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異世界転生 勇者の体で下宿屋営みます  作者: 抹茶のあずき
第2章:再会編

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115話 2人の背中

ショウの視界が急速に暗転し、ベサリズの哄笑さえも遠のいていったその時。

夜空を切り裂いて、銀色の繊細な光の線が無数に降り注いだ。


銀驟雨ぎんしゅうう……」


シュシュシュシュシュッ!! チチチチチッ!!


極細の、しかし鋼をも容易く断つ針のような斬撃の雨。それが寸分の狂いもなくベサリズの触手だけを的確に捉え、一瞬にしてすべてを切り刻んだ。


「ぐっ……!?」


拘束から解放されたショウの体が宙に投げ出される。だが、地面に叩きつけられる直前、柔らかな浮遊感が彼を包み込んだ。ショウだけでなく、エマや他の仲間たちも同様に、目に見えない力に守られながら、ゆっくりと後方へ運ばれていく。

それと同時に、ベサリズの正面で爆発的な衝撃が弾けた。


ドォォォォォンッ!!


「ぬ……っ!?」


ベサリズに直接的なダメージはないものの、その凄まじい圧力に抗えず、彼は石畳を削りながら大きく後退した。

砂埃が舞う中、ショウは朦朧とする意識を繋ぎ止め、前を見た。そこに立っていたのは、褐色の肌に銀色の短

髪、そして獲物を射抜くような鋭い赤の眼光。


「ジ……ジル、さん……?」


銀閃のジルは、背中越しに冷徹な、だが確かな信頼を感じさせる声で応えた。


「俺だけじゃないぞ……」


直後、ショウのすぐ後ろから、懐かしくも威厳に満ちた声が響く。


「わしが戻るまでアイアングローリーで待機しろと言ったのを無視し、大魔族と戦い、死にそうになっとるバカ弟子……ショウよ。これは少々、きつい仕置きが必要みたいだのう?」


「ジラード、様……」


ショウの視界に、大地のように揺るぎない師の背中が映る。ジラードは悠然と、だが全身から圧倒的な覇気を放ちながら、愛弟子を見下ろして不敵に笑った。


「よお……バカ弟子よ。派手にやったもんだわい」


「な……なんで、ここが……」


ショウが掠れた声で問うと、ジラードは空を見上げた。


「さっきの空で輝いたエマの魔法……あれを見逃すはずがなかろう。見事な案内状だったわい」


その言葉に、ショウの脳裏にエマのあの時の言葉が蘇る。


『……少し時間が欲しい。わしの奥義をあいつにぶつける』


『おそらく無理だ。だが、勝機を掴めるかもしれん』


(そうか……。エマさんは最初から、ベサリズを倒すためじゃなく、ジラード様たちを呼ぶためにあの魔法を放ったんだ……。あの魔眼で、二人が近くまで来ているのを分かっていて……!)


奥義を外した「失敗」などではなかった。絶望の底でエマが繋いだ、たった一つの、そして最高の一手が、今、最強の援軍をこの場に招き寄せたのだ。

砂埃が薄れ、三人の強者が対峙する。ベサリズは、不気味にうねる触手を背後に揺らしながら、蔑むような笑みを浮かべた。


「銀閃ジルに、ジラードか……」


「よう……混血のベサリズよ。久しいのう。わしの弟子が、随分と世話になったみたいで……」


ジラードの声には、大地を震わせるような威圧感が宿っている。満身創痍のショウは、師の背中を見つめながら息を呑んだ。


(ジラード様とベサリズ……前に会っているのか?)


「ああ、そいつはお前の弟子か。そいつらがわしの研究所に入り荒らし、わしの隠れ家にあるこの石……『予言の石』を奪おうとしたのだ」


ベサリズが、細長い指の間で月光を反射させる石を弄ぶように見せびらかす。


「うむ。しかしお主の部下、ナレッジといったかのう。レテ島でちょっかいをかけてきたから、始末しておいたぞ?」


ジラードが事も無げに告げると、ベサリズは眉一つ動かさず鼻で笑った。


「ああ、情報は入っておる。あいつも所詮は失敗作だった……。まあ何にせよ、ここにいる全員を殺し、わしの研究材料となってもらう。今日は運がいい。何かを隠し持っている謎の小僧に、銀閃……。そして、過去に殺しそびれた、今は五大魔法使いと言われているお主」


ショウの背筋に冷たい戦慄が走った。


(……ジラード様が、過去にこいつに殺されかけてる……!?)


ベサリズの瞳に、残酷な好奇心が宿る。


「ふん……面白い物が作れそうだ」


「わしもオークたちとの戦闘で疲れておるのじゃ。手短に終わらせようぞ……」


ジラードが杖を握り直した。その横で、ジルが静かに一歩前へ踏み出す。


「シャリィィィン……」


澄んだ金属音が響き、ジルの愛刀が鞘から放たれた。鏡のように研ぎ澄まされた刃が、銀色の月光を跳ね返す。


「ジラード……こいつはここで仕留めておかないといけない。俺も手を出させてもらうぞ」


ジラードは短く、しかし力強く頷いた。

ヴェールフェンの廃墟を舞台に、因縁の再戦が幕を開ける。

ベサリズが手に持った杖を、石畳の床へ「コツン」と軽く突き立てた。その小さな音が合図となり、ヴェールフェンの地下から不気味な地鳴りが響き渡る。


ゴゴゴゴゴ……ッ!!


地下都市にあるはずの研究所から、地を這うようにして「それら」が姿を現した。かつて人間だった者たちの成れ果て——魔物と掛け合わされ、原型を留めぬほどに変貌したキメラのような魔物たち....


