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ありえない、けれど現実である。

 殴られて異世界、なんていうありえない異世界召喚をされた岡田太生。ちなみに高校生。

 連れてこられた場所が異世界であるということを無理やり納得させられたり、聞いて後悔した己の世界の創生秘話など、もう勘弁してくださいという精神的疲労の中、やることやってさっさと帰ろうと決意しかけた矢先。

 なんと、あろうことか相手から言われたのは、まさかのあんたダレ発言。

 あまりの暴言に、頭の奥で火花が散った。

「ってお前が俺を連れてきたんだろうが俺を!! 人を勝手に連れてきておいてあんたダレって何様のつもりだ!!」

 何様も何も皇子様だ。

 表面上では怒り心頭だが、頭の片隅の冷静な部分できっちりと突っ込みを入れているあたり、まだ余裕があるのかもしれない。

 意外に器用だ。

 だが、そんな太生の内心の感情などこれっぽっちも知らない二人は、激昂する様子を暫し見つめた後、呆れたようにため息をついた。

 太生は、その態度にさらに怒りを募らせる。

「――っ、いい加減に!!」

「だからさ、僕ら君の名前知らないんだけど」

「って、は? 名前?」

 ぴたっと、止まる。

「何度か皇子が聞こうとなさいましたけど」

「そのたびに、君の質問に遮られてさぁ。ちょーっと、怒っちゃうよねぇ?」

 レイナードは、微笑み。ゼニスはにこぉっと笑みを浮かべる。

「……。……」

 途端、冷水を浴びたように頭が冷えた太生は、今更ながらに先ほどまでの会話を思い出す。

 ………………そういえば、そんな気が、しなくも、ない。

 人知れず、たらりと汗が頬を流れる。


『礼儀には礼儀を。これが人として当然のことよ? もし破ったらどうなるか、もちろん分かってるわよね?』


 ね、ねねねねね姉さんごめんなさい!! 本当にごめんなさい悪気はまったくないんです!!

 顔面蒼白。記憶の中の姉にひたすら謝り倒す。

 異世界だから、とか。見てないから大丈夫、とか。そんな常識は通じない。なぜならばそれがあの姉だからだ。

 ぎぎぎぎ……と、油の切れたロボットのような動きで、二人に向き直る。

「……岡田太生、17歳です」

 ぺこりと、深く頭を下げる。

「「ご丁寧にどうも」」

 太生の何かに対する恐怖に気付いたのか、はたまたあまりにも青すぎる顔色に気圧されたのか、あえて何も突っ込まずに礼を返す二人。

「ん? ……タイセイ?」

 呟き、ゼニスは一瞬レイナードと顔を見合わせる。

「……どのような字を書かれるのですか?」

「んーと、太生だ。ちなみに意味は『図太く生きろ』だと」

 地面に己の名前を書き、太生は乾いた笑いを漏らす。

 なんて面白い名前を付けてくれやがるんだ両親! と、何度思ったか分からない。

 ちなみに名前の通り図太く生きているのかは微妙なところだ。

「っと? どうかしたのか?」

「……いや、なんでもない」

 暫し、その字を凝視していたゼニスだったが、太生の言葉に首を振る。

「太生、でいいんだよね?」

「あ? そう、だけど」

「……そう」

 確認に頷くと、ゼニスは笑みを浮かべる。

「…………?」

 その、先ほどまでとは何処か毛色の違う笑みにふと首を傾げるも、すぐに別の、もっと逼迫した己の現状を思い出す。

「って、そうだ! なんなんだよお前ら!!」

 びしぃっと、指を突きつける。

「……なにが?」

「どうかしましたか?」

「確かに名乗らなかった俺も悪いけど! 『君、誰?』ってことはないだろ!? だいたいここに連れてきたのはそっちなんだしっ、なんか理由があるんだろうからそんな適当に選んだってわけでもなっ……い……?」

 そこまで言って太生は、今までの勢いが嘘のように止まる。

 突如、頭に浮かんでしまった恐ろしいことに、恐る恐るといった感じに、口を開く。

「ま、まさかさ。本当に、その、適当、だった、とか、……しない、よな?」

 頬が、ひくりと引き攣っているのが自分でわかる。きっと顔色も、悪い。

 それはないと思いたい。

 思いたいけれどっ。

「……返答、は?」

 問いに、2人は晴れやかに笑う。

「ごめん」

「適当なんです」

 いっそ気持ちがいいほど、清々しい即答だった。

 ぐらりと頭が回るのを、太生は感じた。

「て、てき、とう……? え? なに?」

「いや流石にさ、君らの世界には僕行ったこと無かったし。それでもとりあえず誰か連れてこようと思って飛んで、そしたら偶然にも丁度君が真下にいてさ、あ、これでいいやって思ったんだよね」

 これでいいや……って。

 今の今まで忘れていたが、確かにあのときそんな台詞を聞いた気がしなくもないが……。ちょっと、あんまりじゃあないですか?

