26.
翌日は宣言通りミアーニャが主体で魔法の授業をしてくれた。
彼女は丁寧に四大元素に基づく精霊学とやらから教えてくれて、やっぱり自然科学は魔法に殺されていることを再認識させてくれた。
昨日発電自体には成功してしまったので、あるいはこの世界には精霊だとかそういう超自然の存在はいるのだろう。そもそもが怪物ランドだしねぇ・・・。
発電所の仕組みを知ってるからってそれらの設備なしに発電することは不可能なわけで、その不可能を可能にするのが精霊、というわけだ。
しかも、私の“廻れタービン”で発電に協力してくれたのだから、精霊とやらはファンタジーなくせに科学に精通している可能性がある。
それともイメージとかはどっちでもよくて、結果的に範囲指定して小さい放電をしたい、という要望だけ汲み取って、おっけ!とばかりにやってくれちゃう異常に理解力が高くてフットワークの軽い『何か』なんだわ、精霊って。
とにかく、この世界にはいろんな精霊がいて、なぜか知らないけど魔女や魔術師のお願いを聞いてくれる、というわけだ。
「魔女と魔術師って何が違うの?魔女は女の人で、魔術師は男の人?」
魔術史のようなものにも精通していると見えるミアーニャにふと浮かんだ疑問を投げると、私の正面―――昨日は母さんが座っていた場所に陣取った彼女はにっこりと笑う。
私が魔法に興味を示しただけで、彼女は大層ご機嫌になるようだ。
「魔女と魔術師はぁ、性別が違うっていう事はないですぅ。確かに、魔女は女のひとだけですけどぉ、魔術師の女性もいますよぉ」
「へーえ。男の魔女っていないのね。じゃあ何が違うの?」
ちなみに、前世では男も女も“ウィッチ”だった。
その英語を日本語に直した際に“魔女”とやっちゃったものだから私の国の言葉では女なのかな、って誤解されがちだけど、男だけど魔女裁判で裁かれた人も歴史上には存在している。
まぁ魔女疑惑で訴えられたのが圧倒的に女性が多かったから、“魔女”って訳したんでしょうけど。
「魔女はぁ、その血統で使える魔法が決まってるんですぅ。魔術師は多系統の魔術を後天的に学んで習得するのでぇ、そこが最大の違いですねぇ」
「え?じゃあたとえば私は雷の魔法しか使えないけれど、魔術師は火や水や土や風や、雷も使いこなすって事?」
なにそれ。圧倒的に魔女が不利じゃない。
「そうですねぇ。ただしぃ、魔女の使う魔法を分析して再構築して誰でも使える呪文として仕立て直してるのでぇ、魔女の魔法に比べると魔術師の魔術は圧倒的に威力不足ですねぇ。あ、それと天からの火は魔術師が使おうと思うとぉ、集団魔術になりますぅ」
「集団魔術・・・」
「はいぃ。難易度が高いので大勢で分業するんですぅ。でも、統率者の力量によっては雲が出て雨が降り始めても神鳴りを落とすことはできなかったりもしますよぅ」
やっぱり原理が理解できてないから、賭けみたいになっちゃうのね。
雷を見たことがあればイメージは簡単にできるでしょうから、現象として発生させるには精霊に投げっぱなしでなくやはりある程度は起こそうとする事象がどういうものなのか知っている必要がある、という所かしら。
「ええと、その魔術っていうのは魔女は使えないの?」
「魔術を、ですかぁ?・・・ん~、使えなくはないと思いますけどぉ、魔女はお願いを聞いてもらいやすい精霊っていうのが一族ごとに決まっていてぇ、たとえばロザリア様が火の矢の魔術を使おうと呪文を唱えたとしてぇ、発現はしないでしょうねぇ」
「それはええと、母さんが火の精霊と相性が悪いから、ってこと?」
「んーと、どちらかと言うと水と風の精霊に愛されすぎていてぇ、火の精霊がお願いを聞いてくれる範囲に居ない、と言うほうが近いかとぉ」
それってつまり母さんはバーゲンセールのセール品が乗ったワゴンで、その周りを十重二十重に水と風の精霊がぎゅう詰めで取り巻いていて、拡声器使っても彼方でその様子を見ながらドン引きしちゃってる火の精霊にお願いが届かない、っていうような状況なのかしら。
