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赤ずきんと呼ばれた狩人と森の少女  作者: ariya
6章

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1 カリス

 城の中を進む。

 カタリーナ姫は例の棺が安置されていた部屋にいるだろう。

 ジルケと一緒に城の奥へと進んだ。

「大丈夫か?」

 ジルケはディルクの表情が重くなっているのを気にかけた。

「ああ、大丈夫。城に入った以上、人狼との戦いは避けられない」


「そうだな」


 奥の方から声がした。

 銀髪に紅い目の男がこちらを睨んでいた。

 美しい顔であるのに冷たい印象を抱かせる男であった。

 カタリーナ姫の騎士・カリスであった。

 現れた男の雰囲気を肌で感じ、ジルケは思わず後ずさった。

 村で一度彼の姿をみていたが、嫌でも認識してしまう。彼から感じ取れる危険さが。

「侵入者よ。お前を姫の元へ通すわけにはいかない」

「いえ、通してもらう。僕をニコルの元へ」

 前へ出たディルクの言葉を聞きカリスは皮肉気に笑った。

「もはやその娘はどこにもいないというのに」

「ニコルはまだいる」

「では、私はここを通さない。姫を守るのがこのカリスの役目なのだから」

 そういい剣を構えるカリスにならいディルクは両手で二本の短剣を構えた。

 間合いをとり踏み込めば、その行動は読まれたが如くカリスは剣で受け止めた。


 力は彼の方が強い。速さで賄えるだけ賄うしかない。


 ディルクは身を翻し、すぐに体制を整えカリスに右手の短剣で襲いさらに左手で襲った。

 右の短剣ははじかれ、左の短剣もすぐにはじき返された。

 隙のない動きである。

 あのとき一瞬でも彼の動きを上回れたのが不思議なくらいであった。

 体制を崩し、カリスの剣が自分の首に触れようとした。その瞬間カリスはすぐに動きを止めた。

「どういうことだ?」

 何故ここで仕留めないのだ。ディルクは疑問を口にした。

「何、少し気になったことがある。銀髪の狩人よ。ひとつ聞こう」

 首をはねるのは質問の後でもできる。

 完全に下に取られているディルクはぐっと口を結んだ。

 しかし、好機である。

 隙を伺い体制を逆転できないものかと思案した。

「お前はその髪で迫害を受けたことはないのか?」

 ディルクは一瞬動揺した。それは是と捕らえられた。

「やはりな。今の世になっても人の行いは変わらないな」

 つくづく人というものに辟易したとカリスはこぼした。

「人は弱い生き物だ。自分とは異なるもの異質なものを見つけてはすぐに排除しようとする。またそれを利用し悪徳をなす人もいる。実に不愉快だ」

 一体なにを言い出すのだろうか。

「もうひとつ、ふたつ聞こう。返答次第では姫の元へ通してやってもよいぞ」

 一体何を言いたいのだろうか。

「お前は、人を憎んだことはないのか?」

 それを聞きディルクはさっと血の気がひきそうになった。


 幼い頃、母に騙され、人狼狩りの狩人に捕らえられた。銀色の髪を理由に人狼の疑いをかけられ殺されそうになった。

 あの時、自分は悲しかった。同時に母への憎しみを抱いた。


「感じたのだな」

 カリスはにやっと笑った。見透かされた心地がしてディルクはかぁっと顔を赤くした。

