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異世界転生 勇者の体で下宿屋営みます  作者: 抹茶のあずき
第2章:再会編

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79話 エマの暴走

「ジラード! ジラードよ! 私も参戦したいぞ! 腕が鳴って仕方ないのじゃ!」


エマは昨日までの船酔いが嘘のような血色で、身を乗り出してジラードに詰め寄った。目の前の海賊船では、すでにジルとアリナが甲板に躍り出て、群がる海賊たちを次々と薙ぎ倒している。


「だめじゃ!! お主が加減を知らん魔法を使ったら、相手の船どころか、わしらが乗っておるこの船まで沈没してしまうわ!」


ジラードは眉間に深い皺を刻み、ぴしゃりと撥ねつけた。しかし、エマは引き下がらない。


「頼む! この通りじゃ! じっとしておれんのだ!」


地団太を踏んで食い下がるエマに、ジラードは深いため息をつくと、観念したように顎をしゃくった。


「……わかった。じゃあ、あっちの船へ行き、軽く暴れてこい。ただし! 積荷、特に『お酒ちゃん』に傷をつけたら承知せぬぞ。一滴でもこぼしたら、お主の晩飯抜きじゃからな!」


「わかってる! 任せておけ! とお!!!」


エマはジラードの気が変わらぬうちに、風を纏ってひらりと海賊船の甲板へ飛び移った。その背中を見送りながら、ジラードは隣にいたショウに鋭い視線を向ける。


「ショウよ、エマがバカをしないようについていけ。いいか、船の上での戦闘は極限の魔法コントロールが求められる。修行だと思ってエマを監視してこい」


(……結局、俺が苦労する役回りか。都合のいいこと言いやがって……)


ショウは内心で毒づきながらも、グラウンド・エッジを握り直した。


「……分かりました。行ってきます!」


確かに、一歩間違えれば自分たちの足場まで失う繊細な戦場だ。これも一つの試練だと割り切り、ショウもエマを追って海賊船へと跳んだ。

甲板に降り立つと、鼻をつく潮の香りと、鉄がぶつかり合う激しい音が鼓膜を叩く。先陣を切っていたジルとアリナは、すでに十数人の海賊を圧倒し、周囲には倒れた男たちが転がっていた。


「はっはっは! 我こそは大海賊魔女エマである! 貴様らのような小物海賊など、この私が一網打尽にしてやろう!」


ショウが目を丸くしたのは、エマの言葉だけではない。彼女の頭には、いつの間にかトレードマークの三角帽子ではなく、金色の縁取りがされた立派な「海賊帽」が鎮座していた。


(……おい、どこで拾ったんだよ、それ。準備が良すぎるだろ……)


「くらえ! 【ウィンドカッター】!!」


エマが杖を振るうと、鋭利な風の刃が数人の海賊をまとめて吹き飛ばした。だが、その余波で背後のマストのロープが激しく揺れ、悲鳴を上げる。


「エマさん! あまり広範囲な魔法はダメですよ! 船を沈める気ですか!」


ショウは冷や汗を流しながら注意を飛ばし、自らも魔力を極限まで細く、鋭く練り上げた。


「……【アクアランス】!!」


放たれた水の槍は、正確に海賊の武器を弾き飛ばし、その勢いのまま相手を船べりへと押し出した。船体に傷をつけず、標的だけを無力化する。ジラードの言う通り、これは神経を削る修行だ。


「な、なんだこいつら……! 魔法使いまで化け物かよ!」


海賊たちは、ジルの剣術とエマ、ショウの容赦ない魔法にじりじりと後退り、顔をひきつらせた。しかし、クリムゾンビアードの略奪者たちも、ただで引き下がるほど柔な連中ではないようだった。


「ひゃっはー! 我こそは【クリムゾンビアード】船長、赤髭のバロス様だぁ! 貴様ら、この海賊船に刃向かったことを地獄で後悔させてやるぞ!」


バロスが引き抜いたシミターの刃には、粘り気のある不気味な緑の液体が滴っていた。それが甲板にこぼれると、シュウという音を立てて木材を腐食させる。


「こいつは特製の猛毒剣よぉ! かすり傷一つでお陀仏だ、震えろォ!!」


「……そんなの、当たらないよ!」


アリナが鋭い声で言い放ち、重厚な盾を構え直した。バロスの凶悪な連撃が火花を散らして盾に叩きつけられるが、アリナはジルの教え通り、最小限の角度でその衝撃を逃がしていく。一撃必殺の毒刃を前にしても、その瞳に迷いはなかった。


