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ドラゴンの声を聴いた者たち 〜王立操者養成学園の記録〜  作者: 灯吉郎
第一部:ドラゴンは還る

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第12話 好物探し

霊峰の麓、その右奥には、静かな湖が広がっている。

岩肌に囲まれた水面は穏やかで、細い水路が王国の運河へと繋がっていた。


学園の生徒たちにとって、ここは訓練の場であり──同時に、ささやかな息抜きの場所でもある。


その静けさを──


「ボルーー!!」


という叫びがぶち壊した。


鳥が一斉に飛び立った。


「だから焼くなってー!」


湖畔に、煙が上がっている。



─前日。開いた窓から、霊峰の涼しい風が流れ込んでくる。セドリックが教本を手に、話し始めた。


「連携のためには、さらなる“理解”も必要だ。まずは──パートナーの“好み”を把握しろ。

エリオット、ドラゴンにいつも与えている食事は知っているな?」


エリオットは呼ばれて立ち上がり、


「ドラゴン用のペレットっすね。

…なんか、あんまり食いつきよくないヤツ」


まだ成体の三分の一ほどの大きさしかないため、割ってあげるのだが、あまり食べない。


セドリックは頷き、着席を促したあとに続けた。


「そうだ。あれは栄養補助として与えるものだが、厳密に言えば絶対に必要なものではない。

いつも言っているが、ドラゴンは“現象”に近い存在だ。霊峰の周囲にある“波長エネルギー”を吸収することで…。

おい、寝るなカイル」


ここでチョークを投げて、また続ける。


「しかし、パートナーを得たドラゴンは、それぞれ“個”としての好みがあることが知られている。

─そのため、明日は一日“湖側の探索日”とする。

好きなものを知れ。それが、連携の基礎だ」



─翌朝。


食堂には、いつもより少し早い時間から生徒たちが集まっていた。


「装備は、こないだのリュックでいいよな?」


カイルの問いかけに、エリオットがぽん、と手を打って頷いた。


「あー、あの卵運んだやつな!」


「ええ、最低限の採取具と、水筒があれば十分ですわ。部屋に、支給された道具がありますわよ」


と、サラが補足する。


「湖の方、ちょっと足場悪いところもあると思うから気をつけてね」


山育ちのクラリスが続けた。


「なるほど…わかりました」


「無駄な荷物は持つな。動きが鈍る」


セリアが緊張した様子で頷くと、セリウスが横から口を挟んだ。


「お前。いま必要なモンの話ししてんだからさ〜」


カイルが呆れた顔をしていると、


「採取って言ってたけど、狩りしてもいいのかな?そしたらナイフとかも要るよな!」


久しぶりに新鮮な肉食いてぇな!とエリオットが嬉しそうに言う。王都育ちのカイルとセリウスは、思わず顔を見合せた。



賑やかな食事を終えると、準備を整えるため、それぞれが食堂を後にした。




─ドラゴン舎の大門が開き、朝の光が差し込む。



「…あら。ひょっとして、ボルまた大きくなっていません?」


それぞれ鉄柵を開けて、パートナーを連れ出す。


「そうなんだよなー! ペレットあんまり食べないわりに、俺と高さあんま変わらなくなってきた!」


「えっ、そんなに? 凄いね…!」


六花を手招きしながら、クラリスが驚いてヴォルカンを見る。


……ズリ、ズリ。


「テラも重くなってんだよなぁ…」


─バシン!


