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真樹  作者: 夜一
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夢幻:銀の思い出・その三

朝、星花様が見たという夢の話に三井様が笑う。


「わっはっは、夢? 馬鹿馬鹿しい……偶然じゃ」

「では兄様は刀が熱くなった事を説明できますか?」

「やれやれ、秋の夜長に肌身離さずの刀。更に悴んだ手で触れば熱いと感じても不思議はない」

「ぐぬぬぬ……」



星花様には申し訳ないが、喧嘩の相手が悪すぎる。

しかしあの時感じた熱さはなんだったのか。なんとか説明つけば良いのだが……。


「それより銀、寝ずの番ご苦労! 疲れたろう?」

「いいえ、星花様のお役に立てて光栄です」

「よいか、晩飯までには戻れ。それ以上は口出しせん」



それを聞いて一番喜んだのは俺ではなく、


「銀、近道(・・)をしてまた楽に会いに参りましょう!」



──木々の間を上機嫌な星花様と二人のんびりと。

まさか楽とこっそり作った近道がこんな形で役に立つとは考えてもみなかった。これこそまさに夢のようだ。


「ねえ、昨晩の私はどうだった?」

「静かに休まれてました。どんな夢だったんですか?」

「……刀を抱いてる私の周りをその刀がぐるぐると火花を散らして回ってた。なにかを寄せ付けないように」



なにか、か……。


──再び俺の里。


「警護は隣里に頼んだ。お前は務めを果たせ」



兄に報告を済ませ、相棒を加えて道具屋へ。

しかし残念ながら取り込み中。


「仕方ない、祭見物にでも参りましょう」

「また囲まれてしまいますよ?」

「あはは、いいよ全然。ね、楽!」



田庫へ向かう途中、楽が近くの木陰に駆け寄りひと吠え。


「へえ、まさか星花様がご一緒とはね」



木の上から飛び降りてきたこの方は隣里の頭領にして俺の師匠の泉水(イズミ)様。


「まぁ泉水! こんなところで会うなんて」

「え、星花様は師匠をご存知なのですか?」

「ええ勿論。屋敷の外で会うなんてびっくり!」

「あはは、大袈裟やなぁ星花様は。で、もしかして今から村の祭へ? せっかくなんでお供させてもらっても?」

「わぁ~!」



嬉しげに楽と歩く星花様を見ながら、俺はこっそり師匠に意見を求めた。


「……反応するのは星花様と刀、それに楽……う~ん」

「楽を連れて行くのは兄が許さないんですよ……」

「……とにかく屋敷では警戒。昼夜問わずに」



田庫に着くと師匠に連れられ、ご意見番の佐吉様の米蔵で一服ついでに飯を食う。これがまた美味い。


「とても美味しいです、佐吉のお爺様!」

「よっしゃ、ちょっと待っとれ。作り方教えたる!」



いつもは怖い()も、星花様の笑顔の前では菩薩に見える。

……まあ別にいいけど。


ふと気づくと師匠の姿はなかった。

土間で佐吉様に料理を習う星花様を見ていたはずなのに、つい気が緩んで眠ってしまった。

といってもほんの一時ほどだが。

なにより、俺の肩に星花様の顔があったことには驚いた。

慌てる俺に佐吉様は、口に指を当てて「寝かしてやれ」と睨む。


こんなにも主君に接近して良いものか……。


そう思いながら結局また二度寝してしまい、起きた頃には随分日が傾いていた。


「佐吉のお爺様に教わって作ってみたよ。味見する?」

「……すごく美味しいです!」

「ふふ、兄様にも味見させたいから帰ろうか」

「そうですね。……すまん楽、また留守番頼むよ」



日暮れの少し前、屋敷に戻ると星花様は作ったあんこ餅を皆に振る舞う。


これ(・・)は銀のお夜食用に」

「こんなに食べたら寝てしまいますよ」

「あはは、全部食べなくてもいいんだよ」



中庭へ行き、襖の側に皿を置いて一つ頬張る。

真ん丸な赤月と冷たい夜風……とても綺麗なのに、どこか寂しいと思ってしまうのはもうじき冬だからだろうか。


「銀、これを見て!」



錆びたように真っ黒になった二本の刀。

原因は解らないが、ひどく怯える星花様に俺は言った。