「では人狼になればお前を姫の元へ行かせてやってもよい」

「何故そういうんだ」

「お前はニコル嬢をあのとき守りたかったのだろう。ならば姫はニコル嬢だ。姫を守ることこそニコル嬢を守ることに繋がる」

 その言葉でディルクは胸が揺らいだ。自分の弱さを笑いたくなった。

 先ほどニコルを殺すのだと誓ったばかりなのに、守りたいという感情がまだ残っている。

「姫は優しい方だ。今は憎き人であろうと、人から迫害を受けた者には寛大であり歓迎してくれる。この私がそうだったのだから」

 その言葉を聞きディルクは改めてカリスを見つめた。では、彼は元は人であったというのか。そして自分と同様の過去があったのか。

「………断る。僕は狩人だ。人を守るのが僕の役目、ニコルの人の心を守る。カタリーナ姫をここで退治しニコルが悪行を為さないようにすることこそ守りにつながる」

 それにカリスはおおいに笑った。

「ああ、お前と話しても無駄だったな」

 そういいカリスは剣に力をこめた。

 カリスの腕に炎の玉が飛んできた。突然の熱にカリスは動揺し、手をひっこめた。

「貴様っ………」

「悪いね。ここでディルクを殺させるわけにはいかない。私はディルクをニコルの元へ連れて行かなきゃいけないんだ」

 ジルケはそう笑い、再度呪文を唱えカリスにもう一発攻撃をくらわせようとした。

「ジルケ!」

 ディルクはカリスの前にたちはだかった。

「馬鹿か」

「ごめん。彼とはきちんと勝負をつけなければならない」

 苛立つジルケに手を収めてほしいとディルクは頼む。真っすぐとした目で言われジルケは仕方ないと術式を解いた。

「よかったのだぞ。どうせ私の方が有利………二対一でも構わない」

「ああ、でも一対一で戦わなければと思ったんだ」

 今の言葉を聞きディルクはカリスを恐ろしいと感じた理由が何となく理解できた。

 カリスは自分の鏡のように感じられた。

 もし、あのとき狩人にならず人を憎み人を仇なそうとしたら自分の姿はこうだったのかもしれない。

 それは恐ろしいことだった。

 だから彼とは決着をつけなければと思った。

「はは、あの時のような奇跡がまた起きるとでも思ったか?」

「さぁね」

 彼を鏡に見立て考える。自分ならば次はどう動くだろうか。

 よく観察し、ディルクは右手に短剣を構えた。

 何度か剣戟をかわしたことがあるのだ。わかるはずだ。

 剣と剣が重なり音が響き渡る。その余韻を耳に残しながらもカリスの動きをみて、どう動くかを予測する。

 右手でふるった短剣は弾き飛ばされた。その瞬間ディルクは懐から呼びの短剣を取り出し、左手で握りしめ振り上げた。

 それはカリスの胸を深く抉り、赤い線を描いた。そこから血しぶきが飛び出てディルクの頬を汚す。

 馬鹿なと驚いた表情のカリスは動揺し、それでも剣を握りしめディルクに一閃を与えようとした。大きな動きは読み取りやすい。ディルクはその軌道を避けカリスの懐に入り込み左胸に短剣を貫いた。そして聖女の名を再び呼び起こす。

 心臓を貫かれ、カリスはその場に崩れ落ちた。

「ああ、二度もこのような人に倒されるとは………何ということだ」

 悔しいのかカリスはぎりっと歯を食いしばった。

「ここまでだ。カリス」

「ディルクよ。お前はカタリーナ姫の行いを悪行と呼んだな。あのような下賤な人を一掃することの何が悪い。あんな相手を騙し、益を得る者らのどこが。私だけでなく姫すらもあいつらは騙したのだ」

