自分を無くした青年
本当の自分とは何だろう。
ふと今日もそんな問いを俺——最上士狼は自分の心に投げかける。
約十九年生きてきてこんな事が分からないなんて俺は太宰治以上の人間失格なのかもしれない。
いや、太宰治は人間失格を書いただけで人でなしだった訳では無いのか。
でも、不倫相手と入水自殺してるしなあ。
ともかく、俺には自分が分からない。
今だって本を買いに京都駅の近くの本屋に向かっているが、買う本は勉強の為のものだ。
勤勉だと傍から見れば思うかもしれない。
しかし、これも俺の意思から来る行動では無いのだ。
両親の求めるままに真面目に勤勉に文武両道の優等生として生きてきた。
両親はそれが将来の幸せの為だと思ってそう育ててくれたのだろう。
間違ってはいない。世間一般では普通の部類だ。
が、気付けば俺は自分が何の為に生きていたいのかが分からなくなってしまっていた。
生きる目的もなく生きていく。
この矛盾に囚われた俺は結果、死ぬほど死にたくなっていた。
正確に言うと生きる意味が分からなくなってしまったのだ。
心が空っぽになるような虚無感に日々襲われる俺は屍のように惰性に生きている。
しかも、この世界は一年前に常識が一変する事件が起きた事で気軽に死ぬことも出来なくなってしまっている。
まあ、気軽に死ぬとか良くないんだけど。
仮に死ねたとしても出来るだけ最後まで粘って願わくば本当の自分を見つけたいところだ。
本屋に着いた俺は脇目も振らず目的の参考書を買い、特に何もせず早々に帰路につく。
いつもみたいに色々と考えるのはここまでにしてさっさと家に帰ろう。すごく暑いし。
それもそのはず今日は八月二日、夏真っ盛りでまだ昼前だと言うのに外に出るだけで大量の汗が吹き出してくる。
帰ったらシャワーでも浴びようかな、と信号待ちの間考えていたら、急に大きな影が轟音を響かせ交差点に降って来た。
「あれは……」
間違いない、あれは能力犯罪者だ。
俺は即座に乗り捨てられた車の陰に身を隠した。
一年前の事件のせいで変わった世界の常識の最たる例、それが能力犯罪者だ。
ニュースでしか聞いたことのない現実味のない存在だったが、まさかこんなに近くに現れるとは。
目の前の能力犯罪者は車よりもはるかに大きい図体に、はち切れんばかりの筋肉を有している。
何か叫んでいるが、逃げ惑う多くの人の声のせいで俺にははっきり聞き取れなかった。
幸い落下の際に壊れたのは道路のアスファルトだけだった。
突っ込んでくる車を殴り飛ばしボコボコにしているが、被害にあった運転手は全員何とか逃げられている。
どうやらあの能力犯罪者は人を殺すのが目的では無いようだ。
逃げるか、このまま観察しているか迷っているとどこからか子供の泣き声が聞こえてくる。
まさかと思い交差点を見渡すと、反対側の歩道に逃げ遅れた子供が二人蹲っていた。
見た感じ兄妹の二人はお兄ちゃんが泣いている妹を必死に慰めて逃がそうとしている様子だった。
しかし、幼い妹は目の前で起きた事に恐怖を感じたのか全然泣き止まない。
そしてそれだけ泣き喚けば、あの能力犯罪者に気付かれてしまう。
「俺様はついてるなあ。あいつを誘き寄せる見せしめにしてやる」
二人に気付いた能力犯罪者は中々に物騒な事を言い出しその拳を高く掲げた。
殺しはしないだろうが、奴がやろうとしていることは誰でも分かる非道な事だ。
なら迷う必要はない。
ここで俺が何もしない人間なら、それこそ本当に死ぬべきだ。
本当の自分とか関係ない。
俺がそうしたいんだ。
そう心に強く思った俺は走り出し、拳が叩きつけられる二人をすんでのところで体ごと抱え助け出した。
「なんだあ。誰だ、てめえは」
近くで見ると殊更でかく感じる能力犯罪者は苛ついた様子で俺の方へ向かってくる。
さすがに子供達を連れながら逃げる事は出来なさそうだ。
最善は俺があの能力犯罪者を食い止めて子供達を逃す事だ。
俺は目の前に迫ってくる大男に立ち向かう決心をした。
「二人とも、俺があいつに殴りかかったらすぐに逃げるんだよ」
「……うん」
逃げるよう伝え、お兄ちゃんの方が意図を汲んでくれた。
「何こそこそしてんだ。逃げやがって、ぶっ殺してやる!」
最悪だ。この筋肉、キレている。
本気で俺を殺す気だ。
俺の目の前に来た大男のその巨体から拳が繰り出される。
「オラァ!」
俺も負けじと決死の覚悟で拳を繰り出した。
「くっ」
碌に殴ったことの無い人間のパンチなんて高が知れている。
それでも最後の時まで諦めず俺は全てを懸けて攻撃を放った。
「うおおおっ——!」
結果はやる前から決まっていたようなものだ。
俺は来るであろう衝撃に心の準備をしたが、そんな心配は必要なかった。
遠くで聞こえた音に気付くと、目の前には想定外な光景が広がっていた。
俺の渾身の一撃は意外な事に大男を道路を挟んだ向かいの建物にめり込むまでぶっ飛ばしていた。
そして、奴をぶっ飛ばした俺の腕が白 い毛むくじゃらに変わり果てていたのだった。




