「城下町の市場調査-巡礼編XXX 家政婦体験篇XXⅠー」
【でよぉ、ヴァル。お前が三つに分かれるのは構わねぇよ?
――で、何が鳴って、何が成るんだ?】
≪君がそうしたんだろ。君が決めたんだ。
設定が、ぐちゃぐちゃだからさ≫
【おめぇが先に“おねんね”しちまうからだろうが!
ナーレに何て説明すりゃ好いんだよ】
≪僕の全部を、視せればいいんじゃない?≫
【急に惚気るな。
その急可変速球は捕れねぇんだよ、おじさんは】
【ミロのヴィーナスみてぇに、欠けたまま現れるのか?
なら先に言え。 お前が欲しいのは“要望”か、
“容貌”か――それとも、名か】
≪僕は形じゃない。 君が見たいものに、成るだけだよ≫
【それが一番タチ悪ぃ】
【お前は寝てんだろうが。
寝ながら喋るな、困るんだよ。】
≪意識は起きてる≫
【それを“舞台装置”って言うんだ。
都合よく出たり引っ込んだりするな。
演出ってもんを理解しろ】
≪君が設定したんだろ。
霊体と実体に分けたのは。
最初の基軸からズラしたのは君だ≫
【あぁ、そうだよ。
お前を霊体と実体に切り分けりゃ、
衣服交換の瞬間に“ありのまま”残る。
それだけで一発ギャグになると思ったんだ。
――スッキリしたか?】
≪つまり僕は布の都合か≫
【いや! 淑女の皆様のためだ】
≪最低だな≫
【知ってる。
だが彼女たちは喜ぶ。
着せ替え人形が、そのまま霊体で残る。
何処へだって行ける。
舞台裏にも、観客席にもな】
≪便利な神だな、君は≫
【違う。
需要に応える職人だ】
【──で? 俺の裁量で選んでいいのかい?
僕が振れば、止まらないぞ。
撃ちっぱなしだ。】
≪脅しのつもりか≫
【淑女の皆様にとっては、その方が甘美だろうさ。
“苦い愛のシルク”を、飲み干してもらう。
なぁ、ヴァル】
≪君はいつも極端だ≫
【観客は極端を望む。
喉の奥まで、甘くて苦いものを。
君という花弁が滴り、
血肉へと沈む。
痛みは、やがて陶酔になる。
――舞台とは、そういう器だ】
≪僕は花弁で、ナーレという血肉の酒杯に満たされた。
“苦い愛のシルク”とは、そういうことかい?
彼女が、それを望むのか?≫
【花弁だって、握れば香りを放つ。
零れるのは罪じゃない。
狂おしいほど、美麗な誘惑だ──】
≪違うな。
滴っているのは、君の方だ。
舞台に酔っているのは、誰だと思う?≫
【……】
【……一本、執られたな。
だがその筆は私のものだ。
私の指揮棒から滲んだ――
“苦い愛のシルク”だ】
私はフィーネに導かれ、
〈οἶκος ὁ δωδέκατος──Lavacrum metamorphosis〉から
一時の解放を得た。
エレベーターホール前には、三人。
その中のアヴェーラは、明らかに不機嫌だった。
私と視線が絡む。
しかし彼女は、わずかに眉を動かし、
すぐに逸らした。
エスリンとヴィーウィ先輩は、
まだどこか緩い空気を纏ったまま、
家政服というベールに身を包んでいた。
「ナーレ様、フィーネ様……ずいぶん、ゆっくり為さっていたのですね?」
エスリンは、やわらかく──けれど確かに案じる声音で、私達を見る。
「そうだよ~。
みんな何してるんだろって、思ってたところ!」
ヴィーウィ先輩は相変わらずの調子で、
エスリンの言葉に軽やかに相槌を打つ。
「ほら! ナーレ。みんな心配してたんだよ?」
フィーネはそう言って、私の肩を軽く小突いた。
「ごめんなさい。ちょっと……ぼーっとしてしまって」
私はエスリンに詫び、
そのまま、アヴェーラへと視線を送る。