「はぁーん。なるほど。じゃあ水や風に力を借りる魔術であれば使える、というわけね」
「ええ、そうですねぇ。それをする価値はあんまりないですけどぉ」
「と言うと?」
「魔術師の使う魔術はぁ、誰でも一定の成果を出せるように魔女の呪文の尖がった部分を均して均質化したものなんですぅ。ですのでぇ、仲のいい精霊にお願いするなら直接魔女の呪文を使うほうが大きい威力でリターンがありますねぇ」
「なるほど。理解した」
ミアーニャの大変わかりやすい説明に一つ頷くと、彼女は嬉しそうに笑う。
「ミザリー様は大変聡明でいらっしゃいますねぇ。ロザリア様は感覚派でぇ、系統立てて説明するよりもぉ、がーーーっとやってうおーーー!みたいな説明になってない変な説明のほうが妙に理解が早くてぇ、ミアとしては大変教え甲斐がなかったんですぅ。でもミザリー様は理論的に説明するとすぐ理解していただけて良い生徒で嬉しいですぅ!」
母さん、意外と脳筋だったの・・・父さんとナイスカップルね。
ふふ、ジークやミアーニャの大変さがちょっとだけ分かった気がするわ。
うちの親御さんが日ごろからご迷惑おかけしてるみたいだし、この二人にはホントに何かの時にはお礼をしなきゃね。
ちなみに、そんな母は今日はデスクで執務中。
昨日その存在が無駄だと証明されたため、今日はデスクとミーティングスペースを区切っている衝立は畳まれており、あちらからもこちらからも互いを見ることができる。
ちらりと母さんに視線をやると、ほぼ同時に顔をそらされた。
がーーーっとやってうおーーー!だものね。蛮族度が高すぎて実子ながら若干引くわ。
「・・・ミアーニャは、魔女なの?」
そういえばまだ聞いていなかったことを思い出して、講義の続きの前に直接的に聞いてみると、ミアーニャは何が嬉しいのかまたうふふ~と機嫌よく笑う。
「私はぁ、魔女ではなくてロザリア様のファミリアですよぉ」
「ふぁみ?・・・ええと、熊の鞄・・・じゃない・・・わよね?」
「くまのかばん?ミザリー様はくまがいいんですかぁ?それはちょっとぉ・・・」
私の知ってるファミリアって、熊の鞄なんだけど・・・他に何かあるのかしら?
「ファミリアって言うのはね、使い魔の事よ」
迷宮入りしそうな私たちの会話に、母さんの声が苦笑とともに割って入る。
この人も一応こっちが気になってたのね。
まぁ、ミアーニャに黒歴史暴露されるかもしれないわけだから分からなくもないけど。
「つかいま?・・・あー、あれか。”私ミザリー!こっちは黒猫の・・・”ってヤツ」
後半は口の中で小さくつぶやく。
あの宅急便の子が連れてた黒い猫。
あれが確か使い魔ってやつよね。
「黒猫ぉ?そうですよねぇ!やっぱり猫ですよねぇ!!ミザリー様も猫がいいですよねぇ!」
なんでか小声のつぶやきを正確に拾ったらしいミアーニャが、途端嬉しそうな満面の笑みを浮かべる。
パッと花が咲いたようなその表情を見ながら、ひとりごとは慎もう、と固く心に誓ったけどね・・・
「ミアーニャはその、猫なの?」
「はいぃ!黒猫ですよぅ!獣人ですぅ。私の一族は初代様からずーーーっとおそばに侍ってお仕えしてるんですよぅ!」
恐る恐る聞いてみると、またもや満面の笑みで回答をくれる。
見る間に彼女の頭から三角の耳がぴょこっと飛び出し、いつの間にか黒い尻尾もゆらゆら動いている。
うわ、獣人の獣人らしいとこ初めて見たわ。
ホントにいたのね、獣人・・・尻尾と耳だけじゃ怪物って言うよりハロウィンの仮装の人みたいだけど。
しかも初代からずっと一緒って、なるほど愛が重いわけね。
「お任せくださいねぇ!実は姉のところにちょうどいい年ごろの子たちがいてぇ、ミザリー様にと思ってビシバシ躾けてるところなんですよぅ!ご所望の猫ですぅ!」
「あーー!ちょっとミア!まだ秘密だってば!」