「……あのさ」

 くらりとした頭のまま、それでも一応聞いてみる。

「こう、異世界召喚とかって言ったら普通、魔王が復活しちゃったりなんかする展開が定番というかなんというか……」

 もちろんそんな理由で呼ばれても、本当に本気で迷惑だし困るのだが、それが世の定番というものである。

 だが、返ってきた言葉は、太生にとっていいのか悪いのか微妙ところだった。

「いや、魔王は別に復活とかしてないし」

「違う……のか?」

「うん」

「さらに言わせていただきますと、伝説もありませんし、神託が下りたわけでもありません。世界はいたって平和そのものです」

 つまり、世間一般で言うような異世界召喚の理由ではないのだと、きっぱりと言い切られた。

「え、じゃあ……」

 太生は、困惑したまま口を開く。


 魔王が復活したわけでも、伝説があったわけでも、ましてや神託が下りたわけでもない。ついでに世界は平和で、誰かの助けなど到底必要ない。

 ……というか、何の力もない異世界人ができることなど、何もないだろう。


 と、いうことは。


「俺は、本当に、何でここにいるんだ……?」


 本当の意味での疑問。

 もはや想像すら、不可能であった。










 始まりは、よくあることだが。

 売り言葉に買い言葉が原因であった。


「ぶっちゃけた話、現在僕らの国では所謂お家騒動的なことが勃発している」

 初っ端から不穏な台詞だった。

「まあ、かる~いものなら何年も前からあるんだけど、原因は皇位継承問題だ」

「次の王様……じゃなくて、皇帝? が、誰になるか?」

「そうです。ちなみに本来ですと陛下のただ一人の御子である皇子が次代に就かれるのが当然なのですが……」

 言葉と濁すレイナードに、ゼニスが苦笑を浮かべる。

 だが、一人太生は、こいつって、そんなに偉い奴だったのか……と、場違いなことを考えていたりする。

「ま、通常なら何の問題も起こらないはずなんだけど、問題は僕の母の身分にある」

「身分?」

「そう。皇妃になれる身分の人ではなかったから問題が起こったというか……皇帝になる筈のない父上が皇帝になってしまったから問題が起きたというか……」

「は? どういうことだ?」

 さっぱり意味が分からない。

「父上は前皇帝の2番目の子供で、本来なら兄にあたる人が皇位を継ぐはずだったんだ。だから当時、いくら母の身分が低かろうと、皇族としては珍しく妃を一人しか持たなかろうと。なんら問題はなかった」

 皇帝になるはずの人は別にいたしね、とゼニスは言う。

「……なんでお前の父さんが皇帝についたんだ?」

「伯父が放浪の旅に出たから」

「――――は?」

 なにやら変な言葉を聞いた気がした。

 もう一度尋ねる。

「いま、なんか放浪、とかなんとか聞こえたんだけど……」

「うん。言った」

「放浪!? なんで!?」

「旅に出たかったらしいよ。伯父も変わった人だから驚きもしなかったけどね」

 ……変わった人で済むのだろうか?