方、そのすぐ傍らでは、二人の巨漢が巨大な斧を振り回し、一人の男を袋叩きにしようとしていた。


「この細っこい褐色の野郎が……! 捻り潰してやるわぁ!!」


岩のような筋肉を持つ男たちが、全力で斧を振り下ろす。しかし、そこに立つジルは、眉ひとつ動かさなかった。

褐色の肌に映える鋭い眼光。彼は愛刀である、日本刀のように細く、冷徹な光を放つ刀を抜くと、頭上から迫る二つの大斧を「面」ではなく「線」で受け止めた。


ガキィィィィィン!!


凄まじい金属音が響く。だが、ひしゃげるのは斧の方かと思わせるほど、ジルの細い刀身は微動だにしない。二人の巨漢が顔を真っ赤にして力を込めるが、ジルは片手でそれを受け流し、欠伸でも出そうなほどに余裕を保っていた。


「おらぁ冒険者共ぉ! 何をしておる! さっさと奥へ入り、酒をかっぱらってこい!! 一樽も残すなよ!!」


後方の「碧海の咆哮」号から、ジラードの野太い指示が飛ぶ。


(……どっちが海賊かわかんねえな、これじゃ)


ショウはグラウンド・エッジを握りしめたまま、呆れ果てて息を吐いた。ジラードに急かされた冒険者たちが、戦いもそこそこに船内へとなだれ込み、酒樽を運び出そうとしている。


「さすがジルだな……。私もあんな風に海賊の幹部と戦いたいーーー! ショウ、代わってくれ!」


エマが不満げに口を尖らせ、下っ端の海賊を適当に風魔法で吹き飛ばしながら駄々をこねる。


「エマさん、我慢してください! 監視役は俺なんですから!」


ショウはエマを宥めつつ、アリナの背後へ意識を集中させた。

バロスのシミターが、アリナの頬をかすめようと不気味に軌道を変える。


「……逃がさないよ!」


「がははっ、死ねぇ!!」


ガギーーン!!


バロスが毒剣を横薙ぎに振るう。緑の毒液が飛沫となってアリナの視界を掠めるが、彼女は紙一重でそれを回避した。ジルの指導による「重心移動」が、無意識に彼女の体を動かしていた。


「……隙あり!」


アリナは着地と同時に踏み込み、バロスの懐へと滑り込む。


ズバーーーン!!


鋭い斬撃がバロスの胸元を捉え、巨体が甲板に崩れ落ちた。


「ぐあぁっ!! ……な、なぜ、殺さねえ……」


「峰打ちだよ! 死にたくなかったら、大人しくしてて」


アリナが凛とした声で告げると同時に、傍らでも決着がついていた。二人の巨漢はジルの足元で伏しており、ジルは静かに愛刀を鞘に納めた。


「終わったな……。手間をかけさせた」


戦いが終わるや否や、ジラードの号令を受けた冒険者たちが、蟻の群れのように海賊船から酒樽や食料を次々と回収していく。海賊たちは一人残らず縄で縛り上げられ、甲板に転がされた。


「……ちっ、財宝か? そんなもんはねえよ! さっきブラックビアード海賊団の本隊に献上したばかりだ!」


海賊たちの言葉を聞き、エマが「財宝、欲しかったのになぁー!」と地面を叩いて悔しがる。その姿を見て、ショウは(この人、思考回路がマジで海賊側だよな……)と遠い目をした。


結局、海賊船は放置することになった。この海域を巡回しているガイスト大陸かルミナ大陸の兵士達が、いずれ発見して捕縛するだろうというジラードの判断だ。


「よーーし! 大漁じゃ! 今夜は宴じゃな!!」


大量の酒樽を前に、ジラードは子供のように目を輝かせ、船長も「助かったぞ!」と握手を求めてくる。

「碧海の咆哮シーロア」号は、ゆっくりと海賊船から離れ始めた。勝利の余韻と、今夜の宴への期待が船内を包み込んだ、その時だった。


ヒューーーーーードーーーン!!!