母さんが横合いからすっ飛んできてミアーニャの隣に座ると、ミアーニャがおっといけねぇヤッチマッタという表情でぺろりと舌を出す。
なんかガッツリ聞いちゃったけど、私も使い魔とやらを持つことになる、というわけね。
対面に座ってミアーニャに拳骨を落とすふりをしている母さんをじっと見ると、彼女は観念した、と言う風にため息をついた。
「ホントは秘密にしときたかったんだけど、今年の誕生日にはあなたにもファミリアを選んでもらいます。・・・堅苦しく考えなくて大丈夫よ。大半の候補は魔女のファミリアとして各地の家に仕えた経験があるところからの人だから、良く心得てるわ。それに、使い魔だとか言うと上下関係があるのかと思うだろうけど、生涯の友達、って思ってれば間違いないからね」
「そうですよぅ!うちの子たち3人いるんですがぁ、誰を選んでもらっても誠心誠意一生涯ミザリー様にお仕えしますからぁ!いい友達になれると思いますよぅ!もういっそ3人全部もらってくださっても構いませんよぅ!」
理解できたのはまたわけの分からないことになったわね、という事と、あともう一つ。
猫の圧がつよい。
「誕生日・・・そういえば、もうすぐなんだっけ」
ふと思い出してつぶやくと、母さんの表情が和らぐ。
隣のミアーニャは満面の笑みで何度も頷きを寄越してきて、私の使い魔選びが楽しみで仕方がないようだ。
「今年はファミリア候補にもお越しいただくし、お昼間のパーティにしようと思ってるんだけど、何か希望はあるかしら?」
「え?・・・ああ、誕生日のパーティ?・・・いえ、別に」
母さんに唐突に聞かれたので思ったまま素直に答えたのだけれど、ちょっとそっけなかったようで母さんとミアーニャが即座に視線を交わす。
ホント、阿吽の呼吸と言うか。でも長年の友達なら仕方ないわよねぇ。片方は愛が重めだし。
「じゃあ!素敵なパーティになるようにぃ、ミアに計画をお任せあれぇ!」
母さんから視線を外したミアーニャが、またこちらに百点満点の笑顔を向けてそう言う。
めげない。ある意味母さんより強いわ。
「いやいや、あなたに任せたら規模が馬鹿みたいに大きくなるじゃない!駄目だからね!」
「ええぇ~!そんなことありませんようぅ!!今年はぁ、ご家族とぉ、必要な方々だけに招待状を送る小規模なものにしますからぁ!」
「・・・それってまさかだけど、他のファミリア候補の家に招待状送らない、って言ってる?」
「ち、ちが、違いますよぅ!ミザリー様にはぁ、うちの子たちだけで十分とかぁ、うちの子たち以外ありえないとかぁ、思ってたりしませんからぁ!全然思ってませんよぅ!」
「じゃあほら、どこのおうちへ招待状送るのか言ってみなさい?この間私と候補絞って決めたわよね?先方への打診も済んで、どこからも諾のお返事をいただいたわよね?」
「・・・ええとぉ・・・そのぉ・・・ラッツ家とぉ・・・」
「まず鼠の獣人の方の名前が出てくるところが不穏なのよ!後が続かないし!!」
「ら、ラッツには勝てますからぁ!うちの子たちぃ、物理的にもラッツにはぁ!」
「そりゃそうでしょ、ラッツのお嬢さんは確かまだ5歳じゃなかった?ミザリーにはちょっと幼いかな、って言ったのをあなたが推し切ったのはそういう理由だったのね!」
「ちっ!違いますぅ!うちの子たちならイタチでも蛇でも犬でもなんでもぉ、相手にとって不足なしですからねぇ!!」
「じゃ、私が推してあなたが却下したティーゲル家は?それとベーレン家にもちょうどいい年ごろの男の子がいるそうよ?」
「ええええぇ!?虎とぉ、くまじゃないですかぁ!!お嬢様が怪我とかさせられたらどうするんですかぁ!?」
「どっちも立派な魔女のファミリアを輩出してる家じゃないの!ノウハウは十分持ってるわよ!・・・猫じゃ、勝てないから、かしら?」
「かッ!!!勝てますぅ!!物理の力でぇ!!!」
