42話 禁断の近道
クレア亡き後の静まり返った研究室。窓の外では復興を急ぐ人々の声が響く中、アルクが重い口を開いた。
「今回の襲撃は、間違いなく計画的だ。奴らが神の力を狙っていたと考えるのが妥当だろう……」
アルクは、捕らえたバラムとヴィックから得た情報を共有した。彼ら新入りは深い事情までは知らなかったが、スカルロザリオが最近「巫狩り」に異常なほど力を入れ始めたことは確かだという。
「セシリア様も、警戒しないといけないね……。彼女も巫だ」
アルクの言葉に、ショウの胸が騒ぐ。アルト村で彼女が狙われたのも、偶然ではなかったのだ。
「僕たちの不在中に、何もないといいのですが……」
「王都に戻ったら僕も力を貸すよ。……それと、僕が戦ったバッカスだが、彼は逃してしまった。申し訳ない」
アルクが悔しげに拳を握る。バッカスはかつて自らのサーカス団と観客を皆殺しにした狂った犯罪者だった。
「あんなやつ、次会ったら絶対私が倒すわ!」
息巻くミア。彼女は自分の手でルーナを傷つけたことを気に病んでいたが、ルーナの優しさに救われ、ようやくいつもの活気を取り戻していた。
「いいえ。あいつは僕が倒します」
ルークが静かに、だが鋼のような意志を込めて言った。
「ミアさんを馬鹿にされて、僕は許せない。……今回の旅で、自分の未熟さを知りました。強くなりたいです」
「へぇー、なーにルーク? 急に男らしくなっちゃって、私のこと好きなの?」
「ち、ちがいます! 僕はもともと男です! ただ……守れるようになりたいんです」
頬を赤らめるルークを見て、アルクが優しく微笑んだ。
「その気持ちが大切だよ。王都に戻ったら修行しよう」
エマも大きく頷き、ルーナの肩を抱いた。
「修行といえば、ルーナは私が面倒を見るぞ! クレア先生に言われたことだし、ショウの下宿には私もジラードも転がり込むことに決めたからな!」
「エマちゃん、よろしくね!」
「わしも王都に拠点があると便利でのぅ。よろしく頼むぞ、ショウオーナー」
ショウは仲間たちの心強さに感謝しつつも、ふと重大な問題に気づき、顔を上げた。
「……あ、でも……帰れるんですか? 地下都市グリムハインを抜けるとき、橋が崩落しましたよね」
研究室に沈黙が流れる。アルクが眉をひそめた。
「……そうだね。修繕には時間がかかる。他のルートもあるが、険しい山を越えることになり、通常の倍以上の時間がかかるだろう」
「来る時も大変だったのに、そんなにかかるなんて……」
ルーナが不安げに呟く。王都にいるセシリアたちの安否も気になる今、一刻も早く戻りたい。
沈黙を破ったのは、腕を組んで黙っていたジラードだった。
「……しょうがねーな。あんまりいい案ではないが、俺に考えがあるぞ」
「えっ、あるのか?」
エマが身を乗り出す。ジラードは少し気まずそうに、けれど不敵な笑みを浮かべた。
「……エリシオンの街から少し離れた、誰も立ち寄らん森の奥に、古い洞窟がある。その最深部に、わしが個人的に手入れしている『転移魔法陣』が隠してあるんじゃ」
その言葉に、アルクが鋭く眉を寄せた。
「ジラード殿、未登録の転移門を私設で持っているということかい? それは王国の魔導法では……」
「わかっとる。本来ならわし以外の使用は厳禁、見つかればわしのような隠居老人でも極刑か投獄は免れん代物じゃよ。……だが、今は緊急事態だろ?」
ジラードはそう言って、ひらひらと手を振った。
「エリシオンから半日ほど歩くが、その魔法陣を使えば王都ルミナスのすぐ近くにある森の中へ一気に飛べる。崩れた橋を直すのを待つよりは、よっぽど早いわい。それにあんな山ちまちま超えるのもめんどくさいしのう..」
「……見つかれば、ジラードさんも危ないんですよね」
ショウが心配そうに尋ねるが、ジラードはガハハと笑い飛ばした。
