いぶし銀って言うほうがいいかもしれないけど、くすんだ銀色の金属でできた耳飾りをそっと片方の耳にだけつける。

耳たぶから薔薇の蔓を模したような華奢なチェーンが一本伸びて、その先に花に見立てた赤い石が一粒。

それに一匹の繊細に作りこまれた透かし細工の蝶がとまっているというデザインだ。

アルマが使っているのも赤い花が多いし、赤と黒とお花がテーマでまとめるってことね。


女性の身支度には時間がかかる、なんて言うけれど、清潔感と実用性重視の私には女の子たちの心躍らせるおしゃれってやつももはや苦行だわ。

年に一回だから我慢できてるけど、これから本格的に社交とやらを始めることになったらお茶会や夜会のたびにこの試練・・・憂鬱だ。

思わずため息をつきそうになった瞬間、アルマができました!と声を上げ、私は慌ててため息を飲み込んだ。

お仕事頑張ってる二人のそばで、彼女らのお仕事を全否定するみたいなため息なんてつけないものね。


シェリーが替えの靴を用意してくれて、渋々楽な部屋履きから黒い革靴に履きかえる。

幸いヒールのないぺたんこ靴で、上等な皮らしく当たりが柔らかいため靴擦れもしなさそうだ。

立ち上がるとアルマが黒い柔らかい生地でできたショールを渡してくれて、ドレスの肩口にひっかける。

今日はお天気もいいし晩秋にしては暖かい日だけど、さすがに襟元の開口部が寒い。

セクシーさよりも風邪をひかない暖かい格好を優先したい所存だ。

シェリーとアルマに促されて姿見を見ると、朝この姿見を見たのと同一人物なのかと疑いたくなるほど立派な貴族令嬢に仕上げてくれていた。

切り花用花壇のお世話をする時に着る汚れてもいい服に作業用手袋、麦わら帽子に長靴を履いて手拭い代わりにタオルをひっかけた“農に生きる人”スタイルのほうが断然私の好みなんだけど、そんな野暮は言わないわ。ええ、言わない。


「そろそろいい時間ですし、参りましょうか」


鏡の中の私の姿を改めて点検し終えてから、シェリーがにっこりと笑う。


「お客様はもうお揃いなのかしら?」


「ええ、馬車が入ってくる音がずっと聞こえてましたから、ほぼお揃いだと思いますよ!さぁお嬢様、段取りは覚えておいでですよね?」


私の質問に弾むようにアルマが応えて、キラキラした目を向けてくるので浅く顎を引いて肯定しておく。


「ええと確か、会場に行ったら父さんと一緒に皆様にご挨拶をして、それから一人一人と挨拶を交わす。それが終わったら立食のパーティだから気になった方の傍へ行ってお話をして、最後に私のファミリアになっていただきたい方を決める、と。そういう流れよね?」


「完璧です!じゃあ参りましょう!・・・笑顔ですからね、お嬢様!」


どうやらまた死んだ魚の目をしてたらしく、念押しするようにアルマに真剣な表情で言われ、頑張って笑顔を作る。

ちょっと引きつってるかもしれないけど、許してほしいわ。




部屋から出るといつの間に来たのかミアーニャが待っていて、満開の笑顔で歓声を上げる。


「ミザリー様ぁ!お綺麗ですようぅ!!さぁさぁ、うちの子たち・・・皆さんがお待ちかねですからねぇ!行きましょうねぇ!!」


あ、これはあれか。

ただのお迎えじゃなくて最後のお願いに参りました、ってヤツか。


ピンとくるものがあったけど、ミアーニャはもちろん気づくこともなく私を先導するように歩きはじめる。

彼女を先頭に、私、後ろにアルマ・シェリーという陣形で、逃げ場のない護送スタイルの完成だ。

会場はお兄ちゃんの時と同じメインダイニングで、そこまでの道すがらミアーニャの“最後のお願い”が続く。


「ご招待したおうちの方は全員お揃いですよぅ。でもぉ、やっぱりミザリー様には伝統と格式の猫がいいと思うんですぅ。・・・身びいきとかではなくてぇ、初代様も二代様もぉ、三代様も私たちの一族がお仕えしてるんですよぅ!五代様はちょっと変わった方だったのでぇ、ちょっと変わったファミリアを選ばれたんですけれどもぉ、身近なところではロザリア様やぁ、ロザリア様のおばあ様・・・ミザリー様の曾おばあ様に当たる十代様もぉ、私たちの一族を重用くださってるんですぅ」