「今から道具屋へ走ります。大丈夫、すぐに戻りますよ」

「うん……気をつけて」



幸いにもまだ日が落ちて間なし。急いで研いでもらえれば星花様のお休み前に戻ってこれる。


そうして俺は道具屋へと駆けた。

それが星花様と交わした最後の言葉とも知らず──。


「あら銀ちゃん、こんばんは……今日は一人?」



黒くなった刃を見せると、二人は慌てて刀を研ぎ始めた。


「あの……どうしてそんなにも慌てるのですか?」

「この刃の黒ずみは神様の血文字……」

「あれが血文字? ……神様?」

「そう。星花様に取り憑いてるのは古い古い神様や」

「……で、血文字の意味は?」

「殺しの予告」

「神様なのに……人に害を為すのですか?」

「人を食う神様もいるんよ。銀ちゃん……覚悟しとき」



青ざめた二人の顔を見て、俺はそれ以上なにも言えず……そして、輝きを取り戻した刀を手に屋敷へ──。


──何故か見張りの侍が屋敷前に群がっていた。


なにか変だ。見張り達は持ち場を離れられないと星花様に教わったのだが。

それに誰も俺に目を合わせようとしない。


なんだか全身の毛が逆立っていくようで、自分の胸の鼓動が大きく鳴り止まない。


気づいた時には星花様の部屋に駆け込んでいた。


星花様は死んだ。


三井様が抱かれているそれは女性のようなもの。向いてはならない方へ向いた首、いや、全身潰されている……

そのお召し物は俺が今日お供した御方の物。なのにそれがあの御方であると認識できない。


「嘘だ……絶対に嘘だ……星花様……どこですか?」



星花様であるはずがない……何度否定しても、どうしてもそれを見てしまう……


「嫌だ……誰が……誰が俺の主を……なんで……」



目の前が、見えるものすべてが黒くなっていく。


「貴様、正気か!」



俺は我を忘れて刀を抜いた。

それを見て見張りの侍達が一斉に刀を抜く。

解っている、もうただでは済まない。


「……者共、刀を引いて下がれ……銀、星花の手を握ってやってくれんか?」



部屋に響く三井様の声はとても穏やかで優しく、いつものような貫禄は微塵もない。


あんなにも温かくて柔らかだった手が、こんなにも冷たく固くなってしまった。

握ってしまうと崩れてしまう。そうならないようにと手を添えることしかできない……。


「星花様……星花様……ぁ、ぁぁ……」

「お前のせいではない。すべてわしの責任じゃ……」


「……俺の首を刎ねて下さい三井様」

「……やめぃ。それ以上は言うな」

「もう生きる意味がありません……死んで詫びを……」

「言うなっ!」





────





目覚めると里に帰っていた。

そばには相棒が優しく見守ってくれている。


きっと楽はこうなることに気づいていた。

だからあんなに必死で吠えていたんだ。そしてこの刀も。

気づかなかったのは俺だけ。


俺が星花様を死なせてしまったんだ──。



しばらくして兄がやってきた。

厳しい方だから、遠慮なく俺を殺してくれるはず。


「お前には酷な思いをさせてしまった。責めはせん、今は休め」



──それからしばらくして道具屋の正さんがやってきた。

二人からの忠告を俺はまるで解っていなかった。

もし今刃物を持っているのなら、一思いに胸をぶっ刺してほしい。


「あの夜、僕らがもっと急げば良かったんや。……」



──変な感覚だ。

別にどこか怪我したわけでもなく意識もある。それなのに人と話せない。腹も減らない。

ああなるほど、心が死ぬってこういうことか──。


そして、更にしばらくして師匠がやってきた。


「銀、当分の間うちの里で預かる。勿論楽も一緒に」



「連れていくのは俺ではなく、どうか楽を」必死で師匠に訴えてみたが……師匠は首を横に振った。


「言葉を失くしてもその泣き顔見たら分かる。なにも心配いらん」



俺は今泣いているのか……もうそんなことも分からない。


──師匠……助けて下さい……っ!

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