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2 貴婦人の槍

 ヨハンナは主人の前で改めて礼をした。

「姫様、今から御前を離れるのをお許しください」

 理由は言わなくてもカタリーナはすぐに理解していた。


「カリスが死んだのね」


 先ほどまでここにいた自身の騎士が死んだことをあっさりと口にした。

 それにヨハンナは悲し気に俯いた。

 ヨハンナにとってカリスの死は特に惜しむ気はなかった。

 彼によって人への復讐へと誘導され、食餌(人)に対する渇望を誘導され破滅した同胞は多くいた。

 ヨハンナはカタリーナがこの世に存在しないことを知っていた為、同胞たちが何をしようが戻って来ないと考えていた。

 多くの人を支配下に置こうと無意味なのだと思っていた。

 だが、口にすることはなかった。

 人狼たちにとってカタリーナの復活は支えであったからだ。

 それを失えば人狼たちの心はもっと思わぬ場所へと進んでしまう。

 ヨハンナはそれを口にすることはできずカリスの行動に軽く注意を促す程度しかしなかった。

 もしかしたらカリスに事実を話せば別の何かが見つかったかもしれない。

 それとも自暴自棄になったカリスがさらに多くを巻き込んでしまったかもしれないが、ヨハンナは自分の今までは怠惰であったと自覚していた。

 しかし、カタリーナは今こうして目の前に存在している。かの少女がカタリーナの新たな肉体であったのは察していた。

 亡くなったココの死を悼み人の村の教会へ参ったときに一人の少女に出会ったとき、はじめはそんなはずはないと思っていた。しかし、傍にいればいるほどカタリーナの鼓動を感じることができ、つい誘拐をしてしまった。すると危険を顧みず彼女を助けにくる男がいるのをみて、どこかでほっとした。