あ。五代様先祖だった。

・・・魚の血、入ってるのか私。


「あの子たち・・・一番上はヴァイスって言うんですがぁ、穏やかで優しい子でミザリー様より2つ年上ですねぇ。レオンハルト様と同い年だしぃ、お二人とお友達になるにはちょうどいいですよねぇ。この子は白猫なんですよぉ。それから二男のノアール、この子はご所望の黒猫でぇ、ミザリー様より一つ年上、ちょっとやんちゃなんですがぁ、やる時はやる子だしヴァイスと組ませたらお互いの足りない部分を補い合ってとってもいい感じなんですよぅ。最後はミザリー様より一つ年下のミケーラ、この子は女の子ですぅ。お兄ちゃん二人と比べるとちょっと頼りないんですがぁ、優しくてよく気が付く子だからお兄ちゃん二人の補佐やミザリー様の身の回りのお手伝いをさせるのに最適ですよぅ!」


私には1票しかないはずなのに、最後のお願いがまとめて全部売りつける気としか思えないわ。


「使い魔、って、一人じゃなくてもいいの?」


押し売りの強さに思わず聞いてしまうと、前を行くミアーニャが半身だけ振り返って歩を進めつつもにっこり笑い、一度頷く。


「勿論ですぅ!三人まとめてもらってやってくださいぃ。・・・もう少し詳しく解説するとぉ、基本は一対一なんですがぁ、たとえば兄弟姉妹で一人の魔女にお仕えするということはぁ、普通にあることですぅ。複数の使い魔を持つ場合は全員の合意があればそれでいいんですよぅ。だから必然的に兄弟姉妹で一人にお仕えするパターンが多いですねぇ」


「全員の合意がされやすいから、って事かしら」


「そうですねぇ。やっぱりファミリアになるならぁ、一番に愛されたいじゃないですかぁ。私たちにとっては主人が一番大事な人なわけですからぁ、主人からも同じように大事にされると嬉しいのが人情ってものですよねぇ。でももし自分以外にも同じ主人に仕える人がいたらぁ、常に相手を凌駕し続けて全部で一番になるのは難しいでしょう?だからぁ、他人同士だとどうしても主人の寵愛を争うことになってぇ、複数の他人を使い魔にするのは主人含めて幼馴染だとかぁ、よっぽど気心が知れてて仲が良くないと難しいですねぇ。」


「ふぅん・・・お仕事、って割り切らないのね。割り切っちゃえば複数人で仕事を分担できて楽でしょうに」


「そうですねぇ。でもぉ、ファミリアって言うだけあってぇ、多くの魔女が私たちの事を家族みたいに扱ってくれるんですぅ。・・・仕事、って割り切るのはぁ、ちょっと寂しくないですかぁ?」


「そっか、一緒に生活することになるんだっけ。仕事の報酬として衣食住を提供するのよね」


「ええ、そうですぅ。ご心配には及びませんよぅ!うちの子たちぃ、ミザリー様のおそばに誰か一人居ればぁ、残りの二人は外で仕事だってできますらかねぇ!ミザリー様一人くらい不自由なく生活して頂ける程度はぁ、ちゃあんと稼いできますからぁ!」


・・・そうだ。この猫一族愛が重いんだった。

衣食住を仕事の報酬として提供するって言ってるのに、衣食住どれとでも交換できるお金を自分で稼いだ上でさらに私を養うとか、いったい私は何をもって仕事の報酬に充てればいいのかしらね。


「そもそも使い魔の仕事って・・・?」


なんだろう。

ミアーニャの場合は母さんの嫁ぎ先の仕事を手伝ってるわけだけど、普通の魔女の使い魔って何の仕事してるんだろう?


「色々ですねぇ。まずはご主人様を守ることでぇ、それからぁ、ご主人様のお手伝いが大きい割合を占めてますねぇ。たとえば創薬に使う薬草を集めたりだとかぁ、手紙をお届けしたりとかぁ、家族のお世話を手伝ったりもしますねぇ。うちの子たちも一通り仕込んでありますからぁ、なんでも遠慮なくやらせてくださいねぇ。お出かけ時の護衛からぁ、お手紙の代筆までぇ、なんでもお任せあれぇ!―――さぁー、着きましたよぉ!ご挨拶が終わったらぁ、うちの子たちご紹介しますねぇ!」


とうとう、メインダイニングの扉の前に来てしまった。

ファミリアについての知識は少しばかり増えたけれど、なんか半分くらいはプロパガンダだったわね。

そして不幸なもらい事故を避けるために家と紐づいていない候補を選択する方法は見当もつかない。

・・・どうにか、乗り切らなければ。


私の心情とは裏腹に、ミアーニャが我が世の春とばかりにまるで躊躇なくメインダイニングの扉を開き、中に集った人たちの視線が一斉に集中するのも構わずに、お嬢様ぁご到着なさいましたぁ、と大きく告げて脇へ下がっていく。

仕方ない、行かねばならないようね。




来週はお休みします。次回更新は5/8(水)予定です。

GWお休みの方は楽しんで!お仕事の方、お疲れ様です!

宜しければ再来週またお越しください。


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