告白
ミハエルリノは相変わらず、甘えて抱き付いてくる。落ち着いた静かな声でどんな授業だったかと、報告してくれた。
私の授業も興味津々に聞いてきたから話す。
マリアンステラ学園の教師からも遠ざけてくれる。一緒にいて落ち着く、とても頼りになる友だちになってくれた。
ランチのあとは一緒にお昼寝したいと誘われたけれど、勉強を理由に断る。
残念がったミハエルリノがどこかに行ってしまう。
私は一人、図書室Ⅳへ。
そこでマリアンステラの上級生のロメオヴィオさんと過ごす。
ジオお兄様に似て、完璧なロメオヴィオさんといると心地いい。
マリアンステラの生徒であるミハエルリノと、ロメオヴィオさんとは仲良くなれたけれど、問題なのはガイウスだった。
共同の学園生活が始まって一ヶ月。マグデリアン学園の生徒はリアン生と呼ばれるようになり、マリアンステラ学園の生徒はステラ生と呼ばれるようになった。
ちらほらとリアン生徒と、ステラ生徒の仲のいいグループが出来たというのに、相変わらずガイウスは私を目の敵にして怒鳴る。
ロメオヴィオさんと楽しい勉強の時間を過ごして上機嫌になっていたのに、ガイウスと鉢合わせて決闘を申し込まれて、私の気分は一気に降下して台無しになってしまう。
ガイウスのそれさえなければ、最高の日々だと胸を張ってジオお兄様に話せるのに……。
お兄様と会えない日々が多いせいか、尚更落ち込んでしまう。
「ジュリアン・ラヴィー! 決闘を申し込む!」
剣術を学ぶ授業のあと、中庭に座って一人休憩していた。ナディア達は例のイケメンを見付けたらしく、追い掛けていったので私一人だけ。
だからなのか、ガイウスがズカズカと駆け寄ってきていつものように決闘を申し込んできた。
私は肩を竦める。
「! ……どうした……今日は、ずいぶん元気がなさそうだが……?」
いつものようにすぐに断らない私を不思議に思ったのか、ガイウスは膝をついて顔色を伺う。
ガイウスは誰構わず喧嘩を売るような人ではない。リアン生にも友人を作って仲良くしているし、人望も厚くリアン生の人気者だ。
なのに彼が睨むのは、私ただ一人。
「……ガイウス」
「なんだよ。具合、悪いのか?」
芝生の上に広げたスカートを撫でながら考えたあと、私はガイウスの目を見て言うことにした。
「ねぇ、もし、私が決闘を受けて、貴方に勝てたなら――もう二度と近付かないでくださる?」
「!」
「私が嫌いなら……互いに離れていた方がいいでしょう」
私が勝ったら、もう二度と近付かないことを条件に呑んでもらいたい。
ガイウスに決闘を申し込まれる日々を終わらせるためなら、決闘を受け入れる。
「……なんだよ……」
ガイウスは怒りで顔をしかめて、また私を睨んだ。
その眼差しが嫌。誰だって睨まれて、いい気分はしない。
「そんな決闘をしなくとも、もう二度と近付かない!! それが望みなんだろ! そうしてやるよ!」
立ち上がって私を怒鳴ると、ガイウスは去っていった。
深く息を吐いた。
最後の最後で怒鳴るなんて、酷い。彼の怒声には、ピリピリと肌に痛みが走ってしまう。
……でも、これで最後だ。
震えを押さえるようにスカートを握り締めた。
ズカズカッ。
芝生を蹴散らすような足取りで、ガイウスが戻ってきたことに気付いて身構える。
まだ怒鳴り足りないの!?
「ジュリアン・ラヴィー!!」
「は、はいっ!」
ガイウスの鋭い怒声を放たれて、座り込んだまま震え上がる。
「お前のことなんて、嫌いだ!!」
知ってますけれど!?