アヴェーラは、いつものように
指先で髪を弄る。
視線が、わずかに左右へ泳ぐ。
それでも彼女は、逸らさなかった。
真正面から、私を見返した。
「良かったわ、ナーレ。
早く……今宵は締めましょう?」
彼女はわずかに勿体ぶった身振りで、
エレベーターへと私達を促す。
「お嬢様のおっしゃる通りです。
私はもう、くたくたです!」
ヴィーウィ先輩はそう言うや否や、
真っ先にエレベーターへ乗り込んだ。
それに続きながら、
エスリンは小声で戒めの言葉をかけ、
同じく中へと入っていく。
アヴェーラは、その様子を静かに見止めていた。
「じゃあ、俺も乗ろうかな?」
フィーネは気の抜けた調子で言い、
ぶらりとエレベーターへ乗り込む。
残ったのは、二人。
アヴェーラは私を先に通すつもりらしい。
主賓を扱うような距離を保ち、
静かに、動かずにいる。
「アヴェーラ。
待ってくれて、ありがとうね」
私は穏やかに告げる。
けれど、その返答を、無意識に待っていた。
アヴェーラは、わずかに視線を落とす。
「待ってはいないわ。
貴方が動くのを、待っていただけ……」
私は小さく息をつき、
そのままエレベーターへ。
背後で、衣擦れの気配。
アヴェーラも同じく乗り込む。
気づけば──
彼女は私の左隣に立っていた。
まるで、そこが定位置であるかのように。
「ねぇ……ナーレ。
少しだけ、付き合ってくれない?
皆には……内緒」
耳元で落とされた声は、甘く、低い。
次の瞬間、
彼女の指先が、私の左手を優しく絡め取る。
(えっ……?)
思考が、一瞬止まる。
──今は、ヴァルがいない。
助け舟も、茶化しも、ない。
「分かったわ。どうするつもり?
……私を、どこへ連れていくの?」
私は平静を装いながら尋ねる。
「私が用意したのよ。一番良い眺めを」
その最後だけ、甘く弾むように。
「エスリン。
牡牛と……蟹のレリーフを」
その声は落ち着いている。
まるで、最初から決めていたかのように。
「……畏まりました。お嬢様」
エスリンは迷いなく手を伸ばし、
二つのレリーフを、定められた窪みへと収める。
微かな振動が、足元を伝った。
エレベーターは、地底よりゆるやかに昇りゆく──。
重力が、わずかに薄れる感覚。
静寂の奥で、機構の息遣いだけが聞こえていた。
アヴェーラは、私の手を離さないまま、
ただ前を見ている。
音もなく、
エレベーターは地上階に停まった。
≪Constellatio Tauri — Domus Secunda≫
エスリン、そしてヴィーウィ先輩が、
エレベーターから降りた。
「おい、アヴェーラ。降りないのか?」
フィーネは先に外へ出て、
残る二人と私達を交互に見た。
視線は左右に揺れる。
降りるべきか、逡巡しているようだった。
アヴェーラは、動かない。
左手は、まだ離されていなかった。
「フィーネ……先に行っていて。
『しなければならない』ことがあるの」
アヴェーラは、やわらかな声音でフィーネに告げた。
まるで、内緒話をするように。
「分かった。早く来いよ。」
フィーネは、何かを察したように短く言い残し、
足早にエレベーターから降りた。
その背中は、振り返らない。
気配だけが、静かに遠ざかっていった。
(エレベーターは閉まった。
この空間には、私達しかいない……!
──ヴァルはいない……!!)
「随分……待っておりましたの。
あの子がいると、邪魔ですもの」
「アヴェーラ? 一寸待って。 落ち着いて?」
「駄目……!
フィーネと先に往くのは御免遊ばせませんわ!