「うぉっ!? 膝カックン!? 今の絶対わざとだろ!?」


「……成長は当然だが、問題は“制御”だな」


今まで体当たりしかできなかったテラが、いつの間にかしっぽで膝裏を狙うようになっていた。

崩れ落ちながら驚愕するカイルに、セリウスが「ふん」と鼻を鳴らす。


「ふふっ…」


六花の周囲だけ、わずかに空気が澄んでいる。

セリアとルミナは、その空気を好むように傍を歩いた。



─霊峰へと続く大門を抜け、しばらく歩くと、石造りの水路が見えてきた。


透き通った水が、静かに流れている。


「きれい…」


キラキラと反射する水面に、クラリスは目を細める。

六花も満更でもない様子で、結晶を舞わせた。


「整備されていますわね」


「おっ、割と冷てぇ!」


エリオットが水路に手を入れ、パシャッと水を跳ね上げる。

水滴がヴォルカンに当たり、軽く蒸気が上がった。


水路の脇には、小さな果樹園が広がっていた。


「ここでひとまず、初めの採取が出来そうですわね」


みずみずしい果実にサラが触れると、ゼフィラが香りを楽しむように鼻先を近づける。


「…ルミナも嬉しそう…」


セリアが取った小ぶりな果実を、ルミナが食べている。


「おー! よし、ボルも食うか?」


もいだ果実をエリオットが差し出すと、ボルが口を開いて──焼こうとした。


「だから焼くなって! 生で、生は嫌なのか!?」



─ひと通り果樹園を楽しむと、一行は湖を目指してまた進んでいく。


「あ、これ……」


岩陰に、小さな赤い実がなっていた。


「この野いちご、美味しいんだよ」


クラリスがしゃがんで見せる。


「おっ! 懐かしいヤツ! 俺の故郷の山にもあった!!」


カイルが近寄り、熟した実を見つけて即、食べた。


「ラズベリーとは違いますの…?」


エリオットが美味しそうに食べる様子を見て、サラも上品に口に運ぶ。


「たぶん、同じだろ?」


カイルはひょいっと投げ上げて、パクッと食べた。


「……土地により、呼び名も変わる」


セリウスも手を伸ばし、ひと口食べた。


「野生のものは個体差があるが……これは当たりだな」


「…お前、普通に食うじゃん」


「なんか意外だな!?」


カイルとエリオットが驚いていると、セリウスは心外そうに眉をひそめ、


「食えるものは食う」


とそっぽを向いて言った。


─その耳が少し赤くなっているのを見て、セリアが嬉しそうに目を細めた。




さらに先へと歩みを進める。


足元の土が柔らかくなり、草木が濃くなってきた。


やがて木々が途切れ、視界が開ける。


─そこには、静かな湖が広がっていた。



水面が、ぴちゃんと揺れた。


小さな魚が、跳ねる。



「ボル!──」


─ボンッ!!


「だから早ぇって!!」



焼けた魚が、ぽちゃんと落ちた。


「おー!瞬間魚焼きマシーン!凄いぜ、ボル!」


カイルが感激しながら拍手して、


「…まぁ。…効率的ではありますわね」


サラが頷いた。


「…水ぽちゃした焼き魚だけど、ちゃんと食うかな…」


裸足になって、膝までズボンを捲り上げたエリオットが、じゃぶじゃぶと水面を波立たせて歩く。


「ゼフィラが、『軽く水を飛ばしてやろうか』と申しておりますが…」


「まって、ゼフィラってそんな喋んの!?」


水際まで戻ってきたエリオットがびっくりして聞き返している間に、ゼフィラの風で焼き魚の水分が飛んでいく。


「ボルは、もっと大人しく話すのですか?」


「いや。そもそも喋らねぇ」


首を振るエリオットに、カイルも頷いた。


「うちのテラも、全然喋んねーし」


……ズリ、ズリ。



「俺らのドラゴンも、そのうち喋るのかな……?」


……ズリ、ズリ。



「まぁ、どっちでもいいけどな! …ほれ、ボル! お前が焼いた魚だぞー!」


「がおがお!」


「おっ。美味いか? …ペレットより好きそうだな」


カイルが、エリオットとヴォルカンのやりとりを微笑ましく眺めていると、テラの動きを感じて振り返る。


「おっ。テラ? どした─」


テラは、当然のように岩を咥え──



……ゴリ。



「食ってるぅーー!?」


思わず仰け反るカイルの横で、セリウスが顎に手を当てて頷いた。


「……ミネラル補給か」


「いやそれで済ませていいのか!?」


「……土ドラゴンだぞ。当然だろう。

……ルクシオンを見ろ、高い木の上の若葉を食べている」


─そのとき、頭上で羽ばたきの音がした。


小さな鳥が、枝から枝へと飛び移る。


「……ボル。あれ、食えそうじゃね?」


「がお!」


「よっしゃ、ちょっと狩ってくる!」


流れるような決定に、カイルが呆れた声を出す。


「出たな山男…」


「待て」


一気に駆け出そうとしたエリオットを、セリウスが制止する。


「無闇に追うな。逃げられる」


スッと指を向け、


「風向きと距離を見ろ」


冷静に告げた。


「お、おう…!」


エリオットが頷くのを見て、セリウスが続ける。


「お前が動かせ。俺が仕留める」



「─ボル、上だ!」


ドン、と音を立てて、小さな火球が飛ぶ。


鳥が驚いて飛び立った。



「──そこだ」


ルクシオンが空気を裂き、軌道を奪う。


─バサッ。


捕獲が成功した。


「……今の、訓練のやつじゃね?」


これが初めてとは思えない見事な連携に、カイルが驚きの声を出す。


「...ええ、自然に出来ておりましたわね」


「……当然だ」


満足する手応えに、セリウスも頷く。


「よっしゃあ! 肉だ肉!」


感動よりも獲得した肉の方が嬉しいエリオットが、手際よく捌いていく。

ヴォルカンが仕上げに焼くと、辺りに香ばしい匂いが漂う。


「美味しいかー、ボル〜!」


「がおがお!!」


とても満足そうなヴォルカンに、エリオットも嬉しくなってわしゃわしゃと撫でた。



─湖のほとりでは、六花が静かに水面へと歩み出ていた。


足元から、薄く霜が広がる。


触れた水が、わずかに凍り──すぐに、ほどけていく。


『……騒がしい』


そう言いながらも、その声音はどこか穏やかだった。


「ふふっ」


クラリスが小さく笑う。


その傍で、ルミナが水辺の草をついばむ。


やわらかな風が吹き、湖面が静かに揺れた。



─それぞれの“好み”が、少しずつ見えてきていた。



続く

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