第十八話:死体(キョンシー)は優雅に舞う
魔王城『パンデモニウム』に隣接する巨大コロシアム。
建国記念祭の前夜祭である『御前武闘大会』には、魔界全土から数万の観衆が詰めかけ、熱気とどよめきが渦巻いていた。
貴賓席には、魔王ゼノンをはじめ、名だたる大貴族たちが鎮座している。
その末席に、俺――ヨリシロ伯爵もまた、優雅に座っていた。
「……随分と熱い視線を感じるな」
俺がワイングラスを傾けると、周囲の貴族たちから突き刺さるような視線を感じる。
侮蔑、嫉妬、そして好奇心。
「人間風情が」「ポッと出の成り上がりが」という陰口が、隠す気もなく聞こえてくる。
特に、向かいの席に座る老紳士――吸血鬼の名門、ヴァルド公爵の視線は冷ややかだった。
彼はまるで汚物を見るような目で俺を一瞥すると、すぐに闘技場へ視線を戻した。眼中にない、ということか。
「閣下、落ち着いておられますな」
後ろに控える執事長のガランドが、感心したように囁く。
「もちろんさ。今日の主役は僕じゃない。あの子だ」
俺は闘技場の中央を指差した。
そこには、異様な光景が広がっていた。
出場選手入場。
並み居る参加者は、身の丈三メートルを超えるオーガ、全身凶器のマンティコア、歴戦の竜人族など、見るからに「強者」のオーラを放つ魔物ばかり。
その猛者たちの列の最後尾に――ちょこんと、小さな少女が立っていた。
青白い肌。
ひらひらとした中華風のメイド服。
額には黄色いお札。
両手を前に突き出し、無表情で直立不動。
キョンシーのレイレイだ。
「おい見ろよ、あんな小さいのがいるぞ」
「迷子か? それとも誰かの愛玩人形か?」
「死にに来たようなもんだな、ギャハハ!」
観客席から嘲笑が起きる。
対戦相手となる牛頭の魔人も、鼻息荒くレイレイを見下ろしてせせら笑った。
「グオォ! 俺様の相手がこんな人形とはな! 一捻りでスクラップにしてやる!」
ミノタウロスが巨大な戦斧を振り回し、威嚇する。
その風圧だけでレイレイのスカートが揺れるが、彼女は瞬き一つしない。
カラン、カラン、カラン!
試合開始の鐘が鳴り響いた。
「死ねぇぇぇぇ!!」
ミノタウロスが突進する。
地響きを立てて迫る巨体。振り下ろされる戦斧は、岩をも砕く破壊力を秘めている。
レイレイは動かない。逃げもしない。
「ああっ! 潰される!」
観客の誰かが叫んだ瞬間。
ガギィィィィン!!
硬質な金属音が響き渡り、火花が散った。
戦斧が止まっていた。
レイレイの「細い腕」一本によって。
「……な、に?」
ミノタウロスが目を見開く。
レイレイは突き出した腕で斧の刃を直接受け止めていたのだ。
皮膚は斬れていない。骨も折れていない。
死後硬直によって鋼鉄以上に硬化したその肉体は、生半可な物理攻撃を一切受け付けない。
「……ターゲット、敵対行動ヲ確認」
レイレイがボソリと呟く。
そして、彼女の脳裏に「あの方」の教えが蘇る。
――いいですか、レイレイ。お客様の前で粗相をしてはいけません。
シズの厳しい声。
――攻撃は、お茶を差し出すように優雅に。反撃は、食器を下げるように速やかに。
「……了解。業務、開始」
レイレイの体が沈み込む。
次の瞬間、彼女は爆発的な脚力で跳躍した。
ピョンッ!
人間離れした跳躍。
彼女はミノタウロスの懐に潜り込むと、揃えた両手でその巨体を突き上げた。
「掌底。……熱イノデ、オ気ヲツケ下サイ」
ドォォォン!!
ただの突きではない。ガランドの魔力強化が乗った、質量兵器のような一撃。
巨体のミノタウロスが、ボールのように宙へ舞い上がった。
「ブモォォォォ!?」
悲鳴を上げて落下したミノタウロスは、白目を剥いてピクリとも動かない。
一撃。
会場が静まり返る。
「……勝者、レイレイ選手!」
審判が震える声で告げる。
レイレイは倒れた敵に一瞥もくれず、スカートの埃を払うと、貴賓席の俺に向かって深々と一礼をした。
その動作は、完璧に洗練されたメイドのそれだった。
「す、すげぇ……!」
「なんだあいつ、めちゃくちゃ硬いぞ!?」
「しかも速い! あんな動きするアンデッド、見たことねぇ!」
嘲笑は驚愕へ、そして畏怖へと変わっていく。
俺は満足げにグラスを掲げた。
「いい子だ。シズの教育が行き届いているね」
その後も、レイレイの進撃は止まらなかった。
二回戦、三回戦と勝ち進むにつれ、対戦相手も強力になっていく。
四回戦の相手は、四本の腕を持つ剣豪、アシュラ族の戦士だった。
目にも止まらぬ剣戟の嵐。
レイレイはそれを、最小限の動きで弾き続ける。
「キェェェイ! 斬れない! なぜ斬れない!?」
アシュラが焦って大振りの一撃を放つ。
その刃が、レイレイの左腕を捉えた。
ザンッ!
鈍い音と共に、レイレイの左腕が肘から先で切断され、宙を舞った。
「やったか!?」
観客が身を乗り出す。
だが、レイレイの顔色は変わらない。痛みなど存在しないからだ。
彼女は空中の自分の腕を、残った右手でパシッと掴み取ると――そのまま切断面に押し当てた。
グチュッ。
肉が繋がり、神経が結ばれる音。
一瞬で再生完了。
「……腕ガ、落チマシタ。失礼ヲ」
レイレイは何事もなかったかのように腕を回し、凍りついているアシュラの顔面に、裏拳を見舞った。
ゴキッ。
アシュラが崩れ落ちる。
会場はもはや、歓声よりも悲鳴に近いざわめきに包まれていた。
「ひぃ……痛みを感じないのか?」
「腕が取れても平然としてやがる……まさに動く死体だ……」
「気味が悪い……あんなのを使役してるヨリシロ伯爵ってのは、一体何者なんだ……」
恐怖。
それこそが、俺の求めていた反応だ。
貴賓席の貴族たちも、もはや俺を侮るような視線は向けてこない。代わりに、得体の知れない「異物」を見るような、警戒心剥き出しの目を向けている。
特にヴァルド公爵は、不快そうに眉を寄せ、グラスを強く握りしめていた。
彼の美学にとって、レイレイのような「不浄な死体」が暴れ回るのは許し難いことなのだろう。
「ククク……。いいぞ、レイレイ。その調子だ」
俺はニヤリと笑った。
優勝などどうでもいい。
彼女が勝ち進むたびに、この会場に「不穏な空気」が満ちていく。
明日の大夜会に向けて、最高のテーブルセッティングができつつあった。
「次は準決勝か。相手は……おや、ヴァルド公爵のところの将軍か」
対戦表を見て、俺の笑みはさらに深くなった。
さあ、ダンスの時間だ。
魔族のプライドを、無表情なメイド人形がかき乱す様を見せてもらおうか。




