第10話 繋がり
─夜明け前、まだ人の気配もないドラゴン舎に、ひとりの影があった。
「……まだか」
セリウスは、目の前の“卵”を睨みつける。
「……なぜだ。なぜ、応えない」
─何も起きない。
ただそこに在るだけの沈黙が、彼の苛立ちを煽っていた。
「……俺が、選ばれないはずがない」
鉄柵の向こうから、セリアがおずおずと声をかける。
「お兄様、少しお休みになっては…」
「不要だ」
─冷たい空気だけが、静かに漂っていた。
「“繋がり”とは、一方的に求めるものでは得られない」
教本を開き、セドリックが生徒たちを見渡しながら告げる。
「そして、“声”とは聞くものではない。受け取るものだ。ドラゴンとパートナーは、互いに“念話”で意思の疎通が出来る。
しかし、それにはドラゴンの成長、そして信頼関係がなければ、成立しない」
一通り話し、質問もないようなので言葉を続ける。
「本日午後より、ドラゴンと操者による“念話”の訓練を始める。─ただし、まだ“孵化”していない操者は、見学とする」
(俺が、見学だと─!)
セリウスは、悔しさに奥歯を噛み締めた。
─食堂にて。
「クラリスは、すでに“念話”なさっておりましたわよね?」
いつもの四人で食事をとりながら、サラが問いかけた。
「うん、なんとなく…最初からできてたみたいで」
「マジかよ!クラリスすげー!」
「あー、あれ、独り言じゃなかったんだ!?」
カイルの言葉に、クラリスは思わず目を丸くする。
「えっ!独り言だと思ってたの…?」
「すみません、実はわたくしも…少しだけそう思っておりましたわ」
「絶対ウソ!…だよね…!?」
「うふふ」
サラが口元に手を当てて笑う。クラリスは、「もう!」と頬を膨らませるが、すぐに笑顔に戻った。
「でも、みんなもすぐ出来るようになるよ」
「そうですわね、“繋がり”さえあれば…きっとすぐですわ」
「よし!午後も張り切っていこーぜ!」
─午後の授業は、ドラゴン舎から霊峰側へと大門を出た先で行われることになった。
「…出撃のときも、こっからって言ってたよな…」
大門をくぐった先で、エリオットが感慨深いため息をついた。隣でヴォルカンも「がお」と息を吐く。
並んだ生徒たちを見渡して、セドリックが口を開いた。
「各自、ドラゴンの生態に適した場所で“念話”の訓練を行え。…ドラゴンは環境に影響される」
セリウスとセリアは不在だった。
(見学と言っておいたはずだが…。まぁ、構わん)
「では、解散だ」
セドリックの言葉が終わるやいなや、エリオットが駆け出した。
「いくぞー!ボル!」
「がおがお!」
まだ幼体のため、上手く飛べないヴォルカンが、エリオットの後を追う。
その様子を微笑ましく見送り、それぞれが“卵”と出会った場所へと歩いていく。
「では、参りましょうか、ゼフィラ」
「私たちも行こう、六花」
「テラ〜、抱っこしてやろうか!…重っ!…いてぇ!悪い、ゴメンて!」
賑やかな生徒たちを見送りながら、セドリックは目を細めた。
「ヴォルカン!よし!」
「がお!」
とりあえず、エリオットはヴォルカンと遊びながら意思の疎通を図ることにした。
木の枝を投げ、それをヴォルカンが─
「おい、燃やすのかよ!?」
「がおがお!」
「取ってこい」のつもりだったが、火ドラゴンにとっては「燃やせ」になるらしい。
(うーん…そっか、これは俺がただ“求めてる”ものだから“出来ない”のか?)
得意げなヴォルカンと見つめ合いながら、うーんと首を傾げる。
すると、ヴォルカンもまた首を傾げた。
「ふはっ!」
「がお!」
(あー、なんか、これか…?
通じてる…!これが“繋がる”ってやつか…!)
エリオットは、試してみることにした。
─ボル、取ってこい。
枝を放り投げる。
ヒュッと風を切って飛ぶ枝を見たヴォルカンは、それをパクッと咥えてエリオットへと差し出した。
「うぉぉーー!!できた!すげぇ!偉いぞ、ボル!」
「がおがおー!!」
─その動きは、さっきまでとは明らかに違っていた。
サラは、風の通る高台へと足を運んだ。
ゼフィラは、すでにそこにいた。
風が、やわらかく流れている。
─ゼフィラ。
呼びかけた瞬間、風がやわらかく応える。
─もう少し、こちらへ。
風がすっと流れ、ゼフィラが軽やかに移動する。
(……これが、“繋がり”ですわね)
風は、ただ静かに応えていた。
……ズリ、ズリ…
テラが、しっぽを引きずりながら、ゆっくりとカイルへ近づく。
「おっ、テラ!そんなとこまで来てたのか!偉いな!」
先に出会った場所を確認していたカイルのもとへ、テラがゆっくりと近づいてきた。
「テラ、もうちょっとだ!来い!」
……ズリ、ズリ。
そのまま、逃がすまいとするように、ぐいと体重をかけてくる。
「うおっ、重っ…!痛…!いや、悪かったって…!」
そういえば、カイルが「重い」と言うたびに体当たりしてくる。
(……あー、ひょっとして、これか?)
「じゃあ、テラ。次はあっち行ってみるか?」
「あっち」とは言ったが、特に指し示しはしなかった。それでもテラは、応えるように迷いなく、ゆっくりと方向を変える。
─それは言葉ではなく、ただ“伝わって”いた。
クラリスが洞窟へと足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
─氷の結晶が音もなく、静かに光を反射している。
六花は、そこにいた。
「……六花」
『……来ると思っていた』
「先に来てるんだもん、びっくりしたよ」
クラリスは、ふふっと笑うとさらに語りかけた。
「もう少し、こっちに来てくれる?」
六花は動かない─
次の瞬間、すでにクラリスの傍にいた。
言葉は、もう必要なかった。
それらは“繋がる”というよりも、すでに“ひとつ”だった。
─やがて日が傾き、再びドラゴン舎の前に生徒たちが集められた。
セドリックは一通り見渡すと、静かに頷いた。
「……上手くいったようだな」
「まぁな!俺とボルなら、楽勝だぜ!」
エリオットがヴォルカンの首に腕を回すと、「がお!」と応えるように炎の吐息を吹く。
サラはゼフィラに寄り添い頷き、カイルはテラを撫でている。
クラリスと六花もまた、寄り添うように立っていた。
─夜のドラゴン舎は、静まり返っていた。
「……まだか」
セリウスの焦りを滲ませる声に応えるように、ふ、と空気が揺れた。
風の紋様に、ひびが走る。
─ 次の瞬間、殻が鋭く弾けた。
「……遅いぞ、ルクシオン」
その隣で、もう一つの卵もまた、静かに震えた。
風の紋様が、ゆるく解ける。
─次の瞬間、飼い葉を舞い上がらせながら、卵が孵った。
「…はじめまして、ルミナ…」
「お前、今……」
「はい、お兄様。“ルミナ”と…」
「……俺のドラゴンは、“ルクシオン”だ…」
「なにお前ら、打ち合わせしてないのにソレかよ…!?」
……ずり、ずり。
二人の会話に入って来たのは、テラの様子を見に来ていたカイルだった。
「……当然だ」
「…きっと、同じように感じていたのですね…」
「……なるほどなぁ…!きっと、お前らも“繋がって”るんだな!」
…スリスリ…
─夜の静けさの中で、新たな“繋がり”が生まれていた。
二つの名前は、まるで最初から決まっていたかのように重なっていた。
続く