『二人で肩車』の話から、我慢なりませんもの!」
どうやらアヴェーラは、あの時からずっと、
私を見つめていたらしい。
次の瞬間──
アヴェーラは私ごと、壁際へと追い詰めた。
「いやよ。この艶やかな華は、私のものですわ……!」
嫉妬と、僅かに湿り気を帯びた熱。
その熱情が、距離を隔てずに私へ流れ込んでくるようだった。
「肩車ぐらいならしてあげるから、許して。
今は、そういう気分じゃないの」
「えぇ──そうですわね。
サウナの時から、どこか視線がおかしかったのは、
あの子を見ていたからでしょう?」
アヴェーラの声音は、わずかに尖りながらも、
どこか拗ねた熱を孕んでいた。
「どうして……欲しいの?
アヴェーラ。ちょっと、落ち着いて」
私が懇願するように言うと、
アヴェーラは突然、両手で私の頬を──がし、と掴んだ。
彼女の視線は、私の視線と真っ直ぐに絡み合った。
「男を見る目ですわ。……汚らわしい。
でも、そんな貴方を、私が導いて差し上げますわ」
エレベータが停まった。
≪Cancer— Domus Quarta≫
「来て──ナーレ。教えて差し上げますわ。
私が、直々に……」
アヴェーラは私の手を強く引き、ずんずんと歩く。
「痛い……! 痛いってば。
アヴェーラ、赦して!」
「駄目ですわ。ナーレは、清らかでなければなりませんの。
そうでないと……」
そのままアヴェーラは、
一室へと私を軽く──投げ入れた。
「痛いってば……もう。
私が穢れているのが、駄目だということ?」
「そうよ! どうして、私ではないの……」
アヴェーラは、出入り口の前に立ちふさがるようにして、
静かにそこを陣取った。
(どうも、今宵は狂っているらしい。
雪景色の向こう側で、満ちた月が光を乱反射しているように見える……)
「分かった。穢れていないことを、証明すればいいのね?」
私の言葉を待たず、
アヴェーラはゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。
「そう……そうよ!」
アヴェーラは、囁くようにそう言うと、
私の唇に、そっと自らの唇を重ねた。
「やっぱり……! 穢れてますわ。
男を知っている唇ですのね!
……誰と、したのです?」
アヴェーラの声音は、怒りというより、
確かめるような、切実さを孕んでいた。
「えっと……ヴァル?」
「ヴァル!?」
アヴェーラの表情に、怒りと呆れと、そして
“穢れてしまった”という事実への動揺が、火花のように散った。
彼女の思考が、目に見えるほど揺れているようだった。
「フィーネではありませんの?」
「フィーネじゃないよ……」
アヴェーラは、ほんの一瞬だけ言葉を失ったように見えた。
怒りと、戸惑いと、どこか安堵にも似た感情が、静かに入り混じる。
「ヴァルは……、あのヴァルということかしら?」
アヴェーラの声音から、わずかに棘が抜ける。
怒りの熱が、ゆっくりと鎮まり始めていた。
「そうそう。ほら、
私が代わりに答えていた、“藩神”のヴァルのことよ?」
私は熱心に説明した。
アヴェーラは、ほんのわずかに視線を伏せた。
先ほどまでの激情が、静かに溶けていくのが分かる。
「つまり、ナーレ。
貴女はヴァルと……接吻をしたということかしら?」
アヴェーラの声は、先ほどよりも静かだった。
激情は影を潜め、代わりに、確かめるような響きだけが残っている。
「彼/彼女ね?」
私は、わずかに言葉を選ぶように続けた。
「ヴァルは、どちらでもないの。
だから、枠組みとしては論外……。存在の外側にいるのよ」
アヴェーラは、わずかに間を置いてから口を開いた。
「つまり……、未だ『枠』はあるのね?
まだ、席はあるのかしら?