「それで、伯父の指名で父上が皇位についた。よって今まで問題にならなかったことが問題になってしまったんだ」

 しかも、皇帝は唯一の妃、ゼニスの母親以外に妃を娶ることもなく、ただ一人のみを愛し続けているのだ。それは彼女が亡くなった今でも変わることなく……。

「――で、父上の弟妹やその妃たちがこぞって『ゼニスは皇帝に相応しくない』って言い出した」

 最初は水面下での腹の探りあいだったが、皇帝の一言からそれは激化した。

「『皇帝はゼニスに継がせる』」

「と、いうことを陛下がはっきりと明言してしまいまして……賛成派と反対派、真っ二つにわかれてしまったんです。まあ、中立派もいますが」

「へ、へぇ……」

 なにやら次元の違う話に太生は、生返事。

「とは言っても、さっきも言ったとおり騒動だけなら結構前からあったんだ。だから別に驚きもしなかったんだけど、さ」

 そこで言葉を切って、苦笑を浮かべる。

 反対派のものたちが、ことあるごとに『皇子は皇帝に相応しくない』と言っているのを、ゼニスは知っていた。

 もちろん面と向かって言われたことは無かったし、皇帝にも直接的な言葉ではなく、ものすごく抽象的な、鋼鉄製のオブラートに包んで告げている。

 が。

「……父上ってさ、ものすごい親バカでさ」

「…………親バカ……?」

 何処か疲れた様子のゼニスに、太生はなんとなく先ほどの『神々親バカ発言』を思い出し、いやぁ~な予感に襲われる。

「皇帝としてはものすごく尊敬できるんだけど、……親としてはなんかもういきすぎというかなんというか……」

 ははは……と、力なく笑う様子に、太生もただ笑い返す。

「まあ、それで。……なんていうか、父上は生来理由もなく怒ったりもしない、穏やかな人なんだけど、……ある日、キレたんだ」

「……………………はぁ?」

「なんか、いつものように父上に僕が皇帝に相応しくないって直談判に来てた人たちがいて、そこをたまたま僕が通りかかっちゃって」

「……勢いあまって、言ってしまったそうです。直接、皇子に向かって『皇帝には相応しくない』と」

「――――え゛」

「いや、そしたらなんかもうさ。……僕から見ても見事としかいえないキレっぷりでさ」

 息子を、それはもう亡くなった妻の分も深く愛している皇帝は、皇子の目の前で彼らがそれを口に出したことにより、いままでたまりにたまっていた怒りが爆発したのだろう。

 半ば「言っちゃった」と、思いながらも皇子に侮蔑の視線を投げかけるその様子に、皇帝は冷静に、顔色一つ変えずに、……静かにキレていたのだ。声音は、常と変わらず穏やかであったが。


『所詮、お前たちのいう血筋とやらも遡れば皆同じ。何処にも違いはないと思うが?』

 慌てたのは、言った側。いままで曖昧にしか言葉を返さなかった皇帝が、初めて何らかの答えを返したのだ。

『そ、それは違います、陛下。確かに元は皆同じ。ですが皇帝になられたということは、それに相応しい何かをお持ちだったということです。ですから、その血筋は、末永く優秀なものに恵まれ、国の平穏、民の幸せを願う上で、守っていかなければならないものだと、私は思います』

『ふむ、そうか』

 ふと、何かを考えるようなしぐさをした皇帝は、再び口を開いた。

『では、たとえどのような身分のものでも、それに相応しい力をもってさえいれば、皇帝として認めると、そういうことだな?』

『――っ、それは』

 男は、言葉に詰まる。

 それは言い換えれば、もしあの皇子が優秀だったとしたら、皇帝になることを認めることになるからだ。

『……どうなんだ?』

『陛下』

 言葉に詰まった男に代わり、今度は別の男が口を出す。

『皇帝として相応しい力があれば、我々は認めましょう、どのような方でも相応しければ。……しかしそれは、陛下もお認めになると、そういうことでよろしいですね?』

『……どういう意味だ?』

『相応しいのは皇子かもしれません、ですがひょっとしたら……別の誰かかもしれないということです』

 それは、暗に、『別の皇帝の血筋』を指している。

 その言葉に、皇帝は、笑った。

『なるほどな』

 そして、完っっ全にキレた。理性とか皇帝としての振る舞いだとか、そういったことはすべて投げ捨てて、残ったのは完全なる親バカ。

『できるもんなら、やってみろ』

『いいましたね? ならやってみせましょうとも!!』

 つられる形で、反対派もキレた。

 こうして、『誰が相応しいか皇帝争奪戦』が、始まったのである。




「ま、こんな感じでさ、お家騒動勃発。まったく腹立つよね、本人無視して勝手に決めるんだから」

「は、はは、は……」

 太生は、笑うしかない。

 そりゃあ、怒るかもしれない。勝手にこんなことを決められたら、ましてやその場にいたというのに、だ。

 というかそれでいいのか皇帝その他。

「で、その売り言葉に買い言葉で、僕の今後の苦労人生が決定したわけだけど。それが昨日の話だ」

「って、しかも昨日かよ!?」

 叫びながら、太生は大変嫌な予感に襲われる。

 昨日の今日で、太生は異世界召喚されている。と、いうことは……?

「なあ、俺は」

「言いたいことはわかるけど、君が思っているようなことではない」

「……。……」

「それで、どうやって相応しいかを決めるのかということで、僕が仮にも第一皇位継承者だから、僕を試そうってことになった」

「試す?」

「んー、なんていうか、『挑戦者送るから頑張って☆』って、感じかな。剣でも魔法でもなんでもどんとこいって、何故か父上が言ってたからね」

 嫌だよねまったく。と、溜息をつくゼニスは、当人だというのに完全に他人事である。

「だけどさ、流石に四六時中そんなバカ騒ぎに巻き込まれて、次から次に来る奴らなんてあいてにしてらんないし、ふざけんなー!! って、ある条件をつけた」

「条件……?」

 ああ、なんかますます嫌な予感がしてきたぞ、と思いつつも、太生が、それを聞こうと口を開きかけたとき、……そいつはやってきた。


「見つけましたぞ! 皇子――っ!!」


 太生は驚き、ゼニスとレイナードは鬱陶しそうに、振り向いた。              





(個人サイトからの加筆修正掲載です)

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