今更改めて言わなくてもいいじゃないですか。心に突き刺さって痛い……痛い。
「嫌いだ! 勝ち逃げして、嫌いだ! ずっとお前を目標にしてきたのに、いつまでも逃げて嫌いだ!」
もうわかっている。
わかっていますから!
涙目になりながらも堪えた。最後だからと言い聞かせる。
「本当にお前なんてっ、お前のことなんてっ!!」
放たれるだろう言葉を受け止めようと力強く身構えた。
「………………………………っ好きだ……」
怒鳴り声から一転、呟くような声でガイウスが告げる。
真っ赤になって俯くガイウスを、私はポカンと見上げた。
ジワジワとガイウスは耳まで更に真っ赤にしたかと思えば、全力から私の目の前から逃げ出した。
「……えっ?」
ただただ、ポカン。
授業が始まる鐘が鳴るまで、私は中庭の芝生の上に座り込んだ。
なんとかその日の授業を乗り越えて、終わってから私は城へと向かった。
勿論誰でも入れるわけではないから、ジオお兄様を呼んでもらって城壁の外で待った。
「ジュリアン。どうしたんだい?」
急いだ様子でジオお兄様は飛び出してきたから、私はそのジオお兄様の胸に飛び込んで抱き付く。
「お兄様、お兄様っ、どうしましょう。どうしましょう!」
「なにがあったんだい? ほら、落ち着いて」
ジオお兄様は両手で私の顔を包んで目を合わせる。
心配そうに青い瞳で見つめてくるジオお兄様の手を握り締めて、ちゃんと落ち着いて説明しようとした。
「が、ガイウスに……その」
ああ違う。ガイウスが誰なのかを先ず話さなくてはいけない。
「……ガイウス? それはマリアンステラ学園の入学試験で、ジュリアンを落ち込ませた少年かい?」
「え、え、ええ……そうですわ」
ガイウスの名を聞いただけで、ジオお兄様は誰かだと気付く。
何故十年前に会っただけなのに、どうして覚えているのだろう。私の記憶力が悪いのでしょうか。
「そのガイウスが……君をまた落ち込ませたのかい? ジュリアン」
いや、そうではない、でもない……のかな。
ジオお兄様はじっと私を覗き込んで、問う。
美しい顔立ちのジオお兄様から、冷たい空気を感じるのは何故でしょう?
「あ、違うのです……。が、ガイウスが……その、私に……私が、好きだと……」
嫌われていると思っていたのに、ガイウスが私に告白してきた。
ツンデレだ、ガイウスはツンデレさんだった。
顔に熱が集まるのを感じる。
「……」
「は、初めて……告白されてしまいました、お兄様。わ、わたし、どうすればいいのでしょうか。わかりませんっ」
生まれて初めだ。異性に告白されたら、一体どうすればいいのでしょうか。
惚れ薬を使っても効果は一時だから扱わない方がいいと学園で教わったけれど、他のことは教えてもらっていない。
真っ先にジオお兄様に相談してしまうのは、私の悪い癖かもしれない。でもジオお兄様は、解決策を見付けてくれるはずだ。
「……ジュリアン」
ジオお兄様は両腕で私を包み込むように抱き締めてきた。
優しい声で、私を呼ぶ。
「安心していい……ジュリアン。私が最善を尽くす」
そう告げると、ジオお兄様は私を放して頭を撫でながら微笑んだ。
「――私の可愛いお姫様。私が守ってあげるよ、ジュリアン」
昔に言ってくれたことを、また私に告げてくれる。
私が日々を大切にして生きられるように、ジオお兄様が守ると言ってくれた。
あの日から変わっていない。
素敵な私のお兄様。
心強くて、私は笑みを溢す。すっかり心は落ち着いた。
お兄様は本当にすごい。
これでガイウスと向き合えそう。
嫌われてると思い込んで、二度と近付かないでなんて言ってしまった。まずはそれを謝ることからしないと……。
「ガイウスのことは、私に任せて。考えがある」
「え?」