ある者はドラゴンの禍々しい翼を生やし、その顔は筋骨隆々としたライオンの如く歪んでいる。またある者は、下半身が馬となったケンタウロスの姿に変えられ、その両腕からは肉を突き破って長大な刃の骨が突き出していた。レテ島で見た、奇跡の液体を煽った海賊たちをも凌駕する、悍ましい「完成形」の群れがショウたちを包囲していく。


「お前らには役に立ってもらうぞ……。奴らを捕らえろ。殺すなよ」


ベサリズが冷酷に命じると、異形たちは一斉に身を乗り出した。だが、その口から漏れるのは獣の咆哮ではない。


「殺してくれ……っ! 苦しい……苦しいんだ……!!」


「やめて……お願い、元に戻して……!!」


「ごめんなさい、ごめんなさい……ッ!!」


理性と狂気の狭間で、生への執着と死への渇望が混ざり合った、聞くに堪えない悲鳴。泣き叫びながら、彼らは自らの意思に反してジラードとジルへ襲いかかる。

その地獄絵図を前に、ショウは言葉を失い立ち尽くす。しかし、ジラードの瞳に迷いはなかった。


「ジルよ……。奴らはもう、元には戻せん。ここで殺してやるのが、わしらにできる最善じゃ……」


ジラードの声は低く、そして深い慈愛に満ちていた。五大魔法使いとして、救えぬ命の重さを誰よりも知る者の言葉だ。


「ああ、わかってる……」


ジルもまた冷静に応じる。愛刀を抜き放ち、その切っ先を音もなく異形へと向けた。

二人は悲痛な叫びを上げる群れを正面に見据え、静かに武器を構え直す。それは、命を弄ぶ怪物に対する怒りと、犠牲者たちへの最後の情けを込めた、過酷な介錯の始まりだった。


「……援護、頼む」


短い言葉を残し、ジルが地を蹴った。その姿は一筋の銀の閃光となり、異形の群れへと突っ込んでいく。


「うむ。露払いは任せたぞ」


ジラードが応じると同時に、地獄のような乱戦の火蓋が切られた。


シュパッ! ドシュッ! ズバァァッ!!


ジルの刀が月光を帯びて奔る。ライオンの顔を持つキメラの首を、ドラゴンの翼を持つ異形の付け根を、容赦なく、かつ一撃で断ち切っていく。救いを求める悲鳴をあげる暇さえ与えない、慈悲深き速攻。


そこへ、ケンタウロスのような姿をしたキメラが、地響きを立てて突進してきた。両腕の骨刀が、ジルの頭上から振り下ろされる。


ギギギィィィンッ!!


火花が激しく散る。ジルはそれを刀の腹で真っ向から受け止めると、重い一撃を次々と受け流し、火花を散らしながらすべての連撃を防ぎきった。


「そこじゃ!」


ジルが防いで作った一瞬の隙。ジラードが杖を向けると、凝縮された魔力の弾丸が空気を切り裂いた。


ドォォンッ!!


魔力弾はケンタウロスの胸を正確に打ち抜き、巨体を後方へと吹き飛ばして沈黙させる。

だが、休む間もなく地面が大きく盛り上がった。


ドガァァッ!!


足元から巨大なワームのキメラが、裂けたあぎとを広げてジルを丸呑みにしようと飛び出す。


「……?!」


ジルは空中を蹴るような身のこなしでその牙を紙一重で回避すると、着地ざまにワームの胴体を一閃した。


ズバァァッ!!


断たれた巨躯が石畳に転がり、戦場に静寂が一瞬だけ戻る。

その圧倒的な光景を、ショウは呆然と見守るしかなかった。


(やっぱり、すごいな……この二人は。あんなに多くの魔物を……一体一体が、僕たちが死に物狂いにならなきゃ勝てないほど強いはずなのに……)


息を合わせることさえ不要と言わんばかりの、完成された連携。かつて「五大魔法使い」を窮地に追い込んだベサリズを前にしてなお、二人の背中はどこまでも高く、頼もしかった。

ジルが刀を鞘に納めるかのような予備動作を見せた瞬間、周囲の空気が凍りついた。


「真空斬……『銀鷲ぎんしゅう』」


シュパァァァンッ!!


放たれたのは、アリナやガルドが使う直線的な真空斬とは一線を画すものだった。それは銀色の翼を広げた巨鳥が舞うような、美しくも残酷な曲線を描く斬撃。あまりの速さと鋭さに、大気が悲鳴をあげる暇さえ与えない。


銀の翼は群がる魔物たちを一瞬で両断し、その勢いを殺さぬままベサリズの懐へと肉薄した。


「ぬ……っ!?」


ドシュッ! パンッ!!


鋭い切断音と共に、衝撃で肉が弾ける鈍い音が響く。ショウたちがどれほど攻撃しても傷一つつかなかったベサリズの強固な右腕が、肩から先、無残にも夜の闇へと吹き飛ばされた。

地面に落ちた腕が転がる音を聞き、ショウは目を見開いて震えた。


(すごい……あんなに硬い体に、あんなに簡単に傷を……? それに、あの化け物の腕を斬り落とすなんて……!)


「こんな奴らを使わず、貴様が戦え」


ジルの冷徹な声が響く。だが、ベサリズの驚きは一瞬だった。


ミシミシッ、ヌチャァ……ッ!!


断面から、血管と筋肉が生き物のように蠢き、編み上げられていく不気味な音が漏れる。次の瞬間には、失われたはずの腕が、何事もなかったかのように元の形へと再生していた。

ベサリズは新しく生えてきた指の感触を、ゆっくりと握りしめて確かめる。その口角が、吊り上がった。


「……面白い……。実に応えがある……」


失われた部位を即座に修復する異様な生命力。その光景に再び深い緊張感へと引き戻した。


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