きちんと、言ってちょうだい」
「そうね……アヴェーラが言うように、
今宵は、ここで締めた方がいいのかもしれないわ」
私は静かに続ける。
「アヴェーラが何を望んでいるのか、
私には、まだ分からないもの……」
「そう……。いいわ。今日は赦してあげます」
アヴェーラは、わずかに視線を和らげてから、続けた。
「その代わり……一緒に、眠るのは、いいわね?」
アヴェーラは先にベッドへ向かい、
その褥に、ゆるやかに身体を横たえた。
「ねぇ……早くなさい。
そう……貴女から打診したのですもの」
「そうね……私は、まだ準備していないわ」
「あら……。なら、私が準備して差し上げますわ♪」
アヴェーラは、甘く弾む声音でそう言い、
ゆっくりと手を伸ばした。
「きゃっ……!」
「逃がしませんわ♪。
絶対に──」
アヴェーラは、そっと、しかし確実に私を引き寄せた。
彼女は、あけすけに私の蒼穹を柔らかな肌でなぞり、
まるで軌跡を爪弾くように、ゆっくりと触れてきた。
「やめて……アヴェーラ。触らないで……」
「いいですわ。減るものでもありませんもの。
そんなに身構えなくても、よろしいでしょう?」
アヴェーラは、挑発を孕みながらも、どこかやわらかな声音で告げた。
「どうして、そんなに私が欲しいの?」
「貴女が、私を対等に扱ってくださったからですわ。
今度は私が、貴女を……帯刀のように───」
その後アヴェーラは少し、言葉を詰まらせた。
「ずっと、貴女はそうしてくださったの。
だから……私も、貴女を対等にしたいのですわ」
そう言って、彼女は再び、私を抱きしめてきた。
「お願い……アヴェーラ。貴女は、好きよ……?」
「なら……触って。私を」
(どうも、そうしてあげないと、今日のアヴェーラは、
私の願いを聞いてくれそうになかった)
私は、彼女の白磁のような肌に、そっと指先を添え、
ゆっくりと、弾くように奏でた。
アヴェーラは、とろんとした瞳のまま、
ずっと私を見つめ返している。
「いいですわ……いいですわ……そう……」
そう囁くように繰り返しながら、
どれほどの時間が過ぎたのだろう。
やがて、アヴェーラは何も言わなくなった。
「アヴェーラ……?」
あの狂気は、どこへ消えたのだろう。
彼女の上に、静かな夜の帳が降りたように見えた。
そのまま、褥の向こう側へと、ゆっくり沈んでいったかのようだった。
「……ごめんなさい」
私は褥の上で身を捩り、そっと身支度を整えると、
静かに部屋を後にした。
エレベーターホールには、誰の姿もなかった。
壁面には、まだレリーフが静かに鎮座している
「この、八本ある生き物のレリーフを外せばいいのかしら?
それとも、この変な釦を押せばいいのかしら……?」
私はひとまず、エレベーター内の釦へと指を伸ばし、
それを静かに押した。
エレベーターの帳が、ゆっくりと閉じる。
アヴェーラの求めに、いつか応えなければならない。
そう……ヴァルなら、きっとそう言うだろうと思いながら。
私は、ひとりエレベーターに乗ったまま、
階を、静かに降りていく。
───ドタン!
エレベータが停まる。
「ちょっと……! 動いて……!」
私は思わず、釦を連打した。
どうも、反応がないようだった……。
(どうしよう……!)
私はエレベーター内に視線を巡らせる。
ぐるりと一周すると──。
一部の壁面に、丸い玉が嵌め込まれていた。
「一階でエスリンさんが嵌めていたのと、同じ……」
今、エレベーターを駆動させている玉と、
同じ形、同じ大きさのものだった。
その玉を置くための台座が、エレベーターの背面にある。
(アヴェーラに迫られて、背中に当たっていたのに……
どうして気付かなかったのだろう、私……)
そこには、難解な文字列が刻まれていた。
私には読むことができない。
「あの、難しい言葉……。
ヴァルが読んでいたっけ……」
銘板を見てみる、
読めないのは分かっている──
**〈Ὦ παρθένε, κεκρυμμένη ἐν σκιᾷ κήπου σκοτεινοῦ.
Ἄκουε καλῶς.
