寒空の下で
不定期更新になると思います。
気が向いたら続きを書きます。
「はぁ……」
四時間目の終わりを告げるチャイムと同時に、思わず私の口から溜息が零れた。理由はもちろん、目の前のこれだ。
「四十五点……ギリギリ評定は五……でも……」
数学のテスト。これが私の頭を痛ませる原因ナンバーワンだ。勉強しても勉強しても全く点が上がる気配がない。考えるだけで苦しくなってしまう。
……やっぱり、理系に来たのは間違いだったかもな。
弱気な思考が頭をよぎる。だめだ、だめだ。どうせ後戻りはできないのだからこれからを考えるしかない。そう、これからを……
「あたしヤバい!三十三点だって!そっちはどうだった?」
「四十五点。私結構勉強したんだけどなー……テンション下がるー」
「あたしよりは高いじゃん!大丈夫だよ!」
「えー?そうかなぁ……」
何とか自分を取り繕う。ネガティヴな自分を見せないように、ちゃんと生きていけるように。
また自分のテストに視線を戻して考える。もっと勉強して、何とかして点を上げて、目指す大学に届くようにしなきゃだめだ。
でも……いや、いや。ネガティヴ思考禁止!
じっとしてるからだめなんだ。ちょっと購買行くついでに散歩でもしよう、そうしよう。
嫌なものから目を背けるようにテストを二つ折りにして机の中に押し込んで立ち上がる。そのまま誰とも話さず教室を出た。
今日は何を食べよう。今日はあまりお腹空いてないからサンドイッチ一つくらいにしておこう。
階段を下りる。同じように購買に降りるのであろう人を追い抜いていく。そこら中から楽しそうな話し声が聞こえてくる。いつも自然と早足になってしまうのは何故だろう。
「サンドイッチ一つ、百円です。……はい、ありがとうございました。」
たまごサンドとトマトサンドが重なったサンドイッチを買った。購買付近の食事スペースは既にほぼ人で埋まっていて、私の入る余地はなさそうだった。
教室に戻って食べようか、とも思ったけど今日は何となくできるだけ教室から距離を置きたい気分だった。
『点悪かったんだから早く教室帰って食べながらでも勉強しようよ』
私の心の声がまるで他人事のような響きで聞こえる。私は痛む心を抑えながら学校の中庭に出た。
一月の下旬、外気は息を白くさせるほど冷たくて、でも悩みに悩んで熱を持った頭を少しでも冷やしたくて、私はその中庭でお昼を食べることを決めた。
『まったく、三学期の高校二年生がこんな所で……他の人はもっと頑張ってるんだよ?』
心の声を無視して前を向く。今は、今は少し休まないといけないから……なんて心に言い聞かせて。
「確かこの木の下に……あった」
この植物がいっぱいある中庭の中でも一際大きい木。その下にあるベンチはまだ誰にも座られていなかった。
ほっと一息ついてそこに座る。吹く風は思ったよりも私を凍えさせてくるけど、もう少なくとも食べ終わるまではここから離れる気はなかった。
サンドイッチを包むビニールを半分くらい剥いて、角の部分にかぶりつく。トマトとたまごが混じるとどうしてこんなに美味しいのだろう。
少しの間何も考えずにただただ食べた。でもサンドイッチ一つではそれほどの時間もかからずに食べ終わってしまった。
「……どうしようかな」
何故だろう。何となく教室に帰りたくなかった。早く勉強するべきなのに、普通に生きなきゃいけないのに。不思議なことに足が動かなかった。
……いや、多分動きたくないだけ。現実と向き合いたくないだけ。
「……はぁ」
背もたれに身体を預けて空を見上げる。寒空に私の白い息が消えてゆく。ただそれを眺めて、感傷的な気分に浸っていた。
ーーすると
ヒュウヒュウと音が鳴るほど強く風が吹いた。それは、思い返してみればまさしく運命を運ぶ風だったのだろう。
ガサッと、風に吹かれて飛んできたのか、紙が私の足に張り付いた。それを取り上げて見てみると、鉛筆で描かれた大きな木の絵があった。凄く上手い。
「……なんだろ」
なんて思ったその時、その人は現れた。
「あの……それ僕のやつだから、返して貰えると助かるかなって……」
小さく、低いその声に視線を上げると、くたびれた男子の制服に……まるで死んでいるかのような顔をした人が立っていた。
「それ、僕のなんだ。えと、返して…貰えると……」
「あ、ああ、ごめん」
少し呆然としていて、もう一度同じことを言われてしまった。慌ててその人にその紙を返そうとすると、再び強く風が吹いて……
「二十五点……」
「あはは、凄いよね。後一点下だったら赤点だったよ」
驚いたことにそれはテストの解答用紙の裏側だった。そんなところにあんな絵を描くなんて……何となく腹が立った。
「これ、テストの裏じゃん。しかもこんな点数。こんなことしてないで勉強したらどうなの?」
ズキンと心が痛んだ。そっくりそのまま私にも帰ってくる言葉だってことを言い放ってから気付いたから。
「うーん、勉強……したいんだけどね」
そう言いながらその人はボサボサの髪を掻いた。目元までかかった髪の毛が少し退けられてその顔が顕になる。そうして、さっき反射的に死んだようなと表現した理由が分かった。
目の下の深い隈、光の見えない暗い瞳。本当にまるで死んでいるかのような顔だった。
「なんかさ、やる気が出ないって言うか、そもそも無いっていうか……」
ーーーでも
「なんでそんな点取っといてそんなこと言えるの?焦りとか、不安はないの?」
「なんだろうな……何となく、絵を描いてると不安とか感じなくって」
そんな顔をしてるのに、不思議なくらい。
「楽しいって、思えるんだよ」
幸せそうなんだ。
「そう……なんだ……じゃあ私はもう行くから」
「え、うん」
ベンチから立ってその場を離れる。また自然と早足になっていた。
なんなんだろう。なんであんなに平気でいられるんだろう。
そんな思考で、私の頭は埋め尽くされていた。