 大事にしてくれる男がいるのだと。

 復活しなくてもそのまま人の娘として一生を終えるのも悪くはなかろうと。


 しかし、うまくはいかないもの。

 人の少女は人という殻を脱ぎ捨てカタリーナ姫としての心を取り戻してしまった。

 目の前にいるのは人の少女の肉体を手にした主人であった。


 あどけなさを残す愛らしき姫君。ヨハンナをはじめ多くの狼に愛された少女。


「可哀想な、カリス。痛かったでしょう」

 少女は悲し気に目を伏せ、カリスの死を悼んだ。

 彼は人に裏切られ人によって殺されそうになった過去を持っていた。

 カタリーナ姫は彼の苦しみに触れ、彼の命を助けた。それによりカリスは心が救われカタリーナ姫を愛していた。

 カタリーナ以外はどうとも感じないカリスであったが、その愛はとても真っすぐなものであった。いびつさを多少備えていたが。

 カタリーナ姫もそれに気づいており、彼の愛を応えることはなくとも信頼していた。

「あなたも行くのね」

 少女はまっすぐと貴婦人を見つめた。

「あなたは戻ってくるわよね」

 それは今まさにどこかへでかけようとする親を見送る子供のような心細さがみてとれた。

「はい、必ず戻ります。私はあなたのものです」

 ヨハンナはそう囁き、少女の頬に接吻した。付き添いの侍女としてヨハンナはいつもカタリーナの近くに仕えていた。カタリーナのわがままも聞き、時に窘めることもあった。

「それでは行ってまいります」

 そうカタリーナは改めて礼をし、少女の前を立ち去った。



 廊下を進み、広間に出ると丁度ディルクがたどり着いた頃であった。

 ヨハンナの顔をみてディルクは驚いた表情をし、緊張をあらわにした。

 わかりやすい反応にヨハンナは思わず笑みがこぼれた。

「ここから先は通せません」

「カタリーナ姫がその先にいるんだね」

 それにヨハンナはにこりと微笑んだ。肯定であった。

「そこを通してもらおう」

「いけません。姫様にお会いになるならまずこの侍女を通してからでないと」

 優雅にほほ笑むヨハンナは扉のすぐ横にある騎士の像に触れた。

 騎士の頬の部分をなで、騎士の手に持つ槍を手にした。

 ディルクは両手に双剣を構え、ヨハンナに向け走った。

 一閃をヨハンナは槍で相殺し、槍を前に出すとディルクは軽く後ろの方へと飛ばされた。

 そこまで勢いのある動きではないのにヨハンナの力は思った以上に強かった。

 カリスも強かったが、ヨハンナも強かった。さすが人狼の姫の侍女である。

 感心する余裕などないが、ヨハンナの優雅な動きにディルクは思わず目を奪われそうになった。


「うわ、やばいじゃないの」


 ジルケはヨハンナの強さに焦りを感じた。ディルクの場合は連戦であるし、分は悪いだろう。

 短剣を構え直したディルクは、ヨハンナの攻撃を受け流しながらも何とか持ちこたえた。

 見た目に反し重い一撃に手が震えた。

 それでも短剣を離すまいと必死に歯を食いしばり、ヨハンナの一撃を受けながらも耐えた。

 見た目に翻弄されてはならないとディルクはヨハンナの槍術を確認し、その動きを読み込んだ。

 少しずつであるがヨハンナの動きについてこれるようになり、ヨハンナも少し感心したように笑った。

 ディルクがようやく右手の剣でヨハンナの首を狙ったが、ヨハンナは一言呪文を唱えると彼女の口元から火炎放射が現れた。

 突然の炎にディルクは慌てて顔をそらしたが、髪と右耳が火に触れ火傷してしまった。

 ちりっとした熱さと同時に痛みを感じながらもそれに耐えた。

 そういえばヨハンナは魔女としての一面を持つ。

 攻撃に特化した魔術を使うことができると情報を受けていた。あまりに見事な槍捌きに忘れそうになっていた。


「あら、手が止まっているわよ」


 ヨハンナは槍でディルクの方へ向け一撃を与えようとした。しかし、突然彼女に向かい炎の塊が暴発した。先ほどのヨハンナが出した術に似ているものであった。ヨハンナのものではないようで、予想外で驚いた表情を浮かべた。

 視線を移すとジルケが構えヨハンナに向かい呪文を唱え再度術を暴発させた。

 迫りくる炎の玉をヨハンナは槍で捌き相殺していく。


「あらあら、二対一? 卑怯じゃないかしら」


 そうはいってもヨハンナの顔は別に怒っていなく穏やかな表情であった。

「違う。ヨハンナ相手にディルクだけではハンデがあると感じたんだ」

 ヨハンナは槍術に優れた戦士であった。同時にメイジ術を得意とする。

 ディルクは狩人として双剣を得意とするが、メイジ術には明るくない。だが、ジルケは戦士ではないがメイジ術は得意である。

「つまりディルクと私でようやくヨハンナ相手につり合いがとれる」

 ジルケは悪びれもなく言った。

 そのこじつけに思わずディルクはぽかんと口をあけた。

「何を言って………」

「ああ、ここも一対一の戦いにこだわるのか? お前の目的はなんだ? このままじゃニコルの元にたどり着けないだろう。今ニコルが一番会いたいのはお前なんだ。お前がここでヨハンナに殺されたらニコルに会えない。それじゃニコルが悲しむだろう」

 ジルケの言葉を聞き、ヨハンナは悲し気に語った。

「ニコルさんはもういないのよ。彼女はカタリーナ姫が作った仮の人格でもう不要な存在」

「いや、ニコルはまだいる」

 真っすぐにヨハンナを見つめたジルケはにっと笑った。

「何でそう思うのかしら。もしかして王子様の接吻で目が覚めるとかいうの?」

「それもそれでありかもね」

 あまりに滑稽な話だ。

 もちろんジルケもそんな都合のいい展開がありえるとは思っていない。

 だが、このままディルクが何もできないまま終わらせるのはいやであった。

 ディルクがニコルを殺そうとニコルを救おうと、どちらにせよニコルが今一番会いたいのはディルクであろう。

 実際カタリーナ姫の肉体であったとしてもニコルのディルクへの想いは仮初のもとだったとは思えない。

 そうであってはジルケとしては困る。

 ディルクとニコルの幸せそうな姿を何度かみたのだ。これが仮初であってはならない。

 だからジルケは強く思った。


 この先へ進ませてやりたい。

 そのためにはヨハンナに勝たなければならない。


「ディルク、あなたはどうしたいの? このままじゃメイジ術の使えないあなただけじゃ分が悪いわ。でも私とタッグを組めば、良い線はいくと思うわ。まぁ、あなたが戦士としての誇りをとって余計なことをするなというなら私は手を引くわ。あなたのニコルへの想いは誇りであっさりと確立を下げる程度のものだったというだけのことだもの」

