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8 業を宿した瞳

 ニコルはトマトワイン試飲会に参加する気になれずにいた。

 クレアの母親に会うのも躊躇われ村の中央を歩き回る気分になれなかった。

 でも家の中にじっとするのは耐えられず、家のすぐ裏の出入り口を利用し森へ出た。


 まじないがかけられているとはいえ、祖母から村の外に出ないように言われているが気が付くとクレアが死んだ場所を訪れていた。

 いや、あれはクレアではなく人狼だったのだ。


 ではクレアは人狼に誘拐され間もなく人狼に身体を乗っ取られ死んでしまったと聞かされた。


 葬儀が終わった後はクレアの死体はすぐに埋葬されることはなかった。

 ルッツが責任もって一週間かけクレアの身体を清めるのだ。

 人狼に乗っ取られた肉体は聖職者による清め方を成されないままであれば天に召されない。

 今も教会の中でクレアは眠りについていた。


「クレア」


 ニコルはクレアのことを思い涙した。


「ニコルさん」


 男の声がしてニコルははっとした。

 急いで袖で涙を拭きとる。後ろを振り返るとそこにはディルクがいた。


「ディルクさん、試飲会に行かれたと思っていましたが」


 じっと見つめるとディルクの頬がほんのりと紅い。今まで試飲会にいたのだろう。


「折角なんですからゆっくりなされればいいのに」

「うん、ルッツさんには僕は休養が必要だて言われた」


 ディルクはニコルの前に向き直り、まじめな表情で言った。


「あなたの友人を救えなくてすみませんでした」


 その言葉にどう受け取ればいいかわからずニコルは視線を余所へ向けてしまった。

 クレアの母親がディルクを責め立てる前まではニコルがディルクを責めていた。


「どうしてクレアを救えなかったの! 人狼に乗っ取られてもクレアの肉体よ。まだクレアの魂はそこにあったかもしれない。なのに、クレアごと殺す必要がったの! なにが狩人よ。人殺し!!」


 クレアの母親と同じ非難であった。

 ニコルは今は後悔していた。


 頭ではわかっていたのだ。


 人狼に乗っ取られた人間は助からないと、本で読んだことがあった。

 だから、狩人は乗っ取られた人ごと人狼を退治するのだ。

 そうしなければもっと被害が広がってしまうからだ。


「謝るのは私の方よ」


 ニコルは震えた声で言った。


「あなたは正しいことをしたわ。でも、私、クレアを失ったことを受けいられなかった。それであなたにひどいこといっぱい言ったわ」

「当たり前のことです」


 ディルクは真っすぐな目でニコルを見つめる。

 その瞳はどこか寂しげで切ないものであった。


 ニコルの詰りにもクレアの母親の詰りにもディルクはただ受けとめていた。

 悲しい表情で。クレアを救えなかったのをとても辛いという表情で。


「ありがとう」


 ニコルは小声でいった。


「ねぇ、ディルクさん。お願いがあるの」


 何でしょうとディルクは首を傾げた。


「私を銀十字に入れて欲しいの」


 その言葉にディルクは目をそらした。


「あまり、お勧めはしないよ」

「私、人狼が許せない。この世の全ての人狼を殺してやりたいくらい憎い。だからお願い、私を銀十字に入れて!」


「やめろ!!」


 ディルクは強く言った。はじめてのディルクの反発の声にニコルはびくっとなった。


「銀十字の仕事は君が思うようなものではない。人狼の死も被害者の死も残されたものの悲しみも全てを背負う必要がある」

「私、本気よ!」


 自分の気持ちが半端なものだと決めつけられたようでニコルは憤慨した。

 その時、ディルクの目が厳しく光った。冷たく重い光であった。

 ニコルは今までこんな瞳をみたことなかった。


「鉄さびの匂いと土煙りの中絶えず異端を殺し、殺される日々を送らなければならない。僕の仲間の中にはそれに耐えれず狂ってしまった人も大勢いる。気づけば僕もこんな………」


 ひどい目をするようになってしまったとディルクは呟いた。

 普段の笑みは、派遣先の人間にあまりに怖がられるから組織内のセミナーを受けながらなんとか誤魔化す方法を得ただけにすぎなかった。


「今まで平和に生きてきた君にこんな目になってほしくない」


 そう言いディルクは目を隠した。

 すうっと息を吸いゆっくりと吐いて、すぐに元の瞳に戻った。


 それを見てニコルはほっとしてしまった。

 今見せられた瞳は本当に怖いと感じたのだ。

 それは人狼を目の前にした恐怖とは違う恐怖であった。

 それを感じ取りニコルは思い至った。


 自分には銀十字に入って人狼に復讐することは難しいのだと。


 悔しいが、自分にディルクのような業を背負う覚悟はなかった。

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