Ὅταν ὁ κῆπος τῆς κιβωτοῦ ἀναπνέει ἐν ἐσχάτῃ ἀσθμαίνειν,
χρῶ τῷδε.
Ἀλλ’ ἔστι τάξις.
Ζωγράφει τὸν αἰθέριον οὐρανόν,
καὶ ὑπὸ τῆς ἀϊδίου λαμπρᾶς σφαίρας ὁδήγησαι.
Ἐπὶ τοῦ ναυτικοῦ πνεύματος ἐνοικοῦντος,
κατὰ τὴν ἁρμονίαν τοῦ ὄντος.
Τάξον εἰς τὴν ὀρθὴν μορφήν.〉**
私は、この文字列を視て、読み解かなければならなかった。
けれど、私の「半身」も、「半神」も、今はここにいない……。
(ヴァル……! 早く、目覚めて……!)
【あんれぇぇ? おかしいぞぉ?】
それは、私にとって初めて聞く声だった──。
「誰……!?」
【ひどいなぁ。お嬢さん。泣いちゃうよ?】
姿は見えない。
けれど、声だけが、笑っているのが分かった。
【助けてあげようと思ったのに?
どうしようかなぁ……?】
見えない声は、どこか楽しむように、ゆっくりと間を引いた。
まるで、私の返答を待っているかのようだった。
「お願いします、助けてください……!」
【少女が困っている。どうする?】
『助けるべきだろう。そうではないか?』
〖いや、試すべきだ。そうだろう?〗
声は、三つに分かれたように響いた。
見えないまま、思考だけが、私の周囲を巡っているかのようだった。
≪では、私が務めましょう≫
女性の声だった。
静かで、凛とした響きが、空間に落ちた。
【女が口を出すな、汚らわしい】
『女に論理が扱えるものか。身の程を知れ』
〖貴殿こそ愚かしい。恥を知るがよい〗
三つの声は、互いに反響するように重なり、
空間の中で、不穏に渦を巻いた。
≪良いわ、貴方方はそう言うと思った。
じゃあこうしましょ?
私が其処に降りて、導けばいいのね?≫
【この女、墓穴を掘った!】
『この女は、手を離した!』
〖この者は、選んだのだ!!!〗
三つの声が、歓喜にも似た歪んだ響きを帯びて重なった。
空気が、わずかに震える。
⦅この者に、選択を!
この者に罰を!
この者に……!!!⦆
声は、焦燥と興奮を孕んだまま、
まるで何かを待ち望むように、空間の奥で割れた。
⦅はーい。君がナーレちゃんだよね?⦆
「貴女は……?」
⦅あーしはレッティーナ。
ヴァルから聞いてない?⦆
軽い調子の声だった。
どこか人懐こく、しかし掴みどころのない響きが混じっている。
「なんだか……違う気がする」
⦅そ? まぁ、それよく言われる。
ヴァルってああいう感じじゃん?
だから、あーしがこういう役なわけ。……わかった?⦆
軽い笑いを含んだ声音だった。
けれど、その奥には、どこか測るような静けさが潜んでいるように感じられた。
⦅なるほ~♪
ナーレちゃん、これ読めないんだ?
まぁ今じゃ廃れた言語だし、仕方ないよね⦆
声は軽く弾んでいた。
からかうようでいて、
──しかしどこか優しく諭すような響きだった。
⦅はいは~い♪
じゃあ、私がヴァルの代わりに読んであげるね~。
ちゃんと頭に入れておきなさいよ?
だってさ、私ちょ~っと忘れっぽいの。
あとで「もう一回!」とか言われても、
たぶんノリでしか思い出せないからさ~?⦆
声は、軽やかにそう言って笑った。
⦅ふふ……。ちょっとくらい冗談も言いたくなるわよね。
なんかさ、頭ちょっと混乱してるっぽいし?
