霧払い 3
荷室全員が無言で前方を見る。
よくあるだろう。密集した虫って、生理的にかなり来るものがあると。虫ではないが、あの体であの密度はそれ以上の狂気を感じずにはいられなかった。
見慣れているはずのギンキ、ルシー、ハンサ、カナコも目を逸らすほどだから、尚更だった。
ただ俺と、その膝に座るミサは動じていなかった。
「そろそろだ」
坂波の声で前方を注視する。数メートル先は木々が途切れ、見晴らしのいい野原が見えた。
皆が安堵して車に揺られ、そして森を脱し––––
「『ダークセイバー』」
ブオッと風が横切る。しかしその風が車内から起こったのだ。いや、『斬られた』。
「チッ!」
俺はミサを抱えてすぐに窓から脱出し、同時に車は真ん中からパックリと真っ二つになり、大木の横にそれぞれ進んで、そして倒れた。
「……あー、追ってきてなかったんだなおまえ」
「当たり前だ。どうせここに戻る以外の選択肢などないからな」
神樹の前に、完全に機能停止したロボの上に座るあの男がいた。
ミサは、ロボの無惨さに泣くかと思ったが、
「……は〜、二号機はもっと強度上がるように工夫しないとなー」
と反省しているだけだった。
「…なんだ、泣かないのか?」
あまりに薄い反応に男は少し煽ってくるが、それでミサの心は揺れなかった。
「確かに悲しいよ。だって自信作だし、子供だもん。でもね、これはそもそも介護、護衛を目的にしたロボで、あなた程度に負けるようじゃまだまだなのよ。そんなんじゃ、不測の事態で主人を守れない。………私みたいな子を増やしたくないのよ」
ミサにも過去がある。だが、それを彼女の口から聞く気はない。少なくとも、あの男に聞かせてやる義理はない。
俺はミサの口を押さえ、
「ま、安心しろよ。……俺がプッツンしたから」
左手をかざす。しかし魔力がまだ回復しきっていないためまともに戦えるかは分からない。
相手も理解しているのか、黒い剣の形の魔力を出して近づく。
「そーかいそーかい。でもな、今のおまえに何ができるんだ?」
今、奴に勝つための策はない。
だが、それは『俺が奴に勝つ』策が、だ。
「時間稼いでくれノブキ!」
「おうよ!!」
「なにッ!?」
後方から猪突猛進の如く、ノブキの刀が振り下ろされる。
寸前で男は剣で受け、俺とノブキの横に飛ぶ。
「…しぶとい奴らだ」
別に爆発したわけでも炎上したわけでもない高機から、皆がそれぞれに降りる。面子が普通じゃないから特に大怪我の心配はしていなかったが、案の定全員無傷のようだ。
「オラオラッ!」
「クッ、この!」
剣と刀が打ち合うなか、俺は辺りを見回す。四方八方からオークがやってきて全員迎撃している。ノブキは援護なしに魔法込みの男と対峙。
どうにかして探すが魔力切れの今じゃ何処に霧の発生元の魔力が探知できない。
思案する。今の手札できれる、最善策を……。
『二時の方角12メートル、地面に設置型術式』
「……おせーんだよバカ!」
俺はミサを背負って右斜め前を駆ける。
「ノブキ! ぜってーそいつこっちによこすなよ!!」
「わァッてるよ!!」
俺から見て左にノブキは弾き飛ばす。
男も俺の行動の意味を理解して俺に近づこうとするが、ノブキはうまく壁になっている。
指定場所に着くと、そこには……
「……ビンゴ!」
円型の魔術式が、しかし魔力のこもったペンで描かれていた。
「ま、そうだよな」
紙や砂に書かれているなら破いたり荒らしたりで消えるが、こと魔力で書かれた式には大抵術式解体禁止が付いているもので、
「……現魔力量でできる魔法は?」
『そーね。大気を利用すれば風魔法が適役かしらね』
ま、そーだよな。俺はその声の指示の元、少し離れた位置に立って、
「お前らしゃがんで芝生でもしがみ付いてろ!!」
警告はした。あとは自己責任だろ?
「『大気よ、唸れ、荒れ狂え、我の元に集え!』」
久々に長い詠唱をする。
本来詠唱の有無は術者の力量で変わる。
特にイディオの魔法は、特にイメージとかはなく詠唱が発動の鍵となる。その内容、原理、成り立ち等を追求しないでも、疑問なく発動することができ、それを当たり前とする世界。
しかし元素、数式、原理を少しでも理解している者たちは強い。そしてそういった大抵の天才と呼ばれた魔法使いは『魔術師』、あるいは『魔道士』と昇華し、さらに一握りには英雄が生まれる。その他の多くも『王都魔術師団』として好待遇を約束される。
しかしそんな天才でも、こちらの科学知識の前では無力のようなものだった。
小学生で習うような科学知識だけで『魔術師』になれる。そう師匠は言っていた。
師匠は日本人だ。同じ『神隠し事件』の被害者で、しかし単身二年で二つ名を得る魔女になった。
異世界転移のオプションを受けたものと、そうでないものがいる。
師匠を除き、異世界からの待遇の不服で反旗した『レジスタンス』の幹部クラスがそうだった。よくある神の恩恵か、皆が平等に受けた言語翻訳の他で、彼らには魔法を始めとする異能を持った。
彼らはイディオの英雄になることもあったが、同時に脅威にもなった。
だが、彼らはまだ良かった。俺の両親、そして俺自身はそうではなかったから、そういうやつは残念で一割しか生きていなかったと聞いた。
その多くは、転移初日からイディオの人間による虐殺で半数以上、そこからさらに半数は餓死、そして残りは……異能なしには対応できなかった病気で死んだ。
『レジスタンス』はそれによって反旗したが、俺からすれば力があったはずなのに助けられなかったこいつらだって……。
だが、俺は紆余曲折あれど魔界で生き続けた。ただ、無駄に。
その中でマオと出会い、師匠やユウカと修行の中で暮らし、魔法学院に通い、そして––––。
そんな中で、師匠との修行で魔法がどういうものか、感覚で覚え、そして『イメージ』があれば詠唱が不要なこと、しかし『イメージ』を言葉にすればより明瞭なものになる事、そんなことを学んでいつしか俺は『魔導師』を名乗っていた。師匠に誓った、俺のモットーをなす職の名を。
「『魔をもって他者を導く者』、これが俺の『魔導師』ダアァァァァァァ!!」
と言いつつ、地面から形成し魔力と術式を組み込んだ『独楽』を、その地面に向けて回した。
ネタのような技、必殺とも呼ばない、殺傷能力もない、そんな魔法で、そんな奇跡で、俺は誰かを救うんだ。
「『ドッズ・サイクロン』!!」
地面に触れた独楽は回り、大気を、霧を、あらゆる空気を吸収している。
それはもはや台風。そしてその軸は『ドリル』だ。
そして、『パリンッ!』と音がした時に、集めた風全てが全域に放出された。
想像通りの魔法は、魔術式の解体と同時に、霧を晴らした。