 ジルケの暴論にディルクは反論しなかった。彼女の言いたいことは理解できた。

 ニコルを殺すにせよ、救うにせよまずは前に進まなければ何もならない。ここの障害を突破するには自分だけでは力不足である。彼女の力がないとヨハンナには勝てないだろう。


「ジルケ、頼む。僕に力を貸してくれ」


 そう頼むとジルケはにやっと笑って、応じてくれた。

「あははは」

 ヨハンナは愉快そうに笑った。先ほどまで優雅な笑みを崩さなかったのにここまで楽し気に声を高らかに笑う姿ははじめてみた。ディルクは驚いてヨハンナを見つめた。

「そうね。確かにあなたたち二人でつり合いがとれるわ」 

 ヨハンナは笑って二対一の戦いを許した。もとより自分は何百年も長く生きた戦士でもありメイジ術者でもある。

「さぁ、いらっしゃい。狩人さん、メイジのお嬢さん。私はヨハンナ。人狼のヨハンナ!」

 そう高らかに宣言しヨハンナは槍術とメイジ術を駆使し二人を翻弄した。しかし、先ほどとは別である。槍術にはディルクの剣術が、メイジ術にはジルケの術で対応することができる。今まで何度も狼や人狼退治で森を二人で彷徨い続けていたのだ。お互いの戦いはみてきている。ディルクがどう動くか、ジルケがどのようなタイミングで術式を投じるかお互い予測できる。それを確認しながら二人はヨハンナの攻撃をうまくかわしていった。ジルケは一歩引き、後方でディルクの援護へと転換した。ディルクはジルケの術を信じ、前へ進んだ。ヨハンナのメイジ術はうまくジルケによって相殺されていく。これにより前へ進むことができた。

 目の前にやってきたディルクをみてヨハンナは待っていたと槍を構えた。

 二人の動きは同時であった。

 ディルクの左手に持つ剣がヨハンナの槍に応対する。左手の剣で支えきれなければすぐに右手の剣も前に出るだろう。これによりディルクの両手は塞がれる。そう予想していたが、ヨハンナの槍がディルクの左手に触れた瞬間強い衝撃が走った。剣から炎が飛び出てそれが勢いよくヨハンナの槍を崩していく。その瞬間を狙いディルクは右手の剣で彼女の喉を引き裂いた。


 まぁ、こんなことに使用できるなんて驚きだわ。


 喉から飛び散る血しぶきを眺めながらヨハンナは関心したようにため息をもらした。

 いつの間にディルクの剣に細工をしたのだろうか。おそらく戦っている最中に二人が並んだ時にジルケはディルクの剣に触れ術式を詰め込んだのだろう。


 私の負けだわ。


 ヨハンナはその場に崩れ声にならない声で呟きほほ笑んだ。

 ディルクはヨハンナの死を確信し、じっと彼女を見つめた。


 あら、私を見送る暇なんてあるのかしら。


 そうヨハンナは笑い右手で人差し指で指示した。城の奥にあるカタリーナ姫のある部屋を。

 それをみてディルクは先へと走った。ジルケはその後を追わなければならないが、ヨハンナの方をみてすまなさそうに頭を下げた。

「ごめんよ。こんなのは卑怯だとわかっている。でも、私はどうしてもディルクを勝たせたかった」


 ディルクをニコルの元へ送りたかった。


 ジルケの言葉にヨハンナは笑った。喉を裂かれ声はでなかったが、別に怒ってもいないしジルケを軽蔑する気もないと示した。それにジルケは再度頭を下げその場を立ち去った。立ち去る前にジルケはぽつりとつぶやくように言った。

「あなたは人狼、私の敵だけど………私は術者としてあなたを尊敬していた」

 メイジ術者になると決めた時から伝承にあるカタリーナ姫の侍女ヨハンナを優れたメイジ術者と認識していた。ジルケが持つ本の中にある基礎的な呪文はいくつかがヨハンナが考案したものであった。


 あら、照れるわね。


 立ち去るジルケを見つめながらヨハンナは優しく微笑んだ。 


 ああ、また私は姫を一人にしてしまった。


 あの時、ジルケを一瞬で殺してディルクとの一対一の戦いを続けてしまうことはできた。そうすれば負けることはなくカタリーナ姫との約束を破ることはせずにすんだ。

 しかし、ディルクとジルケをみるとどうしてもニコルの元へ案内したいと思った。

 それは主人であるカタリーナへの裏切りになるとわかっているのに。

 もう一人にしまいと誓ったのに。


 心のどこかでヨハンナは感じていた。

 あの肉体はニコルのものである。

 カタリーナ姫はもうとっくに滅んだ存在。

 不遇な最期を送ったとはいえ、あの肉体は純粋な少女の未来の為にあるものなのだ。

 では、少女を救おうと誓う男を通してあげたいとも思った。


 ああ、姫よ。嘘つきヨハンナをどうかお叱りになってください。

 恨み言は後で存分に受けましょう。


 そうヨハンナは笑い息を引き取った。人狼の貴婦人の最期の顔は優しい微笑であった。


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