48話 南陽の会戦
南陽での翼人軍の迎撃にあたり、レンリたちは最後の準備を行った。
まず、次期皇帝として、リーファが正式に即位した。
翼人がトーランという傀儡を持ち出し、すでに先帝は捕虜として廃位されている。第三皇子キーンは行方知れず。
ならば、こちら側の正当性を主張するためにも、リーファの皇位継承は必要なことだった。
そのための指名は先帝妃ライラによって行われた。副都にいる唯一の先帝の妃として、ライラは皇太后となったのだ。
翼人による凌辱によって孕んだ子を、ライラは無事に産んだ。もちろん、レンリが責任を持って我が子同然に育てるつもりだ。「次はレンリ様の子ね」なんてライラは笑って言っていた。
先帝の妃を娶ることに非難はあった。レンリが先帝の娘リーファの夫でもあるから、なおさらだ。
聖学の説く倫理の立場からは許されることではない。
それでも、レンリはライラを抱いた。一つには皇太后となるライラを手元に置いておくことがレンリにとっても有利に働くからだ。
それより大切なことは、ライラへの償いだ。ライラはかつて自らが犠牲になり、翼人による辱めを受け、レンリたちを逃がした。
その彼女がレンリの妃となることを希望している。レンリとしてもライラの心の傷を癒やし、幸せにしてあげたかった。
副都では皇太后ライラ、そして新たに副都大総督に任命されたミランが留守居となる。
レンリは創武大将軍に官を進め、新帝リーファを推戴し、南陽へと進撃した。
そして、南陽城外に布陣も終えている。
レンリは隣にいるリーファをちらりと見た。
彼女は身重だ。本来なら、副都に残しておきたかった。リーファは皇女、新帝、そしてレンリの妻として絶対に守らなければならない存在だ。
「決戦の場に皇帝がいないとなれば、末代まで歴史書で非難を受けます。わたしは歴史に名を残す英雄になりたいと言いましたよね?」
「もちろん、陛下のお名前が後世にまで残るようにするのが私の務め。ですが、リーファ様の身に万一のことがあれば、今度は愚かだと言われるのは臣の私です」
「そのときはわたしと一緒に後世の非難を受けましょう。大丈夫。二人とも無事で勝てばよいのです」
そのとおりだ。
レンリがいるかぎり、翼人にはリーファの体に指一本触れさせない。
レンリたち新帝国軍は2万2千。他方で翼人の軍は5万程度のようだった。
さすが大軍だが、帝都を陥落させたときは10万近くいた。これは一部は本拠地へと戻っており、一部は頻発する反乱への対処に兵力を割かれ、翼人軍が消耗しているせいである。
副都遠征へ割ける兵力は5万が限界だったのだろう。
しかも、うち2万は別働隊として行動している。理由は不明だが、王弟ムリゲルの謀反の一件もあったように、翼人も一枚岩ではない。
つまり、カラルク・ワンヤン王の率いる本隊3万を撃破すれば、リーファ・レンリたちには勝ちが見えてくる。
「兵力にこそ差がありますが、敵軍は不慣れな南方の地で疲労も溜まっています。我々の勝利の可能性は低くありません」
レンリたちとしても、この決戦で勝利することで人心を得たい。本来なら兵力で劣る以上、持久戦が王道なのだが、新帝リーファの権力基盤は強くない。
戦いが長引けば、身内から裏切り者が出て足元を救われかねない。;
一方、翼人軍も帝都の維持に苦心し、追い詰められて副都まで進出を図っている。
彼らとしてもこの遠征が失敗に終われば、副都のリーファ政権を潰す手は打てない。
両者ともに決戦へと向かっていたのだ。
レンリたちの軍は軽装歩兵一万および重装歩兵二千を戦隊の中央に位置させている。そして、左翼に西園校尉ショウセイが指揮する副都騎兵四千、右翼に蒼騎校尉サーシャが指揮する蒼騎兵四千を展開していた。
特徴的なのは中央の歩兵のみが渡河地点近くの前に出ており、ほかは弓なりに後方に広げて布陣していることだった。
これには両翼の騎兵の活動と関係があり、レンリの意図がある。
リーファ以下とは打ち合わせ済みだった。
翼人の軍は付近の村で略奪・殺人・強姦の蛮行を繰り返し、接近してきている。
帝国の民が理不尽な運命に遭わされていると聞き、リーファは憤り、今すぐにでも村へと助けに行きたそうだった。
だが、そうすれば、作戦は成功しない。帝国軍は敗北し、レンリは戦死、リーファは敵軍の慰み者となるだろう。
小義を捨てて大義につかなければならない。
斥候として派遣されていたアイカが戻ってきた。
「敵軍に動きがありました!」
14歳になり、少し大人びたアイカが頬を紅潮させて言う。
レンリはうなずき、立ち上がった。
「陛下、お言葉を」
リーファは大きなお腹を一度愛おしそうにさすり、そして凛とした声で告げた。
「帝国の興廃はこの一戦にあります。皆さんの力で、わたしに、わたしたち帝国に勝利を!」
わっと歓声が沸き起こる。
史書に言う南陽会戦の火蓋が切って落とされた。
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