凄まじい風切り音と共に、シーロア号のすぐ傍の海面が爆発した。

振り返ると、なんと赤髭のバロスが自力で縄を解き、船尾の大砲に火を付けていたのだ。


「がははは! このままタダで帰すと思うなよォ!!」


「ほう……あの男、やりおるな」


エマが不敵な笑みを浮かべ、杖を構え直した。


「ならば、誠意を持って最後の戦いをしてやろうぞ! 赤髭のバロスよ! 我が名は大海賊魔女エマ! 貴様の最期の相手をしてやる!」


「エマさん、何する気だ……!?」


ショウの制止も耳に入らない。エマの杖の先が、見たこともないほど濃密な青い光を放ち始める。


「咆えよ、深淵の王――【テリオス・リヴァイアサン】!!」


轟音と共に、海面から巨大な水の塊が噴き上がった。それは意志を持つかのように形を変え、巨大な「水の鯨」へと姿を変える。鯨は咆哮を上げると、バロスの乗る海賊船を丸ごと飲み込み、一瞬で木っ端微塵へと粉砕した。


「うわーーーー!!!!」


「ズドーーーーーーン!!!!」


海賊船が消滅した瞬間、巨大な水飛沫と津波が発生し、シーロア号が「ぎーーーー」と悲鳴を上げて激しく揺れる。


(……やりやがった、あの人……!)


荒れ狂う波が収まった後、そこにはただ静かな海面だけが広がっていた。エマは額の汗を拭い、満足げに頷いた。


「ふぅ……。赤髭のバロス、なかなかの男だった。……さらばだ」


空へと昇る水飛沫が、午後の陽光を浴びてキラキラと輝いている。轟音の余韻を残したまま、荒れ狂う大海を泳いだ水の鯨の残滓が、静かに海へと還っていった。


その夜、海賊達を倒した祝いで宴が行われた。

宴の席は、昼間の激戦が嘘のような熱気に包まれていた。

奪い返した……いや、実質「分捕った」形となった極上の酒が次々と振る舞われ、甲板のあちこちで笑い声と乾杯の音が響いている。


その喧騒から少し離れた場所で、情報屋のレイヴが器用に酒瓶を傾けながら、ショウの隣に腰を下ろした。


「ひゃーっ! あんたら、やっぱりタダもんじゃねえと思ってたが……強すぎだろ!」


レイヴは頬を赤く染めながら、感心したようにエマやジラードの背中を指差した。


「俺の目が確かなら、あの爺さんは五大魔法使いのジラード。そしてあの褐色の剣士は、五大剣士の一人、ジルヴェス・レインだろ? 隠したって無駄だぜ、俺は情報屋だからな」


レイヴの鋭い指摘に、ショウは飲んでいたエールを吹き出しそうになった。


「そんな伝説級のメンツと旅してるなんて、信じられねえ。なぁショウの兄ちゃん、あんた一体何者なんだ……? ただの『付き添い』には見えねえぞ」


「あはは……。俺はただの、運良く(?)彼らと知り合っただけの一般人ですよ。本当に」


ショウは冷や汗を拭いながら、必死に誤魔化した。

レイヴはニヤリと笑ってそれ以上は追及しなかったが、急に声を潜めて真剣な表情になった。


「……だがよ、兄ちゃん。一つ忠告だ。あの赤髭のバロスは、確かに小物だったが、れっきとした【ブラックビアード(黒髭)海賊団】の傘下だ」


「ブラックビアード……。やっぱり、有名な海賊なんですか?」


「有名どころじゃねえ、海の災厄だ。奴らは身内がやられたら、地の果てまで追ってきて、相手を海の底へ沈めるまで止まらねえ。手下があんな無残に船ごと消し飛ばされたとなりゃ、本隊も黙っちゃいねえぞ……」


レイヴの心配そうな言葉が、ショウの胸に重くのしかかる。エマが「リヴァイアサン」で派手に粉砕した光景を思い出し、(やりすぎたんだ、やっぱり……)と後悔が込み上げてきた。


「ま! 今日はそんな景気悪い話は抜きだ! 飲まさせてもらうぜ!!」


レイヴは再び陽気に笑うと、ジラードたちの輪の中へ飛び込んでいった。


「……ブラックビアード」


ショウは独りごちて、夜の海を見つめた。

暗闇の向こう側、自分たちを狙う巨大な艦隊が既に動き出しているのではないか。

エマの豪快な笑い声と、ジラードの「おかわりじゃ!」という叫び声を聞きながら、ショウはこれから待ち受けるであろう、海賊王との因縁に静かな戦慄を覚えるのだった。

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