「大丈夫、私に任せて。ジュリアン」
私は助言をもらうつもりだったのに、ジオお兄様が直接相手するつもりらしい。
私が首を傾げると、また両手で私の頬を包んで微笑んだ。
「私の可愛いお姫様に、愛を告げる資格があるのか……私が見極めるよ」
にっこりと美しい笑みを浮かべたのに、少し怖い感じに覚えた。
「少しここで待っていて」とジオお兄様は一度城の中へ戻る。
待っている間、これでいいのかと考え込んだ。
「待たせてすまない、ジュリアン。さぁ、お家へ帰ろう」
「はい、ジオお兄様」
戻ってきたジオお兄様を見て、迷いは消えた。
ジオお兄様が間違ったことをするはずはないもの。
ジオお兄様の腕に抱きついて、任せることにしましょう。
翌朝、集会を開くということで、リアン生とステラ生が食堂に集められた。
流石に全員は座れないから、下級生の半分が立たされている。ちょっと気の毒。でも話によれば、特別臨時教師の紹介だけで済むらしい。
「あ……!」
挙動不審のマグデリアン学園長の挨拶後、教壇に立ったのは――ジオお兄様だった。
私とお揃いの髪を右に寄せて、左側はかき上げたいつもの気品な髪型。私とお揃いのピアスが揺れて光を放つ。
左肩には金色の装飾が施された白いケープ。城に仕えている証だ。
「おはようございます、マグデリアン学園とマリアンステラ学園の生徒の皆さん。私はフランジオ・ラヴィーと申します。城に仕える魔術士ですが、今日から暫く特別臨時教師として皆さんの授業を行うことになりました。国王陛下の名の下、皆さんの教育を行い、皆さんの才能を見極めさせていただきます。どうぞ、よろしくお願いします」
食堂の全生徒に、ジオお兄様は優雅に告げた。
城に仕える最高クラスの魔術士が、学園の臨時教師をやるなんて前代未聞だとざわめく。
けれども才能を見極めると聞いて、城に仕えることが出来ると目を輝かせる生徒が多く見えた。特にステラ生だ。最高の就職先だもの。ジオお兄様の目に留まろうと、躍起になるはずだ。
私はそれよりも、ジオお兄様が"見極める"という言葉を強調して言ったことが気になる。
昨日も言っていた言葉。
それに特別臨時教師をすと、前もって話してくれなかったのは、唐突に決まったのでしょう。
……もしかして、昨日決めたのでは?
ガイウスを見極めるためだけに、ジオお兄様はマグデリアン学園で臨時教師をすることを決めたのでは?
私のためだけに、そんなことまでしたの?
ま、まさか……お兄様って……シスコン?
拍手を受けるジオお兄様を唖然として見た。
ジオお兄様は離れた私と目を合わせると、にっこりと私に微笑んだ。
……いえいえ、ジオお兄様の愛はコンプレックスと呼ぶものではないと思い直す。
ただ妹想いの、完璧ないいお兄様。
「……少し、私を愛しすぎているだけですわ」
私はジオお兄様に手を振って、笑い返した。
私を大切にしてくれる素敵なお兄様というだけですわ。
end
告白されなかった原因は、ジオお兄様が牽制したからだということに全く気付いていない、お兄様大好きなジュリアンでした!
「いい子に育ったらお兄様に愛されすぎまして。」
ここまで読んでくださりありがとうございました!
短編として書き始めたので、こんな終わりですみません!
好評なら連載しようかなぁとは考えてます。
連載ネタが次から次へと浮かびますし、
今後ジオお兄様が一度ジュリアンを落ち込ませたガイウスに対する牽制とか、
ジオお兄様vsロメオヴィオとか、
ミハエルリノのヤンデレ具合とか、
好評で連載バージョンを求められ、時間と気力があったら書きたいと思います!←
短編バージョンを、ここまで読んでくださりありがとうございました!!(*^▽^*)
お粗末様です!
20140701