表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちらは神材派遣管理会社「ユル」でございます。  作者: U-SAN
「序曲を占う”モノ”と救済と断罪を統べる”モノ”」
3/51

「時間よ! 逆巻け!」

俺は──その日の営業を“終了”させた。

首に取り付けられた時限爆弾でさえ、だんまりを決め込んでいた。

極致に至ると、人は何も考えたくなくなるらしい。

俺でさえ、思考を停止してしまっていた。


俺は、引力に引きずられるように、塵芥ちりあくたとなり果てていた。

部長にあらかじめ渡しておいた辞表の効力が、ようやく、遅ればせながら発揮され始めたのだ。

にじり後ずさるような想いと共に、俺は帰社したのだった。

あの老婆の言葉が、頭から離れなかった。

「王は常に独りなのです。私も、王に添い遂げるつもりです。」


俺に、添い遂げたいと願い出る乙女など存在するのか?

そんな物好きがこの世にいるなんて、考えたこともなかった。


何せ俺は──道化師なのだから。

たぶらかすことしかできない、

お道化るしか能のない。


屑ゆえに、土瀝青アスファルトにへばりついたままの存在。

俺は、トボトボと支社のラウンジにたどり着いた。

そこでは部長が仏頂面で、缶コーヒーを片手に休憩していた。


「よう、夏枝──やっと帰ってきたか」

そう声をかけられ、俺は苦虫を噛み潰したような顔で応えた。


「その様子だと──やっぱり駄目だったんだな」

部長は、諦めとも、悟りともつかない目で、俺の顔を覗き込む。


俺は、ただ俯くばかりで、言葉も出なかった。

今、矢面に立っている俺が、いかに駄目であるか、

まるで “二重” に称されているような感覚すらあった。


「約束したはずだぞ……夏枝。明日から、もう出勤しなくていい」

その言葉は、痛みを伴って俺の体を貫いた。


魂までもが、貫かれた。


「はい、部長──皆さんに、お世話になったとお伝えください」

それしか、もう俺には言えなかった。


「皆に挨拶しないのか?」

部長の問いに、俺は黙って目を逸らした。

「お前の気持ちも、理解している。皆には、きちんと伝えておくよ」


部長は全てを理解していると言わんばかりに、

缶コーヒーをゴミ箱に無造作に放り投げた。


「はい、部長……お騒がせして、すみませんでした」

俺が言えるのは、謝罪だけだった。


どのように責任を取ればいいのか。

それは、会社や部長にも関わることなのに、──俺は、もっぱらこれからのことばかりを考えていた。


(明日から、どうするべきだろう……)


どうにかなると思って、まったく身の振り方を考えていなかった。

職安のことだって、どうするか未定だ。


(明日からバイトでも……パートでも探すか。どこか、無いかな……)


俺は、ゆっくりと家路をたどっていた。

遠くから響くエキゾースト音や電車の通過音が、やたらと耳障りに感じられる。


事あるごとに、「お前は無能」「お前は屑人間」

──自動販売機や電柱でさえ、今の俺を罵倒してくるように思えた。


それは、どこか狂気じみた群青色に溶けた、

あの沈みきった太陽のように、俺自身も狂ってしまったかのようだった。

夏の夜は、独特のオーラを纏っている。


この季節特有の異様な陽気に孕まれ、じっとりとした愛情に、俺は包まれていた。

その、じっとりとした愛情が、風に乗って囁いた。


「さぁ──すべてを、なかったことにしましょう」


俺は、そんな狂った愛情を、心から欲しがった。

大気の死神に抱きしめられ、欲しいままにされて、あなたのその高みに舞い上がって、

俺は粉々に砕け散ってしまいたかった。


全てから解放され、この因果に身を預けたいと、強く願った。


そんな妄想を抱えながらも、俺は自宅近くの路地にさしかかった。

目と鼻の先にまで迫った家の前、ポストにひらひらと風に揺れるものが見えた。


(なんだろう?)


よく目を凝らして近づいてみると──

それは、ポストの投函口からはみ出していた一枚のチラシだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