ターゲットファイルNo.31(後編)
「我が息……いや、我が国の王子に妻を用意していただきたい」
「……」
……うん。
うん、しってた。実は知ってた。ここんとこそういう依頼ばっかりだから知ってた!(王子様を息子と呼びそうになった点はスルーしとくよ、大人なので)
なんだかなぁ、やんごとなき方々はうちを結婚相談所かなにかと勘違いなさってるのかなぁ。
まぁとにかく、知ってたし慣れてるんだけど、ここは少しもったいぶってあげた方がいいよね? 王様(仮)の悲壮な表情からして。
「……そのように重要なことを魔女に任せようとなさるとは。殿下には何か、特殊な御事情でも?」
「うっ」
無いわけないよね。最大の禁じ手(だと思われている)、「魔女」を喚ぶくらいだもん。普通の条件で相手を探せない事情があるんだよね?
しかし、呻いて視線までそらしたってことはよっぽどなんだなぁ……。
「……そなた、見たところ若い娘のようだが?」
「魔女の年齢は見た目通りとは限りませんよ」
まー私に限って言えばほぼ見た目通りなんだけどね、今のところ。
大丈夫、覚悟はしてるから。もう慣れたから。
若い娘に言いにくいってことはアレか。特殊性癖か? 息子さん、どんな変態なんですか?
「その、だな。王子はその、……たい、を……」
「は?」
「いわゆるその、したい……、という……」
よほど言いにくいのか言いたくないのか、さっきの堂々とした姿は何だったのかと問いただしたくなるほどとぎれとぎれに聞こえてくる単語をつなげると、要はこういうことらしい。
この国の王子は美少女の死体を眺めて喜ぶ変態である!
……うっわ、引くわ~。
ただ眺めてるだけで悪さはしないってとこがまたかえって引くわ~。いや、手ぇ出しててもそれはそれで問題だけど。
しかし私はプロなのであくまでも淡々と返すよ! 顔には出さないよ! ぷろだから!(必死)
「それは、お困りでしょうね」
「他はなんの遜色もない立派な王子なのだ。性癖についても自覚があり慎重に隠しておる。だからこそ、そろそろ妻を迎えねば痛い腹を探られかねん」
「お飾りの奥様を迎えられては?」
「その相手が何かの切っ掛けで気付き、騒ぎになったらどうする?」
じゃーいっそ、先に説明しておいて……ってだめか。信用に足るかどうかなんて、わかんないもんね。
「ということはつまり、ものすごく鈍いか、ものすごく口の堅い姫君を探してほしい、というご依頼なのでしょうか?」
王様は難しい顔のままこくりと頷いた。
「できることならば、王子の好みも考慮していただきたい」
親心はわかるけどそこは難しいな!
ん~、まぁ、うん。よし、受けよう。このくらいなら何とかなるでしょ、たぶん。過去にはもっと無茶な依頼もこなしてきてるみたいだし。条件が条件だから相手も弱気だし。
とりあえずお嫁さん迎えて、そこから秘密がバレなきゃいいってだけだもんね?
子孫の問題はまた別問題だよね?(と、こういう解釈をされてしまうから魔女との契約は危ないんだよ~? 気を付けようね!)
「なるほど、わかりました。『それではひとつ、呪ってさしあげましょう』」
私の言葉に反応して説明書がひらりと王様の手を離れ、その中央にぼうっと炎が灯る。
炎は七色(っつーか、正確には13色なんですけどね)に光りながら外側へ広がり、説明書を契約書へと書き換えた。
「ありがたい。これで我が国も救われよう!」
「契約の呪文を」
「『Double, double toil and trouble』」
王様の言葉が終わるや否や今度は契約書の外側から内側へと炎が走り、あっという間に燃やし尽くした。
そして後の床には灰でできた「①」の文字。ついでに私にも灰がきらきらと降りかかる。元はこんな演出なかったはずなのに。ち、厭味ったらしい。
「契約は為されました。物語の開始までしばらくお待ちください。試練の先に、幸多からんことを」
芝居がかったしぐさでバサリとマントを翻して灰を吹き飛ばし、私はその場から消えた。
……さ、お化粧落として寝よ寝よ。
*契約の呪文(?)はシェイクスピアの『マクベス』より。
『Double, double toil and trouble; Fire burn and cauldron bubble.』「苦労も苦悩も倍になれ。炎が燃えて、大釜ぐらぐら」みたいな。原文の韻に勝る訳なんて絶対にできないのでそのまま使用。