当事者そっちのけで母さんとミアーニャが私の誕生日会について盛り上がり始めたので、私はそっとノートと筆記用具を持つと、二人の会話を邪魔しないよう気配を消して母さんの執務室を後にした。
猫がどうやって虎や熊に勝つのか、もうちょっと聞いていたい気もしないでもなかったけどね。
あ、でも、熊を追っ払う飼い猫の動画見たことあったわ、前世で。
あれは物理の力というか、気迫一択だったけど。
あんまり実感ないんだけど、晩秋の生まれだからもうすぐお誕生日なのね。
9歳か。
確か、あのゲームは・・・ええと、何歳って言ってたっけ。
2年間、の、学校生活だったはず。
で、不穏なことにならなければお兄ちゃんと吸血鬼の王子様とその他が卒業するシーンで選択肢が出てくる部分は終わってたはず。
卒業の舞踏会で踊るとか踊らないとかなんかそんなだったわね。
もちろんアンジェラは結ばれた相手の男の子と、いわゆるプロムに出て踊るんだけど、それを力いっぱい妨害するミザリー、そして『断罪イベント』へ・・・ってね。
お兄ちゃんたちとは2つ歳が離れてるから、彼らが卒業しても実質アンジェラはもう2年学校があるんだけど、そこはゲーム、諸悪の根源のいなくなった学園生活は無事に過ぎ・・・とかなんとか簡単なモノローグで残りの2年はふっとばされて、あとはまぁ、結婚なりなんなりしてリブハッピリーエバーアフター、てなわけね。
と言うことは、逆算すると私が15歳になる年に、例のゲームが始まるとみていい。
そして、その2年間で死ぬ(バリエーションは豊富)とか無期懲役とか国外追放とか、最終的な行く末が決まる。
方法を各種取り揃えてより取り見取りの中から―――アンジェラが私のために―――選んで死ぬのと生涯監禁は論外として、国外追放あたりで手を打つのが現実的かしらね。
ってどこに追放されてた?
この国の“隣”国って言ったら光の国か、実質別の国相当のドラゴラント領だけ。
ええと・・・あら、そういえば北の大陸への船に乗せられ・・・て、なかった、かしら。
あの時は気にも留めなかったけど、確かそんなようなモノローグを読んだ気がする。
迫害を受けて先祖たちが命からがら逃れてきた地へ返送されるってわけ。結局、国外追放も死ぬのね。
―――ふう。死なない、って案外難しいのね。
みんな偉いわ、ちゃんと生きてて。
・・・違うか。
今はまだ“ゲーム”が始まっていないけれど、来たるべきその時に備えて大局を見ながら行動すべきよね。
できることはあるはずよ。
たとえば使い魔。
母さんは生涯の友達だなんて軽く言って、本人は自分の使い魔と仲睦まじげだったけど、私はそういうわけにはいかない。
私の使い魔になるということは、すなわち巻き込まれ死の危険性が普通に生きるより飛躍的に上がるということだ。
良くても巻き込まれ投獄だものね。何もいいことがない。
となると有事の際には身軽に逃げられて、家に迷惑をかけないような相手がいいから、母さんたちが選んでくれる家と紐付された候補はまず無理、というわけだ。
それに、魔法の事。
幸いにして電気だから、うまく扱えば相手を殺さずに済む。
流す電流とかの加減はこっそり練習して追々身に着けるとして、現時点では秘匿しておくほうが得策か。
そして、有事の際に自分の身を守るのにだけ使う。
ゲームのミザリーが持っていなかった力だから、それを隠しておくことで何かが決定的に変わるとは思えない。
あーあ、魔法使えないから学校行かなくていい、ってならないものかしらね。
・・・とりあえず、魔法の事は秘密にすることに決定、ね。
あとはこっそりと概念蓄電池の効果確認と流す電流の量を調整できるように練習する。
方針は決まったものの、貴重な準備期間でできることがあまりに少なくて、私は自分の手のひらに視線を落としてため息をついた。
生きる、って、大変ね。
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