 それは許されないことだ。滅せられるのは人狼ではなく人の方である。

 カリスはそう信じて疑わなかった。

「確かに人にはそうした者もいるだろう。だが、全てがそうとは限らない。異様な外見でも受け入れ理解しようとする者もいる」

 それはこの村でもいえることだ。異質な者に敏感であるが、それでもディルクを理解してくれた者が多くいた。

 それを聞いた後、カリスはどこか虚ろな表情で天井を仰ぎ見た。

 彼の目に映る視界にはディルクはすでにいなかった。

 奥で座す主人の姿。美しき姫。



 ―――カリスはかつては人間であった。


 しかし、彼は疑いをかけられてしまう。

 国では珍しい銀髪であった故に人狼の容疑をかけられたのだ。

 人狼退治のプロと名乗る怪しい団体が金銭の為にカリスを捕られた。当時は異端者への恐怖が強く、それを利用し益をなそうとした者たちが多くいた。

 彼らはカリスを捕らえたあと、彼の持ち物でいわれもないものを根拠に人狼であると村人の前で宣言した。

 助けを求めようとしても村の誰もカリスを助けようとしなかった。その瞳は冷たいものであり、やっぱりねという声が聞こえてきた。

 カリスは村はずれの木に逆さづりにされ、男たちに鈍器で殴られた。特にはナイフでずたずたに刺されることもあった。

 悲鳴をあげようにも口には猿ぐつわをつけられ叫ぶこともできない。

 終わらない激痛の中カリスはどんどん意識が遠のくのを感じた。その中で男たちの醜い笑い声が聞こえた。


「はは、金はもらえていい憂さ晴らしもできて感謝もされる。本当にいい商売だよ」

「どうせあのまま村にいてもいつかはこうなっていたんだ」


 まったく悪びれもしない男たちの笑い声にカリスは声にならない声で慟哭した。


 神を憎んだ。


 自分の容姿に劣等感を抱いた中、親からいわれた信仰心を大事にするようにという言葉が彼の拠り所であった。

 異端者は神に祈りを捧げない。

 ずっと敬虔な信者でいれば疑われることはないといわれていた。

 それを信じ毎日教会に祈りを捧げ、教会での手伝いを惜しまなかった。

 なのに、自分は結局誰にも信じられないままここで袋叩きにあっている。


 所詮そんなものだったのだ。


 男たちはカリスへの暴行にようやく飽きて、そのまま放置して姿を消した。このままいけばカリスは死ぬはずであった。


 しかし、彼は死ななかった。


 目が覚めた時はあたたかなベッドの中で眠っていた。

「ああ、目が覚めたのね」

 少女の声が聞こえた。みると自分と同じ銀髪の少女であった。彼女は朗らかに笑いカリスの看病をしていた。

 あのまま死ぬはずだったカリスは通りかかった人狼によって少女の元へ運ばれたのだ。

 少女はすぐにカリスの治療を始めた。傷は酷く、失血もかなりものであった。

 普通なら死んでいるはずなのに何故自分は生きているのだろうか。

「ごめんなさい。あなたに私の血を分けたの。そうしないとあなたは死んでいたから」

 それにより回復能力を得てカリスは命を取り留めたのだという。

 少女の名はカタリーナ。人狼であった。

 彼女の血には強い治癒効果もあり、それによりカリスは一命をとりとめたという。

「ああ、まだ動かないでね。私の与えた血といってもわずかなの。少し動いただけでもめまいと吐き気が強くでるだけだから」

「何故私を助けたのだ」

「助けちゃいけないの?」

 カタリーナ姫は笑顔とともにいうその言葉にカリスの心は揺り動かされた。

 どんなに助けを求めても人も神も助けてはくれなかった。だが、人狼の少女である彼女は自分を助けてくれた。

 そしてなんとまぶしい笑顔であろう。

 彼女こそカリスには眩い光のように思えた。

 そして誓ったのだ。

 彼女を守る者になろうと。彼女を守るためならば何でもしようと。―――



 カリスは彼女にひそかに想いをよせていた。彼女のくったくのない笑顔が好きであった。

 人狼になったあの時からカリスはカタリーナ姫の笑顔の為だけに生きようとした。

 しかし、心臓を貫かれ大量の血を失い治癒能力は追いつくことができなかった。ディルクから与えられた傷はかなり深いものであった。

 手の端が朽ちていくのを感じる。今度こそダメだろうとカリスは感じ取った。


「ああ、お許しを。今度こそあなたをお守りしたかった………私の姫」


 カリスは悔し気に呟き瞼を閉ざした。そしてその体は二度と動くことはなかった。

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