そういうとこ、けっこう可愛いじゃない。ナーレちゃん⦆
⦅いい? ナーレちゃん。
この古めかしい言葉ってさ、ただの命令とかじゃないの。
もっとこう……リズムみたいなもの。
星と海、それから――ナーレちゃんの心。
それを、ちゃんと繋げるためのやつなのよ⦆
彼女は軽やかなリズムで私に答える。
⦅「暗い庭に隠れてないで、こっち向きなさい」――って意味。
影にビビってる時間は、もう終わりってことね⦆
⦅この箱が止まってさ、
シーン……って静かになったでしょ?
それが合図。
ナーレちゃんの“出番”ってやつよ♪⦆
⦅ここ、大事なトコ。
テキトーに動かしちゃダメよ?⦆
⦅天にある。球体の通り道を、指先でそっとなぞるの。
ほら、あの球体が通る“道”があるでしょ。
それをね、指先で――そっとなぞるの⦆
私は、レッティーナの指示に従った。
確かに、エレベーターの壁面には、ぐるりと巡るようなレールがあり、
それは中央付近で途切れている。
私は背面にある玉を、そっと台座から外した。
その受け皿には、上下にレールが走っている。
それらはエレベーター内の壁に沿って、円環のように巡っていた。
⦅そこに宿ってる“航海の精霊”の上でさ、
存在のバランスってやつに合わせて……
ちゃんと正しい形に整えなって⦆
⦅“海風”も味方につけて。
この世界のパズル、完成させなよ⦆
⦅……そう。
その「形」が――
あんたを外に連れ出す鍵ってワケ⦆
レッティーナは、レリーフの収まった箱を指差した。
「えっと……それが、分からないの……!」
⦅簡単よ。
まずさ、今ハマってるそのレリーフ――外してみて?⦆
⦅それ外さないとさ、順番ズレちゃうのよ。
この手の仕掛けって、ちゃんと順序守らないと動かないんだから⦆
レッティーナの声は、落ち着いていた。
まるで、最初からそう決まっているかのように。
太陽は私が持ったまま、この状態でパズルを解いていく。
(順序があるらしいけど……
今は彼女の言う通りにした方が良いみたい)
(でも、それって……?)
⦅大丈夫よ、ナーレちゃん。
星ってね、昂球に従って、ちゃんと巡ってくの⦆
⦅その息を借りてさ、
あんたも――そのまま駆けていきなさい⦆
レッティーナの声は、静かに私の背中を押すようだった。
風が、四つ穴の向こうから静かに流れ込んできた。
⦅いいわ。
そこさ、あんたには読めない文字が刻まれてるのよ⦆
⦅もう擦り減っててさ、
普通には見えないと思うけど……⦆
⦅ま、仕方ないわね。
私の“眼”、貸してあげる⦆
**〈Ná stad corcair na réaltaí a imthigheadh.
Gach aersholas imrothlaigh gan briseadh.
An beithíoch fite imthigheadh ar dtús.
Ná habair fanacht, itheann an tarbh féar.
Beirt, fear agus bean, taispeántar é ag cladach na mara
agus na hocht rud do thabhairt ar ais don uisce.
Nuair do ghlaonn an t-uasal,
freagraíonn an ceol a chuireann neamh ar crith.
An té a ordaíonn gach meáchan, luascann ar dheis is ar chlé.
An té a iompraíonn sleá nimhe, sníonn sé thar gach ní.
Scaoil an tsleá chun an cheangal do bhriseadh.
Deora na hógmhná do chur i gcoimeádán,
agus an cúr mara do bhailiú.
An té atá cleachtaithe leis an uisce,
scriosfaidh sé an suaitheadh.〉
〈――・Móire〉 **
────彼女は、見せてくれた。
喪われていたものを。