「そんな殊勝な顔をするな。王都にいる『巫』の嬢ちゃんが心配なんだろう? わしも、このままここで指をくわえて待っているのは性に合わん。……エマ、お前も『法』より『仲間』を優先するよな?」
エマは一瞬、神妙な顔をしたが、すぐにニヤリと不敵に笑い返した。
「当たり前だろ! そもそも、クレア先生の弟子に品行方正さを求めてるのが間違いだ!」
その返答に、研究室にいた全員の顔に少しだけ活気が戻った。王都に残したセシリア、そして襲撃を企てるスカルロザリオ。レンを探しに新しい大陸は行く準備と一刻も早く戻るべき理由は、山ほどある。
「よし、話は決まった。準備ができ次第出発するぞ。……半日は歩きだ、しっかり足腰を整えておけよ!」
ジラードの号令に、ショウたちは力強く頷いた。
それぞれの想いを抱え、一行は王都ルミナスへの「禁じられた近道」を突き進む決意を固めるのだった。
一度解散となり、出発が翌朝に決まった後、ショウは喧騒の残るエリシオンの街へと足を向けた。
街のあちこちでは、崩れた建物の瓦礫を片付ける人々の怒号や、復興を急ぐ槌音が響いている。ショウはその足で、広場に設けられた仮設救護所へと向かった。
(……きっと、あそこにいるはずだ)
予感は的中した。
白く濁った水蒸気が立ち込める救護所の片隅で、ゼルクスが泥だらけになりながら、怪我をした子供の足に手をかざしていた。柔らかな光が子供を包み、痛みが引いたのか、泣きじゃくっていた声が安らかな寝息に変わる。
「ゼルクスさん」
ショウの声に、ゼルクスは顔を上げ、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「ショウくんか。……無事で良かった」
ショウは、昨夜の戦いで起きたすべてを話した。ヘル・ゲートの再封印、黒いローブの男の襲撃、そして……クレアとの別れ。
ゼルクスは作業の手を止めず、静かに、一言一言を噛み締めるように聞き入っていた。
「……そうか。そんなことがあったのか……。大変だったね、本当に」
ゼルクスは、包帯を巻き終えた子供の頭を優しく撫で、ショウに向き直った。
「見ての通り、この街はまだ治療を必要としている人がたくさんいる」
ゼルクスが悲しそうな顔をする。
「僕は明日、王都に戻ることにしました。でも、今日一日は復興の手伝いをするつもりです。僕にでも、やれることはあると思うので」
「そうだね。ショウくんが手伝ってくれれば、みんな喜ぶよ」
ショウは少し寂しげな視線を落とし、問いかけた。
「ゼルクスさんは……どうするんですか?」
「僕はもう少し残るよ。まだ僕を必要とする人がいるからね。ここが落ち着いたら、またぶらぶらと世界を歩き回るさ」
「……そうですか。ここまでずっと一緒に旅をしてきたから……少し、寂しいですね」
ショウの正直な言葉に、ゼルクスはふっと目を細めた。そして、ショウには聞こえないほどの小さな声で、独り言を漏らした。
「……また、すぐ会えるさ。少しずつ……目覚めてきているみたいだしね」
「え? 何か言いました?」
ショウが聞き返すと、ゼルクスは「おっと」という顔をして、おどけたように肩をすくめた。
「いやいや。それよりショウくん、魔力が少し増えたんじゃないかい? 僕には、君が前よりずっと大きく見えるんだけどね」
「そうですか? あんまり自覚はないですが……」
「ははは、無自覚なのは相変わらずだね。……なんにせよ、またきっと会えるさ!」
ゼルクスはそう言って、大きな手を差し出してきた。ショウはその手をしっかりと握り返す。その手のひらは、数え切れないほどの人を救ってきた温かさと、確かな厚みに満ちていた。
「はい。また会いましょう、ゼルクスさん!」
夕暮れに染まるエリシオンの街で、二人は固い握手を交わした。それは一つの旅の終わりであり、ショウの内に眠る「何か」が動き出す、静かな